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04 ツガイではない
しおりを挟む夜会への出席が決まり、シヴィラはダンスの教育担当官とレッスンに励んでいた。
四十年配の彼は、シヴィラのダンスに対して「なんというか、ううん」と苦笑を滲ませてこう評価した。
「競技者ですね」
「よく言われます」
「カッコいいですがエレガントではありません」
「よく言われます」
「お相手はライツェン皇子殿下です。このままではいけません。修正していきましょう。動作そのものはパーフェクトですから後はエレガントを心掛けてください。スポーツにならないように」
「頑張ります」
「はい。早速スポーツになってます」
「ごめんなさい」
「はい。またスポーツ」
「ごめんなさい……」
平謝りと入念な反復練習を繰り返す内に、レッスンの終わり頃にはどうにかエレガント「風」になった。
ぐったりのシヴィラを気遣い、ダンス講師は早めにレッスンを切り上げてくれた。
彼と入れ違うようにして年の近い教育担当官レインがやって来た。
「このままこちらのお部屋でお待ちください。ドレスメーカーが参ります」
夜会用のドレスを作ってくれるらしいと察し、シヴィラは眉尻を下げて笑んだ。
つくづくお金のかからない暮らしをさせてもらっている。
ドレスの新調は、祖国の宮殿で開かれた春の演奏会が最後になっていた。
演奏会では、庭園を目一杯使った海軍の軍楽隊による行進が素晴らしかった。
感動のあまりシヴィラはお気に入りの帽子を観覧席に置き忘れたまま帰ってしまった。城に問い合わせても忘れ物が戻る事は無く、安い品ではないから誰かがこっそり自分の物にしたのだな、と諦めつつ消沈した。
開会と閉会の宣言は、庭と観覧席を見下ろす宮殿バルコニーから王太子が行った。直接挨拶する立場にないのでシヴィラは遠目にしただけだ。相当久しぶりに見た王太子は、役者のような美男子ぶりに更なる磨きがかかっていた。
王太子もツガイ不在の竜聖人である。ライツェンと同様。
尚、現在竜聖人と呼ばれるのは先祖返りの特徴が見られる王侯貴族に限られる。王族との縁が深い高位貴族は竜の血を引く者が大半だが、その全てを竜聖人とは呼ばない。
当然、竜の血を一滴も引いていないシヴィラは貴族であっても竜聖人ではない。
竜聖人は超人的なパワーを持つ一方で、ツガイ・シンドロームの患者予備軍でもある。
少なくとも祖国の王太子は、国内にいる妙齢女性の中にツガイがいない事が判明している。
祖国ファルカン王国では伝統的に、王子王女との年齢差が十年程度の未婚の男性女性を宮殿に集めてツガイを捜すイベントが開かれている。
幼い頃、男爵領で暮らしていたシヴィラもまた汽車で王都に出向き、王太子や他の王子達と対面した。
といっても言葉を交わしたとかではない。三列に並んだ女子達の整列の前を、王子達がゆっくりと通過していくだけ。
ツガイは目線を交えるだけで判別出来るものらしい。言葉は要らない。
該当者が無く、王太子が酷くがっかりしていたのを覚えている。
王子が十代の内に妙齢女性達と引き合わせるのは、後になってツガイの存在が判明する事で生じる障害を未然に防ぐ意図に他ならない。
相手を王子王女と近い年齢の男性女性に限定するのは、過去の例に基づいている。
不思議と、年齢や容姿があまりにもかけ離れたツガイというのはいない。
本来の目的、種を残す為の器官が発信する指令だからだと言われている。規格外の相手にはビビッと来ない。当然、同性や近親者も対象外となる。
ただしあくまでも動物的な感覚なので既に婚約・婚姻済みの者、そして王室に入るには相応しくない職に従事している社会人などは排除されない。
だから王室は、排除し切れないリスキーなツガイの可能性を徹底的に潰す。
ツガイ捜しのイベントでツガイが見付からなかった竜聖人の王子や王女は、次に正式な婚約者を決める作業に入る。
婚約者が決定すると、ツガイ器官をマヒさせる薬を定期的に注射する。王家にとって望ましくないツガイとの遭遇を予防するのだ。
一方、帝国皇室ではツガイ捜しのイベントは行われていない。国が広すぎて現実的ではないからだ。また正式な婚約者を得ている皇子や皇女は、本人の判断で定期的に注射を打つ。強制する法は無い。どうあっても彼らの祖、ツガイ尊重の竜の念が優先される。
このツガイ器官をマヒさせる注射だが、婚約から婚姻までの短期間でいい。
竜聖人は、子を設けた暁にツガイ・シンドロームから解放される。本来の目的が達成されて信号が不要となるわけだ。
それでだろう、とシヴィラはライツェンの顔を想念する。
彼は結婚も注射も遠ざけている。いずれも彼のツガイを失わせる行為だ。
そして、そんな彼の意思を皇室は黙認している。彼が縁談を躱し続ける限り無理強いは出来ない。
負い目が凄い。歴史上、ツガイが原因で婚約や婚姻が破綻した皇族や王族の例はごまんとある。祖先らのラブロマンスを引き合いに出されては説得が難しい。
誰だって運命の相手と結ばれたい。想いそのものはピュアで尊い。
見付かったら素敵だろうな、とシヴィラも思う。
ライツェンは窮地を救ってくれた大恩人だ。ぜひ本願を達成して幸せになってもらいたい。
現行の、妃候補を立てて縁談を回避する手段は相当古いものらしい。長らく忘れ去られていた裏技をライツェンは執念で見付け、皇帝の命令すらも弾き返した。
竜聖人たる彼の中には、確実にツガイ・シンドロームの芽が眠っている。
だからと言ってツガイの存在は確実ではなく、生きる時代が重複しているとは限らない。全人類を洗っても不在は有り得るのだ。
大陸の東側にツガイとよく似た伝承がある。運命の赤い糸というもので、必ずその相手に会える保証はない。
デスティニーは美しく切なく、時に辛い。
現状ハッキリしている通り、シヴィラはライツェンのツガイではない。
自分では彼の願いを叶えてあげられないから、せめて協力は惜しまない。
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