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05 王太子&チャレンジャー
しおりを挟む王国の至宝、麗しの王太子ルシヨンは現在二十四歳である。
魔法学校を軽くスキップした後、十八歳で王立軍大学を出た彼は、その鬼才ぶりを軍政にとどまらず戦場においても大いに発揮している。
先月まで王国軍を率いて他国に遠征していた。
目的は災害派遣だったものの道中、山賊、海賊、そして魔物との戦闘が生じた。
王太子の軍勢はそれらを容易くねじ伏せた。
ある新聞社の記事は、この件を称賛していない。
「――そもそも、遠路はるばる出掛ける必要があっただろうか。支援物資だけ送れば良いのではと言う声が市民から多数上がっていた。王太子は戦場を求めて歩き回っているように見える。それも若い兵士らを道連れにして。戦勝気分に浸りたいとしか思えない身勝手な振舞い。栄光の陰で犠牲になっている兵士がいる事を我々は黙殺しないし、またさせない」
危機感を煽る記事だな、とクレラは思った。
魔法革命前まで王国には徴兵制があった。
好戦的な王太子の姿勢を見て、逆戻りするのではと皆心配している。
それは分かる。
でもこの記事をクレラは鵜呑みにしない。
記者は戦場に行っていない。安全な王都でデスクに向かっているだけの人だ。記者の家族が犠牲になった、というような一文も無い。無責任に思える。
王太子か、彼に近しい人へのインタビューも行っていない。
ゴシップばりに根拠がなく意見が偏っている。
「勿論、私は戦争には断固反対ですけれども」
新聞紙を畳んだクレラに、カフェテラスで向かい合うセランが「ふうん」と気の無い返事をした。
土曜日の午後。
互いに学校の無い休日を共に過ごしている。
明日はまた城で試験を受ける。
その前に会おうと約束をして大通り沿いのカフェで落ち合った。
一昨日、王宮からこんな通知が届いた。
「三種類以上のステッチを用いてハンカチに花の図案を刺し、持参しなさい」
ではなく、
「選に漏れた場合に備え、王宮への出仕希望を問う。配属は最大限希望に沿う」
クレラは仰天し、父を始め家の者はみんなして床に引っ繰り返った。
事実上、娘が父を超えてしまった瞬間だった。父は城勤めではない。
「うちのクレラが、城に仕官――!」
最高で王太子妃、最低でも仕官だ。
王太子妃になれなかったとしても明るい将来への道筋が約束された。
ファイナルテンとかいう曖昧模糊の栄誉ではなく明確な箔が付いた。
クレラは密かに、城の宝物館にあるという古い魔法陣を拝みたいと思っていた。
宮廷宝物管理官になればそれが叶う。城内の施設で好きなだけ研究も出来る。
叶う筈も無かった夢が叶うのだ。
「良かったな」とセランはさらりと言ってのけた。
「ま、私には無関係の通知だったけどな」
「任官予定ですもんね、セラン様は。セラン様が残っているのになんでこんな提案をしたのかちょっと不思議です」
「きっつい軍なんて辞めても良いぞ、っていう褒美のつもりかもな」
実際にこれは十人への褒美なのだとクレラも思う。
ふと、今更過ぎるほど今更ながらセランへの疑問が湧いた。
「セラン様はどうして王太子妃チャレンジを?」
「今更だな」
「はい、すみません」
セランは軽く肩を上下させた。
「国への忠義を示しただけだ。最初の頃は私の他にも軍人女子が結構いたんだぞ。連中みんなして似合いもしないドレス着てて痛々しかったがな。しかしここまで残るとは私自身も誰も予想していなかったな」
「同じくです」
「お前が残ってる理由は分かるよ。賢くて可愛いからな」
「……二次の会場を覚えてます? 見渡す限り全部美女でしたよ。終わったなあって私、腹を決めましたもの」
「そうだったか? どうも癖で、人の動きは見るが顔は見ないんだよな」
かくいうセランとて百人が百人美形と答える顔立ちなのだけれど。
クレラは心から不思議でならない。まだ自分が残っている。
セランはついでとばかりに他のチャレンジャーについて教えてくれた。
と言っても知っているのは後方列にいた三名だけらしい。
