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第4章 迷宮の異世界 ~パンドラエクスプローラーⅡ~

第84話 ドワーフ、ゴージィ親分

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「じゃあ姉様、私はキッキと一緒にパンドラまでひとっ走り行ってくるね」

「ええ、お願い。しっかりね」

 トリスの街、北の広場はそれなりの盛況の様子を呈していた。
 幾本かの通りが集まってきているこの場所は、パンドラの地下迷宮へ続く街外れの街道前の要所である。
 ミヅキとアイアノアは、配達係りのエルトゥリンとキッキと一旦別れる。

 まばらな人ごみの向こうにエルトゥリンの引く荷車の後ろ姿が消えていき、その上に腰掛けたキッキが元気良く、行ってくるねー、と手を振っていた。
 パンドラの地下迷宮のある山岳地帯の方向へ二人の姿が見えなくなるまで見送ると、ミヅキと横並びに立っていたアイアノアが振り向いて、にこやかに笑った。

「それではミヅキ様、私たちも行きましょう」

「あ、ああ、そうしようか」

 ふわりと金色の柔らかそうな長い髪が風になびいた。
 緑色に輝く宝石みたいな瞳に見つめられ、どうにも緊張してしまうミヅキはそっぽを向いた。

 やはり、空想の産物で憧れの対象でしかなかったエルフの美女と二人っきりには、年甲斐も無く胸がドキドキして落ち着かない。
 忘れていた少年心を思い出して顔を紅潮させ、慣れるまでしばらくは照れ続けることになるだろうなぁと覚悟した。

 そんなミヅキの気持ちは露知らず、アイアノアはミヅキの身なりを上へ下へ視線を動かし見て、またキラキラした目で見つめてきた。

「まずは、ミヅキ様の装備を整えるところから始めましょうかっ。いくらミヅキ様がもの凄い御力をお持ちになっていても、丸腰でダンジョンに挑むのはあまりに危険が過ぎます。まして、それがパンドラの地下迷宮ともなれば尚更です」

「よし、わかった。……もう丸腰は勘弁だ」

 思い出すのは、武器も持たされずに決死の試合に放り込まれた神々の異世界での苦い記憶。
 腹黒く浅慮せんりょな女神の日和に比べて、きちんと当たり前にミヅキの身の安全を考えてくれるアイアノアのほうがよっぽど女神に見えるというものだ。

「ええと、確かこの辺りで一番大きな武具屋は……。ああ、あそこです。ミヅキ様を探している間、この街のことも覚えて回ってたんですよ。行きましょうっ」

 アイアノアは嬉しそうに、ミヅキの手を無邪気にぎゅっと握って取った。
 か細い指のほんのり温かい感触が、手を伝って心地良い刺激を生む。
 そんな屈託の無いエルフ美女の熱烈な応対に、ますますと照れてしまうミヅキ。

「いやぁ、こりゃ役得が過ぎるなぁ。そんなに引っ張らなくたって、どこにも行きやしないから大丈夫だよ、アイアノア」

「あっ、申し訳ありません。私ったら、ミヅキ様のご都合を考えず、つい嬉しくってはしゃいでしまいました」

 ぱっと手を放し、長い耳を下向きに若干しおれさせる。
 しゅんとした顔をして両手を前でもじもじと揉んでいるアイアノア。
 そんな可愛らしい仕草を見て、ミヅキはまた照れ笑って言った。

「ああいや、さっきは俺が仕切るみたいなことを言ったけど、冒険者の経験やら知識なんてのはまるで無い素人だから、こうやって引率してくれるのは助かるよ。当面、アイアノアとエルトゥリンには頼り切りになると思うけどよろしくね」

「はいっ、それはもうお任せ下さいまし! 私もエルトゥリンも、ミヅキ様の使命の成就のため、身も心もお捧げする覚悟です! だから、きっと一緒にパンドラの踏破を果たしましょうねっ! 私、頑張りまぁすっ!」

 ひときわ注目を浴びるほどの大声をあげると、結局またミヅキの手を力強く握り締め、アイアノアは元気いっぱいに走り出す。
 やっぱり意外に強い力で引っ張られていくミヅキも参った顔をしているものの、満更ではなさそうして思っていた。 

──女神様の試練とやらも悪いことばっかりじゃないな。こんなにも美人なエルフの女の子とデートできるなんて本当に夢みたいだ。あっ、だけど、夕緋ごめんよ……。これは決して浮気じゃないからな。無事に現実世界に帰るために仕方なくやってることなんだ。不本意だけど、異世界の現地の人々と良好な関係を築いておくのは、合理的且つスムーズに試練を乗り越えるには全くもって仕方がないことなんだ! きっとそう!

 異世界を巡る物語の主人公にありがちな排他的権利はいたてきけんり享受きょうじゅする。
 見目麗しい女の子たちに囲まれる特権を、あくまで仕方なく満喫するのである。

 ミヅキは将来を約束した夕緋に申し訳なく思いながらも、パンドラ攻略に向けての行動を開始するのであった。

「ごめんくださーい」

 ドアというには大きめで両開きの重厚な扉を開けると、ガランゴロンとこれまた大きめのくぐもったドアベルが広い店内に鳴り響く。
 アイアノアが挨拶の声をあげ、後に続くミヅキが足を踏み入れたのは、北の広場では最も大きな店舗を構える武具の店だった。

 表の鉄製の看板には「ゴージィ親分の武具屋」と店名が掲げられていた。

「へぇ、雰囲気あるなぁ」

 店内を見渡し、思わず呟くミヅキ。

 木造の建物で、吹き抜けの広い空間が広がっており、床は不揃いな大きさの石畳が敷き詰められていて、部屋中に日常生活には無縁な武器や防具が所狭しと陳列されていた。

 壁には一面に様々な武器類、剣、槍、斧が数多く掛けられていて、武器だけではなく装飾品としてでも飾れそうな盾も多数飾られている。

 壁際にはいかにも西洋風で銀色のフルプレートの甲冑かっちゅうが直立しているのと、顔は付いていないが、人を模した木彫りの人形、マネキンに魔術師が着用するローブの類が着せてあり、鎧たちとひしめき合うように立ち並んでいた。

 ひどく無節操で雑多な品揃えの武器屋の奥、カウンターのような机は無人の様子で、ミヅキとアイアノア以外の客の姿も見えない。

「誰もいないのかな?」

「待って下さい、奥から音が聞こえます」

 ミヅキがきょろきょろしていると、アイアノアが長い耳をぴくぴくと動かして店の奥を指した。
 カウンターの奥に薄暗い部屋が続いていて、しんと静まり返った店内に耳を澄ますと、エルフのアイアノアでなくても、ミヅキにもその音は聞こえてきた。

 カーン、カーン、とすぐにそれが何なのか想像できる音が奥から響いてくる。
 どうやら店舗奥の部屋は武具の製造所か、鍛冶場と繋がっているようで、店の主は金属の武具でも鍛えているのか、金打ちの槌音つちおんが規則正しく鳴っていた。

「店の人は仕事中っぽいね」

 呟くミヅキと無言で頷くアイアノアが顔を見合わせている間も、しばらく槌の音が鳴り止まずに響き続けていた。
 ややあって、熱した金属を冷却する、しゅうっと水の蒸発音が聞こえて、槌の音がぴたりと止まって静かになった。

「……ぃらっしゃい」

 そして、店の奥から億劫そうに身体を揺らしながら、低い声の小柄な店主が姿を現した。
 その姿を見て、ミヅキは思わず感嘆の声をあげる。

「おぉ……!」

 ごつごつとした岩みたいに硬そうな筋肉の詰まった身体の背は小学生の子供並みに低く、アンバランスながら手と足のそれぞれのパーツはやけに大きい。
 老練ろうれん風貌ふうぼうの顔には大小の刻み込まれた傷跡があり、立派に蓄えられた口と顎の白い髭はもじゃもじゃ。

 頭の天頂部の頭髪が大きく後退して、薄くなっているのは彼個人の特徴だろう。
 ほぼ半裸状態で、作業着も兼ねた分厚い革製の前掛け鎧を身につけている。
 見るからにそれとしか見えない店主に、ミヅキは目をキラキラさせた。

「ドワーフだぁ……!」

 好奇の目で見つめられ、小柄なごつごつ筋肉の白髭店主はしかめた顔をする。

 人間に比べて小型の亜人種に分類され、屈強な肉体を持ち、鈍重ながら力は強く、戦士や鉱夫としても優秀。
 そのうえ、大きな手や指に似合わず手先が器用で職人としても非常に技術力の高い種族、それがドワーフである。

 エルフほどではないにしろ、ドワーフも人間より遙かに長命で、ファンタジー世界を代表するの代名詞の一つであることは最早言うまでもない。

 関心を寄せる異世界の幻想的要素には心が躍る。
 これだからファンタジーはやめられない、そうミヅキは思うのであった。

「なんだ、お前さん。ドワーフが珍しいのかい? 王都じゃあるまいし、トリスの界隈かいわいならドワーフなんて珍しくも何とも……。──ん?」

 逆に奇異な目で下から見返してくるドワーフの店主は、ミヅキの顔を見て何かに気付くと目を丸くして動きを止めた。
 少しの間、押し黙ってじろじろとミヅキの顔から足先へと値踏みするように視線を這わすとにやりと笑った。

「へぇ、お前さんだな。パンドラの近くで素っ裸で行き倒れてて、パメラんところで世話になってるっていう、自称勇者サマってのはよ。ギルダーから聞いてるぜ」

 白い口髭が蠢いて、頑丈そうな歯を覗かせた。

 田舎特有なコミュニティの情報伝達の速さは異世界でも健在なようで、ミヅキの側からは知らない顔だとしても、街中の者たちにはもう噂の勇者の顔は知れ渡っているのだろう。
 ドワーフ店主の有無を言わせぬ迫力の鋭い目線に睨まれ、ミヅキはごくりと唾を飲み込み、嫌な予感に表情をしかめた。

──昨日の今日だっていうのに、もう俺が勇者だなんていう恥ずかしい噂が広がってるのか……。あのギルダーっていうライオン顔の獣人、商工会の会頭さんらしいから、この感じだと街のひとたちに冷遇される羽目になるのかな……。やれやれ、そんな意地悪をするのは勘弁してくれよな……。あと、全裸だったことはもう気にしないぞ……。

 横からしゃしゃり出てきて勇者だとうそぶくミヅキが、パメラの宿が抱える借金を肩代わりすると余計なことを言い出したのだから──。
 それを快く思わないギルダーが自分の息の掛かった街のひとたちに向けて、仲間はずれにするよう号令を出していたとしても不思議ではない。

 ただ、こんな異世界くんだりに来てまでそんな憂き目には遭いたくないものだ。
 会う人会う人に全裸のことを面白おかしくつつかれるのももううんざりである。
 ミヅキは重いため息混じりに恐る恐るドワーフの店主に聞いた。

「あの、もしかしたら、そのギルダーの旦那から、噂の自称勇者には協力するな、みたいなお触れが出ちゃったりしてます……? いやぁ、できればそういう陰湿なアレは遠慮したいんですけど……」

 頭を掻きながら弱ったような愛想笑いを浮かべるミヅキに、ドワーフの店主はさっきよりさらに訝しそうに表情を歪めた。

「はぁ? そんなお触れなんて出てねえぜ。まあ、もしも勇者サマが来店するようなことがあったら、自分のことは気にしねえでいつも通り普通に応対してやってくれとは言われたがよ」

 意外な答えが返ってきて、今度はミヅキが目を丸くして驚いた。

 あのときのギルダーの感じからてっきりそうした嫌がらせを受け、マイナスからのスタートになるのを覚悟していた。
 ただ、待っていたのは意外な展開で、ミヅキが困惑しているとそんな様子を見たドワーフの店主は、立派な白髭を片手で撫で付けながら呆れて言った。

「ただでさえパンドラの異変で街全体が苦しいってのに、そういうくだらねえ理由で客になるかもしれねえ奴に冷たくする馬鹿野郎はこの街にゃいねえよ。あんた、パメラの借金を代わりに返すっていう約束をギルダーとしたんだろ?」

「あ、はい……。成り行きで、ですが……」

 ミヅキは呆気にとられてぼんやりとそう答えていた。
 借金を返済する肩代わりの件まで話が伝わっているみたいである。
 改めて言われてみればその通りな内容に肩透かしを食らっていると、ドワーフの店主は気に留めた様子も無く先を続けた。

「だったら、そんな素人臭ぇ成りしてねえで、ちょっとでも良い装備揃えてさっさとパンドラに潜ってくるんだな。そんで財宝なり、値打ちもんの鉱石なりを持って帰ってきてよ。借金なんぞちゃっちゃっと返してパメラを助けてやんな。で、何か入り用でウチに来たんだろ? 俺が適当なの見繕ってやるから、どれくらい出せるのか言ってみな」

「そ、そりゃどうもご親切に……。お世話になります」

 無骨でいかつく不機嫌そうな顔をして盛大なため息をつく反面、その口から出た言葉は意外に優しいもので、ミヅキは思わず頭を下げていた。
 腰の低い勇者サマの態度に何ともいえないため息をもう一度つき、ドワーフの店主は面倒くさそうに感じる様子で自己紹介を始める。

「俺はゴージィだ。このトリスの街が興ったくらいの時期から武器やら防具の店をやってる、見ての通りの年寄りのドワーフだよ。ギルダーやパメラとの付き合いも長ぇことになる。若い弟子どもは出稼ぎやら何やらで出払っててな、接客は慣れてねえから多少の無作法には目ぇ瞑ってくれ。店のみっともねえ名前は弟子の奴らに任せてたらあのざまさ。……だからまぁ、気にしねえでやってくれ」

 ドワーフの店主の名はゴージィ。
 トリスの街の最初期から武具屋を今は不在の弟子たちと営んでおり、本人も武具の製造を手がける職人のドワーフだという。

「あんた、名前は?」

「あ、ミヅキ……。佐倉三月さくらみづき、です」

 ミヅキはしどろもどろに答えた。
 現実世界では店側に名乗る経験は無いものだからちょっと戸惑う。
 改まった敬語はいらねえよ、とゴージィは腕を組んで豪快に笑い出した。

「そんじゃ、ミヅキでいいな。よろしくな、勇者ミヅキさんよ。今後もご贔屓に」

 にっ、と皺と傷痕の深い顔がくしゃくしゃになる。
 ゴージィは人懐こい笑顔を浮かべ、ミヅキを歓迎するのであった。

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