亡国公女の初夜が進まない話

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02 アフターウォー 後

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意外そうな顔つきをしたフェリクは、次に突拍子もない話題を持ち出した。

「ときに、そなたには宮廷楽師の婚約者がおるな。楽師は公爵家の出来の悪い次男で、そなたは不運にも遊び人を押し付けられたのだと耳にした」

シロールは苦笑するしかなかった。

「仰る通りです」
「婚約者を庇う姿勢は――ある筈も無いか」

笑みのまま肯定した。
公国滅亡時、外国にいたシロールは罪人のように王国に引き渡された。
即処刑されるかと思いきや、脅威でないと判断されて見逃された。
当時十三歳。非力な少女であったのに加えて、王族としては珍しく魔力を持っていない事が大きかった。

脅威以上の関心事がルクニェ王家にはあった。王家は芸術品の収集に熱心で創作や修復に長けた人材を欲していた。
シロールが有する稀有な絵画の才覚は、当然目を付けられた。
更に王家に縛り付ける為の強固な楔が打ち込まれた。
王族との婚約だ。

勝手に決められた婚約者こと宮廷楽師はシロールの手に負えない人物だった。
所謂ギャンブル依存症の彼は、勝負勘が無い癖に「次こそ来る」と根拠のない自信と希望に満ち溢れていて、負けが込んでも賭け続けるという負のループに陥っていた。
挙句、実家は勿論のことシロールにまで金の無心をする始末。
命令で婚約させられていたシロールは堪ったものでは無かったが、半分は身内みたいなものなので二度ほど小さくはない金額を貸してやった。未だ返還は無い。

婚約者と縁を切る方法をシロールは懸命に探した。
ルクニェ王国に来てからの五年間、教会を通じて地域と化してしまった祖国に毎月送金していた。雀の涙に過ぎない額だったが復興支援の足しになればと思っていた。

ギャンブラーにくれてやる金など無いのだ。
しかし忌々しい王命がネックとなって困難を極めた。婚約者の方から切ってくれれば良いのに筆頭宮廷画家であるシロールの給金が良い事を、筆頭でない宮廷楽師はよく知っていた。簡単に金蔓を手放したりしない。

国外逃亡、の文字がシロールの脳裏を過ぎりつつあった。
その矢先の王妃の命令だった。

「でな――」フェリクが言い放つ。

「我が兵がそなたの婚約者殿をうっかり撃ってしまった。悪いな」

悪びれず告げられてシロールはぽかんとし、心から脱力して肩を落とした。

「うっかり。では彼は意図せず撃たれてしまったのですね」
「うむ。楽師殿は何故か王妃の主寝室に居合わせておってな。突入時に制圧部隊が放った魔法弾を受けて重傷を負い、現在は生死の境をうろうろしておる」
「……左様ですか」
「驚いておらんな? 王妃の主寝室におった、のくだりに」
「前々から察しておりました。とはいえ私では手も足も出ないお相手様でしたし、騒ぎ立てたところで得られる物はありません」

実は王妃とのスキャンダルを理由に婚約解消を目論んでいた。証拠も証言も得られず手詰まりになってしまったけれど。
窺う口振りでフェリクが言った。

「失って惜しい婚約者でもなかったのであろう?」

またもシロールは苦笑するしかなかった。
結構細かく知られているようだ。

徐に、ベッドの端にぎしりと腰を下ろしたフェリクは肩越しにシロールを振り向いた。

「亡国の公女シロールよ。そなたには二つの選択肢がある」

意外な話が始まってシロールは目を丸めた。

「二つも?」
「ん? たった二つ、とは言わんのだな」
「これは侵略戦争です。本来なら敗戦国側に選択肢などありません」

フェリクの麗しい面相に大輪の薔薇のような笑みが広がった。
しなやかな腕を伸ばした彼は、シロールの瞳と同色の銀の垂髪を指で梳く。
戯れる指の動きに合わせてウェーブのかかった長い髪がふわふわと揺れた。

「そなたは実に美しく賢く、潔い」
「勿体なきお言葉」

フェリクの意図が分からずシロールは成すがままにされておく。
シロールの銀髪から指先をするりと解いてフェリクは告げた。

「一つ目。覇者たる私の妃となる」
「私ごときが畏れ多い」
「謙遜はいいがなシロールよ、なにも正妃にするとは言っておらんぞ。側妃になるやもしれん。私には既に妃候補が二人おるのでな」

瞬いたシロールは、フェリクの膝上に戻った彼の美しい指先に目を落とした。

「お妃様が三人という状況は、困りますね」
「困るか。やはり女は、自分一人だけが愛されたいと願うものだよな?」
「はい。それに愛していない殿方を他二人の女性達と奪い合うなど、自分に出来るかどうかちょっと自信がありません」

フェリクは噴き出した。腹を抱えながら口を動かす。

「本人を前に言うではないか。仮にも私は侵略者なのだがな」
「申し訳ございません」
「いや忌憚の無い意見を言ってくれてよいのだ。しかし参ったな。これは聊か誤算であった」
「誤算?」

首を傾げたシロールに、フェリクの苦笑が向く。

「思いの外そなたを気に入ってしまった。もう一つの選択肢を言いたくなくなってきた」

シロールは瞬く。
苦笑のままフェリクは告げた。

「二つ目。私の忠臣に嫁いでもらう」
「フェリク殿下の臣下の方?」
「うむ。他の男にそなたをくれてやるのは惜しいが仕方ない。そういう約束であるからな」

シロールは飽きもせず瞬いた。
フェリクも飽きもせず苦笑した。

「そなたの選択肢は始めから一つしかない。悪いな」

やはり悪びれないフェリクにシロールはただ曖昧に頷いておいた。
どの道、拒否権は無い。





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