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26 ファミリー ☆
しおりを挟むプロポーズを了承した翌週。本土の王都に婚姻届を出しに行った。
初めての獣人国訪問にルルエははしゃぎ、初めての島外にミアンは大騒ぎした。
一人冷静なレクシーは、暴れる幼児を手荷物よろしく片腕に抱き、もう片方の腕にルルエを掴ませて王城に向かった。
予告なく王城の主と謁見する事態になってルルエは固まった。
ぎこちないカーテシーをする母親の傍らで、ミアンは欠伸をした。
無礼を前にしてアルベテッロ国王は噴き出した。
「なんとレクシーそのものだ。そやつ大物になるぞ」
謎の賛辞にルルエは恐縮し、レクシーは白け顔で「どうも」だった。
謁見後は王の粋な計らいで城内の大聖堂で簡素な式を挙げた。
本来なら王室の人間以外は立ち入り禁止の神聖な空間を使わせてもらうとあって、ルルエはとことん恐縮した。
祭壇前の大司教が厳かな口調で新郎新婦に問うた直後、事件は起こった。
「――夫を愛する事を誓いますか?」
「うえぇ」
居合わせたほとんど全員が腹を抱えた。
笑えなかったのはルルエと、きょとん顔のミアン、やらかした本人だけだ。
一番ウケていたのは国王で「おい、なんか吐くぞ」と大爆笑していた。
大爆笑を経てどうにか指輪交換を済ませ、式を終えた後に王がルルエに言った。
「次、お前に会うのは騎士爵の叙勲式だろう」
ルルエは深く一礼した。
ミアンはやっぱり欠伸をしていた。
島に戻ったルルエは、ミアンと共に領主邸での生活をスタートさせた。
空けた借家はじきにやって来る魔法植物研究員らの下宿として活用する。
引っ越しの翌週ルルエは職を辞した。
店には立たないけれど常備薬の作製は今後も可能な限り続けるつもりだ。
母親の退職に伴ってミアンも保育施設を退園した。
本人はつまらなかったようだが、ルルエとしては貴重な体験をさせてもらえた事を感謝している。
ビーチや領主邸の庭で何か子供たちの為のイベントが開けたらと思う。
来年にはミアンに各教科の専門の家庭教師を付ける。
それまでは両親がミアンの教師だ。
「といっても母が教えられるのは植物の事くらいだけどね」
「おふね」
「それはぱぱに習った方が良いよ」
「およぐ」
「それもぱぱに、――押し付け