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11 唐突に

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ルグラン子爵邸での庭の午後。
池の畔に並んで座り、ルピアとロコは釣り糸を垂らしていた。
墓参りを済ませ、まったりと過ごしながらルピアは侯爵領での出来事をかいつまんで王女に報告する。

「ニューヒーロー、その名もシカ氏です」
「よし見せろ」
「そこの、パンを包んでいる新聞紙にいます」
「こやつか。――なるほど尋常でない闘気の持ち主よ」
「紙面から闘気漏れてます?」

シカ氏の延長でラグアスの事にも触れた。

「プロポーズをされていたみたいです」
「言い方が曖昧だな」
「しばらく白昼夢か何かだと思っていたのですが出立日に素敵な薔薇を頂戴したので、あれは現実だったんだなあと確信が持てました」
「予想以上に面白い事になっておるなお前達。褒めてつかわす」

ロコはリールを軽く回した。

「サクッと結婚せい。この私が許す」
「もう少し悩んでみます。きちんと閣下と向き合わなくては」
「お前は充分過ぎるほど侯爵と向き合っておる。シカ氏がその証だ」
「――目から鱗です」

何も悩む必要が無いと自覚してルピアはロッドを放った。

「縁談をお断りするよう父にお願いしてきます」
「うむ。善は急げだ。相手は格上だが侯爵は更に格上。よもや英雄に戦いを挑む命知らずは国内におるまい」

ところが縁談を断った翌朝、隣領からの馬車が子爵邸の前に停止した。
ルピアがまだカルヴァンデュ侯爵との婚姻も婚約も結んでいないと知り、伯爵の四男という青年が面会を申し出てきた。

直接詫びるべきと考えたルピアは、四男氏を自宅の庭に案内した。
ロコが二人の後ろからついて来た。何故か「従妹のロコちゃん」と身分を偽り、太いフレームの眼鏡をかけて変装している。彼女の奇行は今に始まった事ではないのでルピアはあまり気にしなかった。

少々胡散臭そうにエセ従妹を横目にしつつ四男氏が打ち明けた。

「実はカモ氏のファンなんです。本も買いました」
「光栄です」
「だから一緒に手広くやりませんか」
「手広く?」
「グッズを作るんですよ。学用品とか玩具とか。ベビー用品もきっとウケます。養育院にだけ使わせてるなんて勿体ない。ぜひうちの領でも扱わせてください。むしろうちが主動でやりますよ。ドカンと儲けさせてあげますから」

ドカンと尻を蹴り飛ばされ、四男氏は頭から池にダイブした。
浅い池からあたふたと顔を出した彼は、腹を抱えて笑い転げている従妹のロコちゃんを認めて激怒した。

「こいつよくも――、承知しないぞ!」

従妹のロコちゃんは笑みを消し「ほう」と切れ長の瞳を細めた。
変装眼鏡を取って池に投げつける。

「どう承知せんのだお前。この私を未来のスーパー女王ロコ様と知っての暴言か」

四男氏は見事に絶句し、彼が池にダイブして以来絶句しっぱなしのルピアもまた絶句を続けた。

ロコは「帰れ」と言って再度蹴りを繰り出し、ずぶ濡れの守銭奴を追い立てた。
それでルピアは心置きなくこの御縁を無かった事に出来た。



ロコの一行と共に王都に戻ったルピアは、夕方には王都中央駅に向かった。
王宮に寄って行けというロコの誘いは、追われた身なのでさすがに遠慮した。
ふん、とつまらなそうに鼻を鳴らしたロコは低く呟いた。

「潮時か。今のルピアは侯爵に守られておるのだし老いた公爵ごとき……」

首を傾げたルピアに、王女は「独り言だ」と言ってひらりと手首を振った。

「ではな。――シカ氏連載の件は王都の新聞社に持ち込んでおく」
「分かりました。ゴーサインを頂き次第、原稿を送付致します。尤も侯爵領の新聞社さんのお許しが出なければご破算ですけど」
「王都が先行する事はないし地理的にも遠く発行エリアは被らん。ダメとは言うまい。というか言わせんぞ」
「くれぐれも権力を振るわれませんよう。高が漫画です」

ロコはまた「ふん」と冷めた顔をした。

ホームに向かったルピアは車掌に切符を見せ、侯爵領行きスーパー特急コペルニクス号に乗り込む。
一等車両の個室に入るや、簡易ベッドに引っ繰り返った。さすがに移動の連続で疲れている。
夕食はロコと父と兄一家と一緒に王都の高級レストランで済ませてあるので、後はメイクを落として着替えてしまえば本格的に眠れる。

ホームで別れた父と兄の顔をぼんやりと想念する。
ラグアスの事を告げた際、父は「そうか」で兄は「凄いな」だった。どちらも薄いリアクションで現実味がまるで無いという風に見えた。
侯爵本人に会えば実感も伴うだろう。

発車時刻を迎え、二泊三日のレールの旅がスタートする。
初日の夜、爆睡の最中にカモ氏がひょこっと顔を出した。

「墓掃除、ご苦労」



王都を出て二日後の朝、列車は終点の侯爵領に到着した。
ホームに降り立ったルピアは、意外な人物の出迎えを受けて瞬いた。

「閣下」

僅かに目を細めたラグアスは、ルピアの手からトランクのハンドルを攫うと、さっと踵を返した。
早足で出口に向かう彼の背中にルピアも慌てて続く。
駅舎の外では四頭立ての馬車が待っていた。
ルピアを先に乗せ、ラグアスもトランクごと乗り込み対面シートに腰を下ろす。
馬が動き出すと、やっと口を開いた。

「楽しめたか」
「はい、お陰様で。実はシカ氏の連載を王都でも、――」

言いかけてルピアは声を止める。こんなのは後回しで良い。
急に話を中断したルピアに、ラグアスは怪訝な目を向けた。
ルピアは唐突に告げる。先週のラグアス同様。

「閣下のお嫁さんになります」

ラグアスは瞠目し僅かに肩を震わせた。
硬直も数秒で、颯爽と起立した彼は揺れる車内でもふらつく事無く席を移動し、ルピアの隣に腰を下ろす。

瞬くルピアを静かに見詰めると、片手を差し出した。
ルピアはそろーりとラグアスの手に指先を載せる。犬のお手に似ている。
お手を軽く掴み取ったラグアスは、それを口元に運んだ。

指先に彼の唇が触れた瞬間、ルピアは照れと恥じとで頬を紅潮させた。
ルピアの素手はさっきまでトランクのハンドルや列車のドアノブに触れていた。
清潔とは言えない。とても申し訳ない。

「閣下、――」

詫びたがるルピアを制するようにラグアスの青い双眸がルピアを直視した。

「大切にする、ルピア」

ルピアは感動した。
王都には神経質な男子が割といた。
元婚約者もその一人で、携帯用ハンドジェルが大好きだった。

ラグアスはいい意味で大雑把で、やはり寛容な人だ。
言葉が少ない分、一言の破壊力も違う。

この人について行こうと思った。





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