4 / 246
第1章 迷宮の異世界 ~パンドラエクスプローラーⅠ~
第4話 猫耳ママの朝食
しおりを挟む
「あ、あの、二人はその……。人間じゃあない、ですよね……?」
ミヅキはちらりちらりと二人の個性的な外見を見やる。
明らかに人間ではない二人。
獣っぽい母と娘、パメラとキッキ。
頭に生えた猫のような大きな耳と、ふさふさした毛の尻尾を隠す様子は無い。
見るからに人間離れした容姿は仮装にしては出来過ぎ。
というよりは、有無を言わせない本物を思わせる現実味を醸し出していた。
「はぁーあ、もうっ!」
わかりやすく呆れた感じで大きなため息を吐き出すキッキ。
その反応が、これも何度も行われた質疑応答であることは容易にわかった。
「そうだよっ。人間なんかじゃなくて、あたしたちは獣人さ。お前ら人間は亜人って種類でひとまとめに括ったりするけどな」
ふん、と鼻を鳴らすキッキ。
そっけなくも自然な言い方だった。
彼女らは決して特別な存在という訳ではないらしい。
「別に獣人なんて珍しくも何でもないけど、まあ、ミヅキは記憶喪失だからなぁ。色々わかんないのもしょうがないよ」
腰に両手を当てて苦笑気味のキッキに代わり、パメラがミヅキの身の上を何度目かになるだろうが優しげに教えてくれた。
「一ヶ月くらい前かしら……。どうしてなのかはわからないけれど、ミヅキ、あなたはパンドラの近くで多分、行き倒れていたの……。ちょうど、仕事で近くを通りかかったときに、この子がミヅキが倒れているのに気がついて」
「ありがたく思えよな。あたしが見つけてやらなきゃ、ミヅキは今頃野垂れ死んでたんだからな」
パンドラ、という聞き慣れない地名とおぼしき単語が出てきた。
ミヅキはその場所で意識を失い、行旅死亡人になるところだったそうだ。
「しかも、裸でなー!」
「うげっ、裸っ?!」
きゃっきゃっと楽しそうに笑うキッキに、ミヅキは驚いて取り乱す。
どうやらこの美人の獣人の親子に全裸状態で助けられ、ここまで意識無く運ばれてきたらしい。
その様子を想像すると、羞恥に顔が真っ赤になる思いだ。
あられもない有様を見られてしまったと思い、恐る恐るパメラの顔を見ると意味ありげな優しい微笑みを浮かべていた。
余裕な感じの大人な女性の視線が痛いが、パメラは気にせずに先を続ける。
「そのままにはしておけなくて……。ミヅキの都合は考えず、店に連れて帰ってしまったの。もし迷惑だったならごめんなさいね」
行き倒れを保護したというのに、パメラはどこか申し訳なさそうだった。
「そうだったんですか……」
但し、そうは言われてもさっぱり合点はいかない。
不明だらけな状況だったが、一旦は納得しておくことにした。
──うむむ、全裸で倒れていたのを見られたのは認めたくないけど、どうやら俺はこの二人に助けてもらったらしい。とりあえず、話を合わせて混乱するのはやめにしておこう。……まぁ、ともかく訳がわからない。夢を見てるんなら何だってありだろうけどな……。
うーん、と押し黙るミヅキを見て、パメラはぽんと手を叩いた。
「さあ、後は朝ご飯を食べながら話してあげるわ。もちろん、ミヅキの分もあるから心配しないでね」
「あ、スンマセン。ご馳走になります……」
そう言われてみれば、お腹が空いている気がする。
さっき夕飯を食べたばかりなのに、漂う朝食の香りには食欲がそそられた。
手際よく配膳するパメラとキッキに習い、ミヅキも店の食卓の一つに朝食を並べるのを手伝った。
先ほどの匂いの通り、おしゃれな木のかごに盛られた固めなパンと、豚の薄切りを焼いたベーコン、折り畳んで半月状にしたオムレツが朝食のメニューだった。
ミヅキはその見た目オーソドックスな朝食の味に驚くことになる。
「う、美味いっ! なんだこれっ……!」
