3 / 12
03 同士&好敵
しおりを挟むまた合格した。
父は、先週の父をトレースした。
「まさかうちのクレラがいけるのか。いけてしまうのか――!」
クレラは尚も、それほど大層な事ではない、という気がしている。
確かに受験者のクオリティの高さには腰が引ける思いがしたけれど、試験自体の難易度は途轍もなく高い、という事は無かった。学生にはお馴染みの小論文で、テーマの選択肢は八つもあった。
三次からがいよいよ本番の本番なのだと思う。
次こそ落っこちてしまうに違いない、とクレラはまたも軽く考えていた。
日曜日。
通い慣れつつある緩い坂道を馬車で登り、木々の合間に王宮の尖塔が見えてきたところで下車し御者に別れを告げる。
蛇行する道を城門まで十分ほど歩き、門柱脇の衛兵に身分証たる学生証と合格通知書を見せる。
身元確認が済むと、従僕によって試験会場に案内される。
今日の会場は城内ではなく別棟にある音楽堂だった。
巨大な扉を潜って中に踏み込んだ瞬間、クレラはぎょっとした。
閑散としている。自分を含めて十人しかいない。
先ほどの入城検問の際、衛兵は言っていた。
「今日は君で最後だ」
てっきり「もっと早く来なよ」と窘める意味合いだと思った。
遅刻ギリギリの時間でもないのに妙な気はしていたけれど、あれは「今日はたったの十人しかいない」という意味だったのだ。
クレラは静かな広い堂内に十脚だけ用意された椅子の列に向かう。
アンティークっぽい五脚の椅子が横一列に並び、前後で二列を形成している。
後方列の、ぽかりと空いたど真ん中の席にクレラはおずおずと収まった。
同じ後方列の左右の二人がクレラにチラリと目を寄越した。
右の一人が発した。
「貴女、随分と余裕ですわね」
きつい目元ながら美しい顔立ちの令嬢は、侯爵家の次女だったと思う。金色の髪に紅い瞳が印象的だ。
申し訳ないけれど社交界に疎いクレラは、彼女の名前がうろ覚えた。ゴシップも読まない。学校は広く学生数が多い。同年代であっても、授業が被らない人の事を知るのは難しい。
今度は左から「トゲのある言い方は――」と鈴のような声音が発した。
こちらは青空のような瞳をした美少女だ。
「やめましょう。わたくし達は選ばれし同士です」
ぶっは、と左端の令嬢が噴き出した。
勝気そうな横顔が赤味とクセの強い金髪を揺らして笑っている。
「選ばれしって。自分で言うのは痛々しいよ、お前」
ふ、と右端からも噴き出す声。茶色に近い金髪の小柄な少女が、白い顔の中で左に目を流した。雰囲気がいかにも秀才という感じだ。
「お前、なんてお口が悪いですね女騎士さんは。いえ女兵士殿でしたか」
発言の度に忙しく左右に首を振りながらクレラは思った。
――なんかとんでもない面子の中に、超平凡な私が紛れ込んでる?
逆の意味で浮いている。
会話が途切れたところで試験官が入ってきた。いつもの若い、文官風の男性だ。
何をさせられるのかと思えば宮廷管弦楽団の演奏会を鑑賞してもらう、との事。
これのどこが試験なんだろう、と拍子抜けしつつもクレラは目の前の奏者らの演奏に聞き入った。
中世の教会音楽をアレンジしたものと思われる楽譜は、新鮮な印象を受けた。
凡そ一時間で演奏会が終了した。
拍手で以て奏者らを讃えていると、ここで「演奏の感想を書きなさい」と課題が言い渡された。
「げ」と左端の凛々しい彼女が声を上げた。
「後半、居眠りしていたぞ……」
右端の秀才風の彼女が「お疲れ様でした」と皮肉気な笑みを浮かべた。
「ご愁傷様でした」の言い回しらしい。
壁際に寄せられた長机に向かい、それぞれ渡された紙とペンを走らせる。
ううー、と頭を抱えている兵士だという女性にクレラは目を向けた。
かっちりシルエットが美しい、軍服の赤いジャケットを纏った背中に歩み寄り、そっと声を掛けてみる。
「ペンが進みませんか?」
「……前半しか聞いてないからな。それでなくても音楽は詳しくない」
得手不得手は仕方がない。
何に興味を持つのかなんて人それぞれだ。芸術分野は特に感性が絡むから、理解出来るものとそうでないものとできっぱり分かれる。
「私の感想文をお読みになってみますか? 参考になるかもしれません」
きょとんと丸い目がクレラを見た。
凛々しい顔が幼く、可愛くなった。
「良いのか? パクってしまうかもしれんぞ」
「パクるも何も、感想なら被る事はあるのでは? 偶々同じ感想を持ったと言われてしまえばそれまでですよ」
今日のこれは論文じゃないのだ。
「感想を見せ合うな、とも言われていませんし。それにほら、あの試験官さん、私達を見張ってすらいません。テラス窓全開にしてのんびり空とか眺めてます」
なんとなく今日は試験ではないのでは、という気がクレラはしている。
クレラの言い分を受けた途端、凛々しい顔の中に笑みが広がった。
「助かる。では遠慮なく借りるぞ」
「助けになればいいのですが」
「なるなる。――ところでお前、名は」
「クレラです」
「私はセランだ。クレラ、次は私がお前を助ける。次があればの話だが」
ごもっとも。
ふっふと含み笑いで互いの肩を揺すり合った。
他の受験者らがそれぞれの感情を載せた目で、肩を寄せ合う二人をさり気なく観察している。
侯爵令嬢はじっと視線を据えていて、青空のような瞳の美少女はきょとん顔だ。
右端の席の少女が腰を浮かせ、テラス窓を向いた試験官に忍び足で近付いた。
「カンニングって良いんですか」と耳打ちする。
茶色に近い金髪をチラリと一瞥した試験官は、壁際の二人組に目線を流した。
「相談は禁止しておりません」
「……パクって良い試験なんて滅茶苦茶ですよ」
「解釈はお好きなように」
「…………」
小柄な少女は押し黙り、席に引き返した。
616
お気に入りに追加
882
あなたにおすすめの小説

