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17 不法投棄
しおりを挟むここでも不審死か、とモレイヤ教授ことフルクは眉を顰める。
王国最北端に位置する辺境伯領に来ていた。
山中で遺体が発見された。
一週間の間に三人。多過ぎる。
三人が顔見知り同士なら納得出来た。一緒に出掛けて遭難したのだと。
三人に接点は無い。身分も出身地も職業もバラバラ。共通の友人知人の存在も今のところ明らかではない。
東の地方でも似た事件が起こっていた。更に、東の隣国でも同様の不審死が多発している。王国を上回る死者数らしい。
「これは呪いだ」
占術や呪術に分類される「古代」は多い。
テクノロジーの発展と共に姿を消し、今や迷信となりつつある。
嘗ては聖職者や隠者が儀式や葬儀などで行っていた。
今回のこれは呪術の古代に違いない。
どこか異国の魔法が使われている。知る限り国内のものでは無い。山で死に至る、なんて例は聞いた事が無い。
呪われたのは土地か人か。
「いずれにせよ我が国は攻撃を受けている」
調査チームの面々が互いに顔を見合わせた。
諜報機関から参加している若い捜査官がフルクに問う。
「教授。攻撃だとすると、何故人口の密集する王都でなく地方に事件が散見されるのでしょう」
「分かりませんが、山で亡くなる事と関連がありそうです。山でなければならないのかもしれません」
「なるほど」
「――ひょっとして現状は、攻撃者からすれば思ったよりも小さな被害に留まっているのかも」
「それはどういう?」
「根拠は無いのですが、あまりにもあちこちで事件が多発しているでしょう。離れた場所の小さな事件同士だったが故に、今日まで点と点が線で繋がる事も無かった訳ですし」
「確かに。王女殿下でなければ見逃していましたね」
不意にフルクは、脳内の靄に途切れ目を見付ける。
「手当たり次第、なのか」
「え?」
「数撃てば当たるってやつですよ。そんな感じがしませんか」
会議室の机上には王国の地図が広げられている。
机を囲む面々は、王都から離れた農村や山村に点在する赤い印に注目する。
不審死の印が下手な射撃の跡のように見えてきた。
捜査官が言った。
「聞き込みを強化しましょう。攻撃者を特定しないと」
全員の顔が頷いた。
数日後、不審な外国人の目撃情報がチームに齎される。
日曜日の早朝。
夢の途中、急にカモ氏が「やあ」と顔を出した。
「――――、え?」
薄暗い寝室の中、ルピアは思わず出た自分の声で覚醒した。
高い天井を凝視したまま固まる。
さらり、と肩に大きな掌が被さった。
「どうした」
低く、少し掠れた声音は耳に心地よくいつまでも聞いていたいけれど、今はそれどころじゃない。
ルピアはがばりと体を横転させて、同じベッドで枕を並べる彼に詰め寄った。
「また古代が教えてくれました」
「カモか」
「カモ氏が言うには、看護婦長は自殺です」
ラグアスは軽く瞠目した。
「死因は崖から落ちた事による転落死だったか」
「でも事故死じゃなかった……」
のそのそと体を起こしてシーツに座り込み、ルピアは首を傾げた。
自殺なのに事故死とされていたからカモ氏は出てきた。正しに来た。
「これ、アルザンヌ先生には言わない方が良いですよね」
「私ならどれほど残酷であっても事実を知りたい」
「難しいです」
報告は保留するにしても、行き詰る。
「調べようがありません」
「名医でも事故か自殺かを見極めるのはほぼ不可能だろう」
大自然の中での出来事だった。
現場も遺体も風雨と野生動物によって荒らされていた。
思いがけず早起きをしたこの日、更に事実が明らかとなる。
焼畑を終えた地中からサボンが大量に出てきた。
土地の持ち主が「不法投棄だ!」と憤慨し、領主に訴え出て判明した。
不法投棄の燃え残りはロウのように溶けて原型を留めていなかったが、嗅覚を通じてルピアに閃きを与えた。
「ハーブ系の香り、ですよね」
ラグアスと目を交わした直後、ルピアは石鹸の塊を手にあたふたと動き出した。
「ちょっとあの子に嗅いでもらってきます」
「むしろ子供の方を呼び出さんのだな」
孤児院に急ぐルピアにラグアスはそっと付いて来た。
前触れなく領主が訪ねて来て子供達は仰天している。
ルピアは、庭で走り回る男子の群れの中に調香師の息子を見付け、捉まえた。
「これ嗅いでみて」
「え、何、石鹸? きたな」
「いいから嗅いで」
ルピアが差し出す物体に物凄く嫌そうな顔を寄せた男子は、ん、と瞬いた。
「これだよ先生。前に話したハーブっぽい何か。石鹸だったんだ……」
ビンゴした。
「意味が分かりません」
侯爵邸にとんぼ返りし、ルピアは首を捻り続ける。
疑問は何一つ解消していない。
同じレシピの石鹸が同盟国と侯爵領とで存在していたからって何だろう。
焼畑より以前に、調香師の息子は侯爵領で例のサボンの香りを嗅いだ事は無い。
故郷でもドラゴン出現の直前まで嗅いだ事は無かったらしいから、同盟国古来の商品では無さそうだ。
「新規のサボンショップさんでしょうか。それがあちらとこちらで開店した」
被災地で商売は無理だから侯爵領に来た。順番は可笑しくない。
「なんであれ」とラグアスが厳しい顔つきをした。
「店を特定する」
「え、何故」
「不法投棄は許さん」
「あ、そうでした」
罰金高そうだな、とルピアはどこの誰だか知らない相手に呆れと哀れの念を送った。
同日の午後。
侯爵邸に魔法テレグラフによるメッセージが飛んで来た。
王都からの一斉送信だ。王女ロコが各地の領主達に呼び掛けている。
「直近半年間、領内ニオケル、不審死ノ件数ヲ、報セ」
王女は、病気や目撃者がいる案件を除いた事故・事件による死者数を知りたがっている。
メッセージは「尚、」と続いた。外国人ノ目撃情報ヲ募ル――。
南下の途中、フルクは王都のタウンハウスに立ち寄った。
いつも口喧しい妻は久しぶりに帰宅した夫をスルー。
今は夫どころではないのだ。
寄宿学校にいる筈の息子が屋敷におり、床に座り込んで幼児みたくごねていた。
同級生が嫌いで、勉強もしたくないから学校には行きたくないそうだ。
これに対して妻は「いい子だから」と宥めるばかり。話が一向に進まない。
フルクは苛立つ一方で冷めてもいた。
身勝手な息子が正体不明の敵と重なった。
人様の人生を捻じ曲げておいて「やだやだ」じゃない。
十歳にもなって、自分の軽率な言動が他者にどんな影響を及ぼすのかが想像出来ないのか。
これが未来の公爵では世間に申し訳が立たない。
騒がしい息子に早足で近付き、フルクは一喝した。
「黙りなさい」
息子はぽかん、よりもハッとした。
妻はぽかん、の後にお得意のヒスを発揮した。
騒音を無視してフルクは息子の傍らにしゃがみ、言い置いた。
「学校が嫌ならやめていい。城下には働いている子供もいる。彼らに交じり社会を知るのも良いだろう」
妻は何事か喚いている。
目が覚めた顔になった息子を一度強く見据え、フルクは立ち上がった。
二人に背を向けて書斎に足を運ぶ。
そうそう我が儘に付き合っていられない。
仕事が山積している。
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