侯爵家の次女、キャルメイユ。十七歳。
目元がきつめの美人。鮮やかな金髪と紅い瞳が特徴。
高貴故に気位が高い。貴族としての役割を理解しており月二回の孤児院慰問は欠かさない。魔法学校を一年飛び級し、二位で卒業。他種の魔法を使いこなす才女。
豪商の長女、アメリー。十六歳。
優しい顔立ちの美少女。淡い色味の金髪と空色の瞳が特徴。
平民ながら名門の美術アカデミーに在籍しており絵画と彫刻を得意とする。マイペースで自分の世界を持つアーティスト。魔力は無く、魔法を全く使えない。
伯爵家の長女、ミラ。十六歳。
色白で小柄。聡明な顔立ち。茶色に近い金髪と碧眼が特徴。
十三歳で魔法学校を卒業した天才。父親を補佐して領地運営に携わっている。魔法学校時代は薬学に精通していた。領地と王都に薬局を構えている。
以下、補足情報。
騎士爵家の長女、セラン。十八歳。
長身の美女。赤味の強い金髪と碧眼。
軍人の家系。男勝り。魔法学校を二年飛び級し十六歳で卒業。魔力に富み、魔法で筋力アップして素手でも武器でも戦える。医術と馬術に長けている。
子爵家の長女、クレラ。十六歳。
色白で小柄。リスっぽい人畜無害な顔。癖っ毛の金髪と碧眼。
希少な魔法陣制作技術者だが魔力に乏しい為、大掛かりなモノだと自力で「実行」出来ない。魔法学校在籍、四年目――――。
セランの話を聞き終えて、クレラは改めて肩を落とした。
自分以外は錚々たる顔ぶれではないか。
「なんで私が残ってるんでしょう」
「賢くて可愛いからだろ」
「ううん……」
そんなふわっとした理由ではない筈だ。
これまでの試験内容を諳んじながら自分が残された理由を考える。
翌日の日曜日。
城の王室図書館で行われたのは「朗読会」だった。
読み聞かせる対象は今年四歳になる王の姪だが、実際の審査は本人ではなく王女の教師陣が行った。
本選びから審査対象となった。ただし被らないよう相談してもよい。
本棚を前にセランはまたもや「幼女の読み物など分からん。うちは男兄弟だ」と頭を抱えていたので、クレラは彼女の袖を引いて児童書の棚にこっそり誘導した。
「王女殿下はお花がお好きだそうですから、妖精さんが出て来る物語とか狙い目だと思うんですよ」
「へえ。てか児童書って結構分厚いんだな。絵本じゃなくて大丈夫か?」
「文字はかなり読まれる方らしいので絵本ではご満足頂けないでしょう」
「幼女と侮るなかれ、か。よく分かるなお前。小さい妹がいるのか?」
「いえ、自分の幼少期を思い出して」
こそこそ話中の二人の背後に高貴なるキャルメイユがやって来た。
つんとした態度で、
「仲がよろしい事ね」
クレラは思わず首を竦め、ぺこっと頭を下げた。
「すみません。騒がしくして」
「……別に。喋るな、とは言われてませんでしょう」
クレラもセランもキャルメイユの横顔に見入った。てっきり咎められたのかと思ったが違っていた。
キャルメイユは目的の本をさっと抜き取るとそそくさと立ち去っていった。
入れ替わるようにして天才少女のミラが通りかかったが、こちらはあからさまに顔を顰めて見せた。
「また人助けですか。不公平ですよ貴女」
クレラはしゅんと肩を落とし、セランは胸を張った。
「お前と違って良い奴なんだよ、クレラは」
「――うるさい。脳筋」
言い捨てた後、ミラは自分の発言にハッとなった。
セランの学力が相当高い事を知っていて脳筋は正しくないと気付いたのだ。
軽い舌打ちと共に彼女は棚を素通りした。
その後の朗読会の場にミラの姿はなかった。
「あれ? あいつは?」と首を回したセランに、試験官はさらりと告げた。
「頭痛がするからと退出されました」
「は? ……ふうん、なら仕方ないですね」
クレラとセランは心配の目を交わした。
残りの面々は概ね「ライバルが減って良かった」と顔に大書していた。
因みに朗読はキャルメイユが圧倒的に素晴らしかった。
音楽のような彼女の美声にクレラはうっとりと聞き入り、セランは重い瞼が下がるのを懸命に堪えていた。
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