11 / 25
11 唐突に
しおりを挟むルグラン子爵邸での庭の午後。
池の畔に並んで座り、ルピアとロコは釣り糸を垂らしていた。
墓参りを済ませ、まったりと過ごしながらルピアは侯爵領での出来事をかいつまんで王女に報告する。
「ニューヒーロー、その名もシカ氏です」
「よし見せろ」
「そこの、パンを包んでいる新聞紙にいます」
「こやつか。――なるほど尋常でない闘気の持ち主よ」
「紙面から闘気漏れてます?」
シカ氏の延長でラグアスの事にも触れた。
「プロポーズをされていたみたいです」
「言い方が曖昧だな」
「しばらく白昼夢か何かだと思っていたのですが出立日に素敵な薔薇を頂戴したので、あれは現実だったんだなあと確信が持てました」
「予想以上に面白い事になっておるなお前達。褒めてつかわす」
ロコはリールを軽く回した。
「サクッと結婚せい。この私が許す」
「もう少し悩んでみます。きちんと閣下と向き合わなくては」
「お前は充分過ぎるほど侯爵と向き合っておる。シカ氏がその証だ」
「――目から鱗です」
何も悩む必要が無いと自覚してルピアはロッドを放った。
「縁談をお断りするよう父にお願いしてきます」
「うむ。善は急げだ。相手は格上だが侯爵は更に格上。よもや英雄に戦いを挑む命知らずは国内におるまい」
ところが縁談を断った翌朝、隣領からの馬車が子爵邸の前に停止した。
ルピアがまだカルヴァンデュ侯爵との婚姻も婚約も結んでいないと知り、伯爵の四男という青年が面会を申し出てきた。
直接詫びるべきと考えたルピアは、四男氏を自宅の庭に案内した。
ロコが二人の後ろからついて来た。何故か「従妹のロコちゃん」と身分を偽り、太いフレームの眼鏡をかけて変装している。彼女の奇行は今に始まった事ではないのでルピアはあまり気にしなかった。
少々胡散臭そうにエセ従妹を横目にしつつ四男氏が打ち明けた。
「実はカモ氏のファンなんです。本も買いました」
「光栄です」
「だから一緒に手広くやりませんか」
「手広く?」
「グッズを作るんですよ。学用品とか玩具とか。ベビー用品もきっとウケます。養育院にだけ使わせてるなんて勿体ない。ぜひうちの領でも扱わせてください。むしろうちが主動でやりますよ。ドカンと儲けさせてあげますから」
ドカンと尻を蹴り飛ばされ、四男氏は頭から池にダイブした。
浅い池からあたふたと顔を出した彼は、腹を抱えて笑い転げている従妹のロコちゃんを認めて激怒した。
「こいつよくも――、承知しないぞ!」
従妹のロコちゃんは笑みを消し「ほう」と切れ長の瞳を細めた。
変装眼鏡を取って池に投げつける。
「どう承知せんのだお前。この私を未来のスーパー女王ロコ様と知っての暴言か」
四男氏は見事に絶句し、彼が池にダイブして以来絶句しっぱなしのルピアもまた絶句を続けた。
ロコは「帰れ」と言って再度蹴りを繰り出し、ずぶ濡れの守銭奴を追い立てた。
それでルピアは心置きなくこの御縁を無かった事に出来た。
ロコの一行と共に王都に戻ったルピアは、夕方には王都中央駅に向かった。
王宮に寄って行けというロコの誘いは、追われた身なのでさすがに遠慮した。
ふん、とつまらなそうに鼻を鳴らしたロコは低く呟いた。
「潮時か。今のルピアは侯爵に守られておるのだし老いた公爵ごとき……」
首を傾げたルピアに、王女は「独り言だ」と言ってひらりと手首を振った。
「ではな。――シカ氏連載の件は王都の新聞社に持ち込んでおく」
「分かりました。ゴーサインを頂き次第、原稿を送付致します。尤も侯爵領の新聞社さんのお許しが出なければご破算ですけど」
「王都が先行する事はないし地理的にも遠く発行エリアは被らん。ダメとは言うまい。というか言わせんぞ」
「くれぐれも権力を振るわれませんよう。高が漫画です」
ロコはまた「ふん」と冷めた顔をした。
ホームに向かったルピアは車掌に切符を見せ、侯爵領行きスーパー特急コペルニクス号に乗り込む。
一等車両の個室に入るや、簡易ベッドに引っ繰り返った。さすがに移動の連続で疲れている。
夕食はロコと父と兄一家と一緒に王都の高級レストランで済ませてあるので、後はメイクを落として着替えてしまえば本格的に眠れる。
ホームで別れた父と兄の顔をぼんやりと想念する。
ラグアスの事を告げた際、父は「そうか」で兄は「凄いな」だった。どちらも薄いリアクションで現実味がまるで無いという風に見えた。
侯爵本人に会えば実感も伴うだろう。
発車時刻を迎え、二泊三日のレールの旅がスタートする。
初日の夜、爆睡の最中にカモ氏がひょこっと顔を出した。
「墓掃除、ご苦労」
王都を出て二日後の朝、列車は終点の侯爵領に到着した。
ホームに降り立ったルピアは、意外な人物の出迎えを受けて瞬いた。
「閣下」
僅かに目を細めたラグアスは、ルピアの手からトランクのハンドルを攫うと、さっと踵を返した。
早足で出口に向かう彼の背中にルピアも慌てて続く。
駅舎の外では四頭立ての馬車が待っていた。
ルピアを先に乗せ、ラグアスもトランクごと乗り込み対面シートに腰を下ろす。
馬が動き出すと、やっと口を開いた。
「楽しめたか」
「はい、お陰様で。実はシカ氏の連載を王都でも、――」
言いかけてルピアは声を止める。こんなのは後回しで良い。
急に話を中断したルピアに、ラグアスは怪訝な目を向けた。
ルピアは唐突に告げる。先週のラグアス同様。
「閣下のお嫁さんになります」
ラグアスは瞠目し僅かに肩を震わせた。
硬直も数秒で、颯爽と起立した彼は揺れる車内でもふらつく事無く席を移動し、ルピアの隣に腰を下ろす。
瞬くルピアを静かに見詰めると、片手を差し出した。
ルピアはそろーりとラグアスの手に指先を載せる。犬のお手に似ている。
お手を軽く掴み取ったラグアスは、それを口元に運んだ。
指先に彼の唇が触れた瞬間、ルピアは照れと恥じとで頬を紅潮させた。
ルピアの素手はさっきまでトランクのハンドルや列車のドアノブに触れていた。
清潔とは言えない。とても申し訳ない。
「閣下、――」
詫びたがるルピアを制するようにラグアスの青い双眸がルピアを直視した。
「大切にする、ルピア」
ルピアは感動した。
王都には神経質な男子が割といた。
元婚約者もその一人で、携帯用ハンドジェルが大好きだった。
ラグアスはいい意味で大雑把で、やはり寛容な人だ。
言葉が少ない分、一言の破壊力も違う。
この人について行こうと思った。
325
お気に入りに追加
422
あなたにおすすめの小説
私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?