ふっくらと焼き上がったオムレツは、中からとろとろな半熟の黄身が溢れ出て、バターが適度に溶けた塩分と卵のコクとが奇跡の調和を果たしている。
ベーコンは絶妙な加減で火が通っていて、焦げ目が無くそれでいて食感カリカリで、表面に砂糖がまぶしてあるのかほんのりと甘い味が噛む度に口に広がる。
どちらも有名ホテルの味に勝るとも劣らない。
このパメラという猫耳のご婦人、相当な料理の腕前を持っているようだ。
「俺、こんな美味い朝メシ、初めて食べたかも……」
「あら、ミヅキ、ありがとう。でも初めてじゃないわよ。うふふ」
ここで一緒に暮らしている間、毎日食べているじゃないとパメラは笑った。
少し開いた口許の、ふわっとした笑顔には少女のような可愛らしさがある。
大人の妖艶さのなかに可憐さも感じさせるパメラに頬も緩んだ。
「パメラさんてお母さんですけど、本当に若々しいっていうか、キッキのお姉さんだって言われても全然おかしく感じないですね」
思わずそんな言葉が口をついて出てしまった。
くすくす、と笑うパメラ。
「お上手ね、ミヅキ。それ、何度言われてもほんとに嬉しいわ」
何度も言っていたようだ、とミヅキは赤面した。
同時に足のすねに激痛が走った。
「痛ぇっ!」
「なーに、またあたしのママを口説こうとしてんだよ!? 何回記憶喪失になっても進歩ねーな……!」
座っていてもわかるくらい尻尾を後ろでブンブン振り回す不機嫌なキッキに、思い切り左すねを蹴られた。
別にいいじゃない、と朗らかに笑うパメラは獣人の事情を簡単に教えてくれた。
「私たち獣人は、あなたたち人間に比べて寿命が長いの。それに成人までの成熟期間が短くて、大人として活動できる若い間も長いから歳の取り方も緩やかなのよ」
「おまけに病気にかかりにくいし、暑い寒いにもめっぽう強いんだ。お前ら人間よりもあたしたち獣人のほうが凄いんだぞ」
補足するキッキに、そういう言い方をしちゃ駄目、とパメラはたしなめた。
しかし、母の言葉に耳を貸さずに、娘は警戒心を露わにしてさらに続ける。
「万年発情期の人間と違って、あたしたちにはそういう時期があってちゃんとしてるんだから、今はママを口説いても無駄なんだからな!」
今はそういう時期とは違うらしい。
獣人特有の常識なのか時期ではないことからか、二人はそんな取り扱いにくそうなデリケートな話題を頓着なく語った。
その後も朝食を取りながら自分を取り巻く環境や、詳しい状況をパメラに教えてもらったが、まだ心ここにあらずな耳にはあまり入ってこなかった。
──話をかいつまむと、ここは長い横文字の名前の王国で、同じくらい長い名前の辺境領らしい。で、この街はトリスの街っていって、この宿はパメラさんが経営する「冒険者と山猫亭」だそうだ。これだけは覚えておこう。
トリスの街の冒険者と山猫亭という宿に、いま自分は居る。
王都から遠く北東の森林豊な山岳地帯に位置するとか、辺境とは思えないほど人が集まって出来た街だとかの事情は聞き流すしかできなかった。
当然ながら、ここはミヅキの知るいずれの場所でもなかった。
地理にそこまで詳しい訳ではないが、少なくとも猫の獣人が暮らす王国など聞いたことがない。
ともあれ、今から一ヶ月程度前、パンドラと呼ばれる場所の近くで、理由は不明だがミヅキは意識を失った状態で倒れていた、素っ裸で。
そこを不憫に思ったパメラ親子に拾われ、この宿屋で保護してもらっている。
「街の行政に助けを求めようとも考えたけれど、素性の知れないミヅキがどういう扱いを受けるか心配になってね。記憶喪失の居候として、ここで働いてもらうのを条件にミヅキの身柄を預かることにしたの」
保護しただけでなく、衣食住の世話まで買って出てくれたそうだ。
パメラは眉根をひそめ、困り顔で言った。
「心配した通り、それからミヅキの容態は安定しなくてね。何度も記憶があやふやになる障害に悩まされていたわ。だけど安心してちょうだい。ミヅキさえよければ身体が良くなるまでここに居てくれていいから」
という訳で、パメラとキッキの自己紹介から近況説明までを何度も何度も受ける羽目になっていたそうだ。
不明な状況は記憶喪失が原因だと一応は納得がいったと思ったものの。
「覚えてなくて申し訳ないんですけど、色々お世話になってるようで、ありがとうございます……」
妙な申し訳なさを感じるリアルな夢だと感じ、ミヅキは割と本気で頭を下げた。
両手で持った固いパンを噛み千切り、キッキはけらけら笑った。
「気にすんなって! 置いてやる代わりに毎日こき使ってやってるからさ! 今日もしっかり働いてもらうからなー」
一体何をさせられているのか不安の面持ちでいると、パメラは柔らかく微笑む。
「心配しなくていいわ。お店の手伝いをしてもらってるだけよ。保護はしたものの、どんなひとなのか不安だったけど、正直ミヅキが居てくれて助かってるのよ」
「いい拾い物したってねー」
まだ笑っているキッキを、こら、と叱りつつパメラは続けた。
「今日もこの後ミヅキに行ってもらうことになるけれど、パンドラで働いてる兵士さんたちのところにお弁当を届けてほしいの。結構な量があるから荷車を引くのも大変でね。しかもちょっと遠いから配達の間、お店も閉めないといけないし」
再び会話に出てきたパンドラという場所。
そこに詰める兵士たちに昼食を配達するのが居候のミヅキの日課のようだ。
「あの、ちょっと聞いていいかな……?」
コクのある美味いオムレツを頬張りつつ、ミヅキはさっきから話に出てくるそれについて聞いてみることにする。
ミヅキが倒れていた場所の近くにあり、兵士という物々しい職業の者たちが詰める場所、パンドラ。
──なんか、妙な感じだ……。
ミヅキの胸の鼓動が不意に高鳴った。
パンドラというその単語は、身体を芯からざわざわと震わせる。
「……その、パンドラっていうのは?」
「ふふん、よくぞ聞いてくれましたっ!」
おずおずとした声で聞くミヅキに、ミルクをごくごく飲んだキッキが鼻を鳴らして答えた。
何故かとても自慢げだ。
「パンドラっていうのは、この街の──! いいや、この国を代表する世界最大級の大ダンジョンのことさ!」
ダンジョン、その非日常の言葉がキッキの口から飛び出した。
それを聞いた瞬間、間違いなく全身が震えた。
さっきからしている胸の高鳴りや、頭の中を揺らすざわつきは幻ではない。
これは、ただの夢ではないのだろうか。
ミヅキはちらりちらりと二人の個性的な外見を見やる。
明らかに人間ではない二人。
獣っぽい母と娘、パメラとキッキ。
頭に生えた猫のような大きな耳と、ふさふさした毛の尻尾を隠す様子は無い。
見るからに人間離れした容姿は仮装にしては出来過ぎ。
というよりは、有無を言わせない本物を思わせる現実味を醸し出していた。
「はぁーあ、もうっ!」
わかりやすく呆れた感じで大きなため息を吐き出すキッキ。
その反応が、これも何度も行われた質疑応答であることは容易にわかった。
「そうだよっ。人間なんかじゃなくて、あたしたちは獣人さ。お前ら人間は亜人って種類でひとまとめに括ったりするけどな」
ふん、と鼻を鳴らすキッキ。
そっけなくも自然な言い方だった。
彼女らは決して特別な存在という訳ではないらしい。
「別に獣人なんて珍しくも何でもないけど、まあ、ミヅキは記憶喪失だからなぁ。色々わかんないのもしょうがないよ」
腰に両手を当てて苦笑気味のキッキに代わり、パメラがミヅキの身の上を何度目かになるだろうが優しげに教えてくれた。
「一ヶ月くらい前かしら……。どうしてなのかはわからないけれど、ミヅキ、あなたはパンドラの近くで多分、行き倒れていたの……。ちょうど、仕事で近くを通りかかったときに、この子がミヅキが倒れているのに気がついて」
「ありがたく思えよな。あたしが見つけてやらなきゃ、ミヅキは今頃野垂れ死んでたんだからな」
パンドラ、という聞き慣れない地名とおぼしき単語が出てきた。
ミヅキはその場所で意識を失い、行旅死亡人になるところだったそうだ。
「しかも、裸でなー!」
「うげっ、裸っ?!」
きゃっきゃっと楽しそうに笑うキッキに、ミヅキは驚いて取り乱す。
どうやらこの美人の獣人の親子に全裸状態で助けられ、ここまで意識無く運ばれてきたらしい。
その様子を想像すると、羞恥に顔が真っ赤になる思いだ。
あられもない有様を見られてしまったと思い、恐る恐るパメラの顔を見ると意味ありげな優しい微笑みを浮かべていた。
余裕な感じの大人な女性の視線が痛いが、パメラは気にせずに先を続ける。
「そのままにはしておけなくて……。ミヅキの都合は考えず、店に連れて帰ってしまったの。もし迷惑だったならごめんなさいね」
行き倒れを保護したというのに、パメラはどこか申し訳なさそうだった。
「そうだったんですか……」
但し、そうは言われてもさっぱり合点はいかない。
不明だらけな状況だったが、一旦は納得しておくことにした。
──うむむ、全裸で倒れていたのを見られたのは認めたくないけど、どうやら俺はこの二人に助けてもらったらしい。とりあえず、話を合わせて混乱するのはやめにしておこう。……まぁ、ともかく訳がわからない。夢を見てるんなら何だってありだろうけどな……。
うーん、と押し黙るミヅキを見て、パメラはぽんと手を叩いた。
「さあ、後は朝ご飯を食べながら話してあげるわ。もちろん、ミヅキの分もあるから心配しないでね」
「あ、スンマセン。ご馳走になります……」
そう言われてみれば、お腹が空いている気がする。
さっき夕飯を食べたばかりなのに、漂う朝食の香りには食欲がそそられた。
手際よく配膳するパメラとキッキに習い、ミヅキも店の食卓の一つに朝食を並べるのを手伝った。
先ほどの匂いの通り、おしゃれな木のかごに盛られた固めなパンと、豚の薄切りを焼いたベーコン、折り畳んで半月状にしたオムレツが朝食のメニューだった。
ミヅキはその見た目オーソドックスな朝食の味に驚くことになる。
「う、美味いっ! なんだこれっ……!」
ふっくらと焼き上がったオムレツは、中からとろとろな半熟の黄身が溢れ出て、バターが適度に溶けた塩分と卵のコクとが奇跡の調和を果たしている。
ベーコンは絶妙な加減で火が通っていて、焦げ目が無くそれでいて食感カリカリで、表面に砂糖がまぶしてあるのかほんのりと甘い味が噛む度に口に広がる。
どちらも有名ホテルの味に勝るとも劣らない。
このパメラという猫耳のご婦人、相当な料理の腕前を持っているようだ。
「俺、こんな美味い朝メシ、初めて食べたかも……」
「あら、ミヅキ、ありがとう。でも初めてじゃないわよ。うふふ」
ここで一緒に暮らしている間、毎日食べているじゃないとパメラは笑った。
少し開いた口許の、ふわっとした笑顔には少女のような可愛らしさがある。
大人の妖艶さのなかに可憐さも感じさせるパメラに頬も緩んだ。
「パメラさんてお母さんですけど、本当に若々しいっていうか、キッキのお姉さんだって言われても全然おかしく感じないですね」
思わずそんな言葉が口をついて出てしまった。
くすくす、と笑うパメラ。
「お上手ね、ミヅキ。それ、何度言われてもほんとに嬉しいわ」
何度も言っていたようだ、とミヅキは赤面した。
同時に足のすねに激痛が走った。
「痛ぇっ!」
「なーに、またあたしのママを口説こうとしてんだよ!? 何回記憶喪失になっても進歩ねーな……!」
座っていてもわかるくらい尻尾を後ろでブンブン振り回す不機嫌なキッキに、思い切り左すねを蹴られた。
別にいいじゃない、と朗らかに笑うパメラは獣人の事情を簡単に教えてくれた。
「私たち獣人は、あなたたち人間に比べて寿命が長いの。それに成人までの成熟期間が短くて、大人として活動できる若い間も長いから歳の取り方も緩やかなのよ」
「おまけに病気にかかりにくいし、暑い寒いにもめっぽう強いんだ。お前ら人間よりもあたしたち獣人のほうが凄いんだぞ」
補足するキッキに、そういう言い方をしちゃ駄目、とパメラはたしなめた。
しかし、母の言葉に耳を貸さずに、娘は警戒心を露わにしてさらに続ける。
「万年発情期の人間と違って、あたしたちにはそういう時期があってちゃんとしてるんだから、今はママを口説いても無駄なんだからな!」
今はそういう時期とは違うらしい。
獣人特有の常識なのか時期ではないことからか、二人はそんな取り扱いにくそうなデリケートな話題を頓着なく語った。
その後も朝食を取りながら自分を取り巻く環境や、詳しい状況をパメラに教えてもらったが、まだ心ここにあらずな耳にはあまり入ってこなかった。
──話をかいつまむと、ここは長い横文字の名前の王国で、同じくらい長い名前の辺境領らしい。で、この街はトリスの街っていって、この宿はパメラさんが経営する「冒険者と山猫亭」だそうだ。これだけは覚えておこう。
トリスの街の冒険者と山猫亭という宿に、いま自分は居る。
王都から遠く北東の森林豊な山岳地帯に位置するとか、辺境とは思えないほど人が集まって出来た街だとかの事情は聞き流すしかできなかった。
当然ながら、ここはミヅキの知るいずれの場所でもなかった。
地理にそこまで詳しい訳ではないが、少なくとも猫の獣人が暮らす王国など聞いたことがない。
ともあれ、今から一ヶ月程度前、パンドラと呼ばれる場所の近くで、理由は不明だがミヅキは意識を失った状態で倒れていた、素っ裸で。
そこを不憫に思ったパメラ親子に拾われ、この宿屋で保護してもらっている。
「街の行政に助けを求めようとも考えたけれど、素性の知れないミヅキがどういう扱いを受けるか心配になってね。記憶喪失の居候として、ここで働いてもらうのを条件にミヅキの身柄を預かることにしたの」
保護しただけでなく、衣食住の世話まで買って出てくれたそうだ。
パメラは眉根をひそめ、困り顔で言った。
「心配した通り、それからミヅキの容態は安定しなくてね。何度も記憶があやふやになる障害に悩まされていたわ。だけど安心してちょうだい。ミヅキさえよければ身体が良くなるまでここに居てくれていいから」
という訳で、パメラとキッキの自己紹介から近況説明までを何度も何度も受ける羽目になっていたそうだ。
不明な状況は記憶喪失が原因だと一応は納得がいったと思ったものの。
「覚えてなくて申し訳ないんですけど、色々お世話になってるようで、ありがとうございます……」
妙な申し訳なさを感じるリアルな夢だと感じ、ミヅキは割と本気で頭を下げた。
両手で持った固いパンを噛み千切り、キッキはけらけら笑った。
「気にすんなって! 置いてやる代わりに毎日こき使ってやってるからさ! 今日もしっかり働いてもらうからなー」
一体何をさせられているのか不安の面持ちでいると、パメラは柔らかく微笑む。
「心配しなくていいわ。お店の手伝いをしてもらってるだけよ。保護はしたものの、どんなひとなのか不安だったけど、正直ミヅキが居てくれて助かってるのよ」
「いい拾い物したってねー」
まだ笑っているキッキを、こら、と叱りつつパメラは続けた。
「今日もこの後ミヅキに行ってもらうことになるけれど、パンドラで働いてる兵士さんたちのところにお弁当を届けてほしいの。結構な量があるから荷車を引くのも大変でね。しかもちょっと遠いから配達の間、お店も閉めないといけないし」
再び会話に出てきたパンドラという場所。
そこに詰める兵士たちに昼食を配達するのが居候のミヅキの日課のようだ。
「あの、ちょっと聞いていいかな……?」
コクのある美味いオムレツを頬張りつつ、ミヅキはさっきから話に出てくるそれについて聞いてみることにする。
ミヅキが倒れていた場所の近くにあり、兵士という物々しい職業の者たちが詰める場所、パンドラ。
──なんか、妙な感じだ……。
ミヅキの胸の鼓動が不意に高鳴った。
パンドラというその単語は、身体を芯からざわざわと震わせる。
「……その、パンドラっていうのは?」
「ふふん、よくぞ聞いてくれましたっ!」
おずおずとした声で聞くミヅキに、ミルクをごくごく飲んだキッキが鼻を鳴らして答えた。
何故かとても自慢げだ。
「パンドラっていうのは、この街の──! いいや、この国を代表する世界最大級の大ダンジョンのことさ!」
ダンジョン、その非日常の言葉がキッキの口から飛び出した。
それを聞いた瞬間、間違いなく全身が震えた。
さっきからしている胸の高鳴りや、頭の中を揺らすざわつきは幻ではない。
これは、ただの夢ではないのだろうか。
1
お気に入りに追加
87
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
亡霊剣士の肉体強奪リベンジ!~倒した敵の身体を乗っ取って、最強へと到る物語。
円城寺正市
ファンタジー
勇者が行方不明になって数年。
魔物が勢力圏を拡大し、滅亡の危機に瀕する国、ソルブルグ王国。
洞窟の中で目覚めた主人公は、自分が亡霊になっていることに気が付いた。
身動きもとれず、記憶も無い。
ある日、身動きできない彼の前に、ゴブリンの群れに追いかけられてエルフの少女が転がり込んできた。
亡霊を見つけたエルフの少女ミーシャは、死体に乗り移る方法を教え、身体を得た彼は、圧倒的な剣技を披露して、ゴブリンの群れを撃退した。
そして、「旅の目的は言えない」というミーシャに同行することになった亡霊は、次々に倒した敵の身体に乗り換えながら、復讐すべき相手へと辿り着く。
※この作品は「小説家になろう」からの転載です。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
Sランクパーティを引退したおっさんは故郷でスローライフがしたい。~王都に残した仲間が事あるごとに呼び出してくる~
味のないお茶
ファンタジー
Sランクパーティのリーダーだったベルフォードは、冒険者歴二十年のベテランだった。
しかし、加齢による衰えを感じていた彼は後人に愛弟子のエリックを指名し一年間見守っていた。
彼のリーダー能力に安心したベルフォードは、冒険者家業の引退を決意する。
故郷に帰ってゆっくりと日々を過しながら、剣術道場を開いて結婚相手を探そう。
そう考えていたベルフォードだったが、周りは彼をほっておいてはくれなかった。
これはスローライフがしたい凄腕のおっさんと、彼を慕う人達が織り成す物語。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
俺が死んでから始まる物語
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていたポーター(荷物運び)のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもないことは自分でも解っていた。
だが、それでもセレスはパーティに残りたかったので土下座までしてリヒトに情けなくもしがみついた。
余りにしつこいセレスに頭に来たリヒトはつい剣の柄でセレスを殴った…そして、セレスは亡くなった。
そこからこの話は始まる。
セレスには誰にも言った事が無い『秘密』があり、その秘密のせいで、死ぬことは怖く無かった…死から始まるファンタジー此処に開幕
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
我が家に子犬がやって来た!
もも野はち助(旧ハチ助)
ファンタジー
【あらすじ】ラテール伯爵家の令嬢フィリアナは、仕事で帰宅できない父の状況に不満を抱きながら、自身の6歳の誕生日を迎えていた。すると、遅くに帰宅した父が白黒でフワフワな毛をした足の太い子犬を連れ帰る。子犬の飼い主はある高貴な人物らしいが、訳あってラテール家で面倒を見る事になったそうだ。その子犬を自身の誕生日プレゼントだと勘違いしたフィリアナは、兄ロアルドと取り合いながら、可愛がり始める。子犬はすでに名前が決まっており『アルス』といった。
アルスは当初かなり周囲の人間を警戒していたのだが、フィリアナとロアルドが甲斐甲斐しく世話をする事で、すぐに二人と打ち解ける。
だがそんな子犬のアルスには、ある重大な秘密があって……。
この話は、子犬と戯れながら巻き込まれ成長をしていく兄妹の物語。
※全102話で完結済。
★『小説家になろう』でも読めます★
RiCE CAkE ODySSEy
心絵マシテ
ファンタジー
月舘萌知には、決して誰にも知られてならない秘密がある。
それは、魔術師の家系生まれであることと魔力を有する身でありながらも魔術師としての才覚がまったくないという、ちょっぴり残念な秘密。
特別な事情もあいまって学生生活という日常すらどこか危うく、周囲との交友関係を上手くきずけない。
そんな日々を悶々と過ごす彼女だが、ある事がきっかけで窮地に立たされてしまう。
間一髪のところで救ってくれたのは、現役の学生アイドルであり憧れのクラスメイト、小鳩篠。
そのことで夢見心地になる萌知に篠は自身の正体を打ち明かす。
【魔道具の天秤を使い、この世界の裏に存在する隠世に行って欲しい】
そう、仄めかす篠に萌知は首を横に振るう。
しかし、一度動きだした運命の輪は止まらず、篠を守ろうとした彼女は凶弾に倒れてしまう。
起動した天秤の力により隠世に飛ばされ、記憶の大半を失ってしまった萌知。
右も左も分からない絶望的な状況化であるも突如、魔法の開花に至る。
魔術師としてではなく魔導士としての覚醒。
記憶と帰路を探す為、少女の旅程冒険譚が今、開幕する。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
スキルガチャで異世界を冒険しよう
つちねこ
ファンタジー
異世界に召喚されて手に入れたスキルは「ガチャ」だった。
それはガチャガチャを回すことで様々な魔道具やスキルが入手できる優れものスキル。
しかしながら、お城で披露した際にただのポーション精製スキルと勘違いされてしまう。
お偉いさん方による検討の結果、監視の目はつくもののあっさりと追放されてしまう事態に……。
そんな世知辛い異世界でのスタートからもめげることなく頑張る主人公ニール(銭形にぎる)。
少しずつ信頼できる仲間や知り合いが増え、何とか生活の基盤を作れるようになっていく。そんなニールにスキル「ガチャ」は少しづつ奇跡を起こしはじめる。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
ユーヤのお気楽異世界転移
暇野無学
ファンタジー
死因は神様の当て逃げです! 地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
【完結】精霊に選ばれなかった私は…
まりぃべる
ファンタジー
ここダロックフェイ国では、5歳になると精霊の森へ行く。精霊に選んでもらえれば、将来有望だ。
しかし、キャロル=マフェソン辺境伯爵令嬢は、精霊に選んでもらえなかった。
選ばれた者は、王立学院で将来国の為になるべく通う。
選ばれなかった者は、教会の学校で一般教養を学ぶ。
貴族なら、より高い地位を狙うのがステータスであるが…?
☆世界観は、緩いですのでそこのところご理解のうえ、お読み下さるとありがたいです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる