いわゆる悪役令嬢の、その後

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02 精霊だから問題なし

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王都を離脱した私はひたすら南下した。
三泊四日の旅を経て辿り着いたのは王国最南端の小さな港町。

私の町だ。私が買い取って育てた。
先々マズい事になると分かっていたので手を打っておいた。
兄との「思い出」でよく海の話題が出ていた事もあり「その後」の行き先として何となく海を目指した。
十年以上も前に――。

兄の語りをまず思い出した。
乙女ゲームにはドラマ性を高めるスパイス要素が付きもので、魔法や魔術が存在するなら「脅威がある可能性大」らしい。

「魔法に属性がある場合、何かと戦闘している筈だ」

属性はゲーム性の証だ。戦略を必要とするフィールドが用意されているって事。
この王国には魔法も魔術も属性もある。精霊までいる。
軍には魔法騎士団と呼ばれる専門部署があって、偶に人里に出没する魔物を討伐している。ちょっと大変な野生動物の駆除って感じ。

今のところ人間の敵はいない。王国は大国ではないけど至って平和で、大陸内にも知る限り大きな戦火は無い。

でも剣と魔法と兵器が、――用意がある。

水平線の遥か彼方に別大陸があり、大国があった。
悪の帝国という役どころにぴったり。
広大な大洋が双方の大陸を南北に隔てているので国交皆無。互いに存在感が薄く、大半の民間人は別大陸を認識していない。辛うじて存在が知れているのは稀な遭難者情報による。
昔、私はこんな予想をしていた。

「精霊のいとし子って悪の帝国を退ける役目なのかも」

神風のイメージだった。
でも割とすぐ「違います」と否定された。
当の精霊から。

精霊は確かに実在していた。
ある日、ぱたぱたっと自室の窓辺に飛んできた。
セキレイそっくりの愛嬌ある丸ボディーながら全身金ぴか。
初見時、私は口走った。

「ゴージャスだね。自然界で生き辛そう」

金ぴかセキレイもどきは円らな瞳で瞬いた。

「精霊だから問題なしです」
「普通の野鳥じゃ無くて良かったね。――喋ったね」

出会いは五歳の頃だった。
セキレイもどきが私を訪ねて来た。

「ワタシら精霊は興味深い人間に取り付くものです。アナタ断然興味深いです」

まあ中身日本人だからね、と私は頷いた。
セキレイもどきは語った。

「最初は別の子に取り付いてたんですけども、明らかにアナタの方が動きがあって面白かったので見切りをつけて参りました」
「そう言わずに戻ってあげたら?」
「きっともうワタシの気配に釣られて別の精霊が付いてますよ」
「それなら良かった、のかな?」
「ワタシよりは格下の精霊でしょうけどね」
「そうなの?」
「ワタシの気配に釣られてる時点で小物です」

そういうものか。精霊界の上下関係とか分からない。
セキレイもどきは毛繕いのついでに私の疑問に答えた。

「いとし子の職務? 別に無いです。悪の帝国を退ける? 違います」

敢えて言うならいとし子とは、気紛れに選ばれる精霊の暇潰し、だそうだ。
それからというもの精霊は、毛繕いと昼寝のついでに私の開発事業に手を貸すようになった。暇潰しだ。
私が語るリゾート開発に関心を示したのだ。

「特別なものは何も要らないの。太陽とビーチがあればオッケー」

へーと、ほーを繰り返して、セキレイもどきは自らのトリむね肉を片翼でふぁさっと叩いた。

「ならワタシ、良い感じの土地をリサーチして来ます」

そして選ばれたのが王国最南端の寂れた漁村だった。
当時、村には何も無くて漁師とその家族が細々と暮らしていた。
漁はするけど主に自分達が食べる分だけ。現金収入は乏しかった。
脆弱ながら王国には鉄道網がある。勿論、辺鄙な漁村はカバーされていない。
ここがネック、と私は唸った。

「交通の便は絶対条件」

道無しに発展は無い。まず村を育ててレールを延長させる。
ある程度、資金は手元にあった。
王都に住む前、公爵領でサプリメントを作っていた。魔力量は大した事無い私だけど魔術は使えた。薬学知識と材料と魔術が揃えば薬作りは容易い。
正直「思い出」を持つ私はどの分野においてもささやかな新発明が出来る。
トレンドを作り出す事も考えた。でも終わりなき業界への進出は避けた。常に新作発表に追われてストレスになる。絶対ハゲる。
それで長く使ってもらえリピーターを獲得出来るサプリメントにした。美容に命を懸けている貴婦人が挙って飛びつき大儲けした。いっとき。
類似品が出回って一人勝ちの時代は終わった。レシピが容易かったのだ。
敢えてそうした。私の商品を切っ掛けに頭の良い誰かが更に良い物を開発するかもしれない。誰かのヒントに繋がったと信じて、次。

丁度王都に引っ越したタイミングだったので基礎化粧品に手を出した。
化粧水を作るだけなら魔法は要らないけれど衛生の問題がある。
既存に小瓶が多い中、大容量サイズをドーンと売り出した。
コットンとセットにした。コットンパックの指南書を付けたら大当たりした。
欠点もきちんと書き添えておいた。冬場は寒いからあったいお部屋でね……。

この頃に四人の友人達と知り合った。
私の商品のユーザーだったのだ。小さいのに美容意識高いなあと感心した。

私は着々と懐を温めて行った。
公爵の父親は、文句を言わない。儲けに肖っている。家族みんなだ。
いつの間にか、サプリメントの開発者は継母になっていた。
数年後、化粧水の販売は異母弟のアイディア戦略という事になっていた。
そして二人共特に事実を訂正しない。
やれやれと憐れみつつ私はいよいよ駒を先に進めた。

漁村の開発は進んでいた。
精霊が見付けて来た白浜を活かして狭いながらもイカす景観を作った。
砂の上に板を敷き詰めて桟橋と遊歩道を築き、岬には可愛い灯台を建設した。
昼と夜、どちらも最高の景色にしたかった。
漁師の為に使い勝手のいい漁港も整備した。仮設の港が出来ると大型船の出入りも可能になった。
物資と人員の輸送手段を得て、私はホテル建設に取り掛かった。
手狭が功を奏し、積み木遊びみたいに容易く漁村は港町へと進化した。

恐らく精霊はここまで読んでいた。敢えて大きな海岸を避けた。
都市近郊は便利だが地価も高い。
この港町、元は南の辺境伯領の一部だったのだけれど、老いた領主は太陽にもビーチにも興味が無かった。資源は日持ちしない魚のみだと思っていたようだ。
お陰で私は、激安価格でビーチ界隈の土地を買い占める事が出来た。

開発着手から五年、リゾートはほぼ形になった。
海開き初年、まずは王国南部の「海無い領」の富裕層の呼び込みに成功した。
翌シーズン、噂が広まり客足は更に伸びた。
富裕層を中心に海水浴と日光浴が流行り始めた。
更に翌年には想定以上の人出となり、狭い港町はキャパ不足に陥った。課題に対応する為、近隣地域にも宿泊施設が増やされた。

この頃になるともう辺境伯は辺鄙な港町を無視出来なくなっていた。
領都で終点だったレールは延長された。道を繋ぐ事で、領都もリゾート客を取り込める。ウィンウィンだ。
私は、白亜のホテルに辺境伯一家を特別招待した。絵画のようなオーシャンビューを前にして一家は驚嘆した。

「凄いな君は。大したものだ」

辺境伯は私を港町の領主と定めるよう、王家に許可を求めた。
驚いた事にあっさり認められた。公爵家の名が初めて役立った。

十六歳にして私は領主となり、しかも男爵の称号を得た。





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