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第1章 迷宮の異世界 ~パンドラエクスプローラーⅠ~

第12話 目覚める力、その名は地平の加護

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地平ちへいの加護・発動』

 真っ白で何も無かった空間に金色の太陽が昇った。
 さらに真横一文字の線が左右へと無限に引かれ、空と大地が生まれた。
 天地の概念が発生し、地に足を付けて立つことができるようになった。

 概念が誕生すればありとあらゆるものを認識することができる。
 無の世界に認識が発祥し、そこは果てなく広がる森羅万象の宇宙となった。

「何も無かった真っ白な空間に太陽が昇り地平線が走った。簡素化された世界の縮図であり、概念そのものって訳か。いよいよそれらしくなってきたぞ……」

 物々しく始まった現実味の無い出来事にびくびくするミヅキ。
 その反面、何故か落ち着いている気持ちを奇妙に思いつつ。

「地平の加護、か……」

全能付与術体系オールマイティーエンチャントシステム・起動成功』

 ミヅキの呟きを受けてか、また頭の中の声が淡々と告げてくる。
 半ば上の空な意識に、目覚めた力の概要をしっかりと刻み込んできた。

「……やれやれだなぁ。異世界に転移しただけじゃなくて、お決まりで付きもののとんでもない能力を神様か何かに授かる展開だな、これは……。ピンチになったら都合良く力が目覚めるなんて随分と露骨な感じじゃないか……」

 ミヅキは遠く広がる地平線の彼方を見やって大きなため息をついた。
 何となしに自分がこれからどうなっていくのかが予想できる。
 確信といっても差し支えない未来がすでに見えていた。

 異世界に転生、又は転移した際に、何らかの超常の存在から常軌を逸するこれまた何らかの能力を授かるのはよくある展開だ。
 しかし、まさかそれが自分の身に起きるだなんて夢にも思わない。

 もう理解も実感もできてしまっている。
 これが異世界を巡る物語というなら、後はもう筋書きの通りである。
 主人公の危機に都合良く覚醒した能力が、どんなものでどうやって使えばいいかまで全部わかっていた。

「勘弁して欲しいよ、本当に……」

 ミヅキは落胆にうなだれる。

 夢か幻か、はたまた本当に異世界に招かれてしまったのか、少なくとも今の状況は普通の暮らしをしていたミヅキにとっては悪い冗談でしかない。
 非日常の大冒険なんて、これっぽっちも興味は無いのだから。

「……正直に言って、こんなときに、こんなところで、こんなことをしてる場合でも気分でもないんだけどな……。悪い夢ならさっさと覚めて欲しいし、本気で異世界に誰かを呼びたいのなら選ぶ相手を間違ってるよ、まったく……」

 何度目かわからないため息を漏らし、心底気だるく思い、願ってもみた。
 これが夢なら早く覚めてくれ、と。
 しかし、急転直下で絵空事で摩訶不思議なストレスにそろそろ腹も立っていた。

「ちっ……!」

 いきなりの異世界で味わった気疲れと苛立ちに加え、ドラゴンの炎で焼かれそうになる猫の少女の怯えた様子を突きつけられ機嫌悪そうに舌打ちする。

「だけど、もう黙って見ていられない……! こんな悪夢はもう我慢ならん……! おとなしくなんてしてやるかってんだ! 眠っていた力だか何だか知らんけど、使えるもんは何でも使ってどうにかしてやろうじゃないかっ!」

 普段は成り行き任せで、大概のことは許容する事なかれ主義のミヅキ。
 但し、その芯には譲れない信念があり、これを侵されれば力強く奮起する。
 知らず声高になり、火が付いたみたいに気勢をあげた。

「──これが夢だっていうんなら、ちょっとは俺の好きにさせやがれっ!」

 反骨の意志が鎌首をもたげる。
 一向に覚める気配がない悪夢に悩まされながら、ミヅキは己の信念に基づいた行動を起こすと決めた。

 これが悪い夢だろうが本当の異世界転移だろうが、ミヅキという人間にとってはどちらでも関係ない。
 ドラゴンの炎からみんなを助けようと飛び出していた。

 咄嗟に動いてしまった身体は、自分自身に従った意思通りの行動であったと雄弁に物語っていた。
 キッキと、兵士たちを守り、助けたいという強い意思の行動だ。

「頼むぞ、俺の中で眠ってた力……! 精々、凄い能力を見せてくれよ……!」

 こうなれば出たとこ勝負である。
 大袈裟に動き出した内なる力に、この状況の打開を委ねる。

『対象選択・《この場にいる味方全員》』

 その頃には、時間が停止した世界は消えてなくなっており、元の絶体絶命の状況が再開されようとしていた。

 再び舞台は暗いダンジョンで、ドラゴンの炎に焼かれる寸前である。
 キッキを庇い、両手を広げた仁王立ちのまま。

 あのときから時間は経っていない。
 真っ先に感じるのは耐え難い炎の熱気、焦げ付いた苦々しい臭いだ。
 思い出したように、再び五感を乱暴に刺激する。

 ミヅキの視界に映るのは、恐怖で小さく丸まったキッキと、髭の兵士ガストンと累々と倒れるその他の兵士たち。
 それら全員の存在が正確に識別され、意識下に認識されている。
 そして、自分を含む全員にその効果を「付与」した。

『パンドラの魔素・黄龍氣に変換・効験付与・《耐火たいか及び防熱ぼうねつ魔力障壁まりょくしょうへき生成》』

 もう聞き間違いでも何でもなく、無味乾燥なその声は頭の中に響いていた。
 淡々としていて、それでいて明確な声として知覚できる。

 止まっていた時間は、すぐに現実の時の流れに合流して動き出した。
 ミヅキは目を見開き、改めて驚愕する。

「うおぉぉっ!? な、何だこりゃぁぁっ!?」

 驚きに叫ぶミヅキが見たのは、足下から上昇する無数の光線だった。
 真っ白に光り輝く細い光線が揺らめき、曲がりくねり、無数に湧き上がって、ミヅキの身体を通り抜けていく。

 背後からは変わらずにレッドドラゴンの強烈な炎が吐きかけられ続け、嵐そのものに渦巻いていた。
 たが、炎はミヅキはもちろん、キッキやガストンら兵士たちには届いていない。
 後から後から立ち上がる光の帯が、ダンジョン回廊の端から端まで広域の防御壁を構成している。

「ミ、ミヅキ……?」

 目の前の壮絶な光景に、キッキは我を失っていた。
 自分や兵士たちを庇い、灼熱の炎を背後にして両手を広げた格好。
 必死の形相をして、光の防御壁と共にそこに立っているミヅキの姿がある。
 床から噴き出る光の奔流と、荒れ狂う炎の最中にキッキは見た。

「……その顔、その身体の模様……。光ってる……」

 うわごとみたいな言葉が漏れた。
 キッキが見つめる必死のミヅキの身体に、見た目の急激な変化が見られた。

 ミヅキの顔、両手の先まで、衣服の下にも等しく身体中に、光の線が描く回路図のような紋様が現れている。
 いや、それは本当に回路だったのだろう。

 地面から無限に沸き起こる揺らめく光線を受け、ミヅキの身体中の線模様が強い光を放ち、凄まじいエネルギーを放出していた。
 その莫大なエネルギーが広域の光の壁に変じ、レッドドラゴンの超高熱の放射炎を防御している。

「な、なんだ……!? これ、俺がやってるのか……!?」

 自分を中心にして展開している光の防御壁にミヅキは目を見開く。
 あまりの突飛な出来事に、自分がやっているのかどうなのかわからない。
 続けざま、ミヅキの頭に次の言葉が飛び込んできた。

『敵性体・《レッドドラゴン》・《攻撃技能・ファイアーブレス・洞察》』

「うげっ……?!」

 ミヅキは無理矢理何かに意識を引っ張られ、背後のレッドドラゴンと猛り狂う炎に感覚を釘付けにされる。
 後ろから頭の中の脳だけを引っ張っていかれているみたいだった。
 ドラゴン、炎、熱といった対象を観察するよう強いられている。