離婚した彼女は死ぬことにした
まとば 蒼
恋愛
2日に1回更新(希望)です。
-----------------
事故で命を落とす瞬間、政略結婚で結ばれた夫のアルバートを愛していたことに気づいたエレノア。
もう一度彼との結婚生活をやり直したいと願うと、四年前に巻き戻っていた。
今度こそ彼に相応しい妻になりたいと、これまでの臆病な自分を脱ぎ捨て奮闘するエレノア。しかし、
「前にも言ったけど、君は妻としての役目を果たさなくていいんだよ」
返ってくるのは拒絶を含んだ鉄壁の笑みと、表面的で義務的な優しさ。
それでも夫に想いを捧げ続けていたある日のこと、アルバートの大事にしている弟妹が原因不明の体調不良に襲われた。
神官から、二人の体調不良はエレノアの体内に宿る瘴気が原因だと告げられる。
大切な人を守るために離婚して彼らから離れることをエレノアは決意するが──。
-----------------
とあるコンテストに応募するためにひっそり書いていた作品ですが、最近ダレてきたので公開してみることにしました。
まだまだ荒くて調整が必要な話ですが、どんなに些細な内容でも反応を頂けると大変励みになります。
書きながら色々修正していくので、読み返したら若干展開が変わってたりするかもしれません。
作風が好みじゃない場合は回れ右をして自衛をお願いいたします。
君が届かなくなる前に。
谷山佳与
恋愛
女神フレイアが加護する国、フレイアス王国。
この国には伝説があり、女神の色彩を持つものは豊かさと平和をもたらすと言われている。
この国の王太子殿下の正妃候補の内の一人は六公爵家の一つ、知のエレノール。代々宰相を務めてきたこの家の末姫は、貴族には必ずあるという、魔力を一切持っておらず、ふさわしくないと言われてはいるけど・・・。
※誤字など地味に修正中です。 2018/2/2
※お気に入り登録ありがとうございます。励みになります^^ 2018/02/28
※誤字脱字、修正中です。お話のベースは変わりませんが、新たに追加されたエピソードには「✩」がタイトルの最後に付けております。 2019/3/6
※最後までお読みいただきありがとう御座ます。ライラックのお話を別リンクで執筆中です。ヒロインメインとはなりますがご興味のある方はそちらもよろしくお願いいたします。
2019/4/17

夜会の夜の赤い夢
豆狸
恋愛
……どうして? どうしてフリオ様はそこまで私を疎んでいるの? バスキス伯爵家の財産以外、私にはなにひとつ価値がないというの?
涙を堪えて立ち去ろうとした私の体は、だれかにぶつかって止まった。そこには、燃える炎のような赤い髪の──

三度目の嘘つき
豆狸
恋愛
「……本当に良かったのかい、エカテリナ。こんな嘘をついて……」
「……いいのよ。私に新しい相手が出来れば、周囲も殿下と男爵令嬢の仲を認めずにはいられなくなるわ」
なろう様でも公開中ですが、少し構成が違います。内容は同じです。

今日は私の結婚式
豆狸
恋愛
ベッドの上には、幼いころからの婚約者だったレーナと同じ色の髪をした女性の腐り爛れた死体があった。
彼女が着ているドレスも、二日前僕とレーナの父が結婚を拒むレーナを屋根裏部屋へ放り込んだときに着ていたものと同じである。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

貴方でなくても良いのです。
豆狸
恋愛
彼が初めて淹れてくれたお茶を口に含むと、舌を刺すような刺激がありました。古い茶葉でもお使いになったのでしょうか。青い瞳に私を映すアントニオ様を傷つけないように、このことは秘密にしておきましょう。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる