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第4章 迷宮の異世界 ~パンドラエクスプローラーⅡ~

第99話 モンスターハウスだ!

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「う、うーん……」

 徐々に意識が戻ってきて、ミヅキは唸りながら目を覚ました。

 見上げる真上に、覗き込む格好のアイアノアのほっとした顔があった。
 後頭部に柔らかい感触があり、どうやら膝枕ひざまくらに頭を乗せてもらっているようだ。
 大迫力の巨乳越しなので、彼女の顔は半分見えない。

「あっ、お気付きになられましたか、ミヅキ様っ。……そ、その、お首のお加減はいかがですか……?」

 ほわほわと目の前をよぎる緑色の光は癒やしの風の魔法で、もう首の激痛は嘘のように消えてしまっていた。

「あ、あぁ、ありがと……。もう大丈夫みたい……」

「良かった……。どうか、妹の無礼をお許し下さいまし……」

 胸を撫でおろすアイアノアを見ながら人心地ついていると、ガタンゴトンと物音が聞こえてくる。
 もう痛くない首を捻り、音がするほうへ視線を向けた。

 すると、砕かれた宝箱から蟹の魔物、ミミッククラブを引きずり出そうとしているエルトゥリンの姿が見えた。

 大きな鋏を荒々しく引っ掴み、片足で壊れた宝箱を乱暴に蹴りつけている。
 本体と住まいだった箱を力づくに引き剥がしているようだ。

「くそう、食いしん坊エルフめ……。また食べる気だな……」

 ミヅキが気を失ってから、そう大した時間は経っていない様子だ。
 アイアノアにお礼を言って、ゆっくり起き上がり、辺りを見渡す。

 ぽんぽんとお尻の埃を払って立つアイアノアと、頭上に光る太陽の加護。
 蛮行に及ぶエルトゥリンと、逆に獲物にされてしまった大きな蟹の魔物。

 特にさっきと何かが変わった様子は無いように見える。
 が、ミヅキは言い知れない胸騒ぎをざわざわと感じていた。

「なんだ? 変な違和感がある……」

 この感覚は地平の加護のおかげである。
 意識を失う前後で、普通なら見逃してしまう些細な異常を嗅ぎ取っていた。

「うっ……?!」

 違和感に気づいて、全身にぞわりと悪寒が走り抜ける。
 何故なら、それらの様子がわずかずつ変わっていたからだ。

 部屋を包囲する、大勢の甲冑の置物の位置や体勢が──。
 真正面を向いていたはずの兜が、一斉にこちらを向いている。
 ミヅキは叫んだ。

「アイアノアッ、危ないッ!!」

 彼女の背後にゆらりと何かが蠢く気配がした。
 ミヅキは咄嗟にアイアノアの肩を抱き寄せて、もつれ合いながら床に転がる。

「きゃっ!? ミヅキ様、どうされましたかっ?」

 急に身体同士が密着することになり、アイアノアはミヅキの胸の中で驚く。
 ほぼ同時に、空気を切る音と鈍い金属音が響いた。

 ぶぉん、がきんッ!

 今までミヅキとアイアノアが立っていた空間を、鋭い剣が通り抜けていた。
 空を切った凶刃は、石の床に強く打ち付けられる。

「やっぱり、こいつらも魔物だったのか……! アイアノア、乱暴してごめん! すぐに立って!」

「は、はいっ! こ、これは……!」

 ミヅキはすぐ体勢を整え、アイアノアをかばって立つ。

 二人の前に立っていたのは、ロングソードを振り下ろした後の、ぎちぎちと動きの硬い全身甲冑であった。

 中身は空っぽの空洞、パンドラの地下迷宮の魔素を原動力として動いている。
 侵入者抹殺のために行動するダンジョンの防衛機構で、先のガーゴイルやゴーレムの役割は同様だ。

 リビングアーマー。
 意思を持って独りでに動く鎧の魔物である。

 今まで身じろぎ一つしなかったそいつらは、もう遠慮なく動き出していた。
 部屋の四方からガチャガチャと金属音を鳴らしながら、ミヅキたちを騒々しく取り囲む。
 ゆうに百体を超える鎧の魔物が、ぞろぞろとミヅキたちに襲い掛かった。

「しかも、モンスターハウスかよ! これ全部が魔物だったのか……!」

 ミヅキの叫び通り、配置されていた全部の甲冑が初めからリビングアーマーの群れであり、魔物が大量発生していたこの部屋はモンスターハウスの罠である。

「俺たちをミミックの罠で引き付けておいて、気を取られている間にすでに包囲済みのリビングアーマーたちで仕留める。隙の無い二段構えの罠だったって訳だ!」

 隠し通路の先に罠の部屋を作り出し、これほどの物量をもって侵入者を捕食しようと企むパンドラの地下迷宮の歪さが見えた気がした。

「姉様ぁッ! ミヅキィッ!」

 遠くでエルトゥリンの叫ぶ声がするが殺到する鎧の魔物たちが遮り、もうその姿は見えなくなっている。

 すぐさま戦闘を開始したエルトゥリンのハルバートを振り回す音と、派手に金属がひしゃげて砕ける音が断続的に部屋に響き始めた。

 離れて狩りの作業していたのが裏目に出て、たちまちミヅキたちと合流することができない。

「こっちはこっちでどうにかするしかないな……!」

 ミヅキは苦々しく表情を歪めた。
 鎧の魔物たちの着実な進攻に距離を詰められ、大技を使うのがためらわれる。

──こんな至近距離で、必殺のドラゴンのファイアーブレスは吐けない……! 炎が跳ね返ってくるかもしれないし、輻射熱ふくしゃねつで後ろのアイアノアが危ない……!

