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24 一頭と一羽

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冬の日の朝方、カモ氏は雪原の上で羽毛を膨らませて丸まっていた。

「寒いのは苦手だ。春よ来い」

春の日の朝方、カモ氏は野原に蹲ってうとうとしていた。

「眠気との戦いの季節だ。夏の太陽よ来い」

夏が来て秋が来て、また冬が来た。
過ぎゆく季節を見送りながらルピアはラグアスの帰りを待っていた。
予定よりも一時帰宅が遅くなる、という便りが王国北西部から届いた。
ルピアはがっかりよりも心配になった。
予期せぬトラブルかも。隠しているだけで彼の身に何かあったのかも。
大怪我をしていたらどうしよう――。

王都のロコに問い合わせれば恐らく何かしらの情報を得られる。
悩んだ末にルピアは踏み止まった。
ラグアスを信用していないみたいだと思った。

手紙には「待っていて欲しい」と書いてある。
その通りにする。彼の帰りを待つ。



初冬。
侯爵邸に王都からの便りが届いた。
差出人はフルクで、先日公爵に叙されたと報告している。
公爵交代を推し進めたのはロコで、理由はざっくり「前任者があんまり役に立っていない為」とした。
パッとしない古株公爵に引き換え、義理の息子のフルクは王国延いては世界の危機を救った。「始祖の公爵位を授けて良いレベル」とまでロコは言い放った。
勝算の薄い戦いをしない事で有名な古株公爵は潔く身を引いた。
「時勢に負けたのだ。断じて貴様らじゃない」と吐き捨て彼は王都を後にした。
その立ち去る背中をフルクは、息子と共に見送った。
当初、祖父の爵位を継ぐのは孫とされていた。
突然の予定変更にフルクの妻は怒り狂った。
当の息子が、怒れる母を諫めた。

「今のぼくなんかに当主が務まる筈ないってお母様もお分かりですよね。ぼくにはお母様のお気持ちがよく分かります。知らないところで色々な事が起こってて、急にお父様が遠くなったようで不安なんですよね。自分だけ取り残されてるみたいに感じてるんですよね。大丈夫です。ぼくはお母様を置いて行ったりしません」

彼女は呆けた。そして知らぬ間に大人になっている息子に縋って泣いた。
どっちが子供なんだか分からない状況だった。けれど息子のお陰で家族がバラバラにならずに済んだ、とフルクは綴っていた。

改めてルピアは感心した。
本当に子供というのは急成長を遂げる。



湖畔でひと休み中のシカ氏のもとに忙しない羽音が近付いてきた。
ひらーりと旋回したモズ氏はシカ氏の頭部にすとんと着地する。
自由な友人に、シカ氏は言わねばならなかった。

「額でなく角に降りてもらえたら尚良かった」
「鳥の足だとね、角度のある金属の止まり木はつるつる滑るんだよ」
「――なんてことだ。どの道小鳥団子は無理だったのか」
「君ががっかりすると思って言えなかったんだ」
「そうか。シカしどれほど残酷であっても事実を知れて良かった」

秘密を打ち明けてスカッとしたモズ氏は羽の毛繕いを始めた。
自由な友人に、シカ氏は言わねばならなかった。

「シカしモズ氏、何故後ろ向きに着地した。いや前でも後ろでも好きに止まればいいと思うが、さっきから君の尾羽が片眼を塞いでいるんだよ」
「あ、塞いじゃってる?」
「視界が半分だ。せめて尾羽を閉じてもらえないか。そんな扇みたく開かずに」
「扇みたく扇いであげようか」
「ドライアイになってしまう」
「閉じればいいのさ、瞼を」
「――なるほど。一理ある」

シカ氏は瞑目し、モズ氏は毛繕いを続ける。
一頭と一羽のまったりとした時間が流れていった。

望んだ通りシカ氏は小鳥の止まり木になれた。
角じゃなく額の上だけど。



原稿を出してルピアは新聞社を辞する。
通りに出ると、目の前に黒い馬車が停止していた。
扉が開いて大柄の主がゆっくりと降り立つ。

「今帰った」

脇目も振らずにルピアは駆け出した。
子供みたくラグアスに飛びつく。
勢いごとルピアの腰を抱き上げたラグアスはその場で一回転した。

ラグアスの首を抱いたままルピアはきゃあと笑った。
無表情の中でラグアスも微かな笑みを浮かべていた。





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