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06 仕方がない
しおりを挟む時間をふた月ほど前に遡る。
戦勝記念日でのテロのようなそうでもないような怪事件から三日後。
王国学院、学生寮にて。
三日間無断欠席を続けている女生徒の部屋を半ば蹴破り、王太子はずかずかと窓辺の机に向かった。
ぎゃっは、と噴き出す。
「おい、なんかウザい手紙発見した」
「ウザいっすねー」
輪になった仲間達と額を突き合わせるようにし、手紙と退学届けに目を落とす。
いじめられたから国を出る、というような文面を読み上げた一同は、ぎゃははと笑い転げた。
一人だけ笑いに加わらなかった公爵令息は、眼鏡レンズ越しに少々大袈裟とも思える手紙を見下ろしながら気分をざわつかせていた。
泣いて逃げ出すタイプの女には見えなかった。
いつも冷めた目をしていて、それが余計に王太子の神経を逆撫でしていた。
矜持から、誰にも相談せず弱音も吐かず耐え続けると踏んでいた。
令息は内心に舌打ちした。
誤算だ。
セスラは生意気な平民であってもここにいる誰よりも使える人材だった。
いずれ政府の要職に就くこの自分の便利な道具としてタダ同然でこき使ってやろうと目論んでいた。容姿も整っていたし賢い女はそそるから、日陰に置いて性欲の捌け口にしてやっても良かった。
惜しい獲物を逃した。
――仕方がない……。
代わりを捜す。
なにせ平民は貴族とは母数が違う。優秀で美しい女は他にもいるだろう。
公爵令息が平民女子を物色し始めて、半月ほどが経過した頃。
王国を議長国とするミニ・サミットという国際会議が、王都郊外の離宮で開催された。
周辺七ヶ国の要人らが招かれた議場には、小国ながら大陸西側一の好景気を誇る公国も参加している。皆この公国との取引を狙い、チャンスを窺っていた。
王太子は、公国の代表者たる女性のもとへと足を向かわせる。交渉を有利に進める為にもサービスをしておく必要があった。
王国の未来がかかっている。
とびきりの美形に輝く笑顔を載せて言い放った。
「我が国へようこそ、プリンセス」
麗しい女性もにっこりと王太子に微笑んで見せた。
天女のような美声に載せて、
「誰がプリンセスだ貴様、無礼者」
「へ?」
「わたくしの事はハイネスと呼ばんか、クソめが」
「――へ?」
貴婦人とは思えない程に彼女が口汚いのは、長年の鬱憤が降り積もっているからなのだが王太子は知る由もない。
無知な彼は、あろうことか新たな玉座の主こと若き女大公の敬称を間違えた。
外交における勉強不足は致命傷以外の何でもない。
王国側の面々は王太子のやらかしに蒼褪めた。
他国の面々は内心「はい自滅ー」とせせら笑っている。
女大公は、にっこりのまま「ときに」と続けた。
「小耳に挟んだのだが、貴様の国の聖女が機能しておらんとは誠か」
王太子は顔面蒼白になり側近らも右に倣えだった。
最重要国家機密が漏洩している。
分かり易い彼らの反応から秘密が事実と周知され、議場の室温が一気に下がった。
王国の聖女が機能していない。
それは周辺国からすれば迷惑な隣人に気を遣い、恐れる理由が消滅した事を意味していた。
これまで王国は、聖女の奇跡を盾にも脅しにも餌にも使ってきた。周辺国を威圧して尊大な態度を取り、無理難題を命じ、理不尽な要求を突き付ける。拒否する国には武力行使をお見舞いする。
例えるなら強盗だ。他人の家に泥の付いた靴で踏み込んでキッチンの食事を好き放題に食い散らかし、家ごとひっくり返して金品を持ち去っていく。
強盗に、相応の報いを受けてもらう時が来た。
女大公はどこまでも優雅に微笑んだ。
「消えてもらうぞ。王族貴族の貴様らがまず重刑を受けるのだ」
思わぬ宣戦布告を食らい王国側の面々は石と化す。
翌月、公国軍を主体とする三国連合軍が王国西部より侵攻を開始した。
帝国暮らしを始めて十ヶ月が経った。
セスラの大学受験の結果が出た。
なんと帝国立医大に――――落ちた。
王国学院の入試をトップ通過した身としては、かなりショックだ。
がっくりと肩を落としてセスラは盛大に溜息を吐いた。
「仕方がない……」
帝国の受験者は数もレベルも王国とは桁違いだった。王国の秀才も帝国では凡才になる。それが現実なのだ。
この翌週にはもう一つの結果も出た。
歯科大だ。こちらは合格した。かなり嬉しい。
「医大の再チャレンジは諦めて歯科の道に専念しようと思う」
夕食の際に今後のヴィジョンを告げると、ダイニングテーブル越しのフェリオルはセスラに頷いた。
「お前の好きにすればいい」
「うん。その、ごめんねフェリオル」
「なんだ?」
「学費」
「お前、俺を見縊っているな? これでも結構高給取りなんだぞ」
「知ってる。有難う。もう暫くだけお世話になります」
「気にするなって」
フェリオルは軽く言うけれど、セスラはとことん申し訳なかった。
給付型(返済不要)奨学金の審査に落ちた。
移民だの人妻だのは一切関係なく単に成績がパッとしない所為だ。
人数制限の都合もあった。セスラよりも成績上位の学生が多数申請し、あっという間に定員数を満たした。
どうやらセスラは、家計は苦しいけどレベルは高い合格者だらけの年に当たってしまったようだ。
因みに、貸与型(返済必要)奨学金すらも弾かれた。
世帯の経済状況が「良い」所為だ。高給取りの夫の存在がネックとなった。
歯科大は帝都にある。
アパートでも借りて一人暮らしをしようとしていたセスラに、フェリオルが「待った」をかけた。
帝都でマンションを買うので、そこから通学すればいいと言う。
セスラはさすがに首を横にぶんぶんと振った。
それでなくても現状、何から何までフェリオルの世話になり過ぎている。
帝都から港までは特急列車で一時間以上の距離がある。通学に都合が良くなる代わりに通勤に不便になる。
激しく遠慮するセスラに、フェリオルはにやりと笑んで見せた。
「昇進が決まった。来月からは本社のある帝都に出勤する」
セスラは一瞬きょとんとしたものの、昇進については大して驚かなかった。
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