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第4章 迷宮の異世界 ~パンドラエクスプローラーⅡ~

第105話 エルフ、アイアノアの洞察完了

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「な、なんだこれはーっ!?」

 一方その頃。
 地上、パンドラの地下迷宮の入り口と兵士らが詰める駐屯所にて。

 兵士長ガストンと他の衛兵たちは驚いて大騒ぎしていた。
 ダンジョンの入り口近くの地面から、見たことのない建造物が急に生えてきた。

「古代の遺跡か何かか? こんな物は初めて見るぞ……」

 呟くガストンの前にそびえ立つのは、石材で造られた鳥居。
 言うまでも無く、ミヅキが加護の力で建造した瞬転の鳥居の片割れである。

 もちろん鳥居なんて物にはまったく馴染みの無いガストンら兵士たちは、遠巻きに距離を置き、腰の剣に手を当てて警戒しながらじりじりと近付いていく。

「きっ、気をつけろッ! 何か出てくるぞっ!」

 瞬転の鳥居の門にあたる何もないはずの境界面がぐにゃりと揺らぐ。
 青天せいてん霹靂へきれきとばかり強い光を一瞬発し、声を上げて慌てるガストンたちが見守るなか、鳥居の主たちが空間を越えて現れる。

 まず鳥居の中から、ぬっ、と現れたのは巨大なかにの頭だった。

 うわーっ、魔物だー、というさらなる大騒ぎが起こるものの、それは彼らの今回の狩りの成果、ミミッククラブの成れの果てだ。

「わあ、凄いっ! 本当に外に出られたっ! これって、転移魔法?! こんなの使えるのなんて族長様くらいしか知らない。つくづく何でもありなのね」

「ようし、うまくいったな! 結構深いところまで進んでたけど、この瞬転の鳥居を使えば一瞬でこの通りだ! 俺が記憶してる場所にはこっちからも行けるようになるから、今後の移動手段には事欠かないぞ! まぁ、アイアノアに負担を掛けてしまうところが今後の課題ではあるけど……」

 鳥居から出てきたのはミヅキとエルトゥリンであった。

 蟹の獲物を怪力で肩に担ぐのはエルトゥリンで、後ろを振り向くミヅキが背負うのは、失神しているが寝息は安らかなアイアノアの姿。

 ずり落ちないように外套がいとうを使い、ぐるぐる巻きにしてミヅキの背に固定している。

「ちょっと、ミヅキ。また姉様の身体に触れて変な気を起こしちゃ駄目よ。ミヅキがこの獲物を運べないから姉様を任せているだけなんだからね」

「起こさねえよ。ちぇっ、だったら自分で運べよな。そんなにその蟹が大事かよ」

「何か言った?」

「いいえ!」

 背中に当たる二つの柔らかい感触と、両手が掴む太腿の弾力には無視できない魅力を感じてしまう。
 しかし、大事な姉より獲物を優先して運ぶ薄情な妹には言われたくない。

「まったく、やれやれだ……。おーい、ガストンさーん! 戻りましたよー!」

 気を取り直し、声を張り上げ、ミヅキはダンジョンからの帰還を物々しい雰囲気で待ち構えるガストンたちに告げたのだった。

 神々の異世界から召喚した瞬転の鳥居。
 仕組みなどは一切不明だがその柱の間をくぐれば、神性を持つ者なら空間を飛び越え、思った通りの場所へと瞬時の移動が可能となる。

 この移動にはミヅキの記憶が基になっていて、来たことのある場所への行ったり来たりが自由自在となる。

 つまり、パンドラの地下迷宮の探索も好きなタイミングで切り上げ、前回進んだ場所から再開することが可能になった訳である。

「……本当にミヅキ殿のようだな。しかし、これは何だね? こんな形の門は見たことがないが、まさか空間転移魔法のための物か? ミヅキ殿は本当に凄い魔術師殿なんだな……」

 とんでもない帰還方法で現れたミヅキたちを不審がっていたガストンだったが、周囲の兵たちに警戒を解くよう指示するとほっと一息をついていた。

「その、転移魔法ってのは、そんなに珍しいものなんですか? ダンジョン攻略を盛んにやってる世界なんだから、このくらいの魔法はあってもおかしくないと思うんだけどな」

 瞬転の鳥居を見上げてひとしきり感服するガストンにつられて、ミヅキも鳥居を見上げる。
 半ば呆れたようなため息をつく髭の兵士長はミヅキに向き直った。

「ミヅキ殿にとっては、このくらいの魔法、という程度の認識なのか……。王国中を探し回っても、こんな規模の転移魔法を使える魔術師は果たして一人いるかどうかだよ。……いやはや、ミヅキ殿が勇者様だという噂はあながち嘘ではないのかもしれないな」

