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18 言付け

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葬儀やら何やらの対応を済ませたアルザンヌは領都に戻った。
母の事は哀れより自業自得と思った。酔って山に入り、足を滑らせて崖から転落した。やれやれって感じだ。
休職期間を延長したので修道院に潜伏する。シスター達は同情してくれるだろう。
孤児院の授業もある。ラグアスの提案で始めた新しいクラスだ。
ラグアスはアルザンヌを見直している。
有能なアルザンヌの帰りを待っている。

と、思っていた。

孤児院に入っていく彼を見るまでは。
ボランティア女に寄り添う彼を見るまでは。
居場所を奪ってやった! ――と思い込んでいたのだと知った。



二日後の火曜日。
特別調査チームがカルヴァンデュ侯爵領を訪ねてきた。

昼過ぎ。午後の授業を休んで侯爵邸に戻ったルピアは、初対面となるモレイヤ教授ことフルクと顔を合わせてさっと頭を下げた。

「今更で恐縮ですが、ご子息への暴言と暴力を心よりお詫び申し上げます」

するとフルクは自分こそが申し訳ないという表情を浮かべた。

「私個人の意見としては正義は貴女にあります。誰よりも親である私が一番悪いのです。息子の無法を見逃がし、許してしまった。本当に情けない事です」

自嘲混じりのフルクの言動から、ルピアは悟った。
公爵の婿養子という彼は複雑な家庭の事情を抱えているのかもしれない。
互いにぺこぺこと頭を下げていると、ラグアスが「その辺にしろ」と言ってルピアの肩を掴んだ。

「公爵の孫の件は決着が付いている。お前は責任を取って城を辞し、ここにいる」

ルピアが困った顔になる一方で、フルクは大きく頷いて見せた。

「仰る通り。そもそも私は息子の件で参ったのではありません。もっと重要な事です」

フルクの顔つきが気弱な婿養子から厳しい研究者のものに変わった。



王女直属の特別調査チームは、侯爵に対して捜査状況を共有した。
チームのリーダー、フルクは「呪術」の古代が王国を攻撃しているとの見解を述べ、手持ちの資料を机上に並べた。

部外者ながら、ルピアは王女による特別な計らいのもと会議の場に参加させてもらっている。フルクも「ご意見をぜひ」と言ってくれた。
古代絡みだからだろう。ルピアの霊媒については既にロコから聞いているそうだ。
オブザーバーのルピアは、白黒写真付きの資料に目を落とす。
呪術の犠牲者と思われる故人の顔と名前に視線を行き来させる。
フルクが言う。

「この中に知っている人物はいますか?」

ラグアスも執事も勿論ルピアも首を横に振る。
執事が唸った。

「相当の数がおるのですな」
「断定出来ない死者も交じっていますので。これから絞り込みます。侯爵領の不審死とも照らし合わせていけば捜査は進展するでしょう」

この後、フルクのチームは病院に向かう。
モルグ(遺体安置所)に置かれた遺体を見る。マリアンヌもまだそこで冷やされたまま眠っている。
彼らの調査が済み次第家に帰す。殺人捜査は引き続き行う。
ロコがフルクら選抜チームを結成した切っ掛けは、ラグアスが王都に検死依頼をしたかららしい。王国周辺に薄ら漂う不穏を感じていた時期で目に付いたと言う。
尤も、不審死に対して検死まで行ったのはラグアスだけで、他の領は死因の特定にそれほど熱心では無かった。
ラグアスがルピアの霊媒を信じてくれたお陰で有耶無耶にならずに済んでいる。
ぜひ真相を突き止めて欲しい。

侯爵邸から引き揚げていくチームを見送りながら、ルピアは祈念せずにはいられなかった。



その晩。ルピアはカモ氏に会った。
夢でカモ氏に会う事自体が霊媒なので、知らせるべき情報が何も無ければ雑談をして終わり。これまでの夢はほとんどが単なる雑談だった。

今回は――今回も、単なる雑談ではなかった。
カモ氏はいつもの飄々とした表情で告げた。

「では順番に行こう。ちょっと大変だろうがついて来たまえ」

ルピアは愕然とした。

飛び起きるや、迷惑を承知でラグアスにしがみ付く。
それで目を覚ましてくれたラグアスは両腕でルピアを抱き寄せると、宥めるように薄い背中を摩った。

「何を視た」

彼の存在が有難過ぎてルピアは泣きそうになった。
一人だったら抱えきれなかったかもしれない。
彼の逞しい胸元に頬を押し付けて、訴えた。

「教授に見せて頂いた資料の方々――カモ氏によれば凡そ八割が自殺です」

闇の中でもラグアスが絶句したのが分かった。



翌朝。
宿泊先のホテルで連絡を受けて以来、フルクは頭を抱えていた。

「有り得ない。いや有り得るのか……」

魔法による霊媒は、通常の夢と違って本人の意識に左右されない。
一方的に情報が与えられる。誤報はない。
エラーならそもそも発動せず、何も起こらない。それが古代の特徴でもある。

ルピアの霊媒は事実を述べている。
拒んでも仕方がない。衝撃ではあったが調査は一気に進展した。
このままデータを集め、分析を続ける。

フルクは予感する。
きっと恐ろしい真相が待っている――。



新聞社を後にしたルピアは、意外な人物を通りで見かけた。

アルザンヌだ。領都に戻っていたのだ。
声を掛けようとして躊躇った。
彼女の横顔が酷く虚ろに見える。
不吉な死が連続している状況下でルピアは首筋に冷たいものを感じた。

「アルザンヌ先生」

鐘楼前通りに彼女が出たところで呼び止めた。
アルザンヌはのろりとルピアを振り返った。全く精気が感じられない。
母親の事があったのでは無理も無い、とルピアはひっそりと気遣った。

「お戻りだったのですね。お買い物ですか?」

語りかけながら手ぶらのアルザンヌを見回す。
アルザンヌはぼそりと告げた。

「北の湖に行くの」
「お魚を買いに?」
「母が、好きなの」

お供えか、とルピアは納得した。
納得した上でアルザンヌを一人にするのは危険だと悟る。

「丁度良かったです。私もお魚が食べたくて。ご一緒しても?」
「勝手に」
「有難うございます。あ、馬車代は私が持ちます」
「勝手に」

アルザンヌはぼうっと言い、歩道を進もうとする。
ルピアは透かさずアルザンヌの片手を掴んで引き止めた。風船が飛んで行かないようにする仕草に似ている。
首で周囲を見渡し、銀行前に屯する二人組のメッセンジャーボーイを手と声で呼んだ。
孤児院のシスター宛てに言付けを依頼する。
アルザンヌと北の湖に出掛けるので午後の授業は休む。
同じメッセージを侯爵邸にも届けてもらう。

「あとごめん。君達へのお駄賃なんだけど今手持ちが馬車代しかないから侯爵邸の人に貰ってくれる? 立て替え分はお給料から引いてください、って言えば分かってもらえるから」
「そんな変な事頼んで俺らが侯爵邸の人に怒られない?」
「無い無い。あ、そうだ」

メッセンジャーボーイのメモ帳を借り、さらりと書いて描く。

「私の名前はルピア・ルグランね」

サインの横にシカ氏のイラストを添えるとメッセンジャーボーイ達は騒いだ。

「はええ。うめええ」
「漫画家本人?」

二人組に「じゃあよろしく」と言い置いて、ルピアは繋ぎ止めていたアルザンヌに向き戻った。

「お待たせしました。では北の湖に参りましょう」
「勝手に」





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