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02 門前払い

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汽車を使って二つの領を横断した後、領境の山脈を越える。
平野部に出るとレールが途切れたので馬車に乗り換えた。

カルヴァンデュ侯爵領領都カルヴェンに入る。
王国西側では最大面積を誇る領地なだけあって畑も牧草地も街も広大だ。
噂と違い、凍っていない。当たり前。

「特産品は何ですか?」

休憩の最中にルピアが訊ねると、ちょっぴり丸い中年紳士の御者は一服しながら「そうねえ」と呑気な声を出した。

「赤ワインは美味いかなあ。チーズとかハムとか。魚もイケるよ」
「こちらは海無い領さんですから川魚ですね」
「そう。デカい湖が四つもあるの」
「へええ」

すっかり観光客気分になってルピアは領都内にある侯爵邸を目指した。

白亜の侯爵邸に到着し、正門前で下車する。
トランクを載せた馬車にはそのまま街のホテルに向かってもらった。今日は面接に来ただけなので宿泊先を取っておいたのだ。

馬車を見送り、ルピアは巨大な槍に似た正門から玄関にかけての広いアプローチを早足で進む。
玄関扉の前で軽く身嗜みを整え、チャイムを押した。

「ごめんください。ルピア・ルグランと申します」



首を捻りながらルピアは玄関を後にする。
肝心の面接はというと、無かった。
玄関扉を開いた看護婦長とやらに、にべもなく突き付けられた。

「間に合ってます」
「いえいえ、私はストッキングとか保険とかを売りに来た者ではございません。面接に参った者で――」
「だから、メイドは間に合っていると言ってるんです」
「――え?」
「今しがた採用する方が決定しました。お引き取りを」
「――――え?」

惚けたルピアは、目元と口調のキツイ眼前の相手をまじまじと見た。何故か家政婦長をしているらしい看護婦長は、四十年配ながら美しい。
ふと彼女の肩越しに、廊下の隅に立つ若い女性と目線を合わせた。恐らくルピア同様、採用面接に来たであろう年頃の近そうな彼女は、ふっくらとした顔立ちをしていて優し気より気弱な印象を受けた。
目が合うや「ごめんなさい!」という風に頭を下げられた。何の責任も無い人が何故謝るのか訳が分からない。

訳が分からないルピアを待つ事無く、玄関扉はガンッと閉じた。
玄関先だけど門前払いだった。

のろのろと来た道を戻るルピアの横顔に小さな声が掛けられた。

「……不採用は仕方がない。あの看護婦長ではね」

パッと顔を向けると、刈り込まれた生垣の上に庭師の顔が上半分だけ覗いていた。ハンチング帽を被った中年紳士だ。

「あなたのような都会的な美人さんは絶対に採用されない。嫌いなんだ。それでなくても看護婦長は自分の娘が一番だ。その娘は元看護婦でメイド長やってる。……もうね、侯爵閣下の義母と嫁気取り。母娘揃っておっかない」
「そうですか。好き嫌いを持ち出されたのではこちらは打つ手がありませんね。とはいえお屋敷の業務に支障が出ないのであれば大きな問題では無いかと。余計なお世話ですけども」
「問題が出てたってお構いなしさ。看護婦長は亡くなった大奥様の友人だとかでデカい顔が出来る」
「そちら様も何やらご苦労をされているのですね。お察し致します。ですが世の中そんなものです。これからも頑張ってください」
「あ、うん。どうもね。なんか励ますつもりが励まされちゃったな……」

互いに一礼して、別れる。
正門を出た時、ルピアは大型の黒い馬車がこちらに向かって来るのを認めた。
四頭立ての巨体からして乗客は大物に違いない。
侯爵かもしれないと閃いて、ルピアはそそくさと道の脇に体を寄せた。

すれ違い様に車中の人物を刹那、捉える。
車窓越しにも鋭い眼光がルピアを射た。

逆光の中に青い瞳と青みがかった黒髪、そして黒い軍服を纏った硬いシルエットが浮かび上がった。
ラグアス・カルヴァンデュ侯爵――。
二十五歳の若き領主。勲章多数の陸軍中将。独身。

諳んじる間に車体は走り去っていく。
馬車を見送り、ルピアは知らず張っていた肩の力を抜いた。

数分後、領都の中心に聳え立つ鐘楼が午後二時を報せた。
追い返されなければ面接開始の時刻だった。
ルピアは軽く嘆息した。
折角手紙のやり取りをしたのに無駄になってしまった。

「普通は約束した全員と面談すると思うけど……」

それぞれの屋敷でやり方がある、と言われてしまえばそれまでだ。



急いでホテルに向かう必要も無いので、ルピアは領都を散策して時間を潰す事にした。
侯爵邸から程近いエリアに立派な噴水の公園を見付ける。入場無料に誘われて入ってみた。
彫刻の噴水を囲むのは思ったよりも素朴な庭で、南部の植物を集めた植物園という感じがした。

公園を出て更に直進を続ける。
歩きながら王都に戻ってからの展開を予想した。
まず父は不甲斐ないルピアを叱る。そして優しい兄一家が「いて良いよ」と言ってくれる。それを父が「甘やかすな」と跳ね付ける。

――参ったなあ。

既に母はいない。ルピアが十歳の頃に神の元へ旅立った。
母の持っていた金髪と青緑色の瞳を思い浮かべる。同じものを貰った筈なのにルピアも兄も母とは全然違う。優しい色味は母だけのものだった。

子供のはしゃぎ声が聞こえてきた。
レンガ造りの建物が見える。校舎っぽい。

「ああ、孤児院なんだ」

鉄製の柵越しに、庭を見る。
走り回る男子の群れと、木陰に座る女子の群れ。
壁際で話し込む女子の二人組が、ん、と通行人に目を向ける。
手招きしてみると、ぴょこんと立ち上がって来てくれた。
どちらも十歳くらい。銀を散らす水色の虹彩は北国出身者に多い。
愛らしいコンビの一方が口を開いた。

「お姉さん見ない顔だね。迷子の旅行者?」
「そんな感じ。採用面接落ちてきたとこ。面接無かったけど」
「無職は辛いね。公園から出て来たよね。まさか面接って侯爵様のお屋敷?」
「そうそう」
「落ちて良かったじゃん。あそこウザい母娘が仕切ってるもん」
「……ご近所に知られてるようじゃいけないね」
「あいつら外面はいいよ。うちらにはあんま本性隠さないの。親いないからって舐めてるんだよ」

むしろ舐められているのは看護婦母娘の方、という気がルピアにはする。
ともあれ子供達がさして気にしていないようで何より。
ねえねえ、ともう一人が柵越しにルピアの服の袖を引く。

「無職なら暇?」
「暇暇」
「お勉強教えて」
「――なんと」

ルピアは感動した。
ルピアにはこの子達と近い年頃の従妹がいる。大変な勉強嫌いだ。叔父夫婦の懇願で何度か勉強を見た際は大いに手を焼かされた。
椅子に座っていられないのだ。
言っておくが従妹は馬鹿じゃない。詩を暗記するよりも他にやりたい事があるだけだ。彼女は馬術に熱中している。ルピアも本心では勉強を強要したくない。
でも来年は王国学院の受験だからそうもいかない。実はこの面接に落ちたら叔父の家に転がり込もうとか目論んでいた。長く続けられる仕事では無いけれど一時凌ぎにはなる。

柵越しに孤児たちの教科書に目を落としながら、ルピアはしみじみとしていた。

――色んな子供がいるんだなあ。

かくいう自分も変わった子供だったと思うけれど。





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