「勇者様ね……。俺はそんな凄い奴じゃあないですよ」

「ミヅキ様は凄いですー……。むにゃむにゃ……」

 謙遜のミヅキを遮るように、背中のアイアノアが寝言で答えたのを聞き、ミヅキとガストンは顔を見合わせて笑った。

 エルフのお嬢さんはどうかしたのか、と心配されたが、加護のことを説明するのは面倒だったので、魔力が切れて気を失っているだけだと済ませた。

「ミヅキ、おまたせ」

 そうこうしている内に、駐屯所に預けていた配達用の荷車を回収したエルトゥリンがミヅキの元に戻ってきた。

 荷車には新たに大きな蟹の獲物が乗っかっている。
 ミミッククラブは携行していたロープでがんじがらめに固定されており、返却分の寸胴鍋や食器などもすでに積載済みである。

「……よいしょっと。エルトゥリン、アイアノアを降ろすの手伝ってくれ」

 魔力切れで意識を失った割には安らかに眠るアイアノアを荷車の片隅に横たえて、ミヅキたちはパメラの宿への帰途に就く。

「それじゃガストンさん、また後で! 今日は晩飯奢ってくれるんでしょ? せっかくなんで、この蟹で一杯やりましょう! 美味しいらしいっすよ?」

「これはまた大物を捕ってきたもんだな……。後で寄らせてもらうよ、パメラさんによろしく」

 日の傾き具合から、大体時刻にして午後4時くらいだろうか。
 夕暮れがそろそろ近い時間、ミヅキたちはガストンと一時の別れを交わし、黄昏たそがれるパンドラの地下迷宮を後にする。

 大きな鍋に食器類、狩りの成果のミミッククラブ、そしてすやすや眠るアイアノアを乗せた荷車は、エルトゥリンに軽々引かれて街道を進んでいった。

「……」

 ミヅキは眠るエルフの彼女の横に並んで歩く。

 何とか無事に冒険を終えられて安堵の笑みを浮かべていた。
 第二回目となったダンジョン探索は、それほど長い時間ではなかったのに、随分と色々なことがあったように思う。

──あっけない感じもするけど、これで今回の女神様の試練は終わりなのかな? 色々な収穫もあったけど、よくわからないことも結構あったな。

 森の街道をがらがらごとごとと進む荷車と歩きながら、ミヅキはダンジョンでの出来事を振り返る。

 詳しい話は宿に帰ってからキッキに聞こうと思っている事柄──。
 10年前のパンドラの地下迷宮で起こった異変について、アイアノアからその発端に発生した現象について聞いた。

──よりにもよって地震だったとはなぁ……。ダンジョンの地下深くで起こった、地殻変動……。その異変を境に、パンドラの地下迷宮は魔物や罠が凶悪になって、冒険者たちが裸足で逃げ出すほど危険度が跳ね上がった。退治し切れなくなった魔物が、魔素と一緒に地上に溢れ出すことがエルフの里に下った神託にある「大いなる災禍」だってアイアノアは言っていたな。

 エルフたちが恐れている災禍──。
 それは、パンドラの地下迷宮の最後がもたらすという、魔物の大暴走モンスタースタンピード

 魔素が地上全土を覆い、ダンジョン内でしか活動できなかった魔物たちが国中を蹂躙し、破滅をもたらすのである。

 手始めとして起こったのが、ダンジョン奥深くで発生した大地震。
 そんな天変地異じみた災害と、多分もう亡くなっているのだろう、キッキの父親の話がどう繋がってくるのか、今晩に聞かなくてはならないと思うと気分が重い。

 気が重いといえば、アイアノアとエルトゥリンのことにしてもそうだ。

──エルフの姉さんたちも腹に一物背に荷物だしな。いったい何だって隠し事なんかしてるのか知らないけど、口を滑らせてしまったのを気付いてるのはエルトゥリンだけで、アイアノアは気づいてなさそうなのがまた、らしいっていうか何というか。大方、族長様の、イニトゥム様だっけ、に何か言い含められてるんだろうな。

