10 / 232
第1章 迷宮の異世界 ~パンドラエクスプローラーⅠ~
第10話 レッドドラゴンとの遭遇
しおりを挟む
「うっ……!?」
中へと足を踏み入れた瞬間から、明らかに空気が変わったのがわかった。
かび臭い匂いと共に、魔素と呼ばれる得体の知れない何かが空気に混ざって体内に侵入してくる。
たまらず気持ち悪さに口元へ手をやるが、立ち止まるのは何とか我慢した。
魔の領域の奥へとキッキは入っていってしまった。
急いで追いかけなければならない。
そうしなければ──。
もう二度とあの猫の少女に会えなくなる気がしたから。
──何だここ?! 外と空気が全然違う……!
ミヅキはパンドラのダンジョンに突入していた。
すぐに入り口からの日の光は届かなくなり、視界は闇に閉ざされた。
行く手には広大な回廊が真っ直ぐと続いている。
壁に点々と灯っている松明のか細い明かりだけが頼りだ。
天井は暗くて見えないくらい高く、頂点までの高さが不明な巨大な柱が迷宮奥まで立ち並んでいた。
──ここ、本当にやばいところだ……! これは洒落にならないぞ……!
肌で感じる重苦しい怖気、刺すほどの悪寒が否応なしに身体中を震わせる。
取り巻く冷えた空気に感覚が圧迫され、息が苦しい。
喉がひどく渇き、脂汗が全身から噴き出していた。
霊感など無くともわかる。
本能がここが「居てはいけない」場所だと知らせていた。
そう全神経が激しく警鐘を鳴らしているのだ。
「……本物のダンジョン、半端ないな……!」
──もし幽霊が出たって、それくらいじゃ驚かないかもな。それどころか……。
ここにはもっとまずいものが居るのではないか。
人ならざる人智を超えた化け物、ファンタジー世界には付き物の怪物。
そう、モンスターの存在が頭をよぎった。
ミヅキに想像できる現実のモンスターなど、精々猪や熊といった動物くらいだ。
それら実在する獣ですら遭遇すれば大変に危険な相手だというのに、それが本物の魔物となった場合の恐ろしさは計り知れない。
「急がないと……! まったく、入り口覗くだけじゃなかったのかよ……!」
湧き上がる恐怖心を誤魔化し、一人悪態をつくミヅキ。
ダンジョンに入ってから真っ直ぐ結構な距離を走ったように思うが、まだキッキの後ろ姿には追いつかなかった。
恐ろしい魔物に出会ってしまう前に、早く連れ戻さなければならない。
ミヅキは恐怖と不安に押し潰されそうになりながら、ダンジョンという怪物の体内を息を切らしてひた走っていった。
「あ、あぁ……」
その頃、猫の獣人の少女、キッキは掠れた声を漏らしていた。
ミヅキのいる場所よりさらにダンジョンの奥で、その光景を目の当たりにする。
立ち止まり、広がる無残な状況に愕然となっていた。
「これって、いったい……」
怯えた様子で周りを見回し、おろおろとどうしていいかわからなくなっていた。
キッキの周囲、壁際や太い柱の下、石畳の上に無造作に転がっている。
それらは鉛色の甲冑に身を包んだ大勢の人間たちで、おそらく駐屯所の兵士だ。
倒れている兵士たちはいずれも重症を負っており、苦悶の声で呻く者もいれば、気を失っているのか身動きしない者もいる。
兵士たちの甲冑は傷だらけで、へこんで変形している箇所も複数見られた。
そして、血の匂いに混ざって漂う、焼け焦げた匂いが鼻をついた。
「おい、大丈夫か! しっかりしろよ!」
キッキは手近な一人の傍らに寄って、呼びかけてみるも兵士は苦しげに呻くだけでまともな応答が無い。
よく見ると鎧や衣服が黒ずんでぼろぼろになり、熱を帯びているのがわかった。
さらに身体のあちこちに火傷を負っているようで、早く治療を受けなければ命にも関わる。
「う、ひどい……。こんなことができる魔物なんて、あたし知らないぞ……」
