いわゆる悪役令嬢の、その後

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04 予約NG

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卒業から半月が経った。
ゴールデンウィークが近付いてきた。
ゴールデンウィーク完備とはいい乙女ゲームだ。

連日ホテルには予約の連絡が舞い込んでいた。手紙や使いの人間が直接、という手段の他、テレグラフという魔術の通信機でも頻繁に予約が入る。尚、この世界にテレパシーとか転移装置とかSF要素は無い。

予約リストの確認中、私はぎょっとした。
マルク王太子殿下の名前を見付けた。人数からしてマレーヌと愉快な仲間達が含まれている。
即、予約NGの連絡を入れた。
私は彼らの前に姿を現わせば極刑と言われている。
でもここは私の土地で私の経営するリゾートだ。私が退くのは違う。

「なので、そちら様の進入を拒否させて頂きます」

五分後、フロントスタッフが白け顔で報告に来た。
漁師の娘であるこの美人はライフガードもこなす。

「なんか王子ってのが怒り狂ってます」
「困りますね。彼に会うと極刑なんですよ私」
「跳ね付けてきます」
「注意してください。あまり人の話を聞かない方なので」
「承知しました。――海に沈めては?」
「可愛い顔して恐い事言わないで」

カウンター内でのやり取りが続いている。
思えば王太子殿下はリゾートの経営者が私だと知らないのだった。
まさか王都から来るとは予想出来ず、何も説明していない。
その説明を今しているからフロントは相当面倒を被っている。ホントごめん。
ややあって、フロントスタッフがまたも白け顔で報告した。

「極刑は勘弁してやる、と王子ってのが言ってます」
「困りますね。正直、彼とは会いたくないんですよ私」
「海に沈めては?」
「いけませんって。部屋は満室になったとお伝えしてください」

伝えたら伝えたで、汚い言葉の羅列が飛んできた。
みんな忙しいので放っておいた。
話の通じない王太子より真っ当なゲストを迎えなければならない。
私は嘆息した。

追い出したのはそちら。私は貴方方をシルイの城に入れません。



「アイツ、王太子であるこの僕を利用拒否にしやがった!」

通信機を壁に向かって放り投げる。バアーンと大破。別に良い。軍部に行けば替えは幾らでもある。
激昂する僕の腕を、ちょん、と可愛くマレーヌが摘まんだ。

「殿下、海なんてどうでもいいではありませんか」
「しかし近年、中南部の貴族どもが挙ってリゾートとやらに出掛けている。トレンドに乗り遅れるのは王太子として許されない。僕こそが王国の中心なんだ」
「殿下が中心で頂点なのは世の真理です」
「マレーヌ……なんて可愛いんだ。引き換えあの性悪シルイときたら、この僕に隠れて辺境で商売をしていた上しょぼいとは言え男爵位まで得ていたとは恐ろしい。まるで強かな蛇だ。何も知らず結婚していたかと思うとゾッとする」

憤る僕に、マレーヌの愛くるしい笑みが頷いてくれた。

「殿下、私に妙案があります」
「なんだ。好きに申せ」
「有難うございます。殿下もリゾート開発をなさってはいかがでしょう。シルイ様の領地を遥かに凌ぐ豪華絢爛な観光地を作り上げるのです」
「おお……それは素晴らしいアイディアだ! マレーヌには先見の明があるな。さすが精霊のいとし子」
「はい。私の精霊もきっと手を貸してくれます」
「それは心強い。よし、早速陛下に掛け合って予算を取り付けよう」

大事業になる予感に、僕と可愛いマレーヌは胸を躍らせた。
シルイに出来て僕らに出来ない事はない。

なにせ、こっちには精霊が付いている――!



灯台の屋根の上で、セキレイもどきが変な歌もとい「聖なるお歌」を歌っている。
航海安全の祈念なので私は有難く耳を傾けておいた。
因みに、精霊の姿は許された人間しか目視出来ない。有難いお歌も聞こえない。

「実はこのお歌、万能じゃ無いんですよ」

いつだかセキレイもどきが毛繕いついでに言った。

「ツナミとかストームとか自然の脅威は追い払えません」
「魔物には効くのに? 魔物も謂わば自然災害だよね」
「魔力がある者や物に対してのみ有効なんです」

私はハッとした。

「ならクラゲとか注意しないと。――ジョーズはいないよね」

セキレイもどきは欠伸の後に言った。

「クラゲはともかく人喰い鮫は近海にいません」
「良かった。パニック映画展開は勘弁だよ」

ジョーズはリゾートの大敵だ。
駆除完了までビーチ封鎖の事態になる。

程なくしてゴールデンウィークに突入した。
私はスタッフや領民と一致団結して二週間近く千客万来の波に挑み続け、無事に乗り切った。
これで店仕舞い、とはいかない。
更なる大波、夏季休暇シーズンが控えている。



夏の準備期間中、こんな新聞記事が出回った。

――王太子殿下、リゾート開発に着手!

入れてもらえないなら自分でビーチを作ってしまえ、という発想か。
良いアイディアだと思う。
私は紙面に向かって「頑張ってくださーい」と言っておいた。

翌月、殿下はとんでもない事になり、とんでもない事をする。



報告を受けて、僕はぽかんとした。
西部の海岸に向かう途中、輸送船団が引っ繰り返った。短い工期に間に合わせる為に荷物を載せ過ぎたと言う。

「だったら荷物を減らせよ!」

で、荷物を減らした新たな輸送船団もビーチ予定地まで辿り着けなかった。
西回りの航路上で海賊や魔物に襲われる。大荷物の所為で足が遅く振り切れない。

「だったら陸で運べよ!」

陸送の荷馬車の隊列は、峠で壊滅した。そこは巨大蜘蛛の魔物が棲み付き、山賊すら近付けない恐怖の山だった。
軍隊を出動させなかった。経費削減になるし、精霊が付いているから平気だと父である国王陛下に言い切った。
大損害を受け、陛下は僕を睨んだ。

「なあおい、精霊のいとし子が機能しとらんな」

マレーヌが悪いのではない、と僕は陛下に訴えた。
可愛いマレーヌは傷付き、涙ぐんでいる。彼女の背後では久々に顔を合わせた神官長が何故か挙動不審になっている。
「あれ? 昔と精霊の気配が違う?」とか何とか呟いているがどうでもいい。
陛下は陛下で「あのシルイは簡単にやってのけたのに」とチクチク。
僕は苛立った。
不運が続くのは未開発の土地を選んだ所為だ。土地が呪われている。

「だったら場所を変えるまでだ!」

そこそこ栄えている港町を選び「リゾートに大変身させてやる」と持ち掛け、住民達に立ち退きを命じた。城と見紛う高級ホテルを建てるのに漁民の家などあっては邪魔になる。景色もしょぼくなる。
漁民どもは、僕に反抗的だった。

「横暴は困ります!」
「おやめください殿下! どうか家と畑を壊さないで!」

僕は兵どもに命じて煩い連中を開発予定地から摘まみ出した。
反発など今だけだ。完成したリゾートを見れば、この僕に泣いて感謝する。
テント暮らしでもしながら隅っこで待っていろ。



夏が迫っていた。

私は、ホテル上階の貸し会議室で領民達と向き合った。
沈痛な面持ち。泣いている漁師もいる。悔し涙だ。
隣の隣の領の港町に、身一つで住み家を追われた人達がいると言う。

「あの町には従妹夫婦が住んでいるんです」
「俺はあそこのオジイに漁を教わりました」
「漁師仲間を放っておけません」

緊急事態を鑑み、私は決断した。

「移住者を受け入れましょう」

「しかし」とフロント女子が日焼けの顔を私に向ける。

「リゾート運営で我々も忙しくなります。彼らの住まいの用意もありませ――このホテルに彼らを住まわせるおつもりで?」

私は笑み、頷いた。

「ホテルって災害時の避難場所でもあるんですよ。今がその時」

営業は、見送る。
新たな住人達の家が建つまでホテルと近隣の宿泊施設を彼らの仮住まいとする。
私の無茶な話に一同は静かに頷いた。
散会するや、フロント女子は予約客への取消し連絡を打ちに走った。
馬や汽車でも情報を飛ばした。主に王国中部から南部の富裕層だ。拡散には五日もあれば充分だった。

リゾート側の事情を知るとほとんどの客が理解を示してくれた。
「ええー」と腐る客もいた。「二度と泊まるか!」と激昂する客もいた。
様々な感情を、私達はただ粛々と受け止め続けた。

今夏、リゾートの収益はほぼゼロだった。





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