新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。
※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!
私はお母様の奴隷じゃありません。「出てけ」とおっしゃるなら、望み通り出ていきます【完結】
小平ニコ
ファンタジー
主人公レベッカは、幼いころから母親に冷たく当たられ、家庭内の雑務を全て押し付けられてきた。
他の姉妹たちとは明らかに違う、奴隷のような扱いを受けても、いつか母親が自分を愛してくれると信じ、出来得る限りの努力を続けてきたレベッカだったが、16歳の誕生日に突然、公爵の館に奉公に行けと命じられる。
それは『家を出て行け』と言われているのと同じであり、レベッカはショックを受ける。しかし、奉公先の人々は皆優しく、主であるハーヴィン公爵はとても美しい人で、レベッカは彼にとても気に入られる。
友達もでき、忙しいながらも幸せな毎日を送るレベッカ。そんなある日のこと、妹のキャリーがいきなり公爵の館を訪れた。……キャリーは、レベッカに支払われた給料を回収しに来たのだ。
レベッカは、金銭に対する執着などなかったが、あまりにも身勝手で悪辣なキャリーに怒り、彼女を追い返す。それをきっかけに、公爵家の人々も巻き込む形で、レベッカと実家の姉妹たちは争うことになる。
そして、姉妹たちがそれぞれ悪行の報いを受けた後。
レベッカはとうとう、母親と直接対峙するのだった……
心の声が聞こえる私は、婚約者から嫌われていることを知っている。
木山楽斗
恋愛
人の心の声が聞こえるカルミアは、婚約者が自分のことを嫌っていることを知っていた。
そんな婚約者といつまでも一緒にいるつもりはない。そう思っていたカルミアは、彼といつか婚約破棄すると決めていた。
ある時、カルミアは婚約者が浮気していることを心の声によって知った。
そこで、カルミアは、友人のロウィードに協力してもらい、浮気の証拠を集めて、婚約者に突きつけたのである。
こうして、カルミアは婚約破棄して、自分を嫌っている婚約者から解放されるのだった。
今日は私の結婚式
豆狸
恋愛
ベッドの上には、幼いころからの婚約者だったレーナと同じ色の髪をした女性の腐り爛れた死体があった。
彼女が着ているドレスも、二日前僕とレーナの父が結婚を拒むレーナを屋根裏部屋へ放り込んだときに着ていたものと同じである。
お兄様の指輪が壊れたら、溺愛が始まりまして
みこと。
恋愛
お兄様は女王陛下からいただいた指輪を、ずっと大切にしている。
きっと苦しい片恋をなさっているお兄様。
私はただ、お兄様の家に引き取られただけの存在。血の繋がってない妹。
だから、早々に屋敷を出なくては。私がお兄様の恋路を邪魔するわけにはいかないの。私の想いは、ずっと秘めて生きていく──。
なのに、ある日、お兄様の指輪が壊れて?
全7話、ご都合主義のハピエンです! 楽しんでいただけると嬉しいです!
※「小説家になろう」様にも掲載しています。
【完】夫に売られて、売られた先の旦那様に溺愛されています。
112
恋愛
夫に売られた。他所に女を作り、売人から受け取った銀貨の入った小袋を懐に入れて、出ていった。呆気ない別れだった。
ローズ・クローは、元々公爵令嬢だった。夫、だった人物は男爵の三男。到底釣合うはずがなく、手に手を取って家を出た。いわゆる駆け落ち婚だった。
ローズは夫を信じ切っていた。金が尽き、宝石を差し出しても、夫は自分を愛していると信じて疑わなかった。
※完結しました。ありがとうございました。
【完結】身を引いたつもりが逆効果でした
風見ゆうみ
恋愛
6年前に別れの言葉もなく、あたしの前から姿を消した彼と再会したのは、王子の婚約パレードの時だった。
一緒に遊んでいた頃には知らなかったけれど、彼は実は王子だったらしい。しかもあたしの親友と彼の弟も幼い頃に将来の約束をしていたようで・・・・・。
平民と王族ではつりあわない、そう思い、身を引こうとしたのだけど、なぜか逃してくれません!
というか、婚約者にされそうです!
セレナの居場所 ~下賜された側妃~
緑谷めい
恋愛
後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる