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第4章 迷宮の異世界 ~パンドラエクスプローラーⅡ~

第81話 エルフ姉妹との再会

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「ふふっ……」

 ミヅキは思わず吹き出していた。
 再開された異世界転移に文句の一つも出てこない。

 それどころか胸にあるのは安堵あんどにも似た気持ちであった。
 何も異世界を巡る冒険を望んでいた訳ではない。
 
 しかし、目の前のエルフ姉妹に再会できたことは素直に嬉しかったのだ。

「なぁ、アイアノア」

 まだエルトゥリンにお小言を言っているアイアノアの名を呼んだ。
 妹の声は届かないのに、ミヅキの声には即反応してアイアノアは振り返る。

「あっ、はい。何でしょうか、ミヅキ様?」

 愛想いい笑顔を見せられ、ミヅキは苦笑した。
 絶対にエルトゥリンの声だって聞こえていたはずである。

 それはさておき、ミヅキは念のために確認をしておく。
 初めてできた、憧れのエルフの知り合いに言ってもらいたかったのだ。

「あのさ、これって本当に夢なんかじゃないよな?」

「えっ? はい! もちろん夢じゃありませんよ。もう朝ですっ」

 そういう意味じゃない、と思ったが何だかこのエルフの姉さんらしい答えだったのが気持ちを愉快にさせてくれる。
 これがもう本当に夢ではないという事実に、不思議と気分が良くなった。
 ついでにもう一つ聞いてみる。

「俺は何者で、ここはいったいどこなんだっけ?」

 我ながら間抜けな質問だったと思う。
 ただ、問い掛けられたアイアノアは満面の笑顔で答えてくれた。

「ミヅキ様はエルフの神託に選ばれし、大いなる使命を帯びた勇者様です。そして、ここは人間たちの国、イシュタール王国、その辺境領であるトリスの街、ですよっ」

 相変わらず勇者呼ばわりされるのは慣れない。
 聞き慣れない地名が、ここがミヅキの知る場所ではない事実を再確認させる。

 そういえば前回この異世界に来たとき、ここがどこなのかを教えてもらった気がするが、覚える気が無かったようで失念していた。
 地平の加護が目覚める前だったせいで記憶から抜け落ちていたのだろう。

──ここは異世界でイシュタール王国って国の辺境、トリスの街、と……。よし、覚えたぞ。これで地平の加護が記憶しといてくれるはずだ。

「ええと、それでこれから何するんだっけ?」

 もう一度聞くと、アイアノアは朗らかに笑って答えた。
 自分たちに課せられた使命にいよいよ取りかかれるのを嬉しそうにして。

「うふふっ、ミヅキ様ったらまだ寝惚けていらっしゃるのですか? 昨晩、お願いさせて頂いた通り、いよいよ今日から使命を果たすため、伝説のダンジョン、パンドラの地下迷宮の踏破に向けて、挑戦を開始いたしますよ! これまで誰もが為し得なかった偉業を、必ずや私たちが果たして見せましょうっ!」

「伝説のダンジョン、パンドラの地下迷宮……。その踏破か……」

 ミヅキは反芻はんすうするみたいに呟いた。
 こちらの確認も予想通りだった。

 前回、アイアノアたちと交わした約束の内容に変化は無い。
 異なる夢物語が始まった訳ではなく、引き続き一貫した物語の流れが進行していると理解できた。
 さらに、気に掛かることがもう一つ。

「それに、かぁ……」

 時間の経過には大きな食い違いがあった。
 もうそういうものだと理解するしかないのだろう。

 アイアノアたちと使命を果たすと決めた夜から、夕緋と新居探しのデートに出かけた日まで三日が経っていた。
 神様の異世界で過ごした一日もあったのだから、尚更辻褄つじつまが合わない。

 しかし、アイアノアはそれを昨晩のことだと言う。
 ミヅキは俯いて小声で呟く。

「きっとそういうルールなんだろうな。俺の意識は一元化されてるけど、それぞれの世界の時間の経過は独立してる。経過時間が連動していないのは、かなり重要なポイントだな。俺の意識は一つでも、本当に身体は別々ってことだ」

 異世界から帰還した際に、実は時間が経過していなかった、とはご都合主義的ではあるが、早い段階でこの事実を確認できたのは収穫だと思った。

 魂は共用するが、時間経過と実働じつどうの肉体は別々。
 今はまだピンとこないが、これには大きな意味があるような気がした。

「どうせならこっちの世界よりも、朝陽に関係してる神様の世界のほうが良かったような気がするけど、パンドラの地下迷宮を攻略する使命も俺の事情に何か関係があるっていうことなのか……? まぁ、エルフの姉さんたちにまた会えただけでも俺は嬉しいけど」

 勇者ミヅキの使命は、エルフ姉妹と共に伝説のダンジョンの深遠に至ること。
 一見、現実世界の自分とは何ら関係のない余計な用事だ。
 しかし、その実そう感じるだけで、どこからどんな秘密が飛び出してくるか予測がつかない。

