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第4章 迷宮の異世界 ~パンドラエクスプローラーⅡ~

第82話 猫耳親娘とも再会

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「あら、ミヅキ、おはよう。昨日はよく眠れた?」

 自室を出て、吹き抜けの店内を一望できる2階から左手の階段を1階に下りる。
 すると穏やかな声が掛けられた。

「あ、パメラさん、おはようございます」

 ミヅキはぺこりとお辞儀して挨拶を交わした。

 柔和にゅうわな笑顔を浮かべる猫の獣人の女性、パメラ。
 金がかった茶色の長い髪を後ろで一つくくりにしていて、両側頭部からふさふさの毛の猫の耳が生えている。

 そのスタイルは抜群で、空いた襟ぐりのディアンドル風な服から、零れ落ちそうな胸の谷間がのぞいている。
 お世辞抜きの美人であることは言うまでもない。

 この宿屋兼酒場「冒険者と山猫亭」の店主であり、パンドラの地下迷宮前で行き倒れていたミヅキを保護してくれた命の恩人である。

 夢だと決め付け、もう二度と会えないだろうと思っていた。
 それがこうして再会することができて、何とも言えない喜びが込み上げてくる。
 自然と緩んでいるミヅキの口許を見て、パメラは上品そうに小さく笑った。

「ふふふ、朝から何だかご機嫌そうね、ミヅキ。いい夢でも見られたのかしら」

「まぁ、そんなところです。パメラさんや、エルフの姉さん方、朝っぱらから美人の女性に囲まれて最高の寝覚めですよ」

「今日も口がお上手ね。ミヅキに元気が戻ってきたみたいで本当に嬉しいわ」

 可憐な笑顔で、開いた口から白い歯を覗かせてパメラはくすくすと微笑む。
 パメラの相変わらずの愛嬌に照れながら、ミヅキは思い出していた。

──記憶を失って行き倒れてて、行くところも当ても無かった俺を引き取ってくれたうえ、家族同然に世話を焼いてくれるようになってからもう一ヶ月の時間が流れてるって話だったよな。

 前回はよく出来た夢程度にしか思っていなかったため、今度は真剣になって経緯を振り返っておく。
 しかし、わからないことは前回のままでもある。

──ただ、実際に俺が覚えているのは、この世界で言うところの昨日から今日までの記憶だけで、昨日より前の自分のことは何も覚えちゃいない……。依然として、謎の多い勇者だっていう俺の身体ではあるけども、わからんことを考えるのは後回しだ。どうせ雛月のヤツは、俺がそれを自分で突き止めないと教えちゃくれないしな。

「ミヅキ、難しい顔してないで朝ご飯にしましょう。お連れのエルフさんたちがテーブルでお待ちよ。お食事はミヅキと一緒がいいんですって」

 パメラの言葉にはっとして、ミヅキは広い店の中を見渡した。
 すると、店内真ん中のテーブルに一組だけの客がミヅキを待っている。
 エルフの姉妹、アイアノアとエルトゥリンである。

 腹を空かせてふくれっ面のエルトゥリンと、にこやかな笑顔でミヅキに手を振っているアイアノアと目が合った。
 もう朝食の時間だということに気付いて、ミヅキはあっと声をあげる。

「パメラさん、すいません……。そういえば、朝の仕事の手伝いがあったのに、起きられなかったみたいです……。客もいたっていうのに、寝坊してしまって申し訳ない……」

 ミヅキはやらかしたと思って頭を下げた。
 確か自分はこの店の手伝いをしていたはずだ。

 朝は開店準備や清掃作業等の仕事があったのに寝過ごしてしまったようだ。
 申し訳なさそうにしていると、パメラは少し困った風に笑う。

「ああ、ミヅキ、それなんだけど。いつもみたいにミヅキを起こそうとしたら、事情を聞いたエルフのお嬢さんたちが代わりに手伝うって言ってくれてね。さすがにお客様に店の仕事をさせる訳にはいかなかったんだけど、どうしてもって言われて……」

「えぇっ、本当にっ?」

 パメラとテーブルのエルフ姉妹の顔を見比べて驚くミヅキ。
 エルトゥリンに起こしてもらったとき、もうすでに日が昇った後のように感じたのは気のせいではなかった。

「あと、それにね」

 今度は朗らかに笑うパメラは続けた。
 それは、まだ再会していないもう一人の異世界の友人のことであった。

「キッキがね、ミヅキは昨日のことでまだ疲れてるだろうから、ゆっくり寝かせておいてあげて欲しいって。朝の仕事は全部自分がやるって言ってね。──ミヅキは命の恩人だからって」

「キッキが、そっか……」

「あの子なりに気を遣ってのことみたい。だから気にしなくて大丈夫よ」

「へへっ……」

 ミヅキは笑顔になっていた。
 笑みがこぼれた理由は、あの猫の獣人の少女と再会できるというだけではない。

 結果的にミヅキはキッキという少女の命を救ったのだ。
 他に選択の余地は無かったかもしれない。
 ただ、それを労ってもらえるのはむず痒くも嬉しいものであった。

──この世界では昨日の話になるんだろうけど、ひょんなことからパンドラの地下迷宮にキッキと入ってしまった。そしたら、場違いにやばいモンスターのレッドドラゴンに遭遇した挙げ句、詰め所の兵士たちと一緒に絶体絶命の危機に陥った。

 あのときの切羽詰まった感情を思い出すと震えが来る。
 しかし、事態はすぐさま好転したのである。

──俺の中で目覚めた地平の加護の力と、アイアノアとエルトゥリンの二人の加勢で何とかキッキたちを助けて、窮地きゅうちを脱することができたんだっけな。やれやれだ。

「店先の掃除、終ったよー」

 店の入り口のドアが開いて、カランコロンとドアチャイムが鳴る。
 両開きのドアを開け放ち、掃除を終えて店内に戻ってきた。

 パメラの一人娘でお転婆てんば盛りの猫な少女、キッキ。
 ふっくら長い髪を後ろで二つ結いし、可愛らしいエプロンドレス姿。
 起きてきたミヅキに気付いて猫の耳をピンと立てる。

「あ、ミヅキー! ようやくお目覚めかー、おはよー!」

 小走りにこちらへやってきて、愛嬌いっぱいの弾ける笑顔を浮かべる。
 尻尾をくねらせて、組んだ後ろ手の格好でもじもじとミヅキを見上げた。

「えへへへー、ミヅキ、昨日はありがとうなっ。ミヅキとエルフのおねーさんたちが助けてくれなかったら、あたしはドラゴンに丸焼きにされて、今頃ここにいなかったかもしれないんだからな。本当、恩に着るよ」

 照れ照れと、無邪気に感謝を伝えるキッキの笑顔には胸が熱くなる。

 最初は異世界転移やらダンジョンやら胡散臭く思っていた。
 取ってつけたイカサマ能力で、何をやっているのかと自嘲したものだ。

 しかし、そうした活躍の結果がキッキのこの笑顔に繋がったなら、異世界くんだりにまで来た意味はあったに違いない。
 そう思うと少し調子に乗ってしまうミヅキであった。

「キッキー、昨日の今日なんだろうけど、何だか久しぶりな感じだなぁ。元気にしてたか?」

「ひゃあっ、ミヅキ、お前また耳を……。うぅー……」

 腰を下ろして、頭を撫でるついでにキッキの大きな猫の耳を両手で擦り回す。
 キッキは悲鳴をあげるが、居心地悪そうにしてされるがままになっていた。

 命を助けてもらった手前、少しくらいは好きにさせてあげてもいいという気遣いであろう。
 そこでやめておけばいいのに、今度はキッキの脇の下を支えて抱き上げる。

「また会えて嬉しいなぁ、本当に無事で良かったぁ。おはよう、キッキー」

「ちょっ、ミヅキッ、や、やめろっ……! やめろってば!」

 キッキの体重は軽く、本物の猫でも抱っこしている感じだった。
 その様子はまるで子供をあやす高い高いの格好である。

 そのままくるくると回り始め、当のミヅキはご機嫌だったものの、これにはキッキも気恥ずかしさに堪忍袋かんにんぶくろがとうとう切れてしまう。

「調子に乗んなってのッ!」
「ぎゃあ!?」

 ばりばりっと眼前のミヅキの顔を両手で掻きむしる。
 その顔を足蹴あしげにして空中でくるんと回転。
 そして、身軽な猫そのものに華麗に床に着地した。

 自業自得のミヅキは、仰向けにその場にぶっ倒れるのであった。

「あらあら、二人とも朝から仲が良くて何よりね。それじゃあ朝食にしましょうか。キッキ、配膳お願いね」

「はーい。……おい、ミヅキ、さっさと席に着いとけよ」

 にこやかに厨房に入っていくパメラと、鼻を鳴らして着いていくキッキ。
 そんな様子を見ていたアイアノアは困り顔でくすくす笑い、エルトゥリンは呆れてため息をついていた。

「……へへへっ」

 冒険者と山猫亭の天井を見上げ、ミヅキは笑っていた。

 引っ掻かれた顔の傷がじんじんと痛んでいる。
 エルトゥリンの平手打ちと、アイアノアの窒息の抱擁を思い出す。

「苦痛ばっかりなのが頂けないけど、この現実リアル感は本物だ。本当の本当に女神様の試練、もとい異世界を渡る俺の物語が始まってしまったんだな……。これをやり遂げた先にいったい何が待ってるっていうのやら……」

 勇者ミヅキとしての実感が確かにある。
 いよいよと自分を取り巻く現実味を肌で感じていた。

「……雛月め、夕緋に心配を掛けてまでこんなことやってるんだ。ちゃんと俺が喜ぶようなご褒美を用意してなかったらただじゃおかないぞ」

 独り言を言って、むくりと起き上がる。
 身体を起こして視線を向ける先に、この世界での仲間たち、アイアノアとエルトゥリンと目が合った。
 さすがに無様なところを見られて気恥ずかしかったので愛想笑いをしておく。

「……不思議と、前みたいな面倒くささは感じないな」

 心の中に前向きな気持ちがあった。
 異世界を冒険するに際し、やる気のようなものが湧いてくる。

 夕緋との約束通り、無事にこの異世界から生還しなくてはならない。
 その先にあるミヅキの希望となる答えとやらはさておき、夕緋のためにもやる気の無い勇者のままでいる訳にはいかないのである。

「どうせやらなきゃいかんのだから、やっぱり本気でやってみないとな! うんっ、一意専心いちいせんしん、毒を喰らわば皿までだ!」

 ミヅキはいよいよ始まる異世界ライフに真っ向向き合う。
 しかもそれは、この異世界だけが対象ではない。

 おそらくこのダンジョンの世界を切り抜けても、後に待ち受けている神様の世界とを合わせた二重の異世界生活となるだろう。

 果てしない女神様の試練とやらに対して、ミヅキは不敵ににっと笑った。

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