血と肉の焼ける臭いに口許を押さえるキッキの顔色は悪い。
周りには夥しい兵士たちの倒れた姿。
駐屯所の兵士のほとんどがここにいるのではないだろうか。
彼らを壊滅させられるほどの魔物がいる。
「……まさか! キ、キッキか……?」
石畳の床に倒れ伏す兵士の一人が息も絶え絶えにキッキを見上げていた。
乱れてばらばらになった茶色の髪の毛の合間から生気の無い目が覗き、その顔は頭からの出血で赤く染まっている。
「あっ、ガストンさんっ! 大丈夫っ!?」
キッキはその兵士の名を呼ぶと、すぐにそばへ駆け寄った。
整えられた口髭の男は切羽詰まった必死の形相だった。
キッキを見上げて唇を震わせながら、途切れそうな意識を振り絞って叫ぶ。
「ここへは来ちゃいかんっ……! は、早く逃げるんだッ! 今すぐッ!」
髭の兵士の名はガストンという。
パンドラの地下迷宮の警備を務める兵士をまとめる兵士長である。
「兵士さんたちが揃ってこんなことになるなんて……。何があったんだよ……?」
改めて倒れた兵士を見回し、キッキは弱々しい声で言った。
ガストン本人も含め、配備された兵士たちはそれぞれが相当の手練れである。
異変が起きて魔物が凶暴化した後も、パンドラ入り口付近やダンジョンの浅い層の問題諸々に対応できるだけの実力は持ち合わせている。
これだけの大人数の兵士を、こうも無残な状況に追いやった元凶とは──。
「キッキ、早くここを離れなさいッ……! あいつが戻ってくるぞっ……! 今は奥に逃げた他の兵を追っている……!」
呻くように声をあげるガストンは自分の迂闊さに歯噛みしていた。
この昼時の時間、キッキらが昼食を配達に来ることは当然わかっていたことだ。
駐屯所に誰もいなければ、或いはパンドラのダンジョン内に誤って入ってしまうことは容易に予想できたというのに。
これではパンドラの出入りを管理する任に就いている自分たちの立つ瀬がない。
しかし、今はそんなことを言っている場合ではなかった。
「あいつって何だよ?! みんなひどい怪我だ、早く外に出ようよっ……!」
「俺たちのことはいいっ……! キッキはこのことを街のみんなに知らせて、救援を呼んでくれっ! 街中の衛兵をここに集めて──」
悲壮に顔を歪めるガストンがそこまで言ったときだった。
「……うっ!?」
ガストンは言葉の途中で息を呑んで愕然となった。
自分たちの背後、迷宮の暗い奥から何かが近付いてくる気配がある。
それは間隔の狭い大きな足音だ。
どすんどすんどすんどすん……!
だんだんと確実に近づいてくるそれは、相当な重量を持つ何かが発生させている床の振動である。
ガストンら兵士を蹴散らしたその魔物は、そもそも戦って勝てる相手でもなければ、逃げ切れる相手でもなかった。
「う、嘘ぉっ……! まさか、これってぇ……!」
「あぁぁぁぁ……。も、もうおしまいだ……!」
足音の主はあっという間に立ち尽くすキッキと、成す術なく伏すガストンのもとに悠々と到着した。
高い目線から眼下の小さき者たちを見下ろしている。
裂けた大きな口から息とともに炎が漏れた。
身体中を覆う、赤く分厚い硬い皮と鱗、鋭いかぎ爪の前後の足での四足歩行。
長い首に爬虫類のような獣の顔、頭部には雄々しく尖った角が生えている。
鞭のようにしなる長く太い尻尾を振り回し、皮膜の羽を威嚇するかのようにはためかせ、赤く焼ける口腔からは炎の息を吹くことができる。
頭から尾の先まで、ゆうに30メートル以上はある巨躯を誇る。
曰く、その表皮と鱗は鋼鉄よりも硬いという。
まごう事なき怪物のなかの怪物。
「ド、ドラゴンだぁぁぁぁぁーっ! いやあぁぁぁぁぁぁぁぁぁーッ!!」
最悪の怪物の登場に、金切り声で悲鳴をあげるキッキ。
