41 / 232
第2章 神々の異世界 ~天神回戦 其の壱~
第41話 祝福の日和
しおりを挟む
「よっし!」
みづきは知らずに掲げた拳を握りしめていた。
ワアアアアアアアアアァァァッ……!!
観客たちは今日一番の大歓声をあげて闘技場全体を震わせた。
思いも寄らない試合結果は、大番狂わせもいいところであった。
日和陣営が多々良陣営に勝利した。
しかも、その栄光を勝ち取った風変わりなシキは、何と天神回戦の大神、太極天の神通力を自在に扱うことを可能とする。
こんなことは今まであり得ない出来事である。
天神回戦は力が物を言い、実力至上主義が当たり前だった。
シキの力は神の力に比例する。
即ち、神格の差を表す順列こそが全てである。
しかし、今回の試合は当たり前ではない意外過ぎる結果に終わり、会場内は大いに沸いたのであった。
「このシキの身体っていいなっ! すごく動けるのもそうだけど、気持ちがやたらと浮いた感じになるっ! 今なら本当に何でもできそうだっ!」
乗り気ではなかった勝負の末の勝利だったが、心の底から込み上げる達成感は抑えきれない。
シキは神の使いであり、神の戦士である。
戦いの高揚感がみづきの心身を強くしているのは間違いなさそうだ。
「あっ、そうだ。──これ、返しておくね」
びくびくっと痙攣して動かない牢太の傍らに、みづきは奪った刺股の刃から作り出した剛鉄の大太刀をそっと返して置いた。
きっとこの武器は彼の大事な物だったのだろう。
大太刀に作り変えて奪った際の怒り具合は相当で、返さないのは悪いと思った。
また元の形に直してもらって欲しいな、とも願いつつ。
「みづき……。おおぉ、みづきぃ……」
観客席の日和はみづきの勝利に感激に打ち震えていた。
願ってもない結果に円らな瞳を潤ませている。
初めはシキを身代わりにし、自分が生き残ることだけを身勝手に考えていた。
みづきとの縁も、この試合が最初で最後になるだろうと思って疑わなかった。
しかし、結果はそうならなかった。
まさかこんなにも輝かしい勝利を運んできてくれるとは。
「みづきぃぃーっ!!」
居ても立っても居られず日和は観覧席を後にして、みづきのいる舞台へ飛び出していった。
日和の後ろ姿を見送り、多々良は残念そうな面持ちで腕組みをして息を漏らす。
慈乃は険しい表情で顔を伏せている。
「──やれやれ。これはとんだ番狂わせだ。此度の試合のこと、日和殿にはいらぬ節介だったのやもしれない。さて、敗北者は去るとしようか。慈乃、牢太を労っておいてあげておくれ」
「よろしいのですか? 日和様のシキは太極天様の御力に不相応に触れて、不当を働いた可能性もあります。多々良様はそれをお赦しになられるのですか?」
「ああ、構わないよ。すべては太極天の御意思の通りさ」
「御意……。多々良様の仰せのままに」
多々良と慈乃は立ち上がり、闘技場を静かに去った。
通用口を黙々と歩いていく二人はもう後ろを振り返りはしなかった。
釈然としない慈乃とは違い、多々良の表情は試合に負けたというのに穏やかに微笑んで見えたのであった。
「ふぅ……」
肩をだらんと落とし、みづきは空を仰いで一息ついた。
戦いは終わり、全身に光る地平の加護の回路模様は消えていた。
と、味方をしてくれていた太極天の恩寵もいつの間にか静まっている。
──ダンジョンの世界で目覚めた何でもありの加護に加えて、今度はそれを使って大地の偉い神様の神通力を借りられるようになっちまった。確か、太極天っていう名前の神様だっけか。
みづきは自然と、太極天の社のある特別観覧席のほうを見上げた。
──この神様の世界じゃ、皆から畏れ崇められる尊い存在なうえ、他とは比べられないくらい強い力を持っているみたいだ。俺にもたらすのは豊かな大地の恵みで、敵にもたらすのは聖なる力の容赦無い鉄槌か……。
「また何ともありがたい力を授かったもんだ……。だけどまさか、こんな感じでどんどん能力が増えていくんじゃないだろうな……?」
みづきはこれからのことを思い、身震いをする。
ダンジョンの世界で地平の加護が目覚め、神様の世界で神の中の神たる太極天の力を借りられる力を得た。
取って付けたように拡張されていく自分の力。
それはそのまま、この不可思議な夢物語がまだ終わらずに続いていくのでは、という不安である。
「……ん?」
と、割れんばかりの歓声に包まれるなか、みづきの見ている方向から何かが叫び声をあげて急接近してくるのに気付いた。
それは、満面の笑みで無邪気に喜び、飛び掛かってこようとする日和だった。
「みづきぃぃーっ!!」
「うわっ!?」
しかし、みづきは高速で迫る飛行物体に危険を感じ、思わずしゃがみ込んで避けてしまっていた。
空を飛ぶ幼女に抱き付かれる経験などしたことがないのだから仕方がない。
まさか避けられるなんて思いもしなかった日和の抱擁の手は空を切る。
勢いはそのままに、あえなく地面へと顔面から墜落するのであった。
「うがぁーっ!?」
「あっ、悪ぃっ……!」
お尻を突き上げ、不恰好に突っ伏した日和の様子を見て悪びれるみづき。
潰れた蛙みたいになっているその傍らに慌てて膝をついた。
その後ろ、東の門から闘技場内に大勢わらわらと、赤やら青やら色とりどりの小鬼たちが押し寄せてきている。
多々良の指示により、のびている牢太の巨体を連れ帰りに掛かっていた。
子供ほどの大きさの鬼が群れをなし、キーキーと甲高い声をあげながら力を合わせて牢太の大きな身体を持ち上げ、こぞって運び出していく。
棒だけになった刺股と、みづきが作り変えた剛鉄の大太刀も何人かの小鬼で協力して一緒に回収していった。
小鬼たちがいなくなるのを尻目に、日和は無様に転んだままで呻いている。
「あ痛たたたたぁ……。なぁんでよけるんじゃぁ……? 無理を押して矢面に立ち、見事に勝利を収めてくれた栄光のシキと抱擁を交わそうとしただけじゃろうが……。うぐぐ、みづきってばひどいのじゃあ……」
土と砂まみれで嘆く日和だったが、そのとき異変が起こる。
ひっくり返った珍妙な姿が淡い光を放ち始めた。
時を同じくして、太極天の社がこうこうと光り輝いていた。
みづきに神通力を貸し与えたのと同様のことが起こっている。
天神回戦の通例ならではの、太極天の顕現に場内がざわめいていた。
勝者となった陣営の神に、そのありがたい恩寵が与えられるのだ。
「う、うわぁっ!? ど、どうしたんだぁっ!?」
みづきは光る日和を見て、飛び上がって驚いた。
神々しく眩しい光彩に包まれて、何と日和の小さい身体がむくむくと大きくなっていくではないか。
突き出したお尻が、みづきの目の前で丸みを帯びた成熟した形に変わっていく。
お尻だけでなく、縮んでいた幼い女神の肉体は大人のそれへと見る見る内に成長を果たしていた。
不思議なことに着衣の赤紅色の着物までもが、身体の成長か膨張に合わせて大きい寸法へと変化していた。
「お、おおぉっ! 太極天の力が全身に満ち満ちておるっ! 失われた神通力を取り戻したのじゃあっ! 我が肉体も元に戻ったぞぉ! やったぁー!」
大きくなった日和は嬉しそうに元気良くぴょんと起き上がり、みづきのほうへ向き直った。
改めて、その美しくなってしまった麗しい容姿が目に飛び込んでくる。
身長は今のみづきと同じくらいの五尺三寸(160センチ)程度だろうか。
豊満な肉付きの肢体は、もうちんちくりんなどとは形容できない。
だぶだぶだった大き過ぎる着物から、すらりと長く伸びた手は白魚のよう。
若干に丈の短くなってしまった裾から覗く、艶かしい太腿は目のやり場に困る。
元々童顔だったみたいで、円熟な体つきになっても可愛らしい少女の顔のつくりは少し大人びた程度で変わらず、屈託の無い笑顔を弾けさせていた。
「この姿に戻れたのは本当に久方ぶりじゃっ! 感謝するぞ、みづきっ! 全部おぬしのおかげじゃっ!」
「わわっ!?」
今度こそ遠慮なしに豊かな身体を預けられ、みづきは日和に抱き付かれた。
押し付けてくる大きく膨らんだ胸の双丘の感触はむにゅりと柔らかい。
ぺったんこだった胸は、着物の上からでもわかるくらい大きく膨らんでいた。
花の蜜のように甘く、芳醇な香りが鼻をくすぐる。
大きくなった日和は、小さかった時からはまるで想像できないほど女性的な魅力に溢れていた。
──な、なんだよ。この女神さん、めちゃくちゃ美人じゃないか……。あんまりくっつかないでほしいなぁ……。
文字通りの女神の抱擁に、さしものみづきも胸を高鳴らせてしまう。
良いように使われた風で試合に出なければならなくなったのを忘れかけ、迂闊にも目の前の美しくも可愛らしい女神の微笑みに心奪われそうになる。
それくらい本当の姿を取り戻した日和は、魅力に溢れる美貌の持ち主であった。
ぐぅーっ……!
しかし、突然と至近距離で鳴るのは腹の虫の音。
密着していたことを差し引いても、とてもよく聞こえる大きな音だった。
「えっ?!」
「……」
驚くみづきの眼前で日和の微笑む顔が、瞬間的にぼっと赤く染まった。
今のは間違いなく日和のお腹が鳴らした腹鳴の音で、空腹時に消化器官内を空気や胃液が通り抜けて音が鳴っている。
要はお腹の中が空っぽで、腹を減らしている状況のようだ。
「はっ、はわぁーっ!? このっ、私の腹めっ! は、恥ずかしいのじゃぁ……。すまぬぅ、長らくの間、何も食べてなかったゆえ我慢ができんかったのじゃ……」
喜ぶ顔に照れを交え、ささっとみづきから離れる日和はお腹をさすりさすり。
神様でも食事抜きで腹を空かせると、人間と同様に腹の虫を鳴らすらしい。
その様子にみづきはとうとう吹き出して、笑い出してしまった。
「あっはははっ……! せっかくの祝勝が台無しじゃないか。安心して気でも抜けちまったのかよ」
「うぅ、そんなに笑わんでおくれなのじゃ……。元の姿に戻れたというのに、このような辱めはあんまりじゃ……」
もじもじと俯いて身を縮こまらせる日和に、みづきはからっと笑って言った。
「まぁほら、何とか勝ったぜ。これで、敗北の眠りにはつかなくて済むんだろ?」
「あっ!? う、うむっ、その通りじゃ!」
「そっか、──良かったな」
「……っ!」
自然な口調で、最悪の結果を回避できたのを良かったと言われ、日和は表情を一瞬失っていた。
安堵した思いの反面、複雑な気持ちにもなった。
何と答えていいかわからず、少し遅れて返事をする。
「……うむ」
本当は自分が生き残るため、みづきを捨て駒に使おうと思っていたのだから。
延命ができるなら何だってしようと思っていたし、泥臭くやっていくのも厭わない覚悟をしていたはずだった。
それなのに、どうにも胸がずきずきと痛んだ。
予想だにしない異能を秘めていたみづきの誕生はこの上なく幸運であった。
このまま騙し、唆したままその力に甘えてもいいものだろうか。
こんなことではいけない、それはよくわかっている。
日和が聖なる神であればあるほど、良心の呵責に耐えられない。
感情のはっきりしないその顔は、きっとそんな悩みを抱えている。
「どうしたんだ? 腹が減ったら音が鳴るのは別に恥ずかしいことじゃないぞ」
ただ、事情を知らないみづきは、急にしゅんとなって俯いてしまった日和に、お腹の音を聞かれたのがよほど恥ずかしかったのか、などと心配をしていた。
「あ、あのな、みづき……。じ、実はな……」
切羽詰った様子で、日和はみづきの顔を見つめ直した。
何か言おうと口をぱくぱくさせ、わなわなと肩を震わせている。
身代わりにしようとした腹の内を正直に白状し、改めて神とシキ同士の信頼関係を結ぼうと意に決する。
それは、女神たる日和の、人間のみづきへのあべこべな懺悔であった。
「わ、私は実は、おぬしのことを──」
上目遣いの赤らんだ顔で、日和は唇を小さく開いた。
そんな思い詰めた顔をしていったい何を言い出すつもりなんだ、とみづきが戸惑っていたそんなときであった。
「えっ? 何だ……?」
不意におかしなことが起こった。
突如として、明るい空を何かが覆ったかのように辺りが一瞬で暗くなった。
雲が日の光をふっと隠してしまったときの暗転に似ていたものの、暗くなる度合いがあまりに極端過ぎた。
いきなり夜になってしまったかと思うほど、天神回戦の会場に、いや太極山全体に闇の帳がおりた。
「き、急に夜になったぞ……?」
「こ、これは……! まさかっ……!?」
戸惑うみづきをよそに、日和は目を見開き、驚愕の様子で空を振り仰いだ。
そこにはさらなる波乱を呼ぶ、超常の存在が新たに現れている。
試合の終わった直後、唐突に訪れた闇夜にどよめく混迷の天神回戦会場。
ようやく一山を越したところで、また次の一山が立ちはだかる。
神々の異世界での、困難の出来事は未だ終わりを知らない。
みづきは知らずに掲げた拳を握りしめていた。
ワアアアアアアアアアァァァッ……!!
観客たちは今日一番の大歓声をあげて闘技場全体を震わせた。
思いも寄らない試合結果は、大番狂わせもいいところであった。
日和陣営が多々良陣営に勝利した。
しかも、その栄光を勝ち取った風変わりなシキは、何と天神回戦の大神、太極天の神通力を自在に扱うことを可能とする。
こんなことは今まであり得ない出来事である。
天神回戦は力が物を言い、実力至上主義が当たり前だった。
シキの力は神の力に比例する。
即ち、神格の差を表す順列こそが全てである。
しかし、今回の試合は当たり前ではない意外過ぎる結果に終わり、会場内は大いに沸いたのであった。
「このシキの身体っていいなっ! すごく動けるのもそうだけど、気持ちがやたらと浮いた感じになるっ! 今なら本当に何でもできそうだっ!」
乗り気ではなかった勝負の末の勝利だったが、心の底から込み上げる達成感は抑えきれない。
シキは神の使いであり、神の戦士である。
戦いの高揚感がみづきの心身を強くしているのは間違いなさそうだ。
「あっ、そうだ。──これ、返しておくね」
びくびくっと痙攣して動かない牢太の傍らに、みづきは奪った刺股の刃から作り出した剛鉄の大太刀をそっと返して置いた。
きっとこの武器は彼の大事な物だったのだろう。
大太刀に作り変えて奪った際の怒り具合は相当で、返さないのは悪いと思った。
また元の形に直してもらって欲しいな、とも願いつつ。
「みづき……。おおぉ、みづきぃ……」
観客席の日和はみづきの勝利に感激に打ち震えていた。
願ってもない結果に円らな瞳を潤ませている。
初めはシキを身代わりにし、自分が生き残ることだけを身勝手に考えていた。
みづきとの縁も、この試合が最初で最後になるだろうと思って疑わなかった。
しかし、結果はそうならなかった。
まさかこんなにも輝かしい勝利を運んできてくれるとは。
「みづきぃぃーっ!!」
居ても立っても居られず日和は観覧席を後にして、みづきのいる舞台へ飛び出していった。
日和の後ろ姿を見送り、多々良は残念そうな面持ちで腕組みをして息を漏らす。
慈乃は険しい表情で顔を伏せている。
「──やれやれ。これはとんだ番狂わせだ。此度の試合のこと、日和殿にはいらぬ節介だったのやもしれない。さて、敗北者は去るとしようか。慈乃、牢太を労っておいてあげておくれ」
「よろしいのですか? 日和様のシキは太極天様の御力に不相応に触れて、不当を働いた可能性もあります。多々良様はそれをお赦しになられるのですか?」
「ああ、構わないよ。すべては太極天の御意思の通りさ」
「御意……。多々良様の仰せのままに」
多々良と慈乃は立ち上がり、闘技場を静かに去った。
通用口を黙々と歩いていく二人はもう後ろを振り返りはしなかった。
釈然としない慈乃とは違い、多々良の表情は試合に負けたというのに穏やかに微笑んで見えたのであった。
「ふぅ……」
肩をだらんと落とし、みづきは空を仰いで一息ついた。
戦いは終わり、全身に光る地平の加護の回路模様は消えていた。
と、味方をしてくれていた太極天の恩寵もいつの間にか静まっている。
