逃亡中の彼女が帰還するまで

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03 君のもとへ

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急速に距離の縮まった二人を周囲は勿論放置しなかった。

高位貴族の令嬢達は「生意気な庶民のブス!」と憤り、彼女達の親や親戚達も似たような反応をした。
唯一反応が違っていたのはリエールの父親たる公爵で「あれ私の娘ですからー」と声高に言い触らしてくれた。
皇帝はというと、二人の身分差を鑑みてうんうん難しく唸っていた。そこに皇后からの耳打ちをもらった。

「公爵の実子です。血統の問題はありません」
「しかしな。学校もろくに出ていない娘を皇太子の妻にするなど前代未聞だぞ」

皇后は呆れ返った。

「ガウリツィオだって貴族の学校を一年も通ってませんわよ」
「その後すぐに魔術兵学校に入って戦場に出て更に軍大学に飛び級しただろう」
「軍大学だって卒業してませんよ、あの子は。途中でまた戦場に行ってしまいましたからね。実戦に勝るものなしとか何とか言って」
「皇太子自身がいかに型破りであろうと、何の実績も無い娘を妻にするのはやはり厳しかろう。歴代にいたか型破りの妃が?」
「前例の有無などよろしいではありませんか。それに実績ならありますわよ彼女」
「どんな?」
「貴族の学校、首席合格だけして入ってません」
「余計ダメでは」
「あの学校の入試の競争率と難易度をご存じありませんの? 出るより入る方が難しい学校なのですよ。彼女は相当優秀って事です」
「んー」
「彼女も謂わば中退です。皇太子と似たり寄ったりです」
「んー」
「それに彼女の勤め先の雑誌を愛読してますの、わたくし」
「……皇后よ、さてはそれが理由の全てだな」
「概ね」
「んー、中退娘に中退皇子か。んんー」

三十分ほど唸り続けた皇帝は、最終的に若い二人の仲を認めた。

晴れて二人が皇帝公認の恋人同士となれた矢先に、北西との国境で火花が散った。

出撃直前、休暇を取ったガウリツィオはリエールの手を引いて海辺の小さな観光地へと繰り出した。
ホテルに連泊した後、クルーザーに乗り込んで三日間洋上で過ごした。海水浴や釣りは勿論、イルカウォッチングもした。
イルカをサメと見間違えて飛び上がったリエールに、ガウリツィオは噴き出した。リエールが彼の笑い声を聞いたのはこの時が初めてだった。
二人は幅広のデッキチェアに並んで寝転がり、水平線に落ちていく夕陽を眺めた。
長い腕枕をリエールに提供し、ガウリツィオは笑んだ。

「イルカとサメではヒレの動きが全然違うだろう」
「海面反射で見えなかったんです。もう忘れてくださいってば」
「ぴゃっ、と跳ねたな」
「忘れてくださいってば」

仰向けから反転して、リエールはガウリツィオの右半身に体重をかけた。
肩にシャツをかけただけの裸の上半身は、焼けて逞しさを増した胸筋と腹筋を惜しげもなく晒している。
パレオを纏ったカラフルなビキニが胸元に乗り上がったのを見て、ガウリツィオは唇の端を上げた。

「誘っているなら大成功だ」
「抗議してます」

太い片腕で細い腰を引き寄せて、彼は笑みの唇をリエールと合わせた。

「そう言うな。誰の目も無い。丁度灯りも落ちて来た……」

磯の香りと波の音に包まれながら二人は何度目かに結ばれた。
熱い行為を終え、船内の寝室にリエールを運んだガウリツィオはベッド上で再び繋がりを求めた。

「君のもとへ必ず帰る。リエール、愛している」

リエールは涙と共に頷いた。
嬉しくて愛しくて切なかった。

翌朝岸辺に船を戻し、帝都に戻った。
同日の夜、ガウリツィオは帝都を発った。
リエールは皇城で彼と別れ、基地に向かう彼の馬車を見送った。
不安気に佇むリエールの肩に、皇后が軽く手を添えた。

「大丈夫ですよ。共に待ちましょう」
「……はい、皇后陛下」

ところが彼女と共に待つ時間は、途轍もなく短かった。

皇太子の恋人で実質の婚約者となったリエールには城内に部屋が与えられていた。
城下に借りていたアパルトマンは既に引き払っていた。
妃教育が始まると出勤が危ぶまれてきた。事情を承知していた出版社から勤怠の乱れを咎められる事はなく、同僚達からも「頑張れ!」と大いに励まされた。
退社準備の為の引き継ぎを始めた。
久しぶりに出社しデスクを片付けていた時、リエールは一瞬眩暈に襲われた。
兆候に予感した。妊娠している。
退社の足で病院に寄り、確定した。不安を超過する興奮がリエールの胸をいっぱいにした。挙式前だとか入籍前だとか気にならなかった。
そんな事より愛する彼との家族が出来た事に内心「ぴゃー」と浮かれていた。
まずは先輩母である皇后に報告しなくては。きっと「はしたない!」と叱られる。
覚悟もしつつ城に戻った。

覚悟には及ばなかった。
先輩母になる筈だった人が危篤状態になっていた。
皇后は、健康そのもののアラフィフ女子だ。婦人雑誌を購読し、ゴシップにもトレンドにも美容にも余念がない。
基礎疾患があるとも聞いていない。リエールには訳が分からなかった。
その晩から先輩母はベッドから出られないようになった。意識も戻らない。
茫然とするリエールの部屋を、徹夜仲間の皇帝がふらりと訪ねて来た。
憔悴し切った顔が警告した。

「……城を出る準備をしておけ」
「陛下、それはどういう」
「暗殺未遂を疑っている。皇后は喫茶の最中に倒れたのだ」

リエールにはまだ訳が分からなかった。

「何故、皇后陛下が」
「調査中だが、皇后の実家は嘗て北西地方を統治していた大公の末裔だ」

リエールは息を呑んだ。
大公国が現在の帝国に統一されたのは二百年以上も昔。

「今回の北西戦役と関連があると? 大昔の恨み辛みを今更皇后陛下にぶつけた何者かがいると、そう仰るのですか」
「まだ何とも言えん。だが、もし報復ならそなたの身も危うい。公爵は皇后の実家とは親戚関係にあたる」

皇帝の読みは三日後、的中する。
父親である公爵が倒れた。彼は倒れた自宅で息を引き取った。





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