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08 お姫様の誕生
しおりを挟む「思い出なら、お届け可」
三年前の冬、妹が突然死した。
法事を終え、私はマリーナから程近い実家を後にした。
若くして亡くなった妹。
アラサーの姿を見物し損ねた。
「私はとうとう三十を踏み越えたぞ」
人はなぜ前触れなく死ぬのか、この医者にもよく分からん。
その晩夢を視た。
黄金色に輝く何かが出て来て「ご愁傷様。あ、遅いか」と告げた。
そいつは「異次元のメシア☆」という痛々しい名を名乗った。
胡散臭いそいつによると、妹は「ソウル☆トリップ」なる自然現象に巻き込まれたらしい。
異世界に魂がトんでしまった。
俄かには信じ難い。
更にそいつは、魔法ファンタジーのワールドでいずれ破滅する妹の運命について私に教えた。
「彼女にジャパンメモリーはない。自分のものを持ち込めないルール」
知識で世界の優位に立てない。おいおい、と私は興醒めした。
「どうしてくれる」
「いやいやトリップ現象はこのメシアの所為じゃないので。むしろ親切で出て来てあげてるので今」
「出て来たからには役立ってくれ」
「自分の記憶は持ち込めないけど家族の思い出を受け取る事は出来る。貴方との思い出が多分役に立つ。彼女がトんだ世界は、貴方が知ってる世界」
学生時代にプレイした乙女ゲームのタイトルが出て来て私は惚けた。
そいつは「思い出なら、お届け可」と続けた。
「思い出の持ち主の出荷許可が要るのでね。で、お届けする?」
「するだろ。直ちにやってくれ」
「はいはい」
ぞんざいな返事の後、私は目覚めた。
やけにはっきりと記憶に残る夢だった。変な夢だ。
翌年、白い巨塔でダントツ冴えない私に春が来た。
美人MRと怪獣映画の話題で意気投合し、結婚。
翌年には玉のようなお姫様が誕生した。
家族親戚一同「わっしょーい」と喜んだ。
お姫様の誕生から三年が経った。
盆休み。帰省のついでに丘陵の墓地に立ち寄った時の事だ。
お姫様こと愛娘が妹の墓石の前でめそめそと泣き出した。
どうしたどうしたと慌てふためく大人達に、娘はただ首を横に振った。
「わから、な。でも、さみし。ひとりぼっち。わたし、に、おもいでくれる、ひといなかった、うええええん」
娘を溺愛する大人達が阿鼻叫喚に陥った。
私は、結婚前に視た変な夢を思い出していた。
痛々しいメシアが、異世界にトんでしまった妹に私の思い出を届けた。
異世界からも誰かがトリップした。
娘の中に「家族の誰からも思い出を貰えなかった女の子」がいる。
妹のトんだ先、悪役令嬢シルイでは、と私は直感した。どこかの誰かがプレイしたゲームからやって来た。私かもしれない。
しかし娘にシルイの記憶はない。思い出が無いから思い出せない。それで哀しい。
私は墓の前でしゃがみ込み、大泣きの娘を掻き抱いた。
「思い出はこれから増やせる!」
「うえええええ」
娘は私の腕の中で泣きじゃくった。
私も泣いた。妻も泣いた。
親戚連中も一緒になって泣き、謎の集団が出来上がった。
通りかかった寺の坊主が「え、何、恐い恐い」と狼狽えている。
私は吠えた。
「思い出増やすぞおおお!」
全員で吠えた。
坊主の狼狽は続いた。知らん。
FIN
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