 やらされている強制感が抑え切れない。
 しかし、対象の情報が押し寄せてきて、頭はそれらを全て理解していく。
 背後の赤き巨竜に少しだけ振り向き、ミヅキは呟いた。

「洞察、ってのは物事の本質を見通し、見抜くこと、だよな……!」

『耐熱効果・不足・効験付与追加・《魔力障壁強化まりょくしょうへききょうか》』

 顔と身体中の回路の模様が、より一層の強い光を放った。
 ミヅキの中の力はレッドドラゴンの炎の解析を進め、炎を防ぐ光の壁をさらに強固に作り出した。

 もっと防御効果を高め、もっと広く、もっと強い護りを構築していく。
 炎のブレス攻撃に対して防御力不足と判断し、瞬時に対応を追加したのだ。

「キッキ! 立てっ! 今の内に、に、逃げろッ! あ、熱ちちッ……!」

 まだ腰を抜かしているキッキに、焦燥と困惑の混じった形相で叫んだ。

 身を焼かれまいと無我夢中で光を発し続けているが、完全に火炎と熱を防御できている訳ではない。

 ドラゴンの長い息は絶えることなく炎を吐き続けている。
 このままでは護りを抜かれ、結局は焼け死んでしまう。
 一刻も早くこの怪物から離れなくてはならない。

「キッキ! 早く、急いでくれぇッ!!」

 背中に熱と恐怖をひりひり感じながら、ミヅキは精一杯叫ぶ。
 ひときわ大きな声に、キッキは生き返ったみたいに耳を真上にピンと立てた。

「──う。……あっ、うん、わかった!」

 ようやく我に返ったキッキは倒れているガストンを背負うように担ぎ、獣人の力を発揮して素早く死地から離れていった。

「よし! ……この野郎、いつまで調子乗って火ぃ吹いてるんだよ!?」

 離脱するキッキの背中を見送り、ミヅキは苛立たしげに言った。
 防いでばかりのやられっぱなしでは腹の虫が治まらない。
 一転して反撃を繰り出す。

『洞察済み概念より技能再現・対象選択・《勇者のミヅキ》』
『効験付与・《レッドドラゴン、ファイアーブレス》』

 耐火の防御壁を展開したまま、身体を捻って背後の竜に向き直る。
 自然に身体が動いていた。
 すでに洞察を果たした敵の技能を自らに付与し、まんまと意趣返いしゅがえしを果たす。

「食らえッ! ちょっとは燃やされるほうの身にもなってみやがれッ!」

 身体が急激に変化するのがわかった。
 超高温の炎に耐えられる肉体構造に加えて、噴射の衝撃に飛ばされないよう体重が極端に増した。
 姿勢を低く、顔を前に突き出し、開けた口から勢いよく息を噴き出す。

 ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォッ……!!

 ミヅキの口から噴射されたのはただの息ではなく、凄まじい炎であった。
 まさに今、レッドドラゴンが吐きかけてきている炎とまったく同じものである。
 ミヅキの炎は防御壁の影響を受けずに貫通し、ドラゴンの炎と空中でまともにぶつかり合った。

 同威力の炎が衝突し、完全に相殺されている。
 地平の加護とやらの権能で相手の技能を洞察した。
 そして、洞察済み技能を自身に付与し、攻撃手段として転用する。

「ミヅキ、凄いっ……!」

 キッキは逃げながら後ろを振り向き、荒ぶる炎の爆風の前に立つミヅキを見た。
 巨大な竜に対して炎を吐き返し、雄々しく応戦する背中に感嘆する。

「ミヅキ……」

 束の間にその小さな胸に去来する思いはなんだったのか。
 振り返るのはミヅキと過ごした時間の思い出。

──行き倒れてて、拾ってきたあの頃はいっつも記憶喪失でずっととぼけた顔してたのに……。それなのに、今はあんなにしっかりした顔して……。

 ミヅキの記憶には無いのかもしれないが、キッキが見聞きしてきたこの一ヶ月程の時間はきっと幻ではないのだろう。

 ミヅキにしても、キッキにしても。
 この出来事が夢の中のことなのか、現実に起こっていることなのか。

 これまでと今とこれから。
 それを考えるのはこの窮地を脱してからだ。
 キッキは声を張り上げて叫んだ。

「ミヅキーッ、逃げろーッ!!」

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