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21 最大の冒涜
しおりを挟むラグアスの手を借りて、ルピアは侯爵家の馬車から降りた。
凡そ半年ぶりとなる嘗ての職場、サングロリアン王宮の玄関前に立つ。
軽く折られた肘に促されてラグアスの腕を掴むと、エントランスホールに揃って向かった。
非公式の登城にも拘わらず、侍女や侍従の整列がカルヴァンデュ侯爵を出迎えていた。ロコの命令だろう。
列の中に元同僚を見付けては、ルピアは控えめに笑みを交わした。
近衛兵の列もあって、最前列を飾るナンパな色男からウィンクを飛ばされた。
それも一瞬で、色男はさっと姿勢を正して後は素知らぬふりをする。
瞬いたルピアは、なんとなく同伴者の横顔を横目にした。
ラグアスは兵士の列に鋭い目線を流している。
へらへらするな、と命じているかのよう。彼はどこであっても兵士には厳しい。
列の終わりに差し掛かった時、ルピアは人の合間に元婚約者の顔を認めた。
「良かったな」と告げた瞳がやはりさっと正面を向いて直立不動になる。
ルピアは再び瞬いて、再び同伴者を横目にした。
一層険しい横顔があった。
嘗ての関係性を察したのかもしれないな、と思った。
人垣が途絶えたところでラグアスの腕に軽く頭を凭れる。
「意外なお出迎えでしたね」
「……そうだな」
「でもみんなの元気な姿が見られて良かったです」
笑いかけると、不機嫌ではない無表情に戻った顔が「そうか」と応じた。
エントランスを抜けた先でフルクが待ち構えていた。
何故か四人の子供達を伴っている。
いきなり公爵の孫からの謝罪を受けてルピアは面食らった。
感心ではなく感服した。子供というのは凄い。短期間で大きく変化する。
三人に乞われて新聞紙の余白にサインをして、握手を交わした。
みんなチラチラとラグアスを窺いながら「シカ氏……」と呟いていた。
子供達と別れ、フルクの案内で通路を進む。
やはり呟き声が気になったのかラグアスが言った。
「シカは私なのか」
「今更で大変恐縮ですが、はい、そうです」
怒られるかな、とルピアは少々不安になる。
ラグアスの関心は方向が違っていた。
「お前は」
「え?」
「お前は漫画に出らんのか。シカに妻はおらんのか」
先行するフルクの背中が震えている。気持ちは分かる。
ルピアは白状した。
「もう出ています」
「何? 仔熊か?」
「いえ。モズです」
子供の頃、庭の土やら何やらを枝でぐさぐさ突き刺す癖があり母から「モズちゃん」と呼ばれていた。
惚けた間を置いてラグアスは言った。
「あれはメスだったのか」
フルクは咳払いのふりをして噴き出した。
気持ちは分かる。
王女の四つあるサロンの内の一つ、黒鳥の間に通される。
金フレームに収まる黒鳥の天井画と再会しつつ、ルピアはラグアスと共に部屋の主の登場を待った。
隣の部屋に続く扉が開き、王女が現れる。
エレガントなパープル系のドレスを纏ったロコは「来おったな」と言って黒いレースの扇子を持つ手を振って見せた。
すっかり女王様気取りだ。
四人分のハーブティが置かれた円卓を囲む。
ラグアスとルピアを労ったロコは、国家の最大脅威であるドラゴンの追加情報を共有した。
火口に自殺者が投入されるとドラゴンが出現する、そのメカニズムをフルクは概ね突き止めた。
「火口への身投げ、いえ、投身自殺です。各地に未だ残る生贄の風習が捻じ曲がってしまった産物でもあります」
生贄と自殺とでは実行者の心理状態が全く異なる。
生贄は嫌々か、そうでなければ特攻兵に近い使命感で行われる。
自殺は単に生の放棄だ。自暴自棄になって自分の為だけに死ぬ。
自暴自棄の末に生贄になったのなら無論自殺と見なされる。
「運悪く、この事例が続いたと思われます」
自殺は最大のタブーだ。
タブーが寝床で繰り返されるとやがてドラゴンの怒りを買う。
一人二人の自殺者ではドラゴンは目覚めない。
「百人の自殺で以て火山は噴火する、と見ています」
三百年前のドラゴン災害は南方の途上国で発生した。
それは約八百年ぶりのドラゴン出現で、その地方には「十年に一度供物と共に山に生贄を差し出す」風習があった。
自暴自棄の生贄が百人出た、という単純な想定をフルクはした。
テロリストらも同じ想定をしていた。
「そして確信した。大型船が転覆し自殺者が一気に海底に投入された」
だから連中は「全部が全部、俺達の仕業じゃない」などとほざいた。
過去の死者は自分達とは関係ないと。
どこまで身勝手なのか。
ルピアは内心冷め、温かいハーブティを口に入れた。
ハーブについても地元産に拘っていた。
尤も、鉱物を除いたレシピに決まりはなく、ハーブで無くても良いしサボンで無くても良い。サボンは呪いの材料の器に過ぎない。
火山の位置と材料の産地が揃っている、同じ土である事が重要らしい。
それがドラゴンへの最大の冒涜となる。
ロコは言った。
「本来ドラゴンは神の使い。土地の守り神だ」
ドラゴンからすれば、産地のものを纏った人間による自殺は、自分の土地で育んだ動植物の投げ捨て行為に等しい。
百人分の投げ捨てはだから神の激怒を招く。
神の使いが目を覚まし山を噴火させた結果、地上はインフェルノと化すのだ。
「さて」とロコはラグアスを呼び出した本当の目的を告げた。
「メカニズムは解明された。次なる課題は対策だ。カルヴァンデュ侯爵よ、王家はまたもやそなたの力を借りねばならん」
察していたのかラグアスは動じなかった。
「大戦時に使用したものが再び必要となるのですね」
「うむ。私のラボでも同一機能を備えたマシン開発は進んでおるが、完成までまだ時間を要するゆえ、初回は侯爵に頼らざるを得ん」
ルピアは二人の会話から概ね事情を理解した。
ラグアスの魔法と言えば「炎の海」であり、オーシャンドラゴンを倒した最大戦力としても有名である。
今回ロコが必要としているのは炎ではない。
炎の影響範囲を限定する「シールド」の魔法だ。
日常でも使用されている。焼畑の際には場所指定をする事で燃え広がりを防ぐ。
つまりこういう事だ。
シールドで国内の火口に蓋をして投身自殺を防止する。
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