──ダンジョンの世界で目覚めた何でもありの加護に加えて、今度はそれを使って大地の偉い神様の神通力を借りられるようになっちまった。確か、太極天っていう名前の神様だっけか。
みづきは自然と、太極天の社のある特別観覧席のほうを見上げた。
──この神様の世界じゃ、皆から畏れ崇められる尊い存在なうえ、他とは比べられないくらい強い力を持っているみたいだ。俺にもたらすのは豊かな大地の恵みで、敵にもたらすのは聖なる力の容赦無い鉄槌か……。
「また何ともありがたい力を授かったもんだ……。だけどまさか、こんな感じでどんどん能力が増えていくんじゃないだろうな……?」
みづきはこれからのことを思い、身震いをする。
ダンジョンの世界で地平の加護が目覚め、神様の世界で神の中の神たる太極天の力を借りられる力を得た。
取って付けたように拡張されていく自分の力。
それはそのまま、この不可思議な夢物語がまだ終わらずに続いていくのでは、という不安である。
「……ん?」
と、割れんばかりの歓声に包まれるなか、みづきの見ている方向から何かが叫び声をあげて急接近してくるのに気付いた。
それは、満面の笑みで無邪気に喜び、飛び掛かってこようとする日和だった。
「みづきぃぃーっ!!」
「うわっ!?」
しかし、みづきは高速で迫る飛行物体に危険を感じ、思わずしゃがみ込んで避けてしまっていた。
空を飛ぶ幼女に抱き付かれる経験などしたことがないのだから仕方がない。
まさか避けられるなんて思いもしなかった日和の抱擁の手は空を切る。
勢いはそのままに、あえなく地面へと顔面から墜落するのであった。
「うがぁーっ!?」
「あっ、悪ぃっ……!」
お尻を突き上げ、不恰好に突っ伏した日和の様子を見て悪びれるみづき。
潰れた蛙みたいになっているその傍らに慌てて膝をついた。
その後ろ、東の門から闘技場内に大勢わらわらと、赤やら青やら色とりどりの小鬼たちが押し寄せてきている。
多々良の指示により、のびている牢太の巨体を連れ帰りに掛かっていた。
子供ほどの大きさの鬼が群れをなし、キーキーと甲高い声をあげながら力を合わせて牢太の大きな身体を持ち上げ、こぞって運び出していく。
棒だけになった刺股と、みづきが作り変えた剛鉄の大太刀も何人かの小鬼で協力して一緒に回収していった。
小鬼たちがいなくなるのを尻目に、日和は無様に転んだままで呻いている。
「あ痛たたたたぁ……。なぁんでよけるんじゃぁ……? 無理を押して矢面に立ち、見事に勝利を収めてくれた栄光のシキと抱擁を交わそうとしただけじゃろうが……。うぐぐ、みづきってばひどいのじゃあ……」
土と砂まみれで嘆く日和だったが、そのとき異変が起こる。
ひっくり返った珍妙な姿が淡い光を放ち始めた。
時を同じくして、太極天の社がこうこうと光り輝いていた。
みづきに神通力を貸し与えたのと同様のことが起こっている。
天神回戦の通例ならではの、太極天の顕現に場内がざわめいていた。
勝者となった陣営の神に、そのありがたい恩寵が与えられるのだ。
「う、うわぁっ!? ど、どうしたんだぁっ!?」
みづきは光る日和を見て、飛び上がって驚いた。
神々しく眩しい光彩に包まれて、何と日和の小さい身体がむくむくと大きくなっていくではないか。
突き出したお尻が、みづきの目の前で丸みを帯びた成熟した形に変わっていく。
お尻だけでなく、縮んでいた幼い女神の肉体は大人のそれへと見る見る内に成長を果たしていた。
不思議なことに着衣の赤紅色の着物までもが、身体の成長か膨張に合わせて大きい寸法へと変化していた。
「お、おおぉっ! 太極天の力が全身に満ち満ちておるっ! 失われた神通力を取り戻したのじゃあっ! 我が肉体も元に戻ったぞぉ! やったぁー!」
大きくなった日和は嬉しそうに元気良くぴょんと起き上がり、みづきのほうへ向き直った。
改めて、その美しくなってしまった麗しい容姿が目に飛び込んでくる。
身長は今のみづきと同じくらいの五尺三寸(160センチ)程度だろうか。
