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第2章 神々の異世界 ~天神回戦 其の壱~

第32話 いざ天神回戦へ

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「へぇー、ここって試合に出る選手の通用口なんだよな……」

 天神回戦の和風な闘技場の中を眺めて、みづきは感嘆の声を漏らしていた。
 姜晶きょうしょうに先導され、東の門からの通路を小走りに通っている最中であった。

「ふーん、ほぉー」

 きょろきょろと辺りを見回し、みづきは興味津々だ。

 門をくぐってから地下に続く階段を降りて、おそらく今は客席部分の真下の空間を通っている。
 おそらくこの先には上り階段があって、闘技場広場への選手入場口となっているのだろう。

 通路は薄暗く、ところどころの壁に掛けられた装飾の細かい金属製の吊り灯篭がほのかな明かりを灯している。

 何と言っても通路は天井がかなり高く、横幅も同様に広く取られている。
 よほど大きな身体の選手が通ったとしても、まったく手狭に感じることなく通用口としての用途を果たすことができるだろう。

 しっかりとした石造りの構造で、建造されてからどれほどの年月が経っているのか歴史ある古代の遺跡を連想させた。

「落ち着かない様子ですね。何か気になりますか?」

 姜晶は少し振り向き、上下左右しきりに首を動かしているみづきに声を掛けた。

「あぁ、いや、色々と物珍しいっていうか……。この場所もずっと昔からあるみたいだし、随分と長いこと試合やってるんだろうなぁ、と思ってさ」

 この世界で目覚めて日和以外から初めて話し掛けられ、みづきは答えていた。

 さっきの日和とのやり取りを見る感じ、天神回戦の関係者なのだろう。
 幼く見えるだけで年齢不詳だが、物腰柔らかそうな印象であった。

「そうですねぇ……。僕の生まれるずっと前、少なくとも千年以上は昔から天神回戦は行われています。ここは、神様たちの由緒のある伝統的な戦いの場なんですよ」

 千年以上前からという言葉にも驚いたが、朗らかな笑顔で答える姜晶は見た目通りの印象の良い少年のようだ。
 端正で整った美形の顔のつくりと、後ろで結った長く綺麗な髪が相まって女の子のようにも見える。

「あ、申し遅れました。僕は天神回戦の試合を采配する審判官で、祭りの運営委員会所属の姜晶と言います。縁があれば、今後も宜しくお願いいたしますね」

 立ち止まり、みづきよりも少し背の低い姿が正面からぺこりと会釈をする。
 慌ててこちらもそれに合わせて会釈を返した。

「これはどうもご丁寧に。──俺はみづき。何だかよく訳のわからないまま、試合に出ることになっちまったみたいで……。うーん、正直参ってる……」

 苦笑混じりにみづきがそう言うと、姜晶はまた笑顔で答える。
 二人は歩みを再開させながら話を続けた。

「貴方は日和様のシキで、まだ生み出されて間も無いんですよね? もちろん試合も初めてでしょうから緊張されるのは無理のないことですよ。僕も審判官を務めるのは今日が初めてで、とっても身が引き締まる思いです。お互い頑張りましょうね」

「できれば試合なんてやりたくはないんだけども……。えっと、姜晶、君も、若そうなのにそんな凄いお役目大変だねぇ」

 誕生してすぐのシキが試合に投入されることは珍しくはないが、姜晶にも試合が初めてのみづきとよく似た事情があるようだ。
 奇しくもみづきの天神回戦の初試合が、姜晶の審判官としての晴れ舞台となる訳である。

 ただ、みづきは若輩の新人が大役を仰せつかった重圧を労うつもりで言ったものの、姜晶の反応は違っていた。
 一瞬の間を空けて姜晶は困った風に笑った。

「……姜晶、君ですか。ふふ、若そうに見えますか? 僕、こう見えても百年以上は天神回戦に関わっている官吏かんりなんですよ。しばらくの功績を認められて審判官の任を授かったんです」

「えっ! 百年!? めちゃくちゃ年上! これはどうも失礼しました……」

「あ、いえ、いいんですよ。神様の世界では年齢なんてあんまり意味は無いですし、みづき様は日和様のシキですし……。君付けで呼ばれるのって新鮮だなぁと思っただけです」

「はぁ、そういうもんなのか……」

 話し方もそのままでいいですよ、と言う姜晶は仙人の類の神族であり、基本的には不老の存在であるらしい。
 初めから神族として神の世界に誕生する者もいれば、現世や下界から功によって仙人として転生してくる者もいる。

 いずれにしても、彼ら神仙は八百万の神に仕える信徒となるそうだ。
 姜晶はこの天神回戦の主神たる太極天の下で誕生して、もう長い間こうして神々の祭りの運営委員会に携わっているのである。

「兎も角ですが、みづき様は天神回戦への参加は初めてということですので、試合の説明をいたしますね。よく聞いておいて下さい」

 姜晶は上へと続く大きな階段の前で立ち止まった。
 そして、試合についての簡単な段取りと取り決めを伝える。

 みづきはいよいよ張り詰めた雰囲気を肌で感じ取り、階段上から差し込む外の光を見上げてごくりと喉を鳴らした。

 あの向こうは空から見た闘技場の舞台で、避けようのない戦いが待っている。
 姜晶の言葉を一言一句聞き漏らさないよう構え、身体中を緊張で強張らせた。

「僕は先に行ってお待ちしておりますので、みづき様は名前を呼び上げられたら階段を上がってきて下さい。先に東の選手が呼ばれますので、西はその後です」

「お、おう……!」

「試合は一対一の一本勝負で、対戦相手を倒すか戦闘不能にすれば勝利となります。制限時間は特にありませんが、あまりに膠着状態が続けば審判より引き分けの待ったを掛ける場合があります。数多の神々や大勢の観客がご観覧されておいでですので、正々堂々一生懸命に力を尽くして試合に臨まれるよう宜しくお願い致します。くれぐれもお命は大事にして下さいね」

「命を大事に……。うむぅ……」

「反則についての規定は特に設けられておりませんので、正しき道にもとるようなことをしなければ何でもありです。そもそも、神様やシキが備えている力や権能は多種多様の変幻自在でありますので、何をしたら反則かどうかの線引きは不可能です。いかなる手段を用いても結構です、対戦相手を打ち負かして下さい。それがすべてです」

 勝負がついたと判断したら僕が審判致しますので、と姜晶は締めくくった。
 みづきは額に冷たい汗を浮かべて唸る。

──単純明快な相手を負かせば勝ちの差しの勝負……。反則の規定が無いってことは、ルールで勝ち負けが決まるんじゃなくて純粋に強いほう、特別な能力を持ってるほうが勝つ公算になる……。人外の神様や仙人様、妖怪や魔物が当たり前に居るこの世界じゃ、何でもありってのは物凄く恐ろしいことなんじゃないのか……?

 と、青い顔をしていると姜晶が怪訝そうに聞いてくる。
 説明の最中もしきりにみづきの身なりを気にしていた。

「あのう、気になっていたのですが、試合をするに当たり、何か武器のようなものはお持ちではないんですか? あ、いえ、中には肉体そのものが武器というシキや神様もいらっしゃるので──」

「──持たせてくれなかったんだ」

 声を遮って言うみづきに、姜晶は円らな瞳をもっと目を丸くする。
 そうかと思うと、火が付いたみたいに大声でまくしたてられぎょっとした。

「あのちんちくりんの駄女神サマ、神通力切れだとか抜かして何も武器を用意してくれなかったんだよ! 相手は第二位の強敵で負ければ後が無いとか言っておきながら、いったい何を考えてやがるんだ!? やる気の欠片も見えやしねえ、勝つ気あるのかよっての! こんちくしょうめ! ひどい話だろ、まったくぅ……」

「あ、あぁ、そうだったんですか……。ちんちくりん、駄女神サマって……」

 武器を持たないことにも驚いたが、主である神に対して無遠慮な不敬の言葉が飛び出してきて姜晶はさらに驚いた。

「……」

 そして、しょんぼりするみづきを見つつ、姜晶は心配になっていた。

 当然、運営としてみづきの対戦相手がどんな相手で、どれほどの強さを備えているのか把握している。
 それと相対するにあたり、ただでさえみづきは生まれたてのシキなのに、丸腰ともなると果たして勝負になるかどうかも怪しい。

 はっきり言って、勝負は始まる前から見えている。
 但し、中立の運営として、有利不利関係なくいずれの陣営にも肩入れするのは固く禁じられている。

「……御武運を、みづき様」

 だから、姜晶はそうとだけしか言えず、沈痛な思いにきつく唇を結んだ。
 笏を両手で持ち、深くお辞儀をすると闘技場への階段を、みづきに背中を向けてゆっくりと上がっていくのだった。
 これから非業の運命を辿るかもしれないシキを不憫にも思いながら。

「へーい、後でよろしくー」

 それなのに、みづきときたら軽い感じで手をぷらぷら振っている。
 姜晶は少しだけ立ち止まり、階段下のみづきをちらりと振り向き見た。

 みづきの身を案じる一方で、姜晶は小首を傾げる気持ちでもあった。
 それは、初めから感じていた何となくの違和感だった。

──みづき様、何だか変わったシキですね。日和様の生み出されたシキというのは間違いないようですが……。何でしょうね、この感じ……。

 誕生して間もないため、神の世界について色々と疎いのは当然だろうが、良くも悪くもその人となりに何か面妖めんようさを感じる。
 適切な表現を頭で探していると、一番しっくりとくる比喩ひゆがふと浮かんだ。

──好奇心が旺盛で、相手を見た目で判断したり、神様の悪口を言って不敬を働いてみたり……。そんなシキは見たことが無い。そう、──まるで人間みたいです。

 人間味のあるシキ、姜晶はそう思って小さく吹き出した。
 気を取り直し、小走りに階段を上がるのを再開する。

「でも、生きた人間が神の世界にいる訳はない。気のせいでしょうね」

 さあ、いつまでもみづきだけに構ってはいられない。
 姜晶にとっても、今日は審判官としての晴れ舞台なのだ。
 暗い階段を上る後ろ姿は闘技場の明るい光の中に消えていった。

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