 ミヅキは荷車に揺られながら、すぅすぅと眠るアイアノアの寝顔を見下ろす。
 ちらりと豊かな胸元に視線をやるが、別にいやらしい意味ではない。

「……ふぅぅ」

 鼻から長めのため息をつき、ミヅキはまた思い出していた。
 瞬転の鳥居を召喚し、アイアノアの魔力が尽きてしまった時のことだ。

『苦しいっ! 身体に力が入らないっ……! エルトゥリンっ、助けてくれぇっ! またおっぱいに潰されるぅ……!』

『ミ、ミヅキっ、何をしてるのっ!? 姉様にべたべた触らないでったら! 早く離れてよッ、このヘンタイ!』

 別にエルトゥリンからの罵倒の言葉まで思い出す必要はなかったが、アイアノアの豊満な胸に圧し潰されていた際、ミヅキは密着する彼女の身体を通して無意識下で地平の加護の「洞察」を働かせていた。

『太陽の加護・及びエルフ、アイアノアの洞察完了』

 それはダンジョンでの出来事の最中、地平の加護が言ったことだった。
 どうやらアイアノアと太陽の加護の概念を理解したらしい。

「それはいいとして……」

 ミヅキは困ったように渋い顔をする。

 アイアノアの意識が失われていたのもあり、図らずも彼女自身の概念を深いところまで理解するに至ってしまっていた。

──さすがに心まで読むことはできないみたいだけど、この洞察の力にはプライバシーも何もあったもんじゃないな。つくづくと色々な手順をすっ飛ばす能力だ。いくらでも悪用できてしまうじゃないか……。

 ミヅキが知りたかったのは太陽の加護の仕組みと、アイアノアが使用した魔力の運用状況、及び心身に掛かっただろう負担の大きさだ。

 ただしかし、その他についても、「わかってしまったこと」が多々ある。

 それは基本的な身長体重、年齢、健康状態、何ならスリーサイズといったような表面上の情報の暴露だけに留まらない。

──こういうのはあくまで俺の所感なんだけど、今度の洞察で知ってしまったことは物語がある程度進んだり、もっと対象のキャラクターと仲良くなったりしてから段階的に開示される情報だと思うんだよな。いかにも秘密がありそうな身体の特徴とか、心の深いところで今もくすぶってる過去の記憶とかな……。

 冒険が始まり、まだたった二日目しか経っていない。

 なのに、ミヅキはアイアノアの洞察に至り、彼女の秘密を知ってしまった。
 彼女の身体の特徴、心から漏れ出すほどの強い思い。

 もしも「それ」が重要な要素なら、後で雛月が何かを言ってくるだろう。
 今はもやもやする気持ちを抑え、必要な情報にのみ意識を向ける。

──なるほど、アイアノアと太陽の加護の本当の役割がわかってきた。優れた補助をしてくれてたとはいえ、単体で十分な能力を使える地平の加護にとって、太陽の加護はそこまで重要じゃないみたいに思っていたけど、それはとんだ思い違いだ。

 太陽の加護の役割を甘く見ていた。
 あったほうがいい支援能力ではなく、なくてはならない必須の補完能力だ。
 地平の加護は、太陽の加護が真の働きをしてくれなければ本領を発揮できない。

──太陽の加護はあの白と黒の太極図たいきょくずを宿した形態こそが真骨頂で、大き過ぎる神様の力をこっちの世界で使うための橋渡しをしているんだ。それが、きっとアイアノアと太陽の加護に与えられた真の役目だ。

 ミヅキは太陽の加護に秘められた役割と真相に知って驚いた。
 ともあれ、アイアノアの太陽の加護のお陰でありがたい能力は解禁された。

 手に吸い付くほど馴染んでいた太刀柄の感触を思い出し、ミヅキは神から授かった力を改めて実感していた。

──もう一つの異世界、神様の世界の力を借りられるのはこのうえなく心強いぞ。俺のシキの力、日和のくれた不滅の太刀、何より太極天の神通力まで使えるとなると、もう百人力どころか千人力を得たも同然だ。

 地平の加護というイカサマ能力だけでも充分過ぎるアドバンテージだ。
 さらに、人知を超えた神々の力さえ模倣できるのなら、ミヅキの力の地平線はさらなる広がりを見せるだろう。

 何も無い想像の段階から概念を生み出すより、端から強いと確信できる既存概念を取り込んでしまったほうが手っ取り早い。
 それが神の力というなら、これほどおあつらえ向きな力もない。

──当然って言えば当然なんだけど、このパンドラの世界は異世界とはいえ、神様の世界に比べたら、まあ普通の世界ということになるんだろう。だから、上位世界の神様の力を使うため、キーとなるアイアノアと太陽の加護には殊更重要な役割と意味があるって訳だ。

 こうして、ミヅキは地平の加護と太陽の加護の関係を理解するのであった。

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