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20 呪いと暗示
しおりを挟む王都、サングロリアン王宮。
王女ロコは、階段にして十段上にある玉座から特別調査チームを見下ろした。
「大儀であった」
もう女王様気取りで玉座に腰を据えている彼女に突っ込む事はせず、チームのメンバーらは粛々と頭を垂れる。
もう女王様気取りで鷹揚に頷いたロコは、チームを率いて事件の全貌を解き明かしたフルクに目線を移した。
「とんでもないものが出てきたよな、モレイヤ教授よ」
「はい」
礼を解き、フルクは背筋を伸ばした。
本当にとんでもない真相が待っていた。
謎の不審死多発事件はやはり他国からのテロ攻撃で間違いなかった。
発覚した攻撃者の正体は意外で、納得でもあった。
大陸最北端の半島国から来た。ただし幸か不幸か王家公認のテロではなく、一部の過激な者による暴走だった。
予想通り呪術の古代が使用されていた。
これが本当にとんでもない代物で、人を自殺させる呪いだと言う。
捜査官にあっさり逮捕された赤黒い肌をした外国人ことテロリストは、横柄な態度で取り調べの席に着いた。
こいつは各地の祭りに便乗して移動をしていた。その動きを先読みされて逮捕された分際で何故か余裕ぶり、すんなりと口を割った。自分の能力を話したくて仕方がないみたいに。
「呪いで人を死に追いやるなんて無理だと思うだろう? でも俺の古代は落ちてる奴には抜群の効き目があるんだよ」
自殺願望増幅装置、が正しいようだ。
鉱物に呪いを込めて自殺を促したい相手の体に接触させる。
その為の仕掛けがサボンだ。ハーブと一緒に呪いの粉末が練り込まれていた。
誰にでも効かない理由も納得がいった。
気分が落ちていないハッピーな人には効かない。
あちこちの地域でレシピは広められ、無数のサボンが出回っていた割に犠牲者が少なく済んでいたのは、王国が平和で豊かで人々が幸せに暮らしているという証と言えた。――王国を上回る死者数を出している東の隣国には何か不安要素が潜んでいるかもしれない。
取り調べの場に同席していたフルクは、テロリストに詰問した。
「お前一人の仕業では無いな」
「はあ? 俺だけだよ。ソロのテロだよ」
フルクの手が、男の胸倉を掴んだ。
「お前の古代だけでは説明がつかん――犠牲者の多くが山で死を遂げている」
指摘は図星だったようでテロリストの表情が凍り付いた。
案の定、黙秘を決め込んだ。
甘い。フルクは尋問のプロたる屈強な捜査官にバトンタッチした。
「さて、いつまで耐えられるかな?」
いつまでも耐えられなかった。
身勝手なテロを目論む輩なので大したメンタルはない。レシピを現地民に伝え、自分はとんずらするあたりに卑怯者の本性が出ている。他力本願なテロである事は数撃てば当たる、の手口からも分かる。
そもそも自殺の後押しなど「自分の手を汚したくありません」という心理の表れではないか。
卑怯者は語った。
相棒がいる。そいつにも古代があり、指定した場所に人を誘導する「暗示」を掛けられる。今回指定した場所は「最も近い山」だ――。
連中がレシピと共に渡した鉱物には呪いと暗示が込められていた。
フルクはこの証言を聞いた途端、悪寒が走った。
ある恐ろしい仮説が脳裏を過ぎった。
テロリストらの真の目的は、数撃てば当たる人殺しどころでは無い。
「全て吐け。お前らの仕業なのか、――オーシャンドラゴンの急襲は!」
テロリストは冷や汗まみれの顔に、薄ら笑いを浮かべた。
「全部が全部、俺達の仕業じゃない」
後日、二人目のテロリストが国境付近で捕らえられた。
北の隣国に続く山道だった。鉱物の調達に来ていた。
呪いにしろ暗示にしろ鉱物に込める必要があるようだ。
手順があり、レシピがある。
暗示の古代を持つテロリストは半島国ではなく生まれも育ちも北の同盟国だ。移民の二世で半島国にルーツを持つ。
テロリストらは農地で偶然出会い、互いの稀な才能と現状の不満を共有し、結託に至った。
揃ってはならない駒が揃った。悲劇の始まりだ。
教会育ちの暗示のテロリストは、過去の例から仮説を立てていた。相棒の協力を得て北の大地での検証を繰り返した。
「ちまちました自殺しか起こらねえなあ」
「間違ってたんじゃないか」
検証開始から暫く経ち、今から三年前のある日、北の海で事故が起きた。
大型客船が転覆した。なんと集団自殺の船だった。
石鹸を売った人間ばかりが乗船していたから二人は気付いた。
「これ、来るんじゃ……」
遂に、来た。
いの一番に沿岸部から脱出しながらも二人は快哉を叫んだ。
仮説は正しかった。
「自殺者が火口に投げ込まれるとドラゴンが来る」
恐らく、沈没船によって死者は海底火山に届けられた。
自殺者の着底を以て条件が揃い、オーシャンドラゴンが目を覚ました。
自殺した人間はインフェルノに行く。
業火地獄とはドラゴンが目覚める事によって生じる噴火の意味でもあった。
噴火するからドラゴンが目覚めるのでは無かった。
噴火は副産物に過ぎない。実際の順番は逆だった。
フルクは痛い程重くなった頭を両腕に抱え込んだ。
「山」というワードが出て以来ずっと引っ掛かっていたのだ。
当たって欲しくない予感が当たってしまった。
数多の研究者がドラゴン出現の謎に挑んできた。
多くの犠牲を払い、ほぼ、全容が明らかとなった。
正午の王都。
三人の男子達が名門寄宿学校の裏口から脱走した。
外出許可は取っていない。バレたら大目玉必至だ。
そそくさと城下を駆け王宮を目指す。
そこへ、歩道に横付けした馬車が三人の行く手を阻んだ。
ぎょっとする三人の鼻先でドアが開く。
シートから身を乗り出すようにして見知った顔が現れた。
三人を顎で促す。
「乗れよ。カルヴァンデュ侯爵を拝みに行くんだろ」
三年ぶりに英雄が登城するという噂を聞きつけたのは三人だけではなかった。
さすが古株公爵の孫は耳が早い。
けれど侯爵は現在、公爵家とは因縁――は言い過ぎだけれど件の元侍女と婚約している。
障りは無いのか。
困惑顔を見合わせる三人に、モレイヤ公爵の孫はぎこちなく笑いかけた。
「ぼくさ、父から侯爵が来る事を聞いてさ」
「教授に?」
「うん。なんか一緒に仕事したらしい。それでぼく、婚約者の女性に謝らせて欲しいって父にお願いしたんだ。そしたらおいでって」
再び顔を見合わせた三人は、次には我先に動き出して乗降口に群がった。
「女史に会える!」
「サイン、サイン」
「新聞持ってねええ」
モレイヤ教授の息子は苦笑と共に告げた。
「持ってるよ、ぼくが」
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