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11 戦争&平和

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深夜。
王都の外れ、とある軍営で暴動が発生した。
魔法騎士団所属の下級兵士を中心とした連中が暴徒と化した。
王室親衛隊解体案が議会で可決された事を受け、怒りが爆発した。

「――ふざけやがって王太子め。王宮を制圧しろ!」

血気盛んな声を張り上げながら騎馬の群れが夜の街を駆け抜け、蛇行する緩やかな坂道の上にある城門を目指す。
近所迷惑の隊列を城塞から見下ろし、ルシヨンは優雅に微笑んだ。

「ふざけておるのは貴様らだ」

読み通り過ぎて欠伸が出る。工夫が足りない。脳が足りない。
クーデター気取りの連中にスパイを潜入させたのはやり過ぎだったらしい。

「――戦闘用意。捕えんでよい。全て抹殺せよ」

城塞に沿って炎の防壁が空高く形成された。
内からの攻撃は通すが外からの攻撃は通さない一方通行の魔法だ。
「外」を信用しない王宮にはこのようなトラップがいくつもある。
先陣を切った連中は炎の壁に吸い寄せられ消し炭になった。後続の連中は飛来する砲弾によって馬ごと吹っ飛ばされていく。

「後先考えん低能どもめが」

戦死と言えど、犯罪の末では遺族は年金を貰えない。
身勝手な行為で自分だけでなく身内まで破滅の巻き添えにした。
若い反乱分子の中には新妻を貰ったばかりの者や幼子を抱える者もいた。

「結局、貴様らは自己中なのだ。だが恩情をかけてくれる。安心して死んでおれ」

この晩、ルシヨンは反乱分子を徹底的にすり潰した。
甘い姿勢では国内外で侮られる。
王家の権威を維持し、強国として在り続けなければならない。

魔法革命が起こる前――五百年ほど前、この国は痛い目に遭っている。
理不尽な蹂躙を受けて国土を四分の三も失った。

数百年に一度の大嵐が大陸に上陸した。
幸い自国の被害は小さく済んだが、左右の隣国は家屋や畑が大打撃を受けた。
当時の王国は、隣近所の被災地域に支援物資を送った。
左右の隣国は王国の支援に感謝し、友好国の証として三国連盟を結んだ。

これが、五年ほどして見事に破られる。
被災地の復興が停滞していた。その上小さな嵐に度々見舞われた。
支援が上手くいかない。追い付かない。王国だけで二つの国を支えられない。
当たり前だが自国を優先した。支援は滞った。

すると――支援の為に整備した道が進軍ルートとして利用された。
左右から攻め入られた。恩を仇で返された。
辛うじて国が滅びなかったのは戦闘の最中、隣国各地を嵐が襲ったからだ。
戦線を維持する力を失って敵軍勢は王国中枢を目前に撤退した。
首の皮一枚で王家は滅亡を免れたが被害は甚大だった。

教訓にした。
約束は破られる。破る奴は平気で破る。義理も人情も無い。
親切な支援や連盟では「寄りかかってもいいよ」と解釈される。

人間は弱い生き物なので労せず得たものに依存する。
ギャンブルのまぐれ大当たり然り。聖女の奇跡然りだ。

慈悲深いだけでは誰も何も守れない。
強くならなくては国が滅びる――――。

間もなく魔法革命が起こった。
軍事国家として歩み始めていた王国にとっては僥倖だった。
国を挙げて最新技術を取り入れ、開発し、軍事力アップに努めた。

まず五十年かけて奪われた国土を取り戻した。
更に五十年かけて左右の国から王家を消した。
嘗ての三国が一つの国土に統一され、現在の王国の輪郭を成した。
興味深い事に大して反発は出なかった。国際社会にも目を瞑られた。
左右の国の民は特に、自分たちの王や祖先が恩人に何をしたのか知っている。
近代化の波と共に羞恥は深まっていた。

ルシヨンの遠征は、他国に対する軍事力の誇示を目的としている。
演習の総仕上げでもある。不利な状況下であらゆる敵を殲滅する。
でも一番は支援物資を確実に被災地に届ける為だ。
届かない支援ではなんにもならない。
実際道中では山賊、海賊、魔物と遭遇した。軍隊による輸送でなければ折角の物資を略奪され、破壊されてしまうところだった。
ついでに道の障害物の掃除も出来た。
今回助けた列島は金の産出国だった。金が大好きな貴族連中は良い恩を売れたと大喜びしている。案の定、被災国は以後の取引は王国を最優先にするという声明を出した。ルシヨンとしては金などどうでもいい。
ともあれ某新聞社の批判記事とやらは金を前に踏み潰された。

自分たちが出掛けるのは別に構わない。
しかし過去の教訓から、他国の軍隊や集団が自国を通行するのは認めていない。

簡単に外から誰も入れない。
約束を信じない。



暴動から一夜が明けた。

事件現場で逮捕者は出なかった。
出たのは死者だけだ。
死者のリストにはダヴァルの名もあった。

クレラが心痛したのは責任を逃れた故人などではなく残された伯爵家だ。
ルシヨンは恩情をかけると言っていた。そうして欲しい。

幸いにして軍事クーデターには至らなかった。
ボヤ騒ぎという程度で済んだ。

事件当夜、非戦闘員は正面玄関側の城門付近にはいなかった。
クレラは国王夫妻と共に門から最も遠い離宮に寝泊まりしていた。
朝になって門を窺ったけれど平素通りで火事の痕跡すら見当たらなかった。

その後、王室親衛隊は解体された。
代わりに少数精鋭の宮廷武官隊が新設された。
メンバーは魔法騎士団に限らず陸海両軍から選抜された。
親衛隊からそのまま武官隊にスライドした者もいた。
主に古参の軍人らで、ルシヨンは好んで彼らを登用した。
依怙贔屓でも何でもない。長らく忠義を果たしてきた彼らは信用の度合いが新参の比ではない。後進を導く優秀な指導官でもある。

「というわけで貴様らの定年は少しばかり延びた」

言い放った王太子に、六十年配の武官らは「ええー……」と顔を顰めた。

「サクッと引退して自宅に苔の庭を造ろうと思っておったのですが……」
「苔よりこの私に尽くすがよい」
「ええー……」

庭先で交わされるやり取りを目撃して、クレラは安堵した。
どう見ても駄々っ子の孫に付き合わされる祖父の図だ。
しかめっ面の祖父らだが「もー仕方ないなあ」という感じで心底嫌がっていない。
それに彼ら、王太子にしかめっ面を晒せるほどの信頼関係がある。
ルシヨンには気安い相手がちゃんといる。
王太子を恐れる手下ばかりではない。何よりだ。





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