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10 プリンス&プリンセス候補 後

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城下でこんな新聞記事が出た。

「王太子の婚約者がなんかしょぼい!」

ではなく、

「王太子が徴兵制復活を完全否定!」

婚約者決定云々も多少は取り沙汰されたけれど、すぐにこのビッグウェーブに呑み込まれた。
ビッグウェーブを仕掛けたのは誰あろうクレラだ。

婚約から程なく、ルシヨンには徴兵制など眼中に無い事が判明した。
民間人は王太子の思惑を知りようが無い。只でさえ王太子は表に顔を出さないから城下には不安が蔓延していた。
徴兵制についてクレラに問われ、ルシヨンはきょとんとした。

「徴兵? 有り得ん事だ。民間人など戦場では使い物にならんではないか」

もう馬上で剣を振り回す時代じゃない。
魔法革命が起こり兵器は格段に進化を遂げ、近代化が加速した。
高度になった分、兵士には量より質が求められるようになった。
経験の浅い兵士は使えないどころか味方の邪魔になる。

「最悪なのはオウンゴールだ。自陣を誤爆されては困る」

クレラは、今の話を記事に掲載するようルシヨンに進言した。

「殿下の御意思は民に欠片も伝わっていません。皆殿下が遠方に出撃される度にそわそわしているんです」
「言わずとも少し考えれば分かる事であろうに」
「それはある程度殿下と近しい人に限られます。言葉が足りなくて良い事はありませんが、言葉を尽くして悪い事もまたありません。どうか殿下のお言葉を民に発信してください」
「そうか。……ふむ。どうやら私は思った以上に人の分からん事というのが分からんようだな」
「その為に私がいるのです、ルシヨン殿下」

再度きょとんとルシヨンはクレラを見た。
そして頬と口元を緩めた。

「うむ。そなたは見込んだ通り機能しておる」



ルシヨンは「共感」出来る妃を求めていた。
正確には「納得」出来る妃だ。
幼少期から親に散々言われてきた。

「みんなを置いてけぼりにするんじゃない」

あらゆる意味でルシヨンは「速い」と言う。
実際、周囲の景色を遅いと感じている。この感覚は大多数の理解を得られない。
傍目には暴走だったり独裁だったりに見えてしまう、らしい。

妃は、ブレーキのような存在であって欲しい。
それも上手く掛かってくれる優秀なブレーキだ。

意見は完全一致しなくていい。
同意ばかりではブレーキにならない。

納得出来る言葉でルシヨンを止めてもらいたい。
納得するには共感が不可欠となる。

「王太子妃チャレンジ」の構想はこうして始まり、実現した。

国内の乙女たちに様々な質問やテーマを投げかけた。
まずは共感出来る相手をピックアップした。一次試験は目の細かい篩だった。

「問いの十。
次の二国の内、我が国にとって脅威レベルがより高いのはどちら。理由も述べよ。
壱、魔物の大群に六連勝している中堅国A
弐、小国Bの大軍に三連勝している小国C」

正解は無い。
ルシヨンが共感出来る答えか否かしか見ない。文法だの語彙だのは二の次だ。
クレラの解答は「弐」で、理由は「中堅国Aが交戦しているのは軍隊でも人でもないから」だった。
彼女は「弐」の小国Cをより強敵と見なした。
ルシヨンはこれに共感した。

クレラが二次試験のテーマに「聖女」を選択したのも興味深かった。
勝ち残った受験者たちの得意なものを敢えて選択肢に混ぜておいた。
多くの受験者たちが暇を持て余していたのは、書き慣れた文章の丸写しをしたからだ。そういった者たちは問答無用で不合格とした。
魔法陣を選ばなかったクレラは、その時点でほぼ合格が決まっていた。
内容も面白かった。
嘗て大陸には聖女信仰国が存在した。
凡そ二百年二世代続いた聖女が絶え、国民は奇跡の復活を日々祈っていた。
「聖女頼み」の祈りが過ぎた。
気付けば歩みを停めた医学も科学も周辺国より百年以上遅れていた。
ある年、大陸で疫病が「再び」大流行した。癒し手不在。聖女信仰国は滅亡した。

「――聖女は持続可能ではなかった。聖女自身もそれを知らなかった。自分の代で奇跡が店仕舞いになると知っていたなら当然人々にこう提案した筈だ。お祈りが済んだら衛生と医療を勉強しましょう――」

原稿用紙に目を通してルシヨンは腹を抱えて笑った。
クレラの解答や返答は最もルシヨンに刺さった。
受験者が十名を切ったあたりから「彼女だろう」と予感していた。

セランは、有力だった。
実際ルシヨンに近い認識を持っていたのはセランだ。
ただ彼女はあまりにもルシヨン寄りの思考の持ち主で、同じく軍人故に共感より最早同調していた。ブレーキどころかアクセルの踏み込みを手伝いかねない。
尤も、出仕の希望を出さない時点で彼女の意志は明らかだった。
意志を全うしてもらうと思う。
女性将校としての活躍を祈っている。

キャルメイユは、最有力候補だった。最後まで競り合った。
高位貴族の彼女を推す声も多かった。しかし身分を理由にキャルメイユを選ぶのでは何の為の王太子妃チャレンジか分からない。
決定打に欠けていた。
キャルメイユを弾いた理由はセランと似ている。こちらは同調ではなく従順過ぎるのが問題だった。お手本のように完璧な解答を彼女は返す。
確かにキャルメイユは非の打ち所がなく優秀だ。けれど、城には彼女以上に優秀で経験豊富な文官が大勢いる。
彼女自身もそれを自覚していた。
高官を輩出する名門の次女に生まれ、彼女は一人で歯を食いしばって来た。
学校では悪役令嬢などと呼ばれて遠巻きにされていた。孤独だった。
クレラとセランが助け合う姿が羨ましかった、と面談で話していた。
「だから彼女たちと友人になれて本当に嬉しいのです」とも。
王太子妃は逃したけれど彼女は欲したものを掴んだ。
今後は外交官としての活躍に期待したい。

仮に、辞退者らが残っていたとしても結果は同じだった。

アメリーは、色んな意味で惜しかった。
フレッシュ且つユニークな意見と感性を持つ彼女だが、奔放過ぎた。自分中心にしか物事を見られない。それは強みでもあるけれどルシヨンの助けにはならない。民に対して誠実とも言えない。
不誠実な王侯貴族はこれ以上増やせない。
特に真実の愛を理由に出奔する貴族など、もう結構。

ミラは、論外となった。
ファイナルテンが出揃った直後、領地で不正が行われているとの密告があった。上げる数字を改竄し、不法薬物を販売していると言う。
密告を受けて情報部が調査した結果、不正の事実が発覚した。
逮捕後の事情聴取でミラは、父親の命令でやらされていた、家族に認められたかったと言って泣いた。
虐待の被害者ではある。天才の頭脳が仇となり幼い頃から働かされていた。ミラの父親は領地運営を娘に押し付けて愛人と遊んでいた。
ミラは助けを求めるべきだった。学校でも城でもどこでも。
因みに密告者は辞職した家令だった。不正の令嬢を王太子妃にしてはならぬと考え、処罰覚悟で行動した。
領より国への忠義で動いてくれた者を無論、王家は処罰などしない。

クレラは、最もバランスが取れていた。
演奏会や朗読会や連想ゲームを通じて彼女の為人をよくよく観察した。

認識としては民衆に近く、高い知能や技能は貴族として申し分ない。
魔法陣の研究というライフワークを持つのも良い。
何と言っても生真面目だ。
婚約解消が叶ったからと辞退しなかった。投げ出さなかった。

お陰で王太子妃チャレンジが「該当者なし」で終わらずに済んだ。

まだまだ未熟で幼い。だからこそ愛らしい。
そんな彼女をルシヨンは「待てる」と思った。

彼女ならば歩調の速さを散々注意されてきたルシヨンを足止めする事が出来る。上手く掛かってくれる優秀なブレーキだ。

個人面談の際、宝物館を案内しながら確信した。
求めていたのはこの子だと。
きっと愛せると。





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