キッキにもパンドラ第一層に出没する魔物の知識はある。
決して何も知らずにダンジョンに飛び込んだ訳ではなかった。
敵性亜人のゴブリンやオーク、コボルドといった粗野な人型生物。
下等な意思しか持たない昆虫の魔物や、どろどろの不定形生物スライム。
ダンジョンの魔素にあてられて動き出した様々な魔法生物たち。
もしも出会ってしまったとしても、獣人の脚力で逃げ切るのはそう難しくない相手ばかりである。
但し、それはパンドラの異変が起こる前の話でもある。
そのうえで、さらに思いもよらない誤算があった。
出会ってしまった相手が巨大で恐ろしいレッドドラゴンであったことだ。
こんな正真正銘の化け物が出没するだなんて露とも知らなかった。
キッキの悲鳴に対抗でもするかのように、レッドドラゴンも顎を大きく開き、耳をつんざくばかりの咆哮をあげた。
『ゴギャアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァーーッ!!』
ダンジョン内に轟然たる大音響が激しくこだました。
びりびりと空気が震え、音の圧に吹き飛ばされそうになる。
古来より、ドラゴンの咆哮には戦意を喪失させ、威圧をする効果があるという。
身体の奥深く、髄にまで響き渡る圧倒的な獣の叫びが、抗いようのない恐怖を本能に植え付けた。
「……ふぁ、あぁ……」
もう言葉無く、恐ろしさのあまりその場に両膝とお尻を付き、ぺたんと崩れ落ちるキッキ。
茫然自失し、腰が抜けてしまってもう逃げるどころではない。
こんなはずではなかった。
もし怪我をした兵士がいたら背におぶって帰るくらいはするつもりだったのだ。
それなのに、そのはずだったのに、まさか──。
「ドラゴンが出るなんてな……!」
その様子をミヅキは少し離れた場所で見ていた。
追いついたものの、足がすくむほどのドラゴンの咆哮の勢いに立ち止まり、累々と転がる兵士たちと座り込むキッキを目の当たりにした。
奇しくもミヅキがダンジョンで初遭遇した第一モンスターは。
まさかまさかの巨大なレッドドラゴンであったのだ。
当然ながら、ダンジョン第一層で出現していいモンスターではない。
「冒険を始めて、初めて戦うモンスターが伝説のドラゴンだって……? まったく、どんな設定にすりゃそんな無茶苦茶な難易度になるんだよ……!? いくらこれが夢だからってそんなのあんまりだろっ!」
悪態をついてみるが、見上げるばかりの体躯の怪獣みたいな相手にどうすることもできやしない。
見たまんまの有無を言わせぬ迫力が、どうしようもない恐怖を湧き上がらせる。
むせ返る血の匂いと焦げた匂いはさらにリアルさを助長していた。
出会ってはならないモンスターとの遭遇。
それが意味するのは、絶体絶命の危機であった。
中へと足を踏み入れた瞬間から、明らかに空気が変わったのがわかった。
かび臭い匂いと共に、魔素と呼ばれる得体の知れない何かが空気に混ざって体内に侵入してくる。
たまらず気持ち悪さに口元へ手をやるが、立ち止まるのは何とか我慢した。
魔の領域の奥へとキッキは入っていってしまった。
急いで追いかけなければならない。
そうしなければ──。
もう二度とあの猫の少女に会えなくなる気がしたから。
──何だここ?! 外と空気が全然違う……!
ミヅキはパンドラのダンジョンに突入していた。
すぐに入り口からの日の光は届かなくなり、視界は闇に閉ざされた。
行く手には広大な回廊が真っ直ぐと続いている。
壁に点々と灯っている松明のか細い明かりだけが頼りだ。
天井は暗くて見えないくらい高く、頂点までの高さが不明な巨大な柱が迷宮奥まで立ち並んでいた。
──ここ、本当にやばいところだ……! これは洒落にならないぞ……!
肌で感じる重苦しい怖気、刺すほどの悪寒が否応なしに身体中を震わせる。
取り巻く冷えた空気に感覚が圧迫され、息が苦しい。
喉がひどく渇き、脂汗が全身から噴き出していた。
霊感など無くともわかる。
本能がここが「居てはいけない」場所だと知らせていた。
そう全神経が激しく警鐘を鳴らしているのだ。
「……本物のダンジョン、半端ないな……!」
──もし幽霊が出たって、それくらいじゃ驚かないかもな。それどころか……。
ここにはもっとまずいものが居るのではないか。
人ならざる人智を超えた化け物、ファンタジー世界には付き物の怪物。
そう、モンスターの存在が頭をよぎった。
ミヅキに想像できる現実のモンスターなど、精々猪や熊といった動物くらいだ。
それら実在する獣ですら遭遇すれば大変に危険な相手だというのに、それが本物の魔物となった場合の恐ろしさは計り知れない。
「急がないと……! まったく、入り口覗くだけじゃなかったのかよ……!」
湧き上がる恐怖心を誤魔化し、一人悪態をつくミヅキ。
ダンジョンに入ってから真っ直ぐ結構な距離を走ったように思うが、まだキッキの後ろ姿には追いつかなかった。
恐ろしい魔物に出会ってしまう前に、早く連れ戻さなければならない。
ミヅキは恐怖と不安に押し潰されそうになりながら、ダンジョンという怪物の体内を息を切らしてひた走っていった。
「あ、あぁ……」
その頃、猫の獣人の少女、キッキは掠れた声を漏らしていた。
ミヅキのいる場所よりさらにダンジョンの奥で、その光景を目の当たりにする。
立ち止まり、広がる無残な状況に愕然となっていた。
「これって、いったい……」
怯えた様子で周りを見回し、おろおろとどうしていいかわからなくなっていた。
キッキの周囲、壁際や太い柱の下、石畳の上に無造作に転がっている。
それらは鉛色の甲冑に身を包んだ大勢の人間たちで、おそらく駐屯所の兵士だ。
倒れている兵士たちはいずれも重症を負っており、苦悶の声で呻く者もいれば、気を失っているのか身動きしない者もいる。
兵士たちの甲冑は傷だらけで、へこんで変形している箇所も複数見られた。
そして、血の匂いに混ざって漂う、焼け焦げた匂いが鼻をついた。
「おい、大丈夫か! しっかりしろよ!」
キッキは手近な一人の傍らに寄って、呼びかけてみるも兵士は苦しげに呻くだけでまともな応答が無い。
よく見ると鎧や衣服が黒ずんでぼろぼろになり、熱を帯びているのがわかった。
さらに身体のあちこちに火傷を負っているようで、早く治療を受けなければ命にも関わる。
「う、ひどい……。こんなことができる魔物なんて、あたし知らないぞ……」
血と肉の焼ける臭いに口許を押さえるキッキの顔色は悪い。
周りには夥しい兵士たちの倒れた姿。
駐屯所の兵士のほとんどがここにいるのではないだろうか。
彼らを壊滅させられるほどの魔物がいる。
「……まさか! キ、キッキか……?」
石畳の床に倒れ伏す兵士の一人が息も絶え絶えにキッキを見上げていた。
乱れてばらばらになった茶色の髪の毛の合間から生気の無い目が覗き、その顔は頭からの出血で赤く染まっている。
「あっ、ガストンさんっ! 大丈夫っ!?」
キッキはその兵士の名を呼ぶと、すぐにそばへ駆け寄った。
整えられた口髭の男は切羽詰まった必死の形相だった。
キッキを見上げて唇を震わせながら、途切れそうな意識を振り絞って叫ぶ。
「ここへは来ちゃいかんっ……! は、早く逃げるんだッ! 今すぐッ!」
髭の兵士の名はガストンという。
パンドラの地下迷宮の警備を務める兵士をまとめる兵士長である。
「兵士さんたちが揃ってこんなことになるなんて……。何があったんだよ……?」
改めて倒れた兵士を見回し、キッキは弱々しい声で言った。
ガストン本人も含め、配備された兵士たちはそれぞれが相当の手練れである。
異変が起きて魔物が凶暴化した後も、パンドラ入り口付近やダンジョンの浅い層の問題諸々に対応できるだけの実力は持ち合わせている。
これだけの大人数の兵士を、こうも無残な状況に追いやった元凶とは──。
「キッキ、早くここを離れなさいッ……! あいつが戻ってくるぞっ……! 今は奥に逃げた他の兵を追っている……!」
呻くように声をあげるガストンは自分の迂闊さに歯噛みしていた。
この昼時の時間、キッキらが昼食を配達に来ることは当然わかっていたことだ。
駐屯所に誰もいなければ、或いはパンドラのダンジョン内に誤って入ってしまうことは容易に予想できたというのに。
これではパンドラの出入りを管理する任に就いている自分たちの立つ瀬がない。
しかし、今はそんなことを言っている場合ではなかった。
「あいつって何だよ?! みんなひどい怪我だ、早く外に出ようよっ……!」
「俺たちのことはいいっ……! キッキはこのことを街のみんなに知らせて、救援を呼んでくれっ! 街中の衛兵をここに集めて──」
悲壮に顔を歪めるガストンがそこまで言ったときだった。
「……うっ!?」
ガストンは言葉の途中で息を呑んで愕然となった。
自分たちの背後、迷宮の暗い奥から何かが近付いてくる気配がある。
それは間隔の狭い大きな足音だ。
どすんどすんどすんどすん……!
だんだんと確実に近づいてくるそれは、相当な重量を持つ何かが発生させている床の振動である。
ガストンら兵士を蹴散らしたその魔物は、そもそも戦って勝てる相手でもなければ、逃げ切れる相手でもなかった。
「う、嘘ぉっ……! まさか、これってぇ……!」
「あぁぁぁぁ……。も、もうおしまいだ……!」
足音の主はあっという間に立ち尽くすキッキと、成す術なく伏すガストンのもとに悠々と到着した。
高い目線から眼下の小さき者たちを見下ろしている。
裂けた大きな口から息とともに炎が漏れた。
身体中を覆う、赤く分厚い硬い皮と鱗、鋭いかぎ爪の前後の足での四足歩行。
長い首に爬虫類のような獣の顔、頭部には雄々しく尖った角が生えている。
鞭のようにしなる長く太い尻尾を振り回し、皮膜の羽を威嚇するかのようにはためかせ、赤く焼ける口腔からは炎の息を吹くことができる。
頭から尾の先まで、ゆうに30メートル以上はある巨躯を誇る。
曰く、その表皮と鱗は鋼鉄よりも硬いという。
まごう事なき怪物のなかの怪物。
「ド、ドラゴンだぁぁぁぁぁーっ! いやあぁぁぁぁぁぁぁぁぁーッ!!」
最悪の怪物の登場に、金切り声で悲鳴をあげるキッキ。
キッキにもパンドラ第一層に出没する魔物の知識はある。
決して何も知らずにダンジョンに飛び込んだ訳ではなかった。
敵性亜人のゴブリンやオーク、コボルドといった粗野な人型生物。
下等な意思しか持たない昆虫の魔物や、どろどろの不定形生物スライム。
ダンジョンの魔素にあてられて動き出した様々な魔法生物たち。
もしも出会ってしまったとしても、獣人の脚力で逃げ切るのはそう難しくない相手ばかりである。
但し、それはパンドラの異変が起こる前の話でもある。
そのうえで、さらに思いもよらない誤算があった。
出会ってしまった相手が巨大で恐ろしいレッドドラゴンであったことだ。
こんな正真正銘の化け物が出没するだなんて露とも知らなかった。
キッキの悲鳴に対抗でもするかのように、レッドドラゴンも顎を大きく開き、耳をつんざくばかりの咆哮をあげた。
『ゴギャアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァーーッ!!』
ダンジョン内に轟然たる大音響が激しくこだました。
びりびりと空気が震え、音の圧に吹き飛ばされそうになる。
古来より、ドラゴンの咆哮には戦意を喪失させ、威圧をする効果があるという。
身体の奥深く、髄にまで響き渡る圧倒的な獣の叫びが、抗いようのない恐怖を本能に植え付けた。
「……ふぁ、あぁ……」
もう言葉無く、恐ろしさのあまりその場に両膝とお尻を付き、ぺたんと崩れ落ちるキッキ。
茫然自失し、腰が抜けてしまってもう逃げるどころではない。
こんなはずではなかった。
もし怪我をした兵士がいたら背におぶって帰るくらいはするつもりだったのだ。
それなのに、そのはずだったのに、まさか──。
「ドラゴンが出るなんてな……!」
その様子をミヅキは少し離れた場所で見ていた。
追いついたものの、足がすくむほどのドラゴンの咆哮の勢いに立ち止まり、累々と転がる兵士たちと座り込むキッキを目の当たりにした。
奇しくもミヅキがダンジョンで初遭遇した第一モンスターは。
まさかまさかの巨大なレッドドラゴンであったのだ。
当然ながら、ダンジョン第一層で出現していいモンスターではない。
「冒険を始めて、初めて戦うモンスターが伝説のドラゴンだって……? まったく、どんな設定にすりゃそんな無茶苦茶な難易度になるんだよ……!? いくらこれが夢だからってそんなのあんまりだろっ!」
悪態をついてみるが、見上げるばかりの体躯の怪獣みたいな相手にどうすることもできやしない。
見たまんまの有無を言わせぬ迫力が、どうしようもない恐怖を湧き上がらせる。
むせ返る血の匂いと焦げた匂いはさらにリアルさを助長していた。
出会ってはならないモンスターとの遭遇。
それが意味するのは、絶体絶命の危機であった。
1
お気に入りに追加
83
あなたにおすすめの小説
分析スキルで美少女たちの恥ずかしい秘密が見えちゃう異世界生活
SenY
ファンタジー
"分析"スキルを持って異世界に転生した主人公は、相手の力量を正確に見極めて勝てる相手にだけ確実に勝つスタイルで短期間に一財を為すことに成功する。
クエスト報酬で豪邸を手に入れたはいいものの一人で暮らすには広すぎると悩んでいた主人公。そんな彼が友人の勧めで奴隷市場を訪れ、記憶喪失の美少女奴隷ルナを購入したことから、物語は動き始める。
これまで危ない敵から逃げたり弱そうな敵をボコるのにばかり"分析"を活用していた主人公が、そのスキルを美少女の恥ずかしい秘密を覗くことにも使い始めるちょっとエッチなハーレム系ラブコメ。
男女比1:10。男子の立場が弱い学園で美少女たちをわからせるためにヒロインと手を組んで攻略を始めてみたんだけど…チョロいんなのはどうして?
悠
ファンタジー
貞操逆転世界に転生してきた日浦大晴(ひうらたいせい)の通う学園には"独特の校風"がある。
それは——男子は女子より立場が弱い
学園で一番立場が上なのは女子5人のメンバーからなる生徒会。
拾ってくれた九空鹿波(くそらかなみ)と手を組み、まずは生徒会を攻略しようとするが……。
「既に攻略済みの女の子をさらに落とすなんて……面白いじゃない」
協力者の鹿波だけは知っている。
大晴が既に女の子を"攻略済み"だと。
勝利200%ラブコメ!?
既に攻略済みの美少女を本気で''分からせ"たら……さて、どうなるんでしょうねぇ?
性奴隷を飼ったのに
お小遣い月3万
ファンタジー
10年前に俺は日本から異世界に転移して来た。
異世界に転移して来たばかりの頃、辿り着いた冒険者ギルドで勇者認定されて、魔王を討伐したら家族の元に帰れるのかな、っと思って必死になって魔王を討伐したけど、日本には帰れなかった。
異世界に来てから10年の月日が流れてしまった。俺は魔王討伐の報酬として特別公爵になっていた。ちなみに領地も貰っている。
自分の領地では奴隷は禁止していた。
奴隷を売買している商人がいるというタレコミがあって、俺は出向いた。
そして1人の奴隷少女と出会った。
彼女は、お風呂にも入れられていなくて、道路に落ちている軍手のように汚かった。
彼女は幼いエルフだった。
それに魔力が使えないように処理されていた。
そんな彼女を故郷に帰すためにエルフの村へ連れて行った。
でもエルフの村は魔力が使えない少女を引き取ってくれなかった。それどころか魔力が無いエルフは処分する掟になっているらしい。
俺の所有物であるなら彼女は処分しない、と村長が言うから俺はエルフの女の子を飼うことになった。
孤児になった魔力も無いエルフの女の子。年齢は14歳。
エルフの女の子を見捨てるなんて出来なかった。だから、この世界で彼女が生きていけるように育成することに決めた。
※エルフの少女以外にもヒロインは登場する予定でございます。
※帰る場所を無くした女の子が、美しくて強い女性に成長する物語です。
エラーから始まる異世界生活
KeyBow
ファンタジー
45歳リーマンの志郎は本来異世界転移されないはずだったが、何が原因か高校生の異世界勇者召喚に巻き込まれる。
本来の人数より1名増の影響か転移処理でエラーが発生する。
高校生は正常?に転移されたようだが、志郎はエラー召喚されてしまった。
冤罪で多くの魔物うようよするような所に放逐がされ、死にそうになりながら一人の少女と出会う。
その後冒険者として生きて行かざるを得ず奴隷を買い成り上がっていく物語。
某刑事のように”あの女(王女)絶対いずれしょんべんぶっ掛けてやる”事を当面の目標の一つとして。
実は所有するギフトはかなりレアなぶっ飛びな内容で、召喚された中では最強だったはずである。
勇者として活躍するのかしないのか?
能力を鍛え、復讐と色々エラーがあり屈折してしまった心を、召還時のエラーで壊れた記憶を抱えてもがきながら奴隷の少女達に救われるて変わっていく第二の人生を歩む志郎の物語が始まる。
多分チーレムになったり残酷表現があります。苦手な方はお気をつけ下さい。
初めての作品にお付き合い下さい。
NTRエロゲの世界に転移した俺、ヒロインの好感度は限界突破。レベルアップ出来ない俺はスキルを取得して無双する。~お前らNTRを狙いすぎだろ~
ぐうのすけ
ファンタジー
高校生で18才の【黒野 速人】はクラス転移で異世界に召喚される。
城に召喚され、ステータス確認で他の者はレア固有スキルを持つ中、速人の固有スキルは呪い扱いされ城を追い出された。
速人は気づく。
この世界、俺がやっていたエロゲ、プリンセストラップダンジョン学園・NTRと同じ世界だ!
この世界の攻略法を俺は知っている!
そして自分のステータスを見て気づく。
そうか、俺の固有スキルは大器晩成型の強スキルだ!
こうして速人は徐々に頭角を現し、ハーレムと大きな地位を築いていく。
一方速人を追放したクラスメートの勇者源氏朝陽はゲームの仕様を知らず、徐々に成長が止まり、落ちぶれていく。
そしてクラス1の美人【姫野 姫】にも逃げられ更に追い込まれる。
順調に強くなっていく中速人は気づく。
俺達が転移した事でゲームの歴史が変わっていく。
更にゲームオーバーを回避するためにヒロインを助けた事でヒロインの好感度が限界突破していく。
強くなり、ヒロインを救いつつ成り上がっていくお話。
『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』
カクヨムとアルファポリス同時掲載。
俺が死んでから始まる物語
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていたポーター(荷物運び)のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもないことは自分でも解っていた。
だが、それでもセレスはパーティに残りたかったので土下座までしてリヒトに情けなくもしがみついた。
余りにしつこいセレスに頭に来たリヒトはつい剣の柄でセレスを殴った…そして、セレスは亡くなった。
そこからこの話は始まる。
セレスには誰にも言った事が無い『秘密』があり、その秘密のせいで、死ぬことは怖く無かった…死から始まるファンタジー此処に開幕
凡人がおまけ召喚されてしまった件
根鳥 泰造
ファンタジー
勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。
仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。
それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。
異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。
最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。
だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。
祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。
異世界の親が過保護過ぎて最強
みやび
ファンタジー
ある日、突然転生の為に呼び出された男。
しかし、異世界転生前に神様と喧嘩した結果、死地に送られる。
魔物に襲われそうな所を白銀の狼に助けられたが、意思の伝達があまり上手く出来なかった。
狼に拾われた先では、里ならではの子育てをする過保護な里親に振り回される日々。
男はこの状況で生き延びることができるのか───?
大人になった先に待ち受ける彼の未来は────。
☆
第1話~第7話 赤ん坊時代
第8話~第25話 少年時代
第26話~第?話 成人時代
☆
webで投稿している小説を読んでくださった方が登場人物を描いて下さいました!
本当にありがとうございます!!!
そして、ご本人から小説への掲載許可を頂きました(≧▽≦)
♡Thanks♡
イラスト→@ゆお様
あらすじが分かりにくくてごめんなさいっ!
ネタバレにならない程度のあらすじってどーしたらいいの……
読んで貰えると嬉しいです!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる