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第1章 迷宮の異世界 ~パンドラエクスプローラーⅠ~
第15話 太陽と星と地平線2
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「──よしっ!」
ミヅキはいよいよと目覚めた力を使い、レッドドラゴン退治に乗り出す。
『地平の加護・全能付与術体系を起動』
頭の中に加護の声が流れ、顔や全身に走る回路模様が輝きを増した。
ミヅキは自分に与えられた超常の能力について思い浮かべる。
──俺の地平の加護ってのには様々な能力が備わっているらしい。その内の一つがこの「全能付与術体系」だ。付与術といえば、道具や武器に魔法を掛けて、魔法のアイテムに変えることができたり、人形に魔法で命を吹き込んで自立稼動するゴーレムとかを使役したりできる。もちろん付与対象は物だけじゃなくて、意思のある生命体にも使える。味方の強化や敵の弱体化もお手のものだ。
『対象選択・《妹エルフさん・もとい・エルトゥリンとハルバード》』
ミヅキは無意識に付与魔法発動の所作を行う。
右手の人差し指と中指を立てた刀印を胸の前で結んだ。
刀印とは刀を模していて、九字護身法の九字を切る際に使用する。
──でも、異世界で目覚めた能力が付与魔法だなんて、何だか俺らしいな! どうせならすべてをねじ伏せられる超絶パワーでも良かったろうに、さ!
ミヅキは念じて意識をエルトゥリンへと向けた。
瞬間、迷宮中から莫大な魔力が集まってきて付与魔法を発動させる。
付与対象を「選択」し、霊妙不可思議の効験を与えるのである。
『効験付与・《研磨》』
金色の光がダンジョンの床から飛び出し、エルトゥリンを包み込んだ。
すると、手のハルバードの斧刃が瞬く間に鋭さを増していく。
長く愛用して細かな傷の入った刃先を、本来の新品以上に鋭く磨き上げた。
研ぎ師の技を必要とせず、下地研ぎは魔力の輝きを研ぎ石代わりにして、荒磨きである程度の鋭い刃を成型し、仕上げ研ぎの細かい作業も一気に完了させていく。
魔力の輝きが斧刃を走り去った後には、切れ味が増しただけでなく美しい地肌と刃文さえ浮かび上がらせて見せた。
『効験付与・《加熱》』
続いて付与したのは、刃物をよく切れるようにする為、研ぐ以外で真っ先に思いつく方法であった。
ミヅキは食パンを包丁で切る時の体験を思い出していた。
包丁を火で炙り、加熱した刃を押し付けるのではなく引く際に力を込めて、摩擦の力を大きくして引き切る。
そうしたら気持ちよく食パンが切れていた知識は、付与魔法としても遺憾なく発揮されたのである。
食パンとドラゴンを同列に考えてしまったのを、我ながらに可笑しいと思った。
かくして、エルトゥリンのハルバードは燃え上がるばかりに赤熱した。
『効験付与・《刀剣》』
ミヅキの思いついた三つ目の付与効果。
それは記憶と体験による確かな知識、いや思い入れであった。
イメージしたのは和の剣、刀だ。
洗練された鍛冶技術で生まれた刀剣は、折れず、曲がらず、よく切れる。
世界一とも言われる切れ味をミヅキは信頼し、付与魔法に乗せた。
「すごいっ……!」
その驚異には思わず声が出る。
エルトゥリンの目に、見る見る内に鋭さを増して変化していくハルバードの異様が映っていた。
赤く高熱を帯びても刃の金属部分が溶け出すことはなく、鋭さだけが強化されていく様は、まさに魔法の奇跡ゆえであった。
「──これなら、いけるっ!」
エルトゥリンは自らの武器に与えられた絶大な効験を実感した。
三つの付与効果を与えられ、飛躍的に攻撃力は増した。
対するドラゴンに、今のハルバード同様に鋭さを増した視線を向け、突撃を再開していく。
「ふわぁっ?! な、なんてこと! これがミヅキ様のお力っ!? 地平の加護の力なのっ……!?」
付与魔法の制御を担うアイアノアは、長い耳をぴんと立てて驚愕していた。
伝わってくる魔法の規格は異常過ぎた。
ミヅキが使った付与魔法は、彼女の知る魔法の常識から著しく逸脱していた。
「付与魔法を同時に三つもっ!? こんなにも膨大な魔力量なのよ……?! 魔力を補う道具も儀式も不要だなんて……! ただ念じるだけでこれほどの奇跡を起こしているというの!?」
アイアノアは圧倒されていた。
尋常ならない魔力がミヅキを中心にして渦を巻いている。
魔法を使うには魔力が必要だ。
術が複雑になればなるほど、要される魔力量は莫大に膨れ上がっていく。
しかも火や水、風や土といった自然を操る一般的な魔法に比べて、付与魔法はより専門的で扱いが難しいのである。
なのにミヅキは手足を動かす、呼吸をする、という当たり前な動作と変わらず複数の付与魔法を同時に発動させていた。
「すっ、凄いっ、凄すぎますぅっ! やはり、この御方はっ! ミヅキ様はっ!」
頬を赤く上気させ、アイアノアは感激していた。
捜し求め、やっと巡り合えた使命の勇者の秘めた力が、想像の遥か上だったことに満面の笑顔になっていた。
彼女には目の前のミヅキの背が、堪らなく頼り甲斐のあるものに見えただろう。
「あぁっ、ふわぁぁん……。こ、この魔力が身体を巡る感覚はぁ……!」
そして、それだけではない。
ミヅキを加護で支援して、魔法の発動を共にすれば、アイアノアのほうにも膨大な魔力が流れ込んでくる。
すると、身体の奥底、魂の芯から身震いするほどの心地よさが込み上げた。
「ミヅキ様の魔力、凄いッ……! 私の加護と触れ合って、物凄い魔力の波が押し寄せてくるっ! なんて、なんて心地良さなのっ! 私の魂が躍ってるぅ……!」
凄まじい魔力が身体中を急激に循環し、アイアノアを熱く火照らせる。
快活な興奮の度合いは一気に限界まで高められた。
「……」
後ろで舞い上がっているアイアノアを知らず、ミヅキは自分の付与魔法を見て黙っている。
その目は、まだ何かできることはないかを刹那の間に思考していた。
十二分に強化されたハルバードを携え、エルトゥリンはレッドドラゴンに勇猛果敢に飛び掛かる。
磨かれ、赤く熱を帯び、刀剣の威力を秘めた斧刃を振り上げた。
対してドラゴンは、何度もエルトゥリンを打ち払った尾の一撃でこれを迎え撃とうとしている。
雄々しい竜はまだまだ元気で、挑んでくるエルフに反撃しようと意気盛んだ。
ミヅキは、今度はドラゴンそのものに意識を向けた。
『対象選択・《レッドドラゴン》』
ミヅキは思い出していた。
記憶の領域に記録されている情報を、正確に再構築している。
これは地平の加護の特性だ。
ついさっき、レッドドラゴンの炎を受けている最中に。
──すでに「洞察」は完了していた。
対象を観察し、全容と本質を理解、解析する。
レッドドラゴンがどういった存在であるかの概念化に成功していたのである。
洞察が進み、地平の加護の領域がさらなる広がりを見せる。
知識として、概念として、理解できてしまったものは、すでに地平の加護の手の平の上だ。
だから、空想の怪物のドラゴンが相手でも問題無く付与術の対象に選択が可能。
レッドドラゴンに対して、地平の加護の付与魔法が襲い掛かる。
『効験付与・《腐食》』
──ドラゴンの鱗は鋼鉄より硬いっていうけど、金属寄りの組織なのか、普通に生物としての構造をしているのかどっちなんだろう。金属なら大体は酸化によって表面から錆付き、内部の深くまで腐食してしまう。生物なら細菌やカビの微生物が取り付いて、消化や分解で侵食されていくもんだ。
「でも、地平の加護のやることにゃ、どっちでも同じみたいだ」
地平の加護の付与魔法の前には、金属だろうが生物だろうがお構いなしで、結果は同じであった。
哀れ、ドラゴンの表皮は金属の脆化のように錆びて朽ち果て、強度を失った。
硬く分厚い体表の組織はパリパリと乾いて細かく浮かび上がり、脆そうな様子を呈していた。
『効験付与・《老化》』
──この立派な身体のドラゴンはもう大人なんだろうか。それともまだ成長途中の子供なんだろうか。老化は成長の延長線上にあって、細胞が分裂する速さによってその差は定義付けられている。だけど、細胞の分裂を過剰に促進させるこの魔法の前にはどっちだって関係ない。
竜は人間に比べて、病気や事故といった外的要因にさらされにくく、遥かに長命な分、老いに対しても抵抗力は強い。
しかし、老化の概念による容赦の無い細胞分裂の加速化で、硬く滑らかだった肌には皺が寄り、剛健な肉体は細く痩せ衰えていく。
強靭な筋組織は張りを失いブヨブヨに。
太く強固な骨は密度が落ちてスカスカに。
「ひどいもんだな、こりゃ……」
腐食し、老化するドラゴンの表皮を見て、ミヅキは何だか申し訳なく思った。
その二つの付与魔法は僅かの時間の間に実行されていた。
認識できたのはミヅキだけ。
当のレッドドラゴン、二人のエルフにも何が起こったのかはわからなかった。
ドズンッ……!!
次の瞬間、鈍く重い音がダンジョン内に響き渡った。
過剰に強化されたエルトゥリンのハルバードと、過剰に弱体化されたドラゴンの尾が勢いそのままに激突したのだ。
その勝敗は明らかだった。
ほとんど抵抗無く、容易に引き切れてしまうレッドドラゴンの尻尾。
さっきまでの堅牢な表皮の防御力が嘘のようだ。
それを金属で例えるなら、損傷具合は応力腐食割れを思わせた。
「はぁッ!」
丸太みたいな尻尾は切断されて宙に舞い、ドラゴンの短い悲鳴が耳に届く。
その頃にはエルトゥリンは再び空中に飛翔していた。
ドラゴンの巨体を背中から身軽に駆け上がり、頭部の真上へと飛ぶ。
高く振りかぶったハルバードには、多重なる付与魔法の権能がまだ残っている。
「だあぁぁぁぁッ!!」
猛る叫びをあげ、加護の輝きを身に纏いながら、流星のようにレッドドラゴンの脳天めがけて全力で降り落ちた。
ドガッ、という肉を抉る音がして、ハルバードの斧先がドラゴンの右上瞼あたりに深々と突き刺さった。
鮮血が溢れ、さすがの巨大な竜も堪らずのたうち回った。
エルトゥリンは苦痛に藻掻くドラゴンから華麗に宙を舞って離脱する。
『グギャオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォーーーーーッ!!』
半狂乱になったレッドドラゴンの咆哮がダンジョン中にこだまする。
怒りに唸り、ミヅキたちを恨みがましく睨む顔の右目は潰れていた。
思わぬ手傷を負わされ、もう戦意を喪失してしまったのか、レッドドラゴンからのそれ以上の攻撃は行われなかった。
弱らされた巨体を素早く翻し、ダンジョンの奥へと走り去っていく。
どすんどすん、と逃げていく足音はすぐに聞こえなくなり、地鳴りのような振動が消えた後には元のかび臭い湿った静寂が訪れた。
「よっしゃぁっ! 追っ払ってやったぜ!」
「やりましたねっ、ミヅキ様っ! お見事ですっ!」
伝説の魔物との戦いに勝利し、歓喜の叫びをあげるミヅキ。
後ろのアイアノアからも褒め称えられ、心は抑えきれずに浮かれた。
ドラゴンを撃退し、エルフの美女に賞賛される。
これだけでも異世界ファンタジーは素晴らしいと実感できようというものだ。
「──ふぅっ」
短い息を吐き、エルトゥリンはもう見えなくなった敵の背を無言で見ていた。
確かな手応えはあったが倒すには至らなかった。
あのレッドドラゴンは、それだけ特別な強敵であったということだ。
ただ、狩りの対象に逃げられたのは後ろ髪を引かれる思いではあったが、それ以上の深追いはしなかった。
脅威は去り、付近の安全は確保された。
ダンジョン奥の暗闇に背を向けて踵を返すと、エルトゥリンはミヅキとアイアノアのもとにゆっくりと戻っていくのであった。
ミヅキはいよいよと目覚めた力を使い、レッドドラゴン退治に乗り出す。
『地平の加護・全能付与術体系を起動』
頭の中に加護の声が流れ、顔や全身に走る回路模様が輝きを増した。
ミヅキは自分に与えられた超常の能力について思い浮かべる。
──俺の地平の加護ってのには様々な能力が備わっているらしい。その内の一つがこの「全能付与術体系」だ。付与術といえば、道具や武器に魔法を掛けて、魔法のアイテムに変えることができたり、人形に魔法で命を吹き込んで自立稼動するゴーレムとかを使役したりできる。もちろん付与対象は物だけじゃなくて、意思のある生命体にも使える。味方の強化や敵の弱体化もお手のものだ。
『対象選択・《妹エルフさん・もとい・エルトゥリンとハルバード》』
ミヅキは無意識に付与魔法発動の所作を行う。
右手の人差し指と中指を立てた刀印を胸の前で結んだ。
刀印とは刀を模していて、九字護身法の九字を切る際に使用する。
──でも、異世界で目覚めた能力が付与魔法だなんて、何だか俺らしいな! どうせならすべてをねじ伏せられる超絶パワーでも良かったろうに、さ!
ミヅキは念じて意識をエルトゥリンへと向けた。
瞬間、迷宮中から莫大な魔力が集まってきて付与魔法を発動させる。
付与対象を「選択」し、霊妙不可思議の効験を与えるのである。
『効験付与・《研磨》』
金色の光がダンジョンの床から飛び出し、エルトゥリンを包み込んだ。
すると、手のハルバードの斧刃が瞬く間に鋭さを増していく。
長く愛用して細かな傷の入った刃先を、本来の新品以上に鋭く磨き上げた。
研ぎ師の技を必要とせず、下地研ぎは魔力の輝きを研ぎ石代わりにして、荒磨きである程度の鋭い刃を成型し、仕上げ研ぎの細かい作業も一気に完了させていく。
魔力の輝きが斧刃を走り去った後には、切れ味が増しただけでなく美しい地肌と刃文さえ浮かび上がらせて見せた。
『効験付与・《加熱》』
続いて付与したのは、刃物をよく切れるようにする為、研ぐ以外で真っ先に思いつく方法であった。
ミヅキは食パンを包丁で切る時の体験を思い出していた。
包丁を火で炙り、加熱した刃を押し付けるのではなく引く際に力を込めて、摩擦の力を大きくして引き切る。
そうしたら気持ちよく食パンが切れていた知識は、付与魔法としても遺憾なく発揮されたのである。
食パンとドラゴンを同列に考えてしまったのを、我ながらに可笑しいと思った。
かくして、エルトゥリンのハルバードは燃え上がるばかりに赤熱した。
『効験付与・《刀剣》』
ミヅキの思いついた三つ目の付与効果。
それは記憶と体験による確かな知識、いや思い入れであった。
イメージしたのは和の剣、刀だ。
洗練された鍛冶技術で生まれた刀剣は、折れず、曲がらず、よく切れる。
世界一とも言われる切れ味をミヅキは信頼し、付与魔法に乗せた。
「すごいっ……!」
その驚異には思わず声が出る。
エルトゥリンの目に、見る見る内に鋭さを増して変化していくハルバードの異様が映っていた。
赤く高熱を帯びても刃の金属部分が溶け出すことはなく、鋭さだけが強化されていく様は、まさに魔法の奇跡ゆえであった。
「──これなら、いけるっ!」
エルトゥリンは自らの武器に与えられた絶大な効験を実感した。
三つの付与効果を与えられ、飛躍的に攻撃力は増した。
対するドラゴンに、今のハルバード同様に鋭さを増した視線を向け、突撃を再開していく。
「ふわぁっ?! な、なんてこと! これがミヅキ様のお力っ!? 地平の加護の力なのっ……!?」
付与魔法の制御を担うアイアノアは、長い耳をぴんと立てて驚愕していた。
伝わってくる魔法の規格は異常過ぎた。
ミヅキが使った付与魔法は、彼女の知る魔法の常識から著しく逸脱していた。
「付与魔法を同時に三つもっ!? こんなにも膨大な魔力量なのよ……?! 魔力を補う道具も儀式も不要だなんて……! ただ念じるだけでこれほどの奇跡を起こしているというの!?」
アイアノアは圧倒されていた。
尋常ならない魔力がミヅキを中心にして渦を巻いている。
魔法を使うには魔力が必要だ。
術が複雑になればなるほど、要される魔力量は莫大に膨れ上がっていく。
しかも火や水、風や土といった自然を操る一般的な魔法に比べて、付与魔法はより専門的で扱いが難しいのである。
なのにミヅキは手足を動かす、呼吸をする、という当たり前な動作と変わらず複数の付与魔法を同時に発動させていた。
「すっ、凄いっ、凄すぎますぅっ! やはり、この御方はっ! ミヅキ様はっ!」
頬を赤く上気させ、アイアノアは感激していた。
捜し求め、やっと巡り合えた使命の勇者の秘めた力が、想像の遥か上だったことに満面の笑顔になっていた。
彼女には目の前のミヅキの背が、堪らなく頼り甲斐のあるものに見えただろう。
「あぁっ、ふわぁぁん……。こ、この魔力が身体を巡る感覚はぁ……!」
そして、それだけではない。
ミヅキを加護で支援して、魔法の発動を共にすれば、アイアノアのほうにも膨大な魔力が流れ込んでくる。
すると、身体の奥底、魂の芯から身震いするほどの心地よさが込み上げた。
「ミヅキ様の魔力、凄いッ……! 私の加護と触れ合って、物凄い魔力の波が押し寄せてくるっ! なんて、なんて心地良さなのっ! 私の魂が躍ってるぅ……!」
凄まじい魔力が身体中を急激に循環し、アイアノアを熱く火照らせる。
快活な興奮の度合いは一気に限界まで高められた。
「……」
後ろで舞い上がっているアイアノアを知らず、ミヅキは自分の付与魔法を見て黙っている。
その目は、まだ何かできることはないかを刹那の間に思考していた。
十二分に強化されたハルバードを携え、エルトゥリンはレッドドラゴンに勇猛果敢に飛び掛かる。
磨かれ、赤く熱を帯び、刀剣の威力を秘めた斧刃を振り上げた。
対してドラゴンは、何度もエルトゥリンを打ち払った尾の一撃でこれを迎え撃とうとしている。
雄々しい竜はまだまだ元気で、挑んでくるエルフに反撃しようと意気盛んだ。
ミヅキは、今度はドラゴンそのものに意識を向けた。
『対象選択・《レッドドラゴン》』
ミヅキは思い出していた。
記憶の領域に記録されている情報を、正確に再構築している。
これは地平の加護の特性だ。
ついさっき、レッドドラゴンの炎を受けている最中に。
──すでに「洞察」は完了していた。
対象を観察し、全容と本質を理解、解析する。
レッドドラゴンがどういった存在であるかの概念化に成功していたのである。
洞察が進み、地平の加護の領域がさらなる広がりを見せる。
知識として、概念として、理解できてしまったものは、すでに地平の加護の手の平の上だ。
だから、空想の怪物のドラゴンが相手でも問題無く付与術の対象に選択が可能。
レッドドラゴンに対して、地平の加護の付与魔法が襲い掛かる。
『効験付与・《腐食》』
──ドラゴンの鱗は鋼鉄より硬いっていうけど、金属寄りの組織なのか、普通に生物としての構造をしているのかどっちなんだろう。金属なら大体は酸化によって表面から錆付き、内部の深くまで腐食してしまう。生物なら細菌やカビの微生物が取り付いて、消化や分解で侵食されていくもんだ。
「でも、地平の加護のやることにゃ、どっちでも同じみたいだ」
地平の加護の付与魔法の前には、金属だろうが生物だろうがお構いなしで、結果は同じであった。
哀れ、ドラゴンの表皮は金属の脆化のように錆びて朽ち果て、強度を失った。
硬く分厚い体表の組織はパリパリと乾いて細かく浮かび上がり、脆そうな様子を呈していた。
『効験付与・《老化》』
──この立派な身体のドラゴンはもう大人なんだろうか。それともまだ成長途中の子供なんだろうか。老化は成長の延長線上にあって、細胞が分裂する速さによってその差は定義付けられている。だけど、細胞の分裂を過剰に促進させるこの魔法の前にはどっちだって関係ない。
竜は人間に比べて、病気や事故といった外的要因にさらされにくく、遥かに長命な分、老いに対しても抵抗力は強い。
しかし、老化の概念による容赦の無い細胞分裂の加速化で、硬く滑らかだった肌には皺が寄り、剛健な肉体は細く痩せ衰えていく。
強靭な筋組織は張りを失いブヨブヨに。
太く強固な骨は密度が落ちてスカスカに。
「ひどいもんだな、こりゃ……」
腐食し、老化するドラゴンの表皮を見て、ミヅキは何だか申し訳なく思った。
その二つの付与魔法は僅かの時間の間に実行されていた。
認識できたのはミヅキだけ。
当のレッドドラゴン、二人のエルフにも何が起こったのかはわからなかった。
ドズンッ……!!
次の瞬間、鈍く重い音がダンジョン内に響き渡った。
過剰に強化されたエルトゥリンのハルバードと、過剰に弱体化されたドラゴンの尾が勢いそのままに激突したのだ。
その勝敗は明らかだった。
ほとんど抵抗無く、容易に引き切れてしまうレッドドラゴンの尻尾。
さっきまでの堅牢な表皮の防御力が嘘のようだ。
それを金属で例えるなら、損傷具合は応力腐食割れを思わせた。
「はぁッ!」
丸太みたいな尻尾は切断されて宙に舞い、ドラゴンの短い悲鳴が耳に届く。
その頃にはエルトゥリンは再び空中に飛翔していた。
ドラゴンの巨体を背中から身軽に駆け上がり、頭部の真上へと飛ぶ。
高く振りかぶったハルバードには、多重なる付与魔法の権能がまだ残っている。
「だあぁぁぁぁッ!!」
猛る叫びをあげ、加護の輝きを身に纏いながら、流星のようにレッドドラゴンの脳天めがけて全力で降り落ちた。
ドガッ、という肉を抉る音がして、ハルバードの斧先がドラゴンの右上瞼あたりに深々と突き刺さった。
鮮血が溢れ、さすがの巨大な竜も堪らずのたうち回った。
エルトゥリンは苦痛に藻掻くドラゴンから華麗に宙を舞って離脱する。
『グギャオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォーーーーーッ!!』
半狂乱になったレッドドラゴンの咆哮がダンジョン中にこだまする。
怒りに唸り、ミヅキたちを恨みがましく睨む顔の右目は潰れていた。
思わぬ手傷を負わされ、もう戦意を喪失してしまったのか、レッドドラゴンからのそれ以上の攻撃は行われなかった。
弱らされた巨体を素早く翻し、ダンジョンの奥へと走り去っていく。
どすんどすん、と逃げていく足音はすぐに聞こえなくなり、地鳴りのような振動が消えた後には元のかび臭い湿った静寂が訪れた。
「よっしゃぁっ! 追っ払ってやったぜ!」
「やりましたねっ、ミヅキ様っ! お見事ですっ!」
伝説の魔物との戦いに勝利し、歓喜の叫びをあげるミヅキ。
後ろのアイアノアからも褒め称えられ、心は抑えきれずに浮かれた。
ドラゴンを撃退し、エルフの美女に賞賛される。
これだけでも異世界ファンタジーは素晴らしいと実感できようというものだ。
「──ふぅっ」
短い息を吐き、エルトゥリンはもう見えなくなった敵の背を無言で見ていた。
確かな手応えはあったが倒すには至らなかった。
あのレッドドラゴンは、それだけ特別な強敵であったということだ。
ただ、狩りの対象に逃げられたのは後ろ髪を引かれる思いではあったが、それ以上の深追いはしなかった。
脅威は去り、付近の安全は確保された。
ダンジョン奥の暗闇に背を向けて踵を返すと、エルトゥリンはミヅキとアイアノアのもとにゆっくりと戻っていくのであった。
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ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていたポーター(荷物運び)のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもないことは自分でも解っていた。
だが、それでもセレスはパーティに残りたかったので土下座までしてリヒトに情けなくもしがみついた。
余りにしつこいセレスに頭に来たリヒトはつい剣の柄でセレスを殴った…そして、セレスは亡くなった。
そこからこの話は始まる。
セレスには誰にも言った事が無い『秘密』があり、その秘密のせいで、死ぬことは怖く無かった…死から始まるファンタジー此処に開幕
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