「ミヅキ様?」

 手を膝に当てて腰を折り曲げ、顔を覗き込んでくるアイアノアの瞳と視線が合う。
 相変わらずのとびきり美しい顔には圧倒されるばかりだ。

 この世界において、昨日出会ったばかりの仲間たちを思う。
 アイアノアとエルトゥリン、二人のことを見つめた。

「嫌ですもう、そのように見つめられては……。恥ずかしいです……」

 ほんのりと頬を赤くして、微笑んで照れている。

 容姿端麗、スタイル抜群の金髪ロングヘアーの姉エルフ、アイアノア。
 パンドラの地下迷宮踏破の使命を帯びた勇者を助けるため──。
 エルフの里から馳せ参じ、地平の加護を目覚めさせてくれた太陽の加護の使い手だ。

 太陽の加護はサポートに特化していて、地平の加護の効果を増幅させ、すべての要素を成功に導き、あらゆる可能性を引き上げる能力を持っている。

 彼女の性格は天真爛漫てんしんらんまんで、猪突猛進ちょとつもうしんの強い思い込みは、パンドラへ赴くのを渋るミヅキに思わぬ辛酸しんさんを舐めさせたものだ。

「何よ、じろじろ見ないで」

 腕組みをした立ち姿で、つっけんどんに睨まれる。

 姉に負けず劣らずのルックス、白銀色のボブヘアーの妹エルフ、エルトゥリン。
 戦闘面を総括的に担当し、とてつもない怪力、堅牢けんろうな防御、素早い身ごなしを兼ね備え、その肉体はいかなるダメージも受け付けない強度を誇っている。

 絶対無敵を体現するのはエルトゥリンが持つ星の加護の力。
 戦いにおいて、星の加護を用いる彼女の右に出る者はいない。

「アイアノア、エルトゥリン。二人とも、今日からどうかよろしくな。使命云々はまだちょっとピンとこないところもあるけど、俺にもやるべきことをやって生きて帰ってこなきゃいけない理由ができたんだ。何をどうしたらいいのか、手探りの感は否めないけど、どうかひとつ安全第一で頼むよ」

 ミヅキはエルフの二人にそう言った。
 異世界で使命を果たす本当の理由はまだ不明だ。

 但し、何をおいても現実世界に無事に帰らねばならない。
 婚約者の夕緋と再会しなければならない。

「はいっ、こちらこそよろしくお願いいたしますっ! ミヅキ様っ!」
「うん、よろしくね、ミヅキ。一緒に頑張ろ」

 弾ける笑顔で答えるアイアノアと、使命に関してなら実直に頷くエルトゥリン。

 ミヅキの真意は二人に伝わっていない。
 しかし、使命に対する前向きな言葉が聞けたことには嬉しそうにしていた。

 勇者ミヅキは、エルフの仲間二人との神託に沿う行動を開始する。


『深遠の知れぬ欲望と邪念の渦たる、奈落の地下迷宮パンドラより大いなる災禍が溢れる兆し有り。大いなる災禍、無限の魔を解き放ち、やがて世界全てを飲み込む元凶なり。ただに災禍を鎮める使命を帯びたる選ばれし勇者もまた、パンドラの深奥より生まれん。勇者は災禍の渦底うずそこち帰り、災いをことごとく滅ぼし封じるだろう』


 地平の加護の権能が、一言一句違えずエルフの里に下った神託を思い起こす。
 神託の通りにパンドラの地下迷宮に挑み、無事に生還することを目標とする。
 それが夕緋と交わした約束であり、異世界と向き合うはっきりとした理由であったから。

「えぇと、じゃあ手始めにどうしようか? あっ、そうだ、何か使命の前にやらなくちゃいけないことがあったような……。えーと、思い出せ、俺……」

 まだ記憶にはもやが掛かっているみたいだった。
 この世界で関わった重要な人物たちのことを全部思い出せていない。
 アイアノアは頭を抱えて唸るミヅキを見て、口許に手を添えてくすくすと笑う。

「おかしなミヅキ様っ。あなた様の命の恩人であられる方々と交わされた約束をお忘れですか? そのお二方は、記憶を無くして行き場を無くされたミヅキ様を今日までお世話して下さったのではありませんか」

「あ、あーっ、悪いっ! 思い出したぁっ!」

 叫ぶミヅキは、アイアノアの言葉から数珠繋ぎに記憶を手繰り寄せる。
 現在身を寄せているこの宿、「冒険者と山猫亭」を営む獣人の親娘の二人の顔が頭の中に浮かび上がった。
 ミヅキは興奮気味にまくしたてる。

「パメラさんとキッキ! そうだっ、そうだった! 行き倒れてた俺をずっと世話してくれてたパメラさんとキッキがやってるこの宿屋には借金があって! 何でかその借金の返済を俺が代わりに引き受けるっていう話を、盲目的に勇者様と神託を信じるアイアノアにまんまと乗せられて約束をさせられちまったんだったぁっ! うわぁ、なんてこったぁー!」