豊満な肉付きの肢体は、もうちんちくりんなどとは形容できない。
だぶだぶだった大き過ぎる着物から、すらりと長く伸びた手は白魚のよう。
若干に丈の短くなってしまった裾から覗く、艶かしい太腿は目のやり場に困る。
元々童顔だったみたいで、円熟な体つきになっても可愛らしい少女の顔のつくりは少し大人びた程度で変わらず、屈託の無い笑顔を弾けさせていた。
「この姿に戻れたのは本当に久方ぶりじゃっ! 感謝するぞ、みづきっ! 全部おぬしのおかげじゃっ!」
「わわっ!?」
今度こそ遠慮なしに豊かな身体を預けられ、みづきは日和に抱き付かれた。
押し付けてくる大きく膨らんだ胸の双丘の感触はむにゅりと柔らかい。
ぺったんこだった胸は、着物の上からでもわかるくらい大きく膨らんでいた。
花の蜜のように甘く、芳醇な香りが鼻をくすぐる。
大きくなった日和は、小さかった時からはまるで想像できないほど女性的な魅力に溢れていた。
──な、なんだよ。この女神さん、めちゃくちゃ美人じゃないか……。あんまりくっつかないでほしいなぁ……。
文字通りの女神の抱擁に、さしものみづきも胸を高鳴らせてしまう。
良いように使われた風で試合に出なければならなくなったのを忘れかけ、迂闊にも目の前の美しくも可愛らしい女神の微笑みに心奪われそうになる。
それくらい本当の姿を取り戻した日和は、魅力に溢れる美貌の持ち主であった。
ぐぅーっ……!
しかし、突然と至近距離で鳴るのは腹の虫の音。
密着していたことを差し引いても、とてもよく聞こえる大きな音だった。
「えっ?!」
「……」
驚くみづきの眼前で日和の微笑む顔が、瞬間的にぼっと赤く染まった。
今のは間違いなく日和のお腹が鳴らした腹鳴の音で、空腹時に消化器官内を空気や胃液が通り抜けて音が鳴っている。
要はお腹の中が空っぽで、腹を減らしている状況のようだ。
「はっ、はわぁーっ!? このっ、私の腹めっ! は、恥ずかしいのじゃぁ……。すまぬぅ、長らくの間、何も食べてなかったゆえ我慢ができんかったのじゃ……」
喜ぶ顔に照れを交え、ささっとみづきから離れる日和はお腹をさすりさすり。
神様でも食事抜きで腹を空かせると、人間と同様に腹の虫を鳴らすらしい。
その様子にみづきはとうとう吹き出して、笑い出してしまった。
「あっはははっ……! せっかくの祝勝が台無しじゃないか。安心して気でも抜けちまったのかよ」
「うぅ、そんなに笑わんでおくれなのじゃ……。元の姿に戻れたというのに、このような辱めはあんまりじゃ……」
もじもじと俯いて身を縮こまらせる日和に、みづきはからっと笑って言った。
「まぁほら、何とか勝ったぜ。これで、敗北の眠りにはつかなくて済むんだろ?」
「あっ!? う、うむっ、その通りじゃ!」
「そっか、──良かったな」
「……っ!」
自然な口調で、最悪の結果を回避できたのを良かったと言われ、日和は表情を一瞬失っていた。
安堵した思いの反面、複雑な気持ちにもなった。
何と答えていいかわからず、少し遅れて返事をする。
「……うむ」
本当は自分が生き残るため、みづきを捨て駒に使おうと思っていたのだから。
延命ができるなら何だってしようと思っていたし、泥臭くやっていくのも厭わない覚悟をしていたはずだった。
それなのに、どうにも胸がずきずきと痛んだ。
予想だにしない異能を秘めていたみづきの誕生はこの上なく幸運であった。
このまま騙し、唆したままその力に甘えてもいいものだろうか。
こんなことではいけない、それはよくわかっている。
日和が聖なる神であればあるほど、良心の呵責に耐えられない。
感情のはっきりしないその顔は、きっとそんな悩みを抱えている。
「どうしたんだ? 腹が減ったら音が鳴るのは別に恥ずかしいことじゃないぞ」
ただ、事情を知らないみづきは、急にしゅんとなって俯いてしまった日和に、お腹の音を聞かれたのがよほど恥ずかしかったのか、などと心配をしていた。
「あ、あのな、みづき……。じ、実はな……」
