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02 エントリー&テスト
しおりを挟む将来、絶望的な結婚生活が待っている。確実に。
流行の小説みたく、身分を捨てて国外逃亡して隣国で薬局とかカフェとか開いて優雅な平民ライフを送る、なんて出来たら素敵だと思う。
逃亡したとしてもクレラには弟がいるから後継者問題は生じない。
けれど生憎、自分でも嫌になるほど真面目だ。
投げ出せない。
貴族の娘として変に心構えが出来ている。
ただしこれは婚約者への妥協とか寛容さとかではなく、領地に税を納めてくれている人々への義理と人情だ。
何年か前、真実の愛に目覚めて駆け落ちした令息令嬢というのがいた。
凄過ぎる。家族も使命も信頼も信用も、全部投げ出したのだ。
でもきっと逃げた先に二人の幸福は待っていない。
産まれた子供に両親の馴れ初めを堂々と話せない。誠実であれ、と教育出来ない。
結局投げ出すにも度胸が要る。図太さが。
その図太さがクレラには無い。
――だからこれは、ビッグチャンス!
王都のシンボル、白亜の王宮にやって来た。
先週提出した応募書類が予選の審査にパスした。
そして日曜日の今日「王太子妃チャレンジ」の本戦、筆記試験に挑む機会を得た。
ここからが本番って事だ。
受験資格は十二歳から二十四歳までの王国籍を持つ女子である事。以上だ。
魔力量だの身分だの成績だの何も問うていない。
王命開催ながらチャレンジへの参加は強制ではない。あくまでも希望者のみ。
婚姻済みの女子は対象外ながら、婚約中ならば受験資格を持つ。
紙なり口なりの「お約束」より王命の方が重い。どちらを優先させるかは受験者自身の判断に委ねられる。受験について相手方に事前・事後報告するしないも本人が決めて良い。
これに対し、男性側からは特に反発は出ていない。どうせ「僕、俺、私の婚約者が選ばれる筈がない」からだ。
王太子妃の椅子はたった一つ。
王家は側妃を取らない。選ばれるのは絶対に一人だけだ。
「箔が付く」からと受験を勧める家族や婚約者までいる。
後々「僕、俺、私の婚約者は何次試験まで通った」と人に自慢出来る。
つまり落ちる事が前提の提案なのだ。
受験会場たる城の敷地内は人で溢れている。国中の乙女たちが一堂に会しているかのよう。王命は紙媒体を通じ、貴族から平民に至るまで広く通達された。
学生証と合格通知書を握り締め、クレラは雑踏を掻き分けて受験会場に踏み込む。
いざ――!
ダメ元だ。自信は無いし、王子様との結婚願望も無い。
ただ、王命の名の下に下された招集にいち国民として応じた。
それが偶々婚約者から合法的に解放される術だった。
目の前にぶら下がっている蜘蛛の糸に飛びつかない理由はない。
………、
「問いの十。
次の二国の内、我が国にとって脅威レベルがより高いのはどちら。理由も述べよ。
壱、魔物の大群に六連勝している中堅国A
弐、小国Bの大軍に三連勝している小国C」
翌週、月曜日。
早速結果が出た。ポストマンが自宅に届けに来た通知に拠れば、なんと筆記試験をパスしたと言う。
一次試験、突破だ。
この結果には両親もメイドも仰天した。
父は鬼気迫る面持ちで合格通知を食い入るように見詰めた。
「まさかうちのクレラがいけるのか。いけてしまうのか――!」
クレラは、それほど大層な事ではない、という気がしていた。
試験は易しくは無かったけれど難解という程では無かった。
記述式だったので解くのには時間を要したものの、興味深い質問ばかりで色々と考えさせられた。何より面白かった。
合格という事はクレラの意見を評価してもらえたという事だ。それが嬉しい。
――でも、楽しいのはここまでかな。
二次からがいよいよ本番なのだと思う。
次こそ落っこちてしまうに違いない、とクレラは軽く考えていた。
チャレンジへの参加は意義深く、充実感を得られるのがいい。
どの道、学校の無い週末は暇なのだ。婚約者とのデートなんてロマンチックなイベントも無い。というか一度も無い。
暇だからこそチャレンジに参加出来ている。
皮肉な状況には違いないけれど次の試験が待ち遠しい。
再び日曜日になった。
暇な休日の予定を埋めて頂きどうも有難うございます、という気持ちでクレラは登城した。
前回も思ったが城内はどこもかしこも美しい。三百年くらい前の王が美術館のようにしたい、といって改装したらしい。
廊下を進む内に、同じ部屋を目指す同じ年頃の女子らと合流する。
互いに横目でちらちらと窺う。
クレラは内心気圧されていた。なにせ見える範囲に美人しかいない。
知った顔は見当たらない。尤もクレラは、校内に知り合いが多くないし交友関係も狭いのだけれど。
会場に到着し、指定された席に着いた。
別の会場があるのかどうかは不明だが、場内の受験者数が前回の半分以下にまで減っている。ここには多分五十人くらい。
伏せた紙が配布されていく。またしても筆記試験のようだ。
因みに次回の試験がどういったものであるかという事前予告は無い。
毎回抜き打ちになる。
今回は八つあるテーマの中から自由に一つを選び小論文を書くというものだった。
幸運というか、魔法陣のテーマが含まれている。
クレラは敢えてそれを避けた。既に書き過ぎなくらい書いているテーマだし、目新しさが無いのであれば書く意味がない。かと言って研究途中のものでは書けない。
別のものを選び取る。
何となく目に留まった「聖女」のテーマだ。
三十分ほどで書き上げた。
クレラと同じく手持ち無沙汰の女子がチラホラ見受けられる。
受験者の半数以上が暇そうに机に肘を突いているのを見て取り、男性の試験官が告げた。
「終わった方、お帰りになって結構ですよ」
それでクレラは遠慮なく帰路に就いた。
帰りがてら城内をとくと見物した。順路以外は立ち入ってはいけないので場所は限定されるが、それでも充分見応えがある。
折角なので化粧室を借りてみた。化粧室と言うより「鏡の間」って感じだ。
「さすがお城は贅を凝らしているなあ」
洗面台の鏡で、国内ではありきたりな金髪碧眼の顔を左右から見る。
ご婦人方からはよく「リスっぽいね」と言われる。目と頬が丸いのだ。
人畜無害な見た目らしい。道に迷った時に遭遇したら「すみません」と助けを求めやすい雰囲気なのだとか。きっと褒め言葉だろう。
一面が鏡張りの壁に向かい、体をくるりと回して全身を確認した。
前回同様、学校指定の紺の制服で来ている。受験の際ドレスコードは無い。とはいえ、受験女子の多くがドレス着用で臨んでいる。
別に制服でも構わない、と試験官からの言質は貰っていた。
ただし「今後、服装を指定する試験があるかもしれません」との事だ。
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