「ミ、ミヅキ様ぁ、もうそれは言わないで下さいましぃ……」

 心ならずも説明臭い言い方をしてしまったミヅキ。
 アイアノアも自分がしでかしたことを思い出して顔を真っ赤にしている。
 ふわーんと鳴いて顔を両手で覆ってしまった。

「ミヅキ、わざとらしい思い出し方をして姉様をいじめないで!」

 すかさずエルトゥリンが、ずいっとミヅキとアイアノアに間に割って入る。

「姉様は度し難いほどの世間知らずで極度の箱入り娘だから、初めて与えられた外の世界での大きな仕事に舞い上がっちゃって、それで昨日みたいな空気を読まない暴走をしちゃったの。もう充分反省してるだろうから、自己中心的で周りへの配慮に欠ける姉様のことはもう許してあげて」

「エ、エルトゥリンッ、ちょっと……! 庇ってくれるんじゃないのー?!」

 しかし、ミヅキへの抗議はアイアノアに対しても辛辣だった。
 きっと話を聞かずに心配ばかり掛ける姉に、内心むっとしている。
 アイアノアは慌ててエルトゥリンの腕にかじり付くが、まるでびくともしない。

 悪いことを言ってしまったと申し訳なさそうに笑うミヅキ。
 つんと知らんぷりな顔をするエルトゥリン。
 アイアノアはぷぅとほっぺを膨らまして憤っていた。

「なによもう、二人してそんなに悪く言わなくたって……。ちゃんと反省しておりますから、あんまりなことを言うのはおよしになって下さいまし……。もうっ、私は先に下に行ってますからっ。ミヅキ様、お宿の借金を返す方法を考えていきますよっ。あのお獅子獣人の悪漢に一泡吹かせてやるんですからねっ」

 ばさっと外套をはためかせて身を翻し、アイアノアは拗ねたみたいに部屋から出て行ってしまった。

「アイアノア、待って……。うわっ?!」

 ドアの閉まる音と遠ざかる足音に、やってしまったとミヅキは慌てて後を追おうとした。
 と、その後ろ手をがしっと掴まれた。

 まるで、大木か岩山に捕まってしまったかと思うほど身動きできなくなる。
 振り向くと、エルトゥリンがミヅキの手を取っていた。

「な、なんだ? どうしたんだ、エルトゥリン……」

 ただ、その様子は少しおかしい。
 強気な態度はどこへやらで、エルトゥリンはしゅんとしていた。

「……ミヅキ、さっきは、その、いきなりぶってごめん。でもっ、せっかく起こしに来てあげたのに、ミヅキがあんなことをするのが悪いんだからねっ!」

 急に素直に謝られたものだからミヅキは呆気に取られた。
 いきなり抱き付いてキスをしようとしたのだ。
 謝ってもらえるとは思っていなかったので固まってしまっていた。

 と、恥ずかしがって顔を赤く染め、エルトゥリンはぷいとそっぽを向いた。

「ね、姉様が謝れって言ったから……。それだけだからっ!」

「ああ、いや俺こそごめん。目が覚めたよ、色んな意味で……」

「ちゃんと謝ったからねっ!」

「あ……」

 最後まで話を聞かず、エルトゥリンはくるっとドアのほうへ振り返った。
 急ぎ足でアイアノアの後を追い、部屋から出て行ってしまった。
 後にはぽかんと口を開けて、呆然とするミヅキだけが部屋に取り残される。

「……なんだ、今の? エルフって気難しいなぁ……」

 不審がるミヅキだったが、まあいいか、とベッドの毛布を綺麗に畳み始める。
 そして、自分も二人のエルフに続いて部屋を出て行くのであった。
 ドアが閉じると朝の静けさがひっそりと漂う。

 そうして誰もいなくなった、宿のミヅキの部屋。
 パンドラの地下迷宮を巡る異世界物語は、今回もこの場所より始まった。

 深遠の底に至るまで、ミヅキはこの部屋で何度の夜と朝を迎えるのだろうか。
 長きに渡る女神様の試練が、第二の幕を上げた。

 勇者ミヅキの最初のミッションは──。
 この「冒険者と山猫亭」の抱える借金の肩代わり、及び返済である。

 ミヅキの恩人である女主人のパメラは、10年前に起きたパンドラの地下迷宮の異変で、宿屋に大きな被害を被ってしまった。
 その際に掛かった決して安くはない金額を、トリスの街の商工会会頭である獅子の獣人のギルダーから借り入れている。

 しかし、パンドラの異変によって訪れる冒険者が激減してしまっていた。
 かつての活力を失ったダンジョンのふもとの街では、思うような商売を営めずに窮していた。

 ダンジョン踏破の前に、まずは借金を理由にパメラとキッキにちょっかいを掛けてきているギルダーを黙らせる。 
 そのためにミヅキは代わりに借金の返済を担ったのだ。

 アイアノアのある種の導きにより、勇者ミヅキは使命を果たす。
 これはその第一歩となるのであった。

 そして、夕緋の元に生きて帰る。
 今はただ、あの子との約束を果たすため。

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