聖女のお世話になりまして

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03 さよーなら

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その晩。
煌びやかにドレスアップした紳士淑女の集団が、王国記念ホールと呼ばれる学院施設に集まった。
戦勝50周年記念舞踏会が開催された。
選ばれし生徒たちによる社交ダンスがオープニングを飾る。
いよいよみんなのお待ちかね、聖女が登壇した。

「皆様、――」と切り出した直後、ホールが激震に揺れた。
爆音だ。ドドンドドン、と花火に似た轟音が五連発した。
足元を激しく揺さぶられた生徒達やゲスト達は、一斉に悲鳴を上げた。

「テロだ!」と一人が叫ぶや、出入り口にパニックの群衆が殺到した。
押し退けられた人が倒れ、蹴られ、踏まれ、床に転がる。一部ではドミノ倒しが発生している。
聖女の手を引きながら、王太子は邪魔な人を掻き分けて出口を塞ぐ後ろ頭の群れに大声で怒鳴った。

「おいどけ! 俺たちが先だ」

聖女は「いやそれはマズイよ」と蒼褪めた。
建物は激震に揺れたが倒壊などは見られず、爆発音も続いていない。
襲撃が終わった可能性が高い。兵がテロリストを捕らえたか、今まさに追っているのかもしれない。
それでなくても大きなイベントの際は警戒レベルが上がり、校内には普段以上に多数の兵が配備されている。
慌てる必要はない。
聖女は逆に王太子の腕を引いて注意を促し、周囲に対して発した。

「皆様、皆様、どうか落ち着いてください。大丈夫です」

騒がしかった声が次第に止み、王太子も生徒もゲストらも聖女を振り返る。
王太子から体を離した聖女は、よくよく周囲を観察した。
みんなして折角のドレスアップを台無しにし、酷く乱れた格好をしている。
怪我人も多数出ている。呻き声があちこちから聞こえる。
ホールには学院に多額の寄付金を落としている権力者や富豪も招かれている。
特別なゲストに何かあってはいけない。

それにお誂え向きのパフォーマンスの舞台が整ったではないか。

「わたくしの奇跡の光で皆様をお手当いたします」

歓声が沸いた。
周囲の人間は聖女を真似、両手を組んで祈るポーズを取った。
聖女は組んだ手の中に魔法を込めながら胸中に「せーの」と唱えた。

「ミディアムレンジ・ヒール(中距離無差別全開全快神級治癒)!!」

強烈な発光の瞬間、ホール内の歓声がわああっと一際大きくなった。



聖女の奇跡が発動した。
淡い光がドーム状に広がって、周囲一帯を包み込む。

――これが見たかった。

セスラは、心からの笑みを浮かべた。



ホール内で光を浴びたセスラは、ふっと体が軽くなったのを感じた。
試験勉強明けで少々凝り固まっていた肩と腰と、ついでに眼精疲労まで治してもらえたようだ。物凄く視界がクリアになった。
笑いが出た。

――有難う、聖女様。そして、さよーなら。

生徒達もゲスト達も聖女が放つ眩い奇跡にすっかり見入っている。
その隙に、メイドに変装中のセスラは密かに搬入口を通ってホールを後にした。
王侯貴族は裏口の存在など知らないしメイドなんて気にも留めない。脱出は容易かった。

異常があったホールに部隊が大集結しつつある。
部隊の動きと逆流するセスラは暗い木陰に沿って移動し、学校の敷地の端に辿り着いた。
高い塀の上から縄梯子がカラリと落とされた。

「首尾良くいったな」

降って来た声に顔を向け、セスラは「まあね」とぶっきらぼうに答えた。

塀の裏側で、司書こと黒髪青年フェリオルの馬が待機していた。
馬上から「ほら」と差し出された大きな手を、セスラはおずおずと掴む。
ぐんっと引き上げられた体が男の胸元に倒れ込むようにして乗り上げ、慌てた。

「う、後ろのが良いんだけど」
「乗馬経験浅いんだろお前。振り落とされるぞ」

言うや、フェリオルは手綱をピシリと鳴らした。
急発進もいいところ。馬が駆け出した途端、びゅんっと風を切る音が耳の傍を掠め、セスラの頬は問答無用で男の硬い体に押し付けられた。
文句を言いたかったが、口を開くと絶対に舌を噛むと分かっていたので堪えた。



あの日、古書店でフェリオルはセスラに告げた。

「聖女が狙いならば――俺達と手を組まないか」

彼は所謂テロリストのリーダーだ。
狙いはセスラと違って聖女ではなく主に城の中枢と軍上層部だった。
セスラの入学より何年も前から王都に潜伏し、学院や要所に潜入して機会を窺っていた。
そんな彼らの警戒網に、セスラが引っ掛かるのは当然だった。

「お前って読み物がモロ反体制なんだよ。分かりやす過ぎ」

セスラの顔がややムッとすると、フェリオルは哀れを滲ませて苦笑した。

「お前が何かする気だろうとは思っていた。けど俺達の計画と被っているのは少々困るという話になってな」

ドレスを盗んでセスラが計画を実行出来ないように、――しようとした。
戦勝記念舞踏会を彼らも狙っていた。
尤も彼らの目論見はセスラより格段に景気の良い、舞踏会のホールと王宮への同時多発テロだったのだが。

大規模な爆破を二ヵ所で引き起こして王族は勿論のこと王太子や未来の側近、国の重鎮諸共吹っ飛ばす計画が進行していた。

テロ計画について、フェリオルには多少の迷いがあった。
無関係な非戦闘員や生徒や教師どもも巻き添えになる。
しかしテロのメンバー達は皆、祖国を王国に滅ぼされたかコロニー化されたかのどちらかで恨みしかないから、王国民への配慮など無かった。

「知った事か。王都の連中が優雅に暮らしていられるのは他国民を踏みつけていやがるからだろうが。見て見ぬふりだ。王家と同罪だ!」

仲間達の意見に頷きながらもフェリオルは迷っていた。
そんな時、本棚の前でうろちょろしているセスラに目が留まった。
興味深い魔法について調べている。やけに聖女に拘っている。

フェリオルはセスラを監視し、彼女が掴んだであろう情報とその動きを探った。
やがてセスラの思惑を突き止め「いける」と確信した。

計画変更を仲間に告げると反発は出たものの大部分は賛成してくれた。やはり皆、無関係の人間まで手に掛ける事に抵抗があったのだ。
王国連中と同じ低次元の所業になってしまう。彼らの誇り高い精神が復讐心との間でジレンマを起こしていた。

セスラの計画であれば、低次元の所業になる事は避けられる。
無差別大量殺人をやらずに済む。
仲間達の賛同を得て、フェリオルはセスラに協力を申し出た。



目論みを見破られている事を知ってセスラは悩んだ。

聖女に容易く近付ける身分であれば、手っ取り早く彼女の目の前ですっ転ぶなりして奇跡を行使してもらえるのに学院の嫌われ者では無理があった。
尤もイベントが失敗なら捨て身作戦で行くつもりだったけれど。

ホールの各所にファイアクラッカーを仕掛けようと目論んでいた。爆弾も考えたが威力の調整が難し過ぎるし、知識も浅い。
要はパニックさえ起こせればいいのだ。それで音のテロを閃いた。

折角のアイディアは「確実性が足りない」とフェリオルにダメ出しされた。

「あのホールはかなり特殊な音響設計で、音を徹底的に計算した上で建てられているんだ。仕掛ける場所を違えたら音が打ち消されて気付いてすらもらえないぞ」

気付いてもらえないのではパニックを起こせない。
死なない程度の負傷者を一斉に出してやりたかったセスラは弱った。
建築についての知識も乏しい。甘かった。

セスラの甘さをフェリオル達がカバーしてくれるのだから、拒絶に意味は無い。
結論を出したセスラは彼の申し出に応じ、窮屈なドレスの代わりに活発に動き回れるメイド服を受け取った。どんな形であれ「その瞬間」には必ず居合わせていなければならないのだ。

テロの仲間達はホールのあちこちに爆発物を仕掛けていった。爆弾は建物が倒壊しない程度の破壊力に調節され、仕掛ける場所も小難しい計算で割り出されていた。最小限のエネルギーで最大限の効果を得られると言う。

何者だろう、とセスラは思っていた。
建築物や爆発物の深い知識からして狂信的なテロリスト集団などではない。
統制の取れたインテリ集団だ。

程なくして彼らの正体が異国の元軍人と軍属であると判明する。





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