「──こうなったら!」

 ミヅキは右手を腰に下げている、ショートソードの柄に掛けた。
 迷っている時間はもう無い。

 手に手に、剣、槍、斧などを持ったリビングアーマーの群れに立ち向かわなくてはならない。

 先手必勝の勢いのまま剣を抜き払い、ミヅキは手近の鎧の魔物に斬りかかった。
 ただしかし、それは短絡的な悪手でしかない。

「ミヅキ様っ、いけませんっ!」

 アイアノアの切羽詰まった叫び声が耳に届いたのと、ミヅキが力任せに振るった鉄の小剣がリビングアーマーの頭を薙いだのは同時だった。
 ガーンッ、という鋭い音がけたたましく鳴る。

「うぁッ……!?」

 剣を叩きつけた激しい反動で、ミヅキは呻いてよろめいた。
 鎧の魔物の防御力は想像以上に高く、剣の一撃は簡単に弾き返されてしまった。

 小刻みに震えて痺れる手には感覚が無い。
 握っていたはずのショートソードも衝撃で手から離してしまったのか、いつの間にかどこかへ落として無くなってしまっていた。

 斬りつけたリビングアーマーは少しぐらついたものの、ほぼ動じていない。
 頭部兜に申し訳程度の打痕だこんが刻まれただけで、与ダメージは皆無に等しい。

「こいつらも、硬いッ……!? さっきのムカデと同じか……!?」

 ミヅキの声は震え、びりびりと痺れる手と鎧の魔物との間に視線を往復させる。

 パンドラの地下迷宮の環境が彼らの肉体たる鎧を生成した際に、硬く丈夫な金属を潤沢に含有させ、その防御力は恐ろしいまでに高くなっているのである。

 それでなくても、ただの人間でしかないミヅキが太刀打ちできるほど、現在のパンドラの魔物たちは安い相手ではないのだ。

 ざんッ……!

「……うぐっ! 痛ってぇ……」

 そして、ミヅキの非力な一撃に揺らぎつつも、リビングアーマーは迷いの無い剣の斬り下ろしを必殺の間合いで放っていた。
 身体が衝撃に揺らされ、後から遅れて鈍痛がやってきた。

 気付くと後ろに倒されていて、どこを斬られたのかを脳と感覚が認識する。
 重い痛みが右の肩にじんじんと響いている。

 黒いローブが右肩から腹部に掛けて切り裂かれていた。
 下に着込んだ鎖帷子くさりかたびらが無かったら、致命的な怪我を負ってしまうところだ。

 なけなしの武器を失い、右手の感覚も失い、斬られた痛みと衝撃で尻餅をついたミヅキを、迫るリビングアーマーたちが不気味に見下ろす。

「くっそぉ……。やっぱり近接戦闘ができないってのは相当にきつい……! 地平の加護の力は凄いけど、強力な魔法もこう距離を詰められたら使うに使えないじゃないか……!」

 魔法使いは距離を詰めれば容易く倒せる、というのは定石の戦法だ。
 いかに強力な加護を備えていようとその権能を使えないのであれば、ミヅキにもそれは当てはまる。

「ミヅキ様ぁっ……! ……ッ!」

 背中のほうから聞こえるアイアノアの悲痛な叫び声がぼやけている。
 姉とミヅキの危機に半狂乱になるエルトゥリンの猛り声が遠くに聞こえた。

 絶体絶命のピンチ。
 有無を言わせない数の暴力の前に手も無く屈服させられる。

「……何か他に手はないかな」

 しかし、ミヅキは冷静そのもので、特に慌ててはいなかった。
 幾ばくの時も残されていない危機的状況だというのに、ひどく落ち着いている。

 昂ぶった意識を鎮め、ゆっくりとため息みたいな深呼吸をし、尻餅を着いたままの体勢で辺りをきょろきょろ見回す。
 そして、吹き出すみたいに笑い、呟いた。

「このピンチになると掛かるタイムアウト現象……。地平の加護の仕業なんだろうけど、つくづく便利でずるい能力だよなぁ。感謝しとくよ、雛月」

 誰に言うでもない独り言を言うミヅキを除き、その場のすべてが停止していた。
 何もかもが動きを失い、辺りはしんと静まり返って無音。

 後ろのアイアノアは、ミヅキの名を叫んだ姿のまま止まっている。
 エルトゥリンはリビングアーマーの群れに巻かれて、足止めをくっている姿で。
 鎧の魔物たちも、元の置物の状態に戻ったかのように一斉に動きを止めていた。

 いや、正確には時が止まっている訳ではない。

「ええと、この時間停止は俺の頭の中だけで起こってるらしいから、自由に身体を動かしたりはできなくて、本当はちょっとずつゆっくり時間は進んでるんだ。地平の加護が指示待ちをしている保留時間に俺はじっくり考えをまとめられる」

 ミヅキは自分に言い聞かせて説明口調で言った。

「頭の中が妙にしゃきっとしてるな……。雛月、今度は何を俺に思い出させてくれるんだ? このやばい状況をひっくり返す逆転の名案を頼むぜ」

 すっかり受け身で、口を開けて餌を待つひな鳥の状態のミヅキは、地平の加護に起死回生の一手を大いに期待する。

 地平の加護の化身は、ミヅキの疑似人格を名乗る朝陽そっくりな雛月。
 言葉巧みに飄々ひょうひょうと振る舞う、ご都合主義な怪しげな存在。

「いいように操られてる感じだけど、不思議と嫌な気はしないんだよな……。実際、助けてもらってるんだし、いっそ開き直って頼らせてもらうとするか」

 都合よく逆転の目を提供するのが地平の加護の役目である。

 やれやれ、調子に乗っちゃって仕方のない三月だなぁ、という雛月の呆れた声が聞こえてきそうであった。

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