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第4章 迷宮の異世界 ~パンドラエクスプローラーⅡ~
第102話 アイアノアと太陽の加護2
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アイアノアは自信満々に、強がって言ってしまった。
あれは隠し通路に入ってすぐ、加護の魔力消費について話していたときだ。
『私の魔力にはまだまだ余裕があります。ですので、お気になさらずもっともっと無理を利かせてくださっても大丈夫ですよ。地平の加護のいかなる要求にもお応えすることが、太陽の加護を身に宿す私の責務であると自負しております。気の向くまま心ゆくまで、己を律することなく存分に地平の加護の権能をお振るいになって下さいましっ!』
その気持ちに嘘は無いし、そうありたいと思うことが彼女の誇りだった。
脳裏によぎるのは、ミヅキの何気ない気遣いの言葉。
『アイアノア、平気か?』
『きつそうだったらすぐ言ってくれよな』
『でも、その加護、ずっと出しっ放しで疲れたりしないの?』
神託の勇者と旅立ち、使命の完遂を願い、まだ明かしていない胸の内を秘めて。
絶対の使命を成し遂げるまでアイアノアは止まれない。
まだ冒険は始まったばかりで、こんなところでつまずく訳にはいかない。
進むしかない、迷ってなんていられない。
弱音を吐く姿を見せるなど、断じて否であった。
「はいっ、ミヅキ様……! 太陽の加護は、いつでもいけますっ……! だから、わ、私、頑張りますっ! 一生懸命、頑張って見せますっ!」
「わかった、アイアノア!」
決死の決意にも見えるアイアノアの強い気概。
頷いたミヅキはやはりまだ気づいていない。
彼女に掛かる不可解な負担と魔力の激しい擦り切れ。
それに耐えようとする必死な気持ちに。
使命を与えられているのはミヅキだけでない。
アイアノアもまた、神秘の加護からの試練に臨む渦中である。
「いくぞっ! これでおしまいだっ!」
ミヅキはリビングアーマーたちに地平の加護を発動させる。
洞察が済んでいれば、この手合いの魔物には打って付けの倒し方がある。
『対象選択・《この部屋すべてのリビングアーマー》・効験付与・《金属腐食》』
太刀を構えるミヅキを中心にして、目に見えない力の波が衝撃波のように放射状に広がっていく。
部屋中のリビングアーマーすべてに、余すことなくその影響は及んだ。
レッドドラゴンの鉄より硬い皮膚を蝕んだのと同様に、魔物たちを構成する金属の鎧に対して覿面な被害を与える。
ぎりぎりぎちぎちぎち……!
広い部屋の至る所から、錆び付き、軋む音が響き始めた。
物言わぬ鎧の魔物たちの金属鎧が、揃って茶色く赤錆びて腐食していく。
表面だけでなく、内部深くまで進んだ金属腐食で彼らの硬い身体は台無しだ。
続けて、さらにもう一撃。
『効験付与・《金属疲労》』
連続で力の波が勢いよく放たれ、腐食して錆び付いた魔物たちにとどめを刺す。
ただでさえ脆くぼろぼろになった金属の身体の節々や局部に、無数の微小な亀裂が表れ始め、すべてのリビングアーマーの全身を冒した。
金属疲労とは、金属材料に長時間繰り返し応力が加わって、少しずつゆっくりと損耗していき、最終的には金属自体が弱くなり、破壊に至ることをいう。
急速に腐食と金属疲労が進み、応力腐食割れを起こした結果。
部屋中のリビングアーマーはただ動いているだけで勝手にばらばらと崩壊して、見る見るうちにがらくたの山となり全滅した。
「あっ! 姉様っ、ミヅキっ、無事!?」
鎧の魔物たちの隙間の無い垣根が減り、少し離れた位置にエルトゥリンの戦う姿が見えた。
ミヅキとアイアノアが無事なのがわかって安堵の声をあげている。
それに応えて得意そうな顔をするミヅキの後ろ。
連続した二つもの地平の加護の発動を受けたアイアノアは──。
「……あ、あれ?」
不思議そうな顔をして、目を何度もぱちぱちと瞬かせていた。
さっきまでの激しい魔力消費が嘘みたいである。
たった今、権能を振るった地平の加護に魔力を少ししか持っていかれなかった。
何故なのか、理由はまた不明だった。
ただ、掛かる負担がほぼ無かったことにとりあえずは安心してしまった。
──どういうこと? てっきり、また多くの魔力を失うと思ったのに……。確かにこれまでも、ミヅキ様の付与魔法の魔力消費はそれほどでもなかったけれど……。うう、よく、わからない……。それに──。
「太陽の加護が元に戻ってる……?」
怪訝そうな顔でアイアノアの見上げる先の、自らが従える加護の姿。
いつの間にか太陽の加護は、白と黒の勾玉巴の姿から元の輝かしいだけの球体の姿へと戻っていた。
「ほっ、良かった……」
何が何だかだかわからないままだったものの、当面の危機と自分への過大な負荷は終わりを迎えたようだ。
アイアノアは心底胸を撫でおろすのだった。
但し、その安らいだ気持ちは次の瞬間に早くも裏切られることになる。
「アイアノア、安心するのはもうちょっと後だ」
ミヅキの油断のない声に、アイアノアはぎくっとして顔を上げる。
散らばるがらくたの山と化した、リビングアーマーたちの無数の成れの果て。
残骸となったそれらから、黒い霧めいた邪悪なものが立ち上っている。
それらは揺らめきながらはっきりと人の形になり、そこら中に湧いて出る。
「これが、こいつらの本体って訳か!」
シキとなったミヅキは戦いの意識が高まり、不安や恐怖といった余計な感情を排した戦闘特化のマシーンになっていた。
疑いなく、迷いも無く、戦いが継続されているのを受け止め、行動に移る。
黒い影たちは、ダンジョンの魔素が具象化した気体状の魔物。
ファントム、シャドウストーカーと呼ばれる魔物の類で、人に取りついて意識を操ったり、意思を持たない鎧に入り込んで自在に動かしたりする。
黒い影は闇そのもの、本質は魔であり邪であり。
ミヅキはいつかの夕緋の言葉を思い出し、黒い影たちを見渡しつつ、その弱点をすでに看破していた。
「邪悪な魔物には、神威明らかな聖なる神様の威光がよく効きそうだよな!」
影の魔物たちが再度構築した包囲陣に向かって、不滅の太刀の白刃を片手で水平に構え、もう片方の手で刀印《とういん》を結び、静かに瞳を閉じた。
ファントムかシャドウストーカーたちは正体を現してから、何をする猶予も与えられはしなかった。
問答無用で、洞察による弱点解明からの一方的な攻撃で手も無く滅び去る。
ミヅキのシキの力が解放され、併せて太陽の加護も再びそれに倣ったのだ。
『対象選択・《すべての影の魔物》』
元の光の球体の形態に戻っていた太陽の加護がもう一度変じる。
太極図を表す、陰陽勾玉巴の覚醒した姿へと瞬時に形態変化を果たした。
ミヅキが放つ「大いなる偉大な力」が、高次元世界たる神々の異世界に帰属する究極の神通力の顕現であったから。
『効験付与・神降ろし・《太極天降臨》』
広い部屋が真っ白い光に満たされた。
刀印を結んだミヅキの手の、不滅の太刀の白刃から目を開けていられないほどの強い閃光がほとばしった。
カッ……!!
