クビになったので英雄の領地へ行ってみた

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14 先祖返りの魔法

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マリアンヌの眠る柩が荷馬車に積まれる。
修道院前の通りは子供達の泣き声で溢れていた。
三年前に親兄弟を亡くしたばかりなのにまた大切な人を失った。

花農家の一家が、見送りに来た領主に向かって深々と頭を下げる。

「領主様。この度はわざわざご足労頂き有難うございました」
「他に望みがあれば言うがいい」
「充分です。もう充分ですとも。本当に、娘は幸せでした」

マリアンヌの父親は、泣き喚く子供達に首を向けると「すまんな。お別れだ」と言って微笑んだ。マリアンヌそっくりの笑顔は慈愛に満ちていた。

マリアンヌを連れて一家の馬車が故郷に帰っていく。
遠のく車体が景色に埋もれて見えなくなるまで、皆マリアンヌを見送った。

見送りの集団がシスターに促されて建物に引き上げていく。
第一発見者のアルザンヌは「私がもっと早く見つけていれば」を繰り返してメソメソと泣いている。
事故なのだから誰にも責任はない。ほぼ即死との事だし蘇生も無理だった。
慌てて転んだ先に偶々石があったようだ、と医師は見立てた。

ルピアは、医師の見立てに不満を抱いている。
集団から離れて修道院の裏手に回る。
事故現場を見渡した。血溜まりは砂で隠され、凶器の石は誰かがどこかに投げ捨てたのか見当たらない。
背後から大柄の人影が近付いた。

「大丈夫か」

泣きに来たのではないルピアは、肩越しにラグアスを一瞥した。

「マリアンヌ先生は、そんなに慌ててどこに行こうとしていたのでしょう」
「思い当らんのか」
「皆目。彼女はあわてんぼうのご自身をとくと自覚されていました。子供達と出くわすかもしれない場所で走ったりしない筈です。まして転ぶなんて。彼女、とても足腰が丈夫なんですよ。よく男の子達に交じってフットボールをしてましたが、足を引っ掛けられても体勢を崩さない凄い人なんです」
「そうか」
「納得がいかないんです。こんな何もないところで転倒して亡くなったなんて信じません」

マリアンヌの両手は綺麗だったと言う。
倒れる際に防御する手が出ていない。両手が荷物で塞がっていた訳ではない。有り得ない。彼女の身体能力は相当高い。
苛立って見えるルピアの両の肩にラグアスは左右の掌をそれぞれ被せ、自分の胸元に引き寄せた。

「辛いな」

背後のラグアスにそっと寄りかかりながらも、ルピアは事故現場から目を離さなかった。
石があったと思われる抉れた地面を、注視し続けた。



知恵を得た人類は、道具を使い言語を習得し文明文化を発展させてきた。
進化の一方で幾つかの魔法が時代と共に退化し、消えていった。

ごく稀に、消えた筈の魔法がひょこっと顔を出す事がある。
所謂先祖返りの魔法は「古代」と呼ばれている――――。



その夜。
ベッドに入ったルピアは眠りの縁に落ちて行った。
やがて夢が始まると、故人の創作物がひょこっと顔を出した。
ルピアが持つ、稀な古代が発動した。

「お悔やみを言うよ」

カモ氏は飄々とした顔のままルピアの同僚の死を悼んだ。
この漫画のキャラクターがルピアの魔法の核を形成している。
カモ氏の姿を象った亡き母の魂なのではとルピアは考えている。

ルピアの古代は「霊媒」だ。
ゴーストを視る能力とは異なる。霊感は無い。
魔法の夢を視る事で、特定の情報を得られる。

霊媒は、故人の死因の種類を特定する。
病死か自然死か、或いは外因死か。それは事故なのか事件なのか。

古より、多くの聖職者達が霊媒を駆使してきた。
大陸北西部にはルピアと同じ古代を持つ高齢の大司教がいると言う。

本来の霊媒の役割とは「自殺」か否かを突き詰める事にあった。

自殺は最も罪が重い。神は、これを最大のタブーとしている。
問答無用のインフェルノ(地獄)行き。救いは無い。
逆に最も尊い死は自己犠牲で文句なしのパラダイス行きとなる。

まだ科学や医学が未発達だった時代に、聖職者達は霊媒によって死者の行き先が天国なのか地獄なのかを知り、残された人々に伝える使命を担っていた。

尚、霊媒の形は各々で異なる。
ルピアの情報源たるキャラクターは魔法の副産物で独自のものだ。
「さて」とカモ氏は、円らな瞳でルピアを見上げた。

「マリアンヌ嬢の死因だがね、他殺だ。しかし殺された本人は天国に行った。安心したまえ」

憤りと慰めを同時に得て、ルピアは目を覚ました。



夜明け前。
薄暗い中、寝室の分厚い扉を静かにノックしてみる。
ダメ元だったのに扉の隙間に部屋の主が顔を覗かせて、ルピアは不覚にも涙ぐんでしまった。
瞠目したラグアスはルピアの肩を片腕に抱えるようにして室内に入れ、素早く扉を閉じると、薄いネグリジェの背中を掻き抱いた。

「ルピア、何があった」

ルピアはラグアスの胸元に縋った。

「マリアンヌ先生の死因は他殺です」
「なに?」
「私の古代が教えてくれました。どうか彼女のご遺体を調べ直してください」

家族と王女しか知らない霊媒の能力について、ラグアスに打ち明ける。
ラグアスは驚いていたがルピアの話を厭い、疑う事はしなかった。

王都から戻ったあの日以来、二人は同じ邸宅内で寝食を共にしている。

同居はラグアスからの申し出で、ルピアは彼の寝室と同じフロアに部屋を貰った。
孤児達もシスター達も知らない。皆してルピアの宿泊先はどちらかの施設だと思い込んでいる。
実際のルピアは孤児院での授業後、侯爵邸で夕食を取って眠り、起床して朝食を取り孤児院に出勤している。
先日「そろそろ寝室も共に」とラグアスから誘いがあって悩んでいる最中だった。
寝ている間カモ氏と雑談し、変な寝顔をしているかもしれないし変な寝言を言っているかもしれない。もし見聞きされたら恥ずかし過ぎると思った。

古代を打ち明けた事で一つ憂いは晴れた。
願わくば事実を解明して欲しい。
ルピアの訴えに、ラグアスは躊躇なく答えた。

「埋葬を中止させ、王都の専門家に検死を依頼する」

思わずルピアは寛大過ぎるラグアスに飛びついた。

「心より感謝致します、閣下」

ラグアスはルピアを抱き止めると、至極真面目な顔つきで言った。

「感謝よりも愛が欲しい」
「喜んで差し上げます閣下」
「ならばもう閣下はよせ」

ルピアは色々な感情が入り混じった笑みを浮かべた。

「はい、ラグアス様」
「敬称不要だ」
「さすがに無理です」
「固いな」
「それを貴方に言われるなんて……」



同日、正午前。
故郷に着いたマリアンヌの柩が、墓地に向かう途中でストップをかけられた。
侯爵からの指令に遺族らは困惑する。なんでも「医学の発展の為の協力願い」らしい。
娘に何をされるのかと母親は不安がったが、父親が「領主様を信じよう」と説得した。

「悪いようには扱われんさ。マリアンヌも恩返ししたい筈だぞ」

それで遺族の意見が一致して、柩の行き先は領都の病院に変更された。





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