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23 大義の為
しおりを挟む早朝の夢の中、カモ氏がひょこっと顔を出した。
「ハッピーウェディング」
ルピアは瞬いた。
そう言えば王宮に婚姻届けを出したのだった。
二泊三日のレールの旅を終え、ルピアとラグアスは侯爵領に戻った。
その日の午前中、ルピアはいつものように孤児院で授業を受け持ち、ラグアスは聊か溜まっていたデスクワークを裁いた。
ランチタイムになると、ルピアは一旦侯爵邸に帰ってラグアスと昼食を取った。
午後はまた孤児院での授業をこなし、ティータイムで以て終業した。
明日からラグアスは自領の火口を塞ぐ任務に取り掛かる。
明後日は西の隣領に向かい、そのまま国内火口巡りの旅がスタートする。
国外に出る前に一度自領に戻る予定なので、ずっと顔が見られない訳では無い。
それでも数ヶ月は会えなくなる。
大義の為だ。仕方がない。
夜。寝室のベッドに潜り込み、ルピアは隣に寝そべる大きな身体にしがみ付いた。
ラグアスは体を回してルピアを両腕で抱き寄せた。
「すぐに戻る」
「はい」
「本音では連れて行きたい」
「授業と連載が無ければ、はい、とお答えしました」
「とんだ新婚だ。挙式は確実に来年以降になる」
「はい。待てます」
「手配は済んでいる。任務完了後、速やかに執り行う」
「はい。待ちます」
「では式の前に少し練習をする」
「はい。――はい?」
疑問と共にルピアはラグアスの胸元から顔を上げる。
すぐ傍にラグアスの青い双眸があった。
ルピアは瞬いて、それから瞼を落とした。
半月以上もベッドを共にしているのに、二人が唇を重ねたのは初めてだった。
惜しむように離れていく感触を追ってルピアは瞼を開く。
至極真面目な顔つきでラグアスは告げた。
「もっと練習したいところだが、危険を伴うので止めておく」
「素敵でした。ふわふわします」
「――やはりもう一度だけ、今度はやや長めにする」
「お願いします」
結局長さや角度を変えながら練習は計七回実施された。
二日後の朝、ラグアスは隣領に向かう馬車に乗り込んだ。
「手紙を出す」と言った彼は、車内にルピアを引っ張り込んで少し長めのキスをした。
彼の愛撫に中々慣れないルピアはやっぱりふわふわした。
ふわふわしつつも遠ざかる車両に手を振り、ラグアスを見送った。
魔法の膜でラップされた場所は立ち入り不可となる。
火口を覆うシールドは裏を外向きにして張られている。攻撃を弾く裏を向ける事で侵入者を阻んでいるのだ。
反面、攻撃を通す表が内向きになっている。
という事は、
「自然に噴火が起きた場合、噴石も噴煙も抑える事は出来ない」
シカ氏の説明に、コグマちゃんは「ええー」と言って座っていた切り株の上で跳ねた。
「それはみんなが困るよ」
「シカし自然現象だ。竜巻や落雷と同じで誰にも止められんよ」
「恐いよ。どうすればいいの」
「逃げるが勝ちだ。後は運だ」
「ええー」
ひらーりとモズ氏が飛んできた。
「コグマちゃんは恐がりだね」
「モズ氏は飛んで逃げられるから呑気でいられるんだよ」
「飛んでるところを落雷に撃たれた仲間がいるよ」
「安全な場所ってどこにも無いの」
「あるさ。ママさんの抱っことかね」
コグマちゃんは円らな瞳を瞬かせた。
「ママの雷が一番恐いのに?」
シカ氏は無言で長い首を垂れ、モズ氏は天を仰いで眉間をピシッと片翼で叩いた。
王国南西部。
伯爵領内一の歴史を誇る老舗ホテルの総支配人は、新聞各社が「号外」として配った漫画付きの記事に目を通して首を傾げた。
「これが噂のシカ氏か。本当に解決しない漫画なんだな」
でも火口に対する注意喚起については一応了解した。
封鎖するから絶対に立ち入るな、との事だ。理由は不明。ただ、禁止されるまでもなく火口に下りたがる酔狂な輩はいないと思う。
「そもそも都会派の私は山登りとかしないので」
新聞紙を畳み、休憩を終える。ロビーに向かい、間もなく到着するであろう大物の宿泊客を待った。
数分後、表の通りにカルヴァンデュ侯爵の乗る馬車が停止した。
八歳以上の子供達を率いて、ルピアは領の南東部に位置する農村地帯を訪ねた。
課外授業だ。距離的に日帰りが難しいので一泊する。
授業内容はわくわくの職業体験で、マリアンヌの実家が花の収穫を手伝ってみないかと誘ってくれた。
作業前にマリアンヌの父親からレクチャーを受け、子供達は花畑に散った。
摘み取った花はコロンやサボンの材料として利用されると言う。
作り手の目線から完成品を想像するのは新鮮で、貴重な体験になった。
ティータイム前に作業を終え、休憩を挟んだ後はみんな揃ってマリアンヌの墓参りに出掛けた。
墓地に着くや、子供達は泣くどころか「きゃはは」と笑った。
「ええー、なにこのお墓かわいー」
「シカ氏いるし」
「良いなーマリアンヌ先生ー」
墓石の裏面に貼られた金属製のプレートにはシカ氏の彫金が施されている。
「我が戦友、ここに眠る」という噴き出し付きだ。
先月、ルピアがマリアンヌの父親に提案させてもらった。
ふざけているとも受け取られかねないこんな代物だが、恩義と称賛と友愛が込められている。
虚ろなアルザンヌの証言からマリアンヌの正義の行いが知れた。
彼女は不正を正そうとしていた。
プレートの提案と共に真相を打ち明けると、マリアンヌの父親は様々な感情のあまり涙に呑まれた。誇らしく哀しく、心から悔しい。
やはり告げるべきでは無かったと謝罪したルピアに、彼は首を横に振って見せた。
「知らんままではあの子が可哀そうですから。教えてもらえて良かった。うちの者にはもっとずっと何年も経ってから話そうと思います」
ルピアは下げた頭を中々上げられなかった。
余計な荷物を押し付けてしまったような気がした。
故人が好きだったという白や黄のバラを墓前に供え、全員で黙祷を捧げる。
温暖な南部にもそろそろ冬の気配が近付いていた。
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