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01 裁けない&築けない
しおりを挟む魔法・魔術学校内の図書館を出て学部棟に戻るところだった。
クレラ・アンヴェルは掲示板を見る。
休講になった授業は無し。残念。
「んん?」
妙な張り紙がある。
こうだ。
――王太子妃、大募集。
「え? えええ」
クレラは瞼を大きく開き、それから瞳を輝かせた。
平和な王国は、さり気なく軍事国家だ。
軍隊が強い。王子或いは王女であっても伝統的に陸・海いずれかの軍に入隊するしきたりがある。
国王の権限も絶対的に強い。
その国王が「王太子妃を募る。乙女たちよ、王宮に参るがよい」と命じている。
クレラからすれば、この王命は僥倖でしかない。
生粋の魔法陣オタクであるクレラは幼少期から夢を抱いている。
あらゆる魔法陣を見たい、知りたい、なんなら「実行」させてみたい。
残念ながらクレラには大して魔力が無い。
でも魔法陣に対する理解なら誰にも負けない。古代の魔法陣を復元した実績があるし、新たに作り出すセンスも抜群と教師から太鼓判を押されている。
魔法陣関連の科目に限り成績は常にトップをキープしている。
それ以外の成績は、並だけれど。
そんなクレラを、このほど王国陸軍魔法騎士団に入隊した三つ年上の幼馴染はいつも鼻で笑った。
「魔法陣って、――だっさ」
伯爵家の次男坊であるダヴァルは、剣術が得意である。
大きな身体に見合う大きな剣を振り回している。
魔法ステーショナリーを用いて紙やら床やらに描く魔法陣なんか興味が無い。
地道な作業全般、彼は嫌いだ。
凝り性でちまちまとした作業が大好物なクレラとは根本的に違う。
それなのに二人は婚約者だったりする。
クレラが学校に入学した十二歳の頃、家同士で勝手に決められた。
言い渡された際「うーわ、最悪」と言い放ったダヴァルのしかめっ面を、クレラは今でも覚えている。
しゅんとした。傷ついた。
なにも家族みんなの前で言わなくても良いのに、と物凄く恥ずかしい思いをした。
親同士と違い、子供同士は幼馴染とは名ばかりでほとんど交流が無かった。領地が隣りでタウンハウスが近所だったから家同士の交流は多かったけれど、クレラは家族ぐるみのイベントには積極的に参加していなかった。
しかもクレラの実家はしがない子爵家だ。
格下の家柄で、地味作業を愛する小娘。自分とまるで価値観の異なる相手が婚約者になった事に、勇敢で精悍なダヴァルが不満を抱く気持ちは分かる。
分かるけど、――――浮気はいけない。絶対に。
三年前、まだダヴァルが在学していた頃、クレラはその現場を目撃した。
裏の中庭ベンチで肩を寄せ合う若いカップル、その一方はダヴァルだった。
見知らぬ美人の女生徒はダヴァルに告げた。
「ねえ、貴方って婚約者ちゃんがいたわよね。こういうのマズくなあい?」
「いいんだよ。どうせあいつは馬鹿だから俺が何してたって気付かない」
「なあんかかわいそう。ねええ、好きじゃないならいっそ婚約なんて解消してあげたらあ?」
木陰に潜んで盗み聞きしていたクレラは見知らぬ美人に内心で賛同した。
――貴女、今良い事を言ってくださりました!
なのにダヴァルはとんでもない返答を彼女にした。
「解消は親がダルいよ。それに俺は魔法騎士団に入隊する。下っ端の任務は華やかじゃないどころか怪我のリスクが高いんだ。最初の魔物討伐で再起不能になる若手が多いって話だ」
「えー、こわあい」
「そう俺は恐いんだ。だから女房は俺の代わりに稼げる女であって欲しい。俺に万一の事があったら俺を養える女だ。あいつの魔法陣応用理論ってのは取ってる奴が少ない。あいつ、教授に気に入られてるっぽいから後継者になる可能性がある。もしあいつ自身が教授になれば出版でも金を稼げる。――あいつは金になる」
こわあい、と美人は大仰な声を上げた。
「十代で打算し過ぎててドン引きなんだけど」
「所詮次男だからな。これくらいの野心はみんなあるって」
「男子って大変ねえ。あたしは大金持ちならオジサマの後妻でも平気い」
「いいよな女は。その手があって」
「美人に限るけどねえ。てか貴方も相当イケてるお顔なんだし最悪リッチなオバサマに養ってもらえばあ?」
「みっともない。俺にもプライドがある」
「笑わせるわねえ。でもそういう自分勝手な言い分ってあたし嫌いじゃないわあ。人間らしいっていうかあ」
「似た者なんだろうな、俺とお前。だから気が合う」
「ふふ、体もね」
「――今夜、あの宿でいいだろ?」
「ふふふ。ホントにえっちが好きねえ」
二人が立ち去ってもクレラは一時間くらい、その場から動けなかった。
世の中には犯罪者というのがいる。
しかし犯罪者だけが悪党なのではない、とこの時思い知った。
――むしろ裁けない罪の方が、どうにもならない。
どうにもならないのは非常に困るクレラは、家に帰って即行両親に申し出た。
「解消してください。後生です。不可能です。彼と幸せな家庭を築く、――無理です。彼とは普通の家庭すら築けません」
娘の必死の訴えに、両親は疲れたような顔をただ横に振って見せた。
ネックになっているのは相手方が格上の伯爵家であるという点と、ダヴァル自身がクレラとの婚約を解消する気が無いという点だ。
跳ね付けられない。
下手な事を申し立てて伯爵の不評を買えば、多くを敵に回す。
結論「貴族の娘なのだから普通の幸せは諦めなさい」だった。
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