切羽詰った様子で、日和はみづきの顔を見つめ直した。
何か言おうと口をぱくぱくさせ、わなわなと肩を震わせている。
身代わりにしようとした腹の内を正直に白状し、改めて神とシキ同士の信頼関係を結ぼうと意に決する。
それは、女神たる日和の、人間のみづきへのあべこべな懺悔であった。
「わ、私は実は、おぬしのことを──」
上目遣いの赤らんだ顔で、日和は唇を小さく開いた。
そんな思い詰めた顔をしていったい何を言い出すつもりなんだ、とみづきが戸惑っていたそんなときであった。
「えっ? 何だ……?」
不意におかしなことが起こった。
突如として、明るい空を何かが覆ったかのように辺りが一瞬で暗くなった。
雲が日の光をふっと隠してしまったときの暗転に似ていたものの、暗くなる度合いがあまりに極端過ぎた。
いきなり夜になってしまったかと思うほど、天神回戦の会場に、いや太極山全体に闇の帳がおりた。
「き、急に夜になったぞ……?」
「こ、これは……! まさかっ……!?」
戸惑うみづきをよそに、日和は目を見開き、驚愕の様子で空を振り仰いだ。
そこにはさらなる波乱を呼ぶ、超常の存在が新たに現れている。
試合の終わった直後、唐突に訪れた闇夜にどよめく混迷の天神回戦会場。
ようやく一山を越したところで、また次の一山が立ちはだかる。
神々の異世界での、困難の出来事は未だ終わりを知らない。
0
お気に入りに追加
83
あなたにおすすめの小説
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
異世界サバイバルセットでダンジョン無双。精霊樹復活に貢献します。
karashima_s
ファンタジー
地球にダンジョンが出来て10年。
その当時は、世界中が混乱したけれど、今ではすでに日常となっていたりする。
ダンジョンに巣くう魔物は、ダンジョン外にでる事はなく、浅い階層であれば、魔物を倒すと、魔石を手に入れる事が出来、その魔石は再生可能エネルギーとして利用できる事が解ると、各国は、こぞってダンジョン探索を行うようになった。
ダンジョンでは魔石だけでなく、傷や病気を癒す貴重なアイテム等をドロップしたり、また、稀に宝箱と呼ばれる箱から、後発的に付与できる様々な魔法やスキルを覚える事が出来る魔法書やスキルオーブと呼ばれる物等も手に入ったりする。
当時は、危険だとして制限されていたダンジョン探索も、今では門戸も広がり、適正があると判断された者は、ある程度の教習を受けた後、試験に合格すると認定を与えられ、探索者(シーカー)として認められるようになっていた。
運転免許のように、学校や教習所ができ、人気の職業の一つになっていたりするのだ。
新田 蓮(あらた れん)もその一人である。
高校を出て、別にやりたい事もなく、他人との関わりが嫌いだった事で会社勤めもきつそうだと判断、高校在学中からシーカー免許教習所に通い、卒業と同時にシーカーデビューをする。そして、浅い階層で、低級モンスターを狩って、安全第一で日々の糧を細々得ては、その収入で気楽に生きる生活を送っていた。
そんなある日、ダンジョン内でスキルオーブをゲットする。手に入れたオーブは『XXXサバイバルセット』。
ほんの0.00001パーセントの確実でユニークスキルがドロップする事がある。今回、それだったら、数億の価値だ。それを売り払えば、悠々自適に生きて行けるんじゃねぇー?と大喜びした蓮だったが、なんと難儀な連中に見られて絡まれてしまった。
必死で逃げる算段を考えていた時、爆音と共に、大きな揺れが襲ってきて、足元が崩れて。
落ちた。
落ちる!と思ったとたん、思わず、持っていたオーブを強く握ってしまったのだ。
落ちながら、蓮の頭の中に声が響く。
「XXXサバイバルセットが使用されました…。」
そして落ちた所が…。
ズボラ通販生活
ice
ファンタジー
西野桃(にしのもも)35歳の独身、オタクが神様のミスで異世界へ!貪欲に通販スキル、時間停止アイテムボックス容量無限、結界魔法…さらには、お金まで貰う。商人無双や!とか言いつつ、楽に、ゆるーく、商売をしていく。淋しい独身者、旦那という名の奴隷まで?!ズボラなオバサンが異世界に転移して好き勝手生活する!
異世界帰りの元勇者、日本に突然ダンジョンが出現したので「俺、バイト辞めますっ!」
シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
俺、結城ミサオは異世界帰りの元勇者。
異世界では強大な力を持った魔王を倒しもてはやされていたのに、こっちの世界に戻ったら平凡なコンビニバイト。
せっかく強くなったっていうのにこれじゃ宝の持ち腐れだ。
そう思っていたら突然目の前にダンジョンが現れた。
これは天啓か。
俺は一も二もなくダンジョンへと向かっていくのだった。
エラーから始まる異世界生活
KeyBow
ファンタジー
45歳リーマンの志郎は本来異世界転移されないはずだったが、何が原因か高校生の異世界勇者召喚に巻き込まれる。
本来の人数より1名増の影響か転移処理でエラーが発生する。
高校生は正常?に転移されたようだが、志郎はエラー召喚されてしまった。
冤罪で多くの魔物うようよするような所に放逐がされ、死にそうになりながら一人の少女と出会う。
その後冒険者として生きて行かざるを得ず奴隷を買い成り上がっていく物語。
某刑事のように”あの女(王女)絶対いずれしょんべんぶっ掛けてやる”事を当面の目標の一つとして。
実は所有するギフトはかなりレアなぶっ飛びな内容で、召喚された中では最強だったはずである。
勇者として活躍するのかしないのか?
能力を鍛え、復讐と色々エラーがあり屈折してしまった心を、召還時のエラーで壊れた記憶を抱えてもがきながら奴隷の少女達に救われるて変わっていく第二の人生を歩む志郎の物語が始まる。
多分チーレムになったり残酷表現があります。苦手な方はお気をつけ下さい。
初めての作品にお付き合い下さい。
ガチャと僕のプライベートプラネット
太陽くん
ファンタジー
目が覚めると、白い部屋にいた。
部屋の中央にはガチャガチャが一つ。
やることもないのでガチャを引いていく日々。
プラネット要素はしばらくありません
この作品はハーメルン、小説家になろう、カクヨムでも投稿しています。
凡人がおまけ召喚されてしまった件
根鳥 泰造
ファンタジー
勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。
仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。
それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。
異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。
最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。
だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。
祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。
最弱ユニークギフト所持者の僕が最強のダンジョン探索者になるまでのお話
亘善
ファンタジー
【点滴穿石】という四字熟語ユニークギフト持ちの龍泉麟瞳は、Aランクダンジョンの攻略を失敗した後にパーティを追放されてしまう。地元の岡山に戻った麟瞳は新たに【幸運】のスキルを得て、家族や周りの人達に支えられながら少しずつ成長していく。夢はSランク探索者になること。これは、夢を叶えるために日々努力を続ける龍泉麟瞳のお話である。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる