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第1章 迷宮の異世界 ~パンドラエクスプローラーⅠ~
第14話 太陽と星と地平線1
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「私は、アイアノアと申します。エルフの里より、使命を受けて馳せ参じました。神託の勇者様、是非とも私たちにお手伝いをさせて下さいまし」
透き通るような美しい声。
神託に導かれ、ミヅキのもとに辿り着いた二人のエルフ姉妹。
金色の長い髪の姉のエルフの名は、アイアノア。
現実離れした美しい笑顔と、緑色の瞳がミヅキを見つめている。
伝説のダンジョン、パンドラの地下迷宮にてとうとう巡り会った。
「あちらは、妹のエルトゥリン」
背後でレッドドラゴンと激闘を繰り広げる妹に視線を送り、その名を告げた。
ドラゴンにさらなるハルバードの一撃を加え、その反動で空中をくるくると回転し、ミヅキとアイアノアの前に着地するもう一人のエルフ。
白銀色のショートボブの髪、凜々しい顔の青い瞳。
白い軽装に不釣り合いな長大な得物を操る。
肌露出の多い出で立ちだが、戦闘に身を投じる彼女は跳んだり跳ねたりの激しいアクションに頓着しない。
妹の名は、エルトゥリン。
「姉様、呑気な挨拶は後にして! 私が時間を稼ぐから早く!」
熱の入った声で言い放ち、エルトゥリンはまたレッドドラゴンに向かって突撃していった。
人間業とは思えない速さでドラゴンの巨体の足元を駆けると、ハルバードの斧刃を豪快に振るう。
ほぼ同時に右前足、右後ろ足を切り払った。
体勢を大きく崩した竜は自重に耐え切れずに今度こそ横倒しにダウンする。
まるで小山が地滑りするかのようなど派手な光景だ。
「はぁッ!!」
ダンジョンの床を振動が揺るがす頃には、エルトゥリンは倒れた巨体に向かい高く跳躍していた。
頭部めがけて渾身の力で、ハルバードを真上から振るう。
「……ッ!?」
しかし、転倒して藻掻いていたレッドドラゴンは、鞭のようにしなる太く長い尾を振り回し、カウンター気味に空中のエルトゥリンを打ち払った。
バァンッ、と硬いもの同士が衝突した音が轟き、エルトゥリンの小さな身体は紙屑のように飛ばされ、ダンジョンの太い柱の一本に叩きつけられた。
あまりの衝撃にぶつかった柱が、がらがらと音を立てて崩れていく。
瓦礫と土煙に巻かれてエルトゥリンは見えなくなってしまった。
「あぁッ、や、やられた……?!」
目の前で一瞬の内に起こった惨劇にミヅキは顔を青くした。
エルフの身体に、ドラゴンの尾の打ち払いは丸太が激突してくるのと変わらない。
衝撃に肉体はばらばらにされてしまう。
しかし、姉のアイアノアはひどく落ち着いていた。
「大丈夫です。エルトゥリンにはあのくらい、どうってことはありません。ほらっ、ご覧になって下さいまし」
目を逸らしたミヅキが恐る恐る振り向いてみると。
笑顔のアイアノアが指し示す通りの驚くべき光景がそこにあった。
もうもうと立ち込める土煙の中から、平然とした顔のエルトゥリンが何事も無かったかのように出てきた。
衣服も武器も無事、まさかの無傷である。
無言のまま、ハルバードを構え直してレッドドラゴンの前に立った。
「な、何だって……! あれを食らってびくともしないのかっ……!?」
また感嘆しているミヅキに、アイアノアは伝える。
それは、神託と共に妹が授かった賜物の名であった。
「あれがエルトゥリンの、──星の加護の力です」