遮蔽物さえ貫通する強烈な光は、温かく包容力に満ちていた。
善なる者を救い、悪なる者を悉く打ち滅ぼす慈愛の優しさと苛烈な厳しさを兼ね備えていた。
ミヅキの意思を介在し、異世界から届いた大神の神威の召喚。
邪悪な影の魔物たちは一瞬にして、蒸発するかのように消滅していた。
モンスターハウスの罠の部屋から敵の気配は完全に消えた。
ミヅキが神の力を下ろしてからは、一方的となった戦いの勝利であった。
しかし──。
「ふわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁんっ……!? あ、あぁぁーっ……」
アイアノアはとうとう腰が砕けて、ぺたんと膝からへたり込む。
せっかく頑張って立っていたのに、油断していたところを不意打ちされ、長い耳がびーんとそそり立つほど驚いてしまった。
両手を冷たい石床に付き、荒い呼吸をしてうなだれた身体を揺らしている。
消耗しきった身体は火照り、魔力が残り少なく意識が飛んでしまいそうだ。
何とか気力で持ち堪えていたがもう本当に限界であった。
──また物凄い量の魔力を持っていかれた……。うぅ、もう魔力がほとんど残ってないよ……。で、でも、そういうことね……。何となくわかった……。
目だけを動かし、見上げるのは空中の太陽の加護。
今まさに、何食わぬ顔で役目を終えたとばかりに、加護は白と黒の模様を消して再びと光の球形態へ戻る最中であった。
それを見て、アイアノアは魔力大量消費の仕組みに触れ、少しの理解に及ぶ。
──違いはまだわからないけれど、ミヅキ様が特定の御力を使うと太陽の加護の形態が変わり、尋常じゃないくらいの魔力を必要とするみたい……。ミヅキ様の扱う付与魔法──、竜の火炎を吹く魔物の行動の再現や、私の風の魔法を模倣してさらに昇華させる権能……。先日お使いになっていた魔法の数々も、魔力消費はそれほどでもなかったのに……。
アイアノアがミヅキの付与魔法を目の当たりにしてからの日は浅い。
前回と今回で何度か補助に回って、その凄さに驚きはしたものの、ここまで心身を疲弊させられるものではなかった。
しかし、太陽の加護が真の姿を現してからはまるで違っていた。
──だけど、何もないところから剣を出したり、不思議なお姿になられたり……。何よりも圧倒的な神の威光を思わせる光を放たれたとき、そのやり取りに莫大な魔力を要した……。
不滅の太刀を抜き、シキの身体に変化した。
太極天の神の力で魔物たちを一掃した。
その際に消耗した魔力はひときわ顕著であった。
──太陽の加護にはまだ私の知らない秘密がある……。何かの意味がありそうな白と黒の模様を浮かべ、私の心に見せたあの不思議な世界はこのことと何か関係があるのかしら……。
アイアノアは、ミヅキが渡るもう一つの異世界を知らない。
即ち、神々の異世界のことを。
──そして、あの場所にいたミヅキ様のような御方……。
太極図を表した太陽の加護が見せた、黄金色の神の世界。
彼の場所、太極山にて神々の奉納試合を戦うミヅキの姿を遠く見てしまった。
それらはエルフの彼女でも理解が及ばない事象であった。
「……はぁ。いったい何がどうなってるのよ、もう……」
勝利に鼻を鳴らして仁王立ちするミヅキの背を見つめ、長い耳をすっかりとしおれさせて、アイアノアは大きくて深いため息をついた。
太陽の加護が見せた不思議な世界で見たミヅキのような人物は、何だか今目の前にいる変わった服装のミヅキによく似ている気がした。
「……ううん、でも──」
ゆっくりと首を横に振り、わからないことを考えるのはやめにした。
何を思うのか、その美しくも儚げな顔は微笑みを見せる。
理由はわからないが、不可解な事実に何も嫌な思いはしなかったから。
「あっ、アイアノア、大丈夫かっ? どこか怪我でもしたっ?」
「いえ、平気です……。今の眩しい光に少し驚いてしまっただけです……」
振り向いたミヅキは、衰弱して座り込むアイアノアの状況に今更みたいに驚いて手を差し伸べた。
その手をしっかりと取って、立ち上がるアイアノア。
シキのミヅキの手は力強く、同じくらいの体格の彼女を軽々と引き起こした。
──あっ、また……!
ミヅキと手と手を繋いだ瞬間、アイアノアの脳裏に再び見えた気がした。
神々の住まう不思議なあの異世界が。
それがいつのことだったのか、何の記憶だったのかはわからない。
アイアノアは神々が集う戦いの舞台にて、シキとして戦うミヅキと肩を並べていた情景を感じるのであった。
「姉様ぁっ、ミヅキーっ!」
鎧の魔物の残骸を踏み散らして、エルトゥリンが二人の所へ戻ってくる。
無敵の星の加護を有する彼女は、まったくの無傷だった。
結局、罠でしかなかった隠し部屋での出来事は──。
地平の加護と太陽の加護の思わぬ関係性と秘密を、その使い手たちに知らしめることになった。
ミヅキには、パンドラの地下迷宮のこの異世界でも、神々の世界と己の精神を同期させ、額面通りの神の力を自在に行使できるという仕組みを気付かせた。
アイアノアには、ミヅキが神の世界の力を扱う度に、異常なまでの魔力を要求され、大きな負荷を強いられるという過酷な事実を突きつけた。
女神様の試練は、地平の加護のミヅキに与えられし使命であり試練。
では、太陽の加護のアイアノアに与えられた試練とは──。
あれは隠し通路に入ってすぐ、加護の魔力消費について話していたときだ。
『私の魔力にはまだまだ余裕があります。ですので、お気になさらずもっともっと無理を利かせてくださっても大丈夫ですよ。地平の加護のいかなる要求にもお応えすることが、太陽の加護を身に宿す私の責務であると自負しております。気の向くまま心ゆくまで、己を律することなく存分に地平の加護の権能をお振るいになって下さいましっ!』
その気持ちに嘘は無いし、そうありたいと思うことが彼女の誇りだった。
脳裏によぎるのは、ミヅキの何気ない気遣いの言葉。
『アイアノア、平気か?』
『きつそうだったらすぐ言ってくれよな』
『でも、その加護、ずっと出しっ放しで疲れたりしないの?』
神託の勇者と旅立ち、使命の完遂を願い、まだ明かしていない胸の内を秘めて。
絶対の使命を成し遂げるまでアイアノアは止まれない。
まだ冒険は始まったばかりで、こんなところでつまずく訳にはいかない。
進むしかない、迷ってなんていられない。
弱音を吐く姿を見せるなど、断じて否であった。
「はいっ、ミヅキ様……! 太陽の加護は、いつでもいけますっ……! だから、わ、私、頑張りますっ! 一生懸命、頑張って見せますっ!」
「わかった、アイアノア!」
決死の決意にも見えるアイアノアの強い気概。
頷いたミヅキはやはりまだ気づいていない。
彼女に掛かる不可解な負担と魔力の激しい擦り切れ。
それに耐えようとする必死な気持ちに。
使命を与えられているのはミヅキだけでない。
アイアノアもまた、神秘の加護からの試練に臨む渦中である。
「いくぞっ! これでおしまいだっ!」
ミヅキはリビングアーマーたちに地平の加護を発動させる。
洞察が済んでいれば、この手合いの魔物には打って付けの倒し方がある。
『対象選択・《この部屋すべてのリビングアーマー》・効験付与・《金属腐食》』
太刀を構えるミヅキを中心にして、目に見えない力の波が衝撃波のように放射状に広がっていく。
部屋中のリビングアーマーすべてに、余すことなくその影響は及んだ。
レッドドラゴンの鉄より硬い皮膚を蝕んだのと同様に、魔物たちを構成する金属の鎧に対して覿面な被害を与える。
ぎりぎりぎちぎちぎち……!
広い部屋の至る所から、錆び付き、軋む音が響き始めた。
物言わぬ鎧の魔物たちの金属鎧が、揃って茶色く赤錆びて腐食していく。
表面だけでなく、内部深くまで進んだ金属腐食で彼らの硬い身体は台無しだ。
続けて、さらにもう一撃。
『効験付与・《金属疲労》』
連続で力の波が勢いよく放たれ、腐食して錆び付いた魔物たちにとどめを刺す。
ただでさえ脆くぼろぼろになった金属の身体の節々や局部に、無数の微小な亀裂が表れ始め、すべてのリビングアーマーの全身を冒した。
金属疲労とは、金属材料に長時間繰り返し応力が加わって、少しずつゆっくりと損耗していき、最終的には金属自体が弱くなり、破壊に至ることをいう。
急速に腐食と金属疲労が進み、応力腐食割れを起こした結果。
部屋中のリビングアーマーはただ動いているだけで勝手にばらばらと崩壊して、見る見るうちにがらくたの山となり全滅した。
「あっ! 姉様っ、ミヅキっ、無事!?」
鎧の魔物たちの隙間の無い垣根が減り、少し離れた位置にエルトゥリンの戦う姿が見えた。
ミヅキとアイアノアが無事なのがわかって安堵の声をあげている。
それに応えて得意そうな顔をするミヅキの後ろ。
連続した二つもの地平の加護の発動を受けたアイアノアは──。
「……あ、あれ?」
不思議そうな顔をして、目を何度もぱちぱちと瞬かせていた。
さっきまでの激しい魔力消費が嘘みたいである。
たった今、権能を振るった地平の加護に魔力を少ししか持っていかれなかった。
何故なのか、理由はまた不明だった。
ただ、掛かる負担がほぼ無かったことにとりあえずは安心してしまった。
──どういうこと? てっきり、また多くの魔力を失うと思ったのに……。確かにこれまでも、ミヅキ様の付与魔法の魔力消費はそれほどでもなかったけれど……。うう、よく、わからない……。それに──。
「太陽の加護が元に戻ってる……?」
怪訝そうな顔でアイアノアの見上げる先の、自らが従える加護の姿。
いつの間にか太陽の加護は、白と黒の勾玉巴の姿から元の輝かしいだけの球体の姿へと戻っていた。
「ほっ、良かった……」
何が何だかだかわからないままだったものの、当面の危機と自分への過大な負荷は終わりを迎えたようだ。
アイアノアは心底胸を撫でおろすのだった。
但し、その安らいだ気持ちは次の瞬間に早くも裏切られることになる。
「アイアノア、安心するのはもうちょっと後だ」
ミヅキの油断のない声に、アイアノアはぎくっとして顔を上げる。
散らばるがらくたの山と化した、リビングアーマーたちの無数の成れの果て。
残骸となったそれらから、黒い霧めいた邪悪なものが立ち上っている。
それらは揺らめきながらはっきりと人の形になり、そこら中に湧いて出る。
「これが、こいつらの本体って訳か!」
シキとなったミヅキは戦いの意識が高まり、不安や恐怖といった余計な感情を排した戦闘特化のマシーンになっていた。
疑いなく、迷いも無く、戦いが継続されているのを受け止め、行動に移る。
黒い影たちは、ダンジョンの魔素が具象化した気体状の魔物。
ファントム、シャドウストーカーと呼ばれる魔物の類で、人に取りついて意識を操ったり、意思を持たない鎧に入り込んで自在に動かしたりする。
黒い影は闇そのもの、本質は魔であり邪であり。
ミヅキはいつかの夕緋の言葉を思い出し、黒い影たちを見渡しつつ、その弱点をすでに看破していた。
「邪悪な魔物には、神威明らかな聖なる神様の威光がよく効きそうだよな!」
影の魔物たちが再度構築した包囲陣に向かって、不滅の太刀の白刃を片手で水平に構え、もう片方の手で刀印《とういん》を結び、静かに瞳を閉じた。
ファントムかシャドウストーカーたちは正体を現してから、何をする猶予も与えられはしなかった。
問答無用で、洞察による弱点解明からの一方的な攻撃で手も無く滅び去る。
ミヅキのシキの力が解放され、併せて太陽の加護も再びそれに倣ったのだ。
『対象選択・《すべての影の魔物》』
元の光の球体の形態に戻っていた太陽の加護がもう一度変じる。
太極図を表す、陰陽勾玉巴の覚醒した姿へと瞬時に形態変化を果たした。
ミヅキが放つ「大いなる偉大な力」が、高次元世界たる神々の異世界に帰属する究極の神通力の顕現であったから。
『効験付与・神降ろし・《太極天降臨》』
広い部屋が真っ白い光に満たされた。
刀印を結んだミヅキの手の、不滅の太刀の白刃から目を開けていられないほどの強い閃光がほとばしった。
カッ……!!
遮蔽物さえ貫通する強烈な光は、温かく包容力に満ちていた。
善なる者を救い、悪なる者を悉く打ち滅ぼす慈愛の優しさと苛烈な厳しさを兼ね備えていた。
ミヅキの意思を介在し、異世界から届いた大神の神威の召喚。
邪悪な影の魔物たちは一瞬にして、蒸発するかのように消滅していた。
モンスターハウスの罠の部屋から敵の気配は完全に消えた。
ミヅキが神の力を下ろしてからは、一方的となった戦いの勝利であった。
しかし──。
「ふわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁんっ……!? あ、あぁぁーっ……」
アイアノアはとうとう腰が砕けて、ぺたんと膝からへたり込む。
せっかく頑張って立っていたのに、油断していたところを不意打ちされ、長い耳がびーんとそそり立つほど驚いてしまった。
両手を冷たい石床に付き、荒い呼吸をしてうなだれた身体を揺らしている。
消耗しきった身体は火照り、魔力が残り少なく意識が飛んでしまいそうだ。
何とか気力で持ち堪えていたがもう本当に限界であった。
──また物凄い量の魔力を持っていかれた……。うぅ、もう魔力がほとんど残ってないよ……。で、でも、そういうことね……。何となくわかった……。
目だけを動かし、見上げるのは空中の太陽の加護。
今まさに、何食わぬ顔で役目を終えたとばかりに、加護は白と黒の模様を消して再びと光の球形態へ戻る最中であった。
それを見て、アイアノアは魔力大量消費の仕組みに触れ、少しの理解に及ぶ。
──違いはまだわからないけれど、ミヅキ様が特定の御力を使うと太陽の加護の形態が変わり、尋常じゃないくらいの魔力を必要とするみたい……。ミヅキ様の扱う付与魔法──、竜の火炎を吹く魔物の行動の再現や、私の風の魔法を模倣してさらに昇華させる権能……。先日お使いになっていた魔法の数々も、魔力消費はそれほどでもなかったのに……。
アイアノアがミヅキの付与魔法を目の当たりにしてからの日は浅い。
前回と今回で何度か補助に回って、その凄さに驚きはしたものの、ここまで心身を疲弊させられるものではなかった。
しかし、太陽の加護が真の姿を現してからはまるで違っていた。
──だけど、何もないところから剣を出したり、不思議なお姿になられたり……。何よりも圧倒的な神の威光を思わせる光を放たれたとき、そのやり取りに莫大な魔力を要した……。
不滅の太刀を抜き、シキの身体に変化した。
太極天の神の力で魔物たちを一掃した。
その際に消耗した魔力はひときわ顕著であった。
──太陽の加護にはまだ私の知らない秘密がある……。何かの意味がありそうな白と黒の模様を浮かべ、私の心に見せたあの不思議な世界はこのことと何か関係があるのかしら……。
アイアノアは、ミヅキが渡るもう一つの異世界を知らない。
即ち、神々の異世界のことを。
──そして、あの場所にいたミヅキ様のような御方……。
太極図を表した太陽の加護が見せた、黄金色の神の世界。
彼の場所、太極山にて神々の奉納試合を戦うミヅキの姿を遠く見てしまった。
それらはエルフの彼女でも理解が及ばない事象であった。
「……はぁ。いったい何がどうなってるのよ、もう……」
勝利に鼻を鳴らして仁王立ちするミヅキの背を見つめ、長い耳をすっかりとしおれさせて、アイアノアは大きくて深いため息をついた。
太陽の加護が見せた不思議な世界で見たミヅキのような人物は、何だか今目の前にいる変わった服装のミヅキによく似ている気がした。
「……ううん、でも──」
ゆっくりと首を横に振り、わからないことを考えるのはやめにした。
何を思うのか、その美しくも儚げな顔は微笑みを見せる。
理由はわからないが、不可解な事実に何も嫌な思いはしなかったから。
「あっ、アイアノア、大丈夫かっ? どこか怪我でもしたっ?」
「いえ、平気です……。今の眩しい光に少し驚いてしまっただけです……」
振り向いたミヅキは、衰弱して座り込むアイアノアの状況に今更みたいに驚いて手を差し伸べた。
その手をしっかりと取って、立ち上がるアイアノア。
シキのミヅキの手は力強く、同じくらいの体格の彼女を軽々と引き起こした。
──あっ、また……!
ミヅキと手と手を繋いだ瞬間、アイアノアの脳裏に再び見えた気がした。
神々の住まう不思議なあの異世界が。
それがいつのことだったのか、何の記憶だったのかはわからない。
アイアノアは神々が集う戦いの舞台にて、シキとして戦うミヅキと肩を並べていた情景を感じるのであった。
「姉様ぁっ、ミヅキーっ!」
鎧の魔物の残骸を踏み散らして、エルトゥリンが二人の所へ戻ってくる。
無敵の星の加護を有する彼女は、まったくの無傷だった。
結局、罠でしかなかった隠し部屋での出来事は──。
地平の加護と太陽の加護の思わぬ関係性と秘密を、その使い手たちに知らしめることになった。
ミヅキには、パンドラの地下迷宮のこの異世界でも、神々の世界と己の精神を同期させ、額面通りの神の力を自在に行使できるという仕組みを気付かせた。
アイアノアには、ミヅキが神の世界の力を扱う度に、異常なまでの魔力を要求され、大きな負荷を強いられるという過酷な事実を突きつけた。
女神様の試練は、地平の加護のミヅキに与えられし使命であり試練。
では、太陽の加護のアイアノアに与えられた試練とは──。
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