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09 いい感じ
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寝静まる孤児院内を見回り、ルピアは窓の外に広がる夜の景色に目をやる。
昼間、ビジネス街で偶然ラグアスに会った事を思い出した。
「少し話せるか」と言った彼に同意して噴水の公園を散歩した。
これを機に王都でのやらかしを切り出してみたものの、ラグアスはとっくに承知していた。
彼はルピアに同情も同調も、非難もせず「そんな事もある」と短く感想を述べた。
やはり難しい人だな、とルピアはしみじみと思った。
大多数の人間が苦手とするお堅いタイプだ。特に、軽口を許さない彼の雰囲気は若い女性の神経を疲弊させてしまう。
将官故の厳しい言動が染み付いている。冷徹と取られても無理はない。
ルピアは、彼の寡黙さも硬い性質も大して気にならない。個性と受け止めている。
何と言ってもラグアスはシカ氏のネタ元だ。
公園で並んで歩く最中も彼の彫刻のような横顔をまじまじと拝ませて頂いた。
熱心に見過ぎる余り、ラグアスから「なんだ」とツッコミが入った。
いえすみませんとルピアが詫びるとラグアスは半ば呟いた。
「――真っ直ぐな眼をする」
「え?」
そして瞬くルピアに、唐突に告げた。
「週末、予定はあるか」
「特には」
「食事をしないか」
ルピアは笑顔と共に「喜びます」と答えた。
するとラグアスは数秒の間を置き、こう付け足した。
「……お前だけだ」
子供達もシスター達も含まれていないと気付き、ルピアは目を丸めた。
笑顔を作り直して言い直した。
「喜んで」
安堵したみたくラグアスの肩が僅かに下がった。
「迎えに行く」
それでルピアは、ディナー会場は侯爵邸ではないと悟った。
ドレスコードを確認すると「それほど格式ばってはいない」との事だった。
きっとラグアスは軍服で来る。つり合いが取れる装いが要る。
手持ちのワンピースではダメだと判じたルピアは父に魔法テレグラフを打ち、私室を漁って必要な一式を送ってくれるよう依頼した。
三日後、王都からのスピード宅配便が修道院に届けられた。
見覚えのない一着が父のメッセージカードと共に同梱されていた。
「就職祝い。要手直し」
本人不在で完璧なオーダーメイドのドレスは作れない。
幸い、ドレスメーカーが保有する乙女の極秘ファイルを元に仕立てられていた。
幸い、修正作業は十分程度で済んだ。体型に変化無し。何より。
週末、夕方。
ルピアはブラックドレスを纏って修道院の正門に向かった。
約束の十分前だと言うのに、既に四頭立ての馬車が待機していた。
ドアが開き、ラグアスが降りてきた。
予想通りの軍服着用は所々が普段使いと異なる。勲章が眩い。
大きな手をルピアに差し出したラグアスは、無表情の中で僅かに目を細めた。
「都会的だな、元侍女」
つい気の抜けた笑みを浮かべてルピアは彼の手を取った。
袖なしジャケット風のトップスは王女が流行らせた。
シックな黒を流行らせたのも王女で、彼女は「デビュタントは白」の伝統を破壊した。ルピアも王女に賛同し、後輩達がムーブメントを継承している。
裾に気を付けつつシートに腰掛ける。この曲線と直線を組み合わせた変形スカートも王女のイマジネーション進化に伴い年々難易度を増している。技磨きに追われ、職人達は汗と涙を流している。
二人が隣り合って着席すると馬車が動き出した。
向かう先は領都郊外の隠れ家的レストランと聞き、ルピアは胸を躍らせた。
郷土料理のフルコース。興味深い。
十二歳以上のクラスを振り返り、ルピアは黒板を指差した。
「5-X=3、Xは何?」
子供達の顔が一斉にノートに向かう。向かわない子供も何人かいる。
その内の一人を選んで、ルピアは「どうぞ」と掌で促した。
「にい」と笑みが返って来る。
「正解」とルピアも笑みを返した。
宿題を言い渡して早めに授業を終え、廊下に出る。
隣は八歳から十一歳までの子供が集まって四則演算ドリル中。
その隣では七歳以下の子供が輪になって絵本の読書会をしている。
教師が増えた事でクラス分けが可能になり、教科も増えた。
新たな教師は五人。家事の隙間時間に交代で通う近所の主婦達で、皆「先生募集」の新聞広告を見て来てくれた。
「シカ氏につられて来ちゃった」
「そうそう。なんか目に焼き付いちゃって」
やはりキャラクター効果は大きい、とルピアは改めて納得した。
学校というのは地域住民の理解と交流無しに発展しない。
いい感じになってきた。
職員室のデスクに教科書を置き、ひと息吐く。
そこへ、中庭に面した窓の外から女子の顔が三つ覗いた。
にんまりしている。
「ルピア先生え、侯爵様とはその後どうなのお?」
「明日祝日じゃん。デートするのお?」
「何着てくのお?」
仲良し三人組にルピアは苦笑を向けた。
「気になるならみんなも一緒においで」
「……は? 行くわけないじゃん」
「大丈夫。侯爵閣下は絶対に怒らないよ」
「……何言ってるの先生。侯爵様、泣いちゃうよ」
「大人は簡単に泣かないよ」
三人は互いに顔を見合わせて、ルピアに六つの目を注ぐと、窓枠の下に口元を沈めてぼそぼそと話し合った。
「先生、押し倒されるまで気付かないんじゃない?」
「それならそれで仕方ないよ」
「とっととくっつけば良いんだよ」
ルピアは瞬いた。今日は不思議な三人組だ。
「大丈夫? お腹空いてるなら、はい。ナッツのボンボン」
「ああうん。有難う……」
祝日。
ルピアは、領内四大湖の一つ南の湖にやって来た。
海のように碧く凪いだ湖面にこんもりとした森が映り込み、絵画のよう。
風光明媚な景観を前にするとアイディアが膨らんできた。
シカ氏のネタを集めている。
向こう一ヶ月分の原稿は新聞社に渡してあるものの、隔日連載なので怠けているとあっという間に貯金を使い果たしてしまう。
こうしたリフレッシュや刺激は有難い。
湖を囲む柵に身を乗り出していたルピアは、背後を振り返った。
「本日はわざわざお連れ頂き有難うございます、閣下」
同行者は湖面のように静かな顔でルピアを見下ろした。
「役に立ちそうか」
「勿論です。あの素敵な森はシカ氏の生活圏のイメージにぴったりです」
「そうか」
「――来月は森をテーマにしようかな。あ、湖がある設定も足そう」
ルピアは次々と湧いて来るアイディアを書き留める。
忙しいルピアの傍らで、ラグアスは黙って湖を眺めていた。
思考が落ち着いたところでルピアは遊覧船に乗せてもらった。
中世のアンティークだという木造の帆船は趣があり、妙に可愛い。
「――シカ氏のマイホーム、帆船にしたら面白過ぎる気がしてきた。毎朝森に船通勤してるシカ氏――どう思われます、閣下?」
「お前が良いなら良いのでは」
「有難うございます。――あ、シカ氏蹄だった。帆の扱い無理。応援が要る。モズは非力だから新キャラを投入して――誰が良いと思われます、閣下?」
「熊、など」
「良いですね。パワーも器用さも文句なし。でもあんまり強いキャラだとシカ氏の立場が危うくなっちゃう――仔熊でどうでしょう、閣下?」
「お前が良いなら……」
そして来月の新聞に、コグマちゃんが登場する。
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