結婚式をやり直したい辺境伯

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15 幸運なる大任

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サンジェルマーニュ国王は、海軍大臣から「氷河パン」の噂を聞いた。
それが世界の果て発祥と知り、感嘆のような溜め息が漏れる。
ラルカの嫁ぎ先だ。彼女が見付け、世に放った。学生時代にも彼女はよく旅先で掘り出し物を発見していた。

ちょっと、後悔してきた。

実は寡夫となった王弟が妻としてブレインとして密かにラルカを望んでいた。打診前にラルカから辺境伯夫人ポストに立候補され、兄弟でしゅんとした。
ダメ元だし、と帝国に連絡したらすんなり受け入れられ撃沈。
呑気過ぎた。
王弟の件とて、ラルカの実績を待って貴族にすれば良いと考えていた。彼女なら容易かった。
嫁入り前に遠回りの宮殿に寄ってくれたラルカは、襟の詰まったタイトなブラックドレスを着用していた。ダークファンタジーの衣装になりかねない攻めた着こなしは、装飾を廃したお陰で膝下から流れる巧みなトレーンが際立ち、ドラマチック且つフレッシュだった。
玉座の隣で王妃は両眼をカッと見開いていた。小説家でもある彼女の、新作のテーマが決まった。まんまダークファンタジー。小説がヒットすれば来年の秋冬はブラックがトレンドカラーになる。
ドレスも、小説も絵画もオペラもショコラも着想源無しに傑作は生じない。良い栄養が要るのだ。

ラルカを王家に入れたかった。
平民出とか逸材ならば関係ない。王国陸軍の将軍も、世界一のマエストロも、主席女性補佐官も天才だが元平民だ。
王が、貴族を貴族にしてやっている。人間には王とそうでない者の二種類しかいない。貴族の手前口にしないが、これが王族達の偽らざる本音なのだ。
数年前に王は、ワインの銘柄を偽造した伯爵家を潰した。
貴族が明日も貴族とは限らない。当然、平民が明日も平民とは限らない。
世界は急速に進化している。
時代の節目を感じる。若者達がドカンと才能を開花させている。帝国のドカンは物騒なので勘弁して欲しいけれども。

ラルカの躍動が嬉しい反面惜しい。
やっぱりちょっと、後悔してきた。



カークは「心の籠ったお便り」を開封した。

辺境伯閣下。
リエージュ子爵でございます。
早速、我が家の宝ラルカがいかに素晴らしい娘であるかについて厚く熱く語りたいと思います。
(略)
とくとお分かり頂けたでしょうか。おや私とした事が大事なエピソードを忘れておりました。娘が十歳の頃、
(略)
ではいよいよ人生最大の僥倖、私と娘との出会いに触れて参ります。
サンジェルマーニュが保有する海外領土の一つがラルカの出生地となります。
彼女は四歳まで、行政官の父親のもと南東大陸の沿岸部で過ごしました。
そうです。閣下と同じく海育ちです。尚、我が子爵領は海無い領でございます。
その冬、王家の船は南東の避寒地に向かっておりました。別件で用事のあった私は王のご厚意で同乗させて頂き、たっかい船賃が浮いた事を喜んでおりました。
せこい喜びは一週間後に吹き飛びました。文字通り。
上陸まで半日を切ったある日。
海外領土と隣接する山が崩壊しました。山には隣国の古い弾薬庫があり、保管中の爆薬が落雷を受け一斉に爆発したのが原因でした。土砂崩れは沿岸部を襲い、横長の地形が災いして我が国の領土もかなり埋まりました。
最悪だったのは山火事です。大勢が海に逃げ場を求めました。指揮する役人らはこの混乱の場におりません。官舎は山麓。絶望です。
運良く、ラルカは家政婦に連れ出され海におりました。大混乱のビーチでどうにか小船に乗せてもらって沖へ。煙から逃れ、風上の西側を目指したのです。
災害発生から数時間が経過。間もなく日没。
そこに今度は風雨が襲い掛かるのです。大海の小船は木の葉も同然。定員オーバーも相俟って沈没ラッシュです。
娘も家政婦も海に投げ出されました。その後の娘の記憶は朧気ながら、家政婦が咄嗟に人様のトランクを拝借して娘に掴ませてくれたようです。
命の恩人と娘はそれきり。
私が出会ったのは四歳の女の子だけです。
王室専用船が現場海域に到着した時、波間は浮遊物まみれ。瓦礫の中に私はトランクに乗った女の子の寝顔を見付け、この腕で引き上げたのです。
少ない生存者を発見しては王は船に乗せ、デッキは原住民と現地在住の王国民で混雑しました。
幸い、すぐに目を覚ましたラルカは自分の事を話せる子供でした。
行政官夫妻の子供と分かり火事の沈静化後、両親らの捜索が始まりました。結果は言うまでもありません。
ラルカに出会い、私は運命めいたものを感じていました。私と今は亡き私の妻との間には子が無かったのです。
私はラルカに問いかけました。
「家の近所に海が無いんだけど、良ければ」
ラルカは私にこくりと頷きました。
「海じゃなくてお家に帰りたいです」
丁度、王が通りかかったので私は養子縁組の件を申し出ました。
王から「よいよい。王の許可など要らん」と笑われ、新たな家族を得ました。
子爵領にラルカを連れ帰り、妻と引き合わせると二人はすぐに仲良くなりました。
数年後、妻は天に召されましたがラルカを立派なレディに育ててくれました。
ラルカが巣立ち、私は領地で好きな菌類の研究に没頭しております。
私の後継は、親戚のチビ共の誰かがやってくれます。
望むのはラルカの幸福だけです。
辺境伯閣下に、この幸運なる大任をお譲り致します。
追伸:秋にはキノコをお送りします。黒いダイヤことトリュフをお楽しみに。

読み終えたカークの脳裏に、泥まみれで子供の靴を洗うラルカの姿が浮かんだ。
嘗て救われた彼女が今度は救った。
それはノブレス・オブリージュより尊いものと、カークには思えた。



船上パーティーから翌々日の朝。
カークの北東海域への出立時刻が迫っていた。
もっと準備期間を設けては、と危惧するラルカに彼は笑んだ。

「つまらん仕事はとっとと終わらせたいからな」

確かに北部での用事を冬に持ち越すべきではない。
朝食後、カークは出掛ける前に心配顔のラルカの手を引き、自室に誘った。
部屋に入るなりラルカを抱き寄せ、告げた。

「多少時間を食うと思う」
「それほど危険なのですか。お戻りはいつ頃」
「不安にさせて悪い。強敵とかいう意味は無い。海の魔物は行動範囲が広大で、探すのも追うのも面倒というだけだ。砲撃から逃れて深く潜るしな。そうなるとこっちは再浮上を待つより無いから終わりは読めん。だが早く済む事も充分有り得る」

ラルカはカークの広い背に両腕を回してしがみ付いた。
珍しく動揺しているラルカに、カークは言い聞かせた。

「何も心配しなくていい。全て上手くいく」
「はい」

頷いたラルカに彼も頷くと、両肩に左右の手をそれぞれ置いて促した。
ラルカは瞑目し、心持ち背伸びをする。
左側の唇の端に彼の熱を感じた。
彼は朝にキスの予行練習をするようになった。「夜は障りが……」らしい。
ゆっくりと唇が離れていくのに合わせてラルカは瞳を開き、カークを見上げた。
鼻先から彼が告げた。

「好きだ、ラルカ」

今度は右側に唇が触れた。労わる動きは優しい。
練習なんて要らなかったなあ、とラルカはうっとりしていた。





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