「星の、加護……?」
オウム返しに聞くミヅキにアイアノアはしっかりと頷く。
「あの力は決して何者にも帰順しないまつろわぬ星神の顕現。どんな恐ろしい魔物であろうと、エルトゥリンを傷つけることは叶いません」
星の加護。
星神とされる戦神の武の力をその身に降ろし、絶大なる戦闘力を振るう。
エルトゥリンが使命を遂行するにあたり、神より与えられた加護の力。
星の加護によって強化されたのはエルトゥリンの肉体は元より、身につける衣服や扱う武具も同様である。
絶対的な守護は、彼女を取り巻くすべてのものを傷つけることを許さない。
「──加護、か。さっきドラゴンの炎を魔法の壁で防いだり、逆に俺が噴いて見せたりしたときも何とかの加護だって言ってたな……。確か、地平の加護……」
頭の中に流れてきた謎の声が、似た言葉を言っていたのを思い出す。
「わわっ……! な、なに……?」
「地平の加護──。それが勇者様に与えられし加護なのですねっ」
気付くと至近距離にまで顔を寄せてきたアイアノアがミヅキの横顔をじっと見つめていた。
好奇心に富み、天真爛漫さが滲み出ている瞳はキラキラ輝いている。
ミヅキが捜し求めていた使命の勇者であると確信を持った期待のまなざしだ。
「綺麗な光……。吸い込まれてしまいそうです……」
ミヅキはあまりに美しい顔の接近に心臓が高鳴らせる。
アイアノアが見ていたのは顔に表れた光の回路図、線模様だった。
満足そうに目を細めて頷き、凛々しい瞳の光でミヅキを見つめる。
「今から私の加護で、貴方様に眠る力を真に目覚めさせます。先ほどのような緊急で不完全な覚醒ではありません。自らの意思で、その大いなるお力を、自在にお使いできるようにして差し上げます」
アイアノアは両手をミヅキの顔に向かって差し伸べ、すぅっと瞳を閉じる。
ゆっくり静かに、神秘的な金色の光が二人の間に生まれ始めた。
すれば、ミヅキの目前、アイアノアの手の平に光の球が浮かび上がった。
眩しい光球は太陽のように燦然と輝いていた。
「私の加護は太陽の加護。あらゆる力の源、母なる神の顕現。すべてを調和し、すべてを成功に導く。これは、貴方様をお助けするためだけにある力です」
「太陽の加護……。そう言えば、さっきも見せてくれたっけか……」
ミヅキの呟きに、アイアノアは目を閉じたまま再び微笑んだ。
ドラゴンの炎の危機にさらされたとき、あの不可思議な空間で発現させた異能。
優しく熱く、身体中が包まれる感覚はミヅキのすべてを包容してくれる。
二人の加護は心の奥で触れ合い、互いの存在と役目を確かめ合った。
苛烈な戦闘力を顕現する妹の加護に対し、アイアノアの太陽の加護は──。
「うおおっ、こりゃ凄いっ! 力がみなぎってくる……!」
太陽の加護が霊妙の効果を発揮し始めると、ミヅキは自分の身体に起こった奇跡に驚愕した。
これまで体験したことがないほど、身体が良好な状態になっていく。
あらゆる面で最高以上に優れたコンディションに引き上げられる。
神経が研ぎ澄まさせれ、頭の中が一切曇りの無い明晰さを意識できた。
「貴方様のお名前を聞かせて下さいまし」
アイアノアは静かに問う。
「ミヅキ。佐倉三月」
幻想的な神々しい光の中、ミヅキは答えていた。
「ミヅキ様──。素敵なお名前です。ミヅキ様は私たち姉妹と同じく、神託によって選ばれ、大いなる使命を帯びておいでなのです」
ゆっくりとアイアノアは瞳を開き、静かに言った。
「さぁ、共に使命を果たしましょう。今こそ、大いなる一歩を踏み出すときです」
アイアノアの声と共に太陽の加護は緩やかに権能を発動させる。
それに呼応して、ミヅキの地平の加護も本格的に動き出した。
光の球はなおも輝き、ミヅキの身体の縁から淡く金色の光が揺らめく。
優しげな日光が地平線を照らすように、太陽の加護は地平の加護を支援する。
『太陽の加護との同期完了・地平の加護・発動』
頭に声が響くと同時に、ミヅキにはもう理解ができていた。
地平の加護という名を冠し、世界の均衡に影響を与えてしまいかねない規格外な力の扱い方がわかる。
それは間違いなく自身の中にある。
そして、何の制約もなく自由自在に使うことができてしまう。
「本当に異世界に転移した主人公みたいになってきたじゃないか……」
ミヅキはきまりが悪そうに苦笑いしていた。
都合の良すぎる加護の力の概要を、頭の中で一通り確認していく。
こんなことができてしまうなど、空想の物語の主人公以外ではあり得ない。
「だけど、こうなったらやるしかないな……! ここまでお膳立てをしてもらって、何もできませんでしたじゃ格好付かないよなっ……!」
自分に言い聞かせて腹の底からの声をあげた。
こんな空想劇に付き合う気はなかった。
取って付けたような展開に納得した訳でもない。
しかし、いざこの修羅場に至り、ミヅキは覚悟を決めた。
とんでもない能力を秘めた加護を携え、戦うことの覚悟を。
「あ、そうだ。キッキや倒れてた兵士さんたちどうなったんだ? 戦いに巻き込まれでもしたら……」
「ご安心下さい、ミヅキ様」
これから繰り広げるであろう戦いの影響が懸念される。
しかし、アイアノアは笑顔のまま答えた。
「僭越ながらもこちらへ駆け付ける傍ら、負傷された方々は魔法で治療させて頂きました。皆様、とても混乱されていましたけれど、兵士の隊長様と可愛らしい獣人の女の子が出口へ避難させてくれておりましたよ」
それを聞いて、ミヅキはほっと胸を撫で下ろす。
怪我を魔法で治した、という理解できない事実は一旦聞き流すことにした。
とにかくこれで後方の憂いは絶たれた訳だ。
「えーと、あの……。アイ、アノア、さん?」
年甲斐もなく照れながら、憧れのエルフに声を掛ける。
ぎこちない呼び方に、アイアノアはきょとんとした顔をしていた。
しかし、初めて名前を呼ばれたことに微笑み直し、はい、と柔らかく返事した。
「じゃあその……。手助けのほう、よろしくたのんますね……」
「うふふっ、こちらこそよろしくお願い致します。ミヅキ様っ」
楽しげにするアイアノアを背後にして、ミヅキはレッドドラゴンに向き直った。
何ともむず痒い感情は胸に仕舞い、戦いに身を投じていく。
今もエルトゥリンは、巨大な怪獣を相手に一歩も引かず勇敢に戦っていた。
「はぁぁぁぁッ!!」
猛々しくもよく通る澄んだ声を発する。
ファイアーブレスをまともに浴びているのに彼女は止まらない。
手のハルバードを凄まじい勢いで回転させ、炎を散らして向かっていく。
またも軽やかに跳躍し、レッドドラゴンの首に重い切り払いを放った。
竜の巨体を揺るがし優勢を継続させている。
「ちっ、思ったよりも硬い! 並のドラゴンじゃないわね……!」
エルトゥリンはしぶとい敵を見上げて苦々しく言った。
幾度となく手応えのある攻撃を加えているのに一向に倒れる様子がない。
どれだけ叩き伏せても、凶暴な怒りを伴って起き上がってくる。
「うーん……。やっぱり、さすがはドラゴンだよなぁ」
まるで出鱈目なエルトゥリンの強さではあるものの、ミヅキも気付いていた。
噂に違わず、ドラゴンの表皮の強度は鋼鉄以上なのである。
その防御力は異常に高く、ハルバードの刃がほとんど通っていない。
体表への打撲程度のダメージはあるのだろうが、これほどの質量の生物を仕留めるには決め手に欠け過ぎていた。
「地平の加護って言ったな……! 頼むぜ、俺の中で目覚めた力っ!」
自らの内で稼働を続ける加護を通して、ミヅキは勝利への道筋を模索した。
すぅーっと大きく息を吸い込んで叫んだ。
「おぉーいっ! 妹エルフさーんっ!」
「エルトゥリンよ! ちゃんと名前で呼んで!」
ミヅキの呼びかけにエルトゥリンはじろっと片目で睨み返した。
露骨に嫌そうな顔をされ、思わずぎょっとしたミヅキは、ごめんと謝ってからもう一度叫んだ。
「今からそのごつい武器にっ! えーと、ちょっと細工をするからっ、タイミングを合わせて切り込んでくれっ!」
ミヅキの声を受け、エルトゥリンは手のハルバードに視線をやる。
唸り声をあげるドラゴンを一瞥した後、ミヅキに振り向いた。
「わかった、お願い!」
彼女の青い瞳は真っ直ぐにミヅキを見つめ、疑うことなくそう返事をした。
ミヅキは面食らってしまった。
初対面のはずなのに信じ切ってくれている。
あるべきこと成すべきこと、当為としてミヅキの指示に従おうとする確かな意思をエルトゥリンから感じた。
目的のためなら盲目的に突き進もうとするその姿勢は、どこかエルフという種族の独特ならしさを思わせる。
それはきっと、姉のアイアノアも同じなのだろう。
「──よしっ!」
馬鹿がつくほどの二人のひたむきな気概に背中を押された。
ここに至り、ミヅキの口元には笑みさえ浮かぶ。
後方より支援してくれるアイアノアの太陽の加護が、ミヅキのやろうとすることをすべて的確に補正して完全な形で成功させようとしている。
エルトゥリンはミヅキの加護からもたらされる奇跡を信じて待っている。
だからこそ、こんな土壇場でも気後れや迷いを感じずに済んだのだ。
憧れのエルフにそんな期待をされたら、応えない訳には絶対にいかなかった。
透き通るような美しい声。
神託に導かれ、ミヅキのもとに辿り着いた二人のエルフ姉妹。
金色の長い髪の姉のエルフの名は、アイアノア。
現実離れした美しい笑顔と、緑色の瞳がミヅキを見つめている。
伝説のダンジョン、パンドラの地下迷宮にてとうとう巡り会った。
「あちらは、妹のエルトゥリン」
背後でレッドドラゴンと激闘を繰り広げる妹に視線を送り、その名を告げた。
ドラゴンにさらなるハルバードの一撃を加え、その反動で空中をくるくると回転し、ミヅキとアイアノアの前に着地するもう一人のエルフ。
白銀色のショートボブの髪、凜々しい顔の青い瞳。
白い軽装に不釣り合いな長大な得物を操る。
肌露出の多い出で立ちだが、戦闘に身を投じる彼女は跳んだり跳ねたりの激しいアクションに頓着しない。
妹の名は、エルトゥリン。
「姉様、呑気な挨拶は後にして! 私が時間を稼ぐから早く!」
熱の入った声で言い放ち、エルトゥリンはまたレッドドラゴンに向かって突撃していった。
人間業とは思えない速さでドラゴンの巨体の足元を駆けると、ハルバードの斧刃を豪快に振るう。
ほぼ同時に右前足、右後ろ足を切り払った。
体勢を大きく崩した竜は自重に耐え切れずに今度こそ横倒しにダウンする。
まるで小山が地滑りするかのようなど派手な光景だ。
「はぁッ!!」
ダンジョンの床を振動が揺るがす頃には、エルトゥリンは倒れた巨体に向かい高く跳躍していた。
頭部めがけて渾身の力で、ハルバードを真上から振るう。
「……ッ!?」
しかし、転倒して藻掻いていたレッドドラゴンは、鞭のようにしなる太く長い尾を振り回し、カウンター気味に空中のエルトゥリンを打ち払った。
バァンッ、と硬いもの同士が衝突した音が轟き、エルトゥリンの小さな身体は紙屑のように飛ばされ、ダンジョンの太い柱の一本に叩きつけられた。
あまりの衝撃にぶつかった柱が、がらがらと音を立てて崩れていく。
瓦礫と土煙に巻かれてエルトゥリンは見えなくなってしまった。
「あぁッ、や、やられた……?!」
目の前で一瞬の内に起こった惨劇にミヅキは顔を青くした。
エルフの身体に、ドラゴンの尾の打ち払いは丸太が激突してくるのと変わらない。
衝撃に肉体はばらばらにされてしまう。
しかし、姉のアイアノアはひどく落ち着いていた。
「大丈夫です。エルトゥリンにはあのくらい、どうってことはありません。ほらっ、ご覧になって下さいまし」
目を逸らしたミヅキが恐る恐る振り向いてみると。
笑顔のアイアノアが指し示す通りの驚くべき光景がそこにあった。
もうもうと立ち込める土煙の中から、平然とした顔のエルトゥリンが何事も無かったかのように出てきた。
衣服も武器も無事、まさかの無傷である。
無言のまま、ハルバードを構え直してレッドドラゴンの前に立った。
「な、何だって……! あれを食らってびくともしないのかっ……!?」
また感嘆しているミヅキに、アイアノアは伝える。
それは、神託と共に妹が授かった賜物の名であった。
「あれがエルトゥリンの、──星の加護の力です」
「星の、加護……?」
オウム返しに聞くミヅキにアイアノアはしっかりと頷く。
「あの力は決して何者にも帰順しないまつろわぬ星神の顕現。どんな恐ろしい魔物であろうと、エルトゥリンを傷つけることは叶いません」
星の加護。
星神とされる戦神の武の力をその身に降ろし、絶大なる戦闘力を振るう。
エルトゥリンが使命を遂行するにあたり、神より与えられた加護の力。
星の加護によって強化されたのはエルトゥリンの肉体は元より、身につける衣服や扱う武具も同様である。
絶対的な守護は、彼女を取り巻くすべてのものを傷つけることを許さない。
「──加護、か。さっきドラゴンの炎を魔法の壁で防いだり、逆に俺が噴いて見せたりしたときも何とかの加護だって言ってたな……。確か、地平の加護……」
頭の中に流れてきた謎の声が、似た言葉を言っていたのを思い出す。
「わわっ……! な、なに……?」
「地平の加護──。それが勇者様に与えられし加護なのですねっ」
気付くと至近距離にまで顔を寄せてきたアイアノアがミヅキの横顔をじっと見つめていた。
好奇心に富み、天真爛漫さが滲み出ている瞳はキラキラ輝いている。
ミヅキが捜し求めていた使命の勇者であると確信を持った期待のまなざしだ。
「綺麗な光……。吸い込まれてしまいそうです……」
ミヅキはあまりに美しい顔の接近に心臓が高鳴らせる。
アイアノアが見ていたのは顔に表れた光の回路図、線模様だった。
満足そうに目を細めて頷き、凛々しい瞳の光でミヅキを見つめる。
「今から私の加護で、貴方様に眠る力を真に目覚めさせます。先ほどのような緊急で不完全な覚醒ではありません。自らの意思で、その大いなるお力を、自在にお使いできるようにして差し上げます」
アイアノアは両手をミヅキの顔に向かって差し伸べ、すぅっと瞳を閉じる。
ゆっくり静かに、神秘的な金色の光が二人の間に生まれ始めた。
すれば、ミヅキの目前、アイアノアの手の平に光の球が浮かび上がった。
眩しい光球は太陽のように燦然と輝いていた。
「私の加護は太陽の加護。あらゆる力の源、母なる神の顕現。すべてを調和し、すべてを成功に導く。これは、貴方様をお助けするためだけにある力です」
「太陽の加護……。そう言えば、さっきも見せてくれたっけか……」
ミヅキの呟きに、アイアノアは目を閉じたまま再び微笑んだ。
ドラゴンの炎の危機にさらされたとき、あの不可思議な空間で発現させた異能。
優しく熱く、身体中が包まれる感覚はミヅキのすべてを包容してくれる。
二人の加護は心の奥で触れ合い、互いの存在と役目を確かめ合った。
苛烈な戦闘力を顕現する妹の加護に対し、アイアノアの太陽の加護は──。
「うおおっ、こりゃ凄いっ! 力がみなぎってくる……!」
太陽の加護が霊妙の効果を発揮し始めると、ミヅキは自分の身体に起こった奇跡に驚愕した。
これまで体験したことがないほど、身体が良好な状態になっていく。
あらゆる面で最高以上に優れたコンディションに引き上げられる。
神経が研ぎ澄まさせれ、頭の中が一切曇りの無い明晰さを意識できた。
「貴方様のお名前を聞かせて下さいまし」
アイアノアは静かに問う。
「ミヅキ。佐倉三月」
幻想的な神々しい光の中、ミヅキは答えていた。
「ミヅキ様──。素敵なお名前です。ミヅキ様は私たち姉妹と同じく、神託によって選ばれ、大いなる使命を帯びておいでなのです」
ゆっくりとアイアノアは瞳を開き、静かに言った。
「さぁ、共に使命を果たしましょう。今こそ、大いなる一歩を踏み出すときです」
アイアノアの声と共に太陽の加護は緩やかに権能を発動させる。
それに呼応して、ミヅキの地平の加護も本格的に動き出した。
光の球はなおも輝き、ミヅキの身体の縁から淡く金色の光が揺らめく。
優しげな日光が地平線を照らすように、太陽の加護は地平の加護を支援する。
『太陽の加護との同期完了・地平の加護・発動』
頭に声が響くと同時に、ミヅキにはもう理解ができていた。
地平の加護という名を冠し、世界の均衡に影響を与えてしまいかねない規格外な力の扱い方がわかる。
それは間違いなく自身の中にある。
そして、何の制約もなく自由自在に使うことができてしまう。
「本当に異世界に転移した主人公みたいになってきたじゃないか……」
ミヅキはきまりが悪そうに苦笑いしていた。
都合の良すぎる加護の力の概要を、頭の中で一通り確認していく。
こんなことができてしまうなど、空想の物語の主人公以外ではあり得ない。
「だけど、こうなったらやるしかないな……! ここまでお膳立てをしてもらって、何もできませんでしたじゃ格好付かないよなっ……!」
自分に言い聞かせて腹の底からの声をあげた。
こんな空想劇に付き合う気はなかった。
取って付けたような展開に納得した訳でもない。
しかし、いざこの修羅場に至り、ミヅキは覚悟を決めた。
とんでもない能力を秘めた加護を携え、戦うことの覚悟を。
「あ、そうだ。キッキや倒れてた兵士さんたちどうなったんだ? 戦いに巻き込まれでもしたら……」
「ご安心下さい、ミヅキ様」
これから繰り広げるであろう戦いの影響が懸念される。
しかし、アイアノアは笑顔のまま答えた。
「僭越ながらもこちらへ駆け付ける傍ら、負傷された方々は魔法で治療させて頂きました。皆様、とても混乱されていましたけれど、兵士の隊長様と可愛らしい獣人の女の子が出口へ避難させてくれておりましたよ」
それを聞いて、ミヅキはほっと胸を撫で下ろす。
怪我を魔法で治した、という理解できない事実は一旦聞き流すことにした。
とにかくこれで後方の憂いは絶たれた訳だ。
「えーと、あの……。アイ、アノア、さん?」
年甲斐もなく照れながら、憧れのエルフに声を掛ける。
ぎこちない呼び方に、アイアノアはきょとんとした顔をしていた。
しかし、初めて名前を呼ばれたことに微笑み直し、はい、と柔らかく返事した。
「じゃあその……。手助けのほう、よろしくたのんますね……」
「うふふっ、こちらこそよろしくお願い致します。ミヅキ様っ」
楽しげにするアイアノアを背後にして、ミヅキはレッドドラゴンに向き直った。
何ともむず痒い感情は胸に仕舞い、戦いに身を投じていく。
今もエルトゥリンは、巨大な怪獣を相手に一歩も引かず勇敢に戦っていた。
「はぁぁぁぁッ!!」
猛々しくもよく通る澄んだ声を発する。
ファイアーブレスをまともに浴びているのに彼女は止まらない。
手のハルバードを凄まじい勢いで回転させ、炎を散らして向かっていく。
またも軽やかに跳躍し、レッドドラゴンの首に重い切り払いを放った。
竜の巨体を揺るがし優勢を継続させている。
「ちっ、思ったよりも硬い! 並のドラゴンじゃないわね……!」
エルトゥリンはしぶとい敵を見上げて苦々しく言った。
幾度となく手応えのある攻撃を加えているのに一向に倒れる様子がない。
どれだけ叩き伏せても、凶暴な怒りを伴って起き上がってくる。
「うーん……。やっぱり、さすがはドラゴンだよなぁ」
まるで出鱈目なエルトゥリンの強さではあるものの、ミヅキも気付いていた。
噂に違わず、ドラゴンの表皮の強度は鋼鉄以上なのである。
その防御力は異常に高く、ハルバードの刃がほとんど通っていない。
体表への打撲程度のダメージはあるのだろうが、これほどの質量の生物を仕留めるには決め手に欠け過ぎていた。
「地平の加護って言ったな……! 頼むぜ、俺の中で目覚めた力っ!」
自らの内で稼働を続ける加護を通して、ミヅキは勝利への道筋を模索した。
すぅーっと大きく息を吸い込んで叫んだ。
「おぉーいっ! 妹エルフさーんっ!」
「エルトゥリンよ! ちゃんと名前で呼んで!」
ミヅキの呼びかけにエルトゥリンはじろっと片目で睨み返した。
露骨に嫌そうな顔をされ、思わずぎょっとしたミヅキは、ごめんと謝ってからもう一度叫んだ。
「今からそのごつい武器にっ! えーと、ちょっと細工をするからっ、タイミングを合わせて切り込んでくれっ!」
ミヅキの声を受け、エルトゥリンは手のハルバードに視線をやる。
唸り声をあげるドラゴンを一瞥した後、ミヅキに振り向いた。
「わかった、お願い!」
彼女の青い瞳は真っ直ぐにミヅキを見つめ、疑うことなくそう返事をした。
ミヅキは面食らってしまった。
初対面のはずなのに信じ切ってくれている。
あるべきこと成すべきこと、当為としてミヅキの指示に従おうとする確かな意思をエルトゥリンから感じた。
目的のためなら盲目的に突き進もうとするその姿勢は、どこかエルフという種族の独特ならしさを思わせる。
それはきっと、姉のアイアノアも同じなのだろう。
「──よしっ!」
馬鹿がつくほどの二人のひたむきな気概に背中を押された。
ここに至り、ミヅキの口元には笑みさえ浮かぶ。
後方より支援してくれるアイアノアの太陽の加護が、ミヅキのやろうとすることをすべて的確に補正して完全な形で成功させようとしている。
エルトゥリンはミヅキの加護からもたらされる奇跡を信じて待っている。
だからこそ、こんな土壇場でも気後れや迷いを感じずに済んだのだ。
憧れのエルフにそんな期待をされたら、応えない訳には絶対にいかなかった。
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