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14 テンペスト
しおりを挟む黄金色の輝きを放つ大型の鳥が青空の中をゆったりと旋回し、上昇していく。
巨大な両翼が太陽に差し掛かると光が遮られ、地上は曇天の薄暗さになった。
場内のゲスト達から大歓声が上がる。
ゲスト達と同じものを仰ぎ見て、シロールは溜息を零した。長い首と尾を持つ優雅な鳥のシルエットが網膜に沁みる。
肩を抱くラクロがシロールに教えた。
「フェリク殿下のテンペストだ」
魔法の中でも最大級規模に当たるものをテンペストと呼称する。
テンペストは本来物体ではない魔力を結晶化し、この世に出現させる奇跡の技だ。膨大な魔力量を要する。
フェリクが形成したテンペストは、その強大さもさることながら造形美も見事だった。尤も造形美を伴わないテンペストというのは存在しない。テンペストは必ず美しいのだ。
シロールは色んな意味で感動した。
優秀なシロールの視力は金ぴか巨大鳥の背中の上に小さな人影を捉えている。
「便利ですね、空飛ぶ乗り物」
ラクロは素っ気なく「そうだな」と同意した。
「あの足があったからこそ殿下は今日お出ましになれた」
「ひとっ飛びですね。あちらの鳥の方は戦場でもお強いのでしょうか」
「強風を起こして飛来する砲弾を敵陣に突き返すのが得意だな」
「豪快です」
豪快な鳥はルクニェ方面の空へと飛び去っていった。
フェリクを見送った一時間後にガーデンウェディングは閉式した。
夕食を済ませて、新婚夫婦は早々に二階に引き上げる。
メイド達は生真面目な顔の下でにまにましながら二人を送り出し、食卓の後片付けに取り掛かった。
寝室に着くやシロールはラクロに手を引かれて隣室に連れて行かれた。
床も壁もタイル張りの浴室に入ると、ラクロは熱烈な口付けの片手間にシロールの着衣を次々と剥ぎ取っていった。
彼の愛撫について行くのに必死なシロールは窘める声を出した。
「ラクロ様」
「挿入はしない。天国の一歩手前まで行くだけだ」
よく分からないが裸にされ壁に手を突くように言われ、数日前と同じ体勢を取らされたところで背後から伸びてきた大きな手に過敏な上も下も弄り回され、啼かされた。
最高潮まで導かれてはしたなく濡れた足の間で、彼の熱の塊も爆ぜた。
その瞬間、背中に圧し掛かるラクロが深く満足げな溜息を耳に吹き込んできて、シロールの背筋をぞくぞくとさせた。
互いの乱れた呼吸を落ち着ける間、ラクロはシロールの耳元や首筋に何度も口付けを落とした。
「――愛している、シロール」
彼の片腕にくたりと体重を預けてシロールは「はい」と弱弱しく答えた。
息が整ってくると揃ってシャワーを浴び、シロールは湯を張っておいたバスタブに向かい、ラクロはバスローブを纏って浴室を後にした。
ぬるま湯に花のエッセンスを数滴垂らしたシロールは、淡いピンク色に染まった湯船に胸まで浸かる。
結婚式での出来事を反芻した。
フェリクのテンペストが鮮明に脳裏に焼き付いている。
テンペストを作り出せる逸材は世界に十人といない。
亡き大公も稀な一人だった。彼は巨大な牙と装甲を持つ鋼のような巨象のテンペストを操っていた。
戦火を受け、崩れかかった鐘楼を象の巨体が死ぬまで支え続けたと聞いた。
聞かされた、王妃から。
実に楽し気に彼女は嘲る口振りでシロールに語った。
「楼が倒れては逃げ道を断たれる民草がおったのだと。泣かせるよなあ」
大量に魔力を消費するテンペストを長時間使用して大公は弱っていた。
大仕事の最中に、ルクニェ王国軍の新任士官が意気揚々とやって来て疲労困憊の大公を捕らえた。
初めての戦場で大勢の血を見て若い士官はハイテンションになっていた。
明らかにテンションが狂っている士官に大公は低く告げた。
「私一人を殺せ。民への手出しは許さん」
「はいはい。かっこいいかっこいい」
士官は拙い剣を何度も振るい、浅く切りつけては大公を嬲った。
一方的な暴力の場に年配の中隊長が駆け付け、若い士官を肩で突き飛ばした。
「愚かな真似をするな!」
腰の剣をさっと引き抜いた彼は、虫の息で蹲る大公の真正面に立つと鋭い切っ先を天高く振り翳した。
最期に、大公の気掛かりを晴らしてやった。
「貴方の民は皆広場に脱出しましたぞ」
「何より――」
洗練された一太刀によって大公は即死し、テンペストも消滅した。
戦後、中隊長はルクニェ軍の軍法会議に掛けられ処刑された。
新任士官の思惑通りになった。
新任士官は階級こそ下だったが、その身分は騎士爵でしかない中隊長の遥かに上の伯爵令息だった。彼はウザイ騎士道精神の上官をこの世から消したのだ。
大公を処刑したのも新任士官という事になり、彼には勲章が授与された。
当時、処刑現場に居合わせていた兵士らは全員口を噤んだ――。
という話を面白おかしくシロールに聞かせ、王妃は腹を抱えて笑った。
「なあ面白過ぎるオチであろう? これだから戦争は娯楽なんだよ。お前も遠慮なく笑ってよいぞ。ははは」
シロールは無言を貫いた。
戦後から五年を経た戦後、ルクニェ王国内でも有罪一択の戦争裁判が開かれた。王妃とその手下や親戚一同は裁判前にとっくに処刑されていたから欠席で、例の伯爵家の士官とやらも戦死していた。
どうしても最期が知りたかったシロールはフェリクに問い合わせた。フェリクは宝石のような微笑みを浮かべた。
「生憎、雑魚兵士など大勢始末したゆえ誰が誰やらでな。その名は確か――ああ、あれか。若造め、勲章などぶら下げておるからどれ程の手練れかと心を躍らせたというのに、軟弱な剣でシラけさせてくれたわ。東方で食った杏仁豆腐のような奴でな、手足を切り落とされる度にぴいぴい泣いて命乞いしおったのだ。他者への仕打ちを己が受ける番になって何故泣く。全く可笑しな杏仁豆腐だ。ははは」
やはり一緒に笑う事はせずシロールは内心に、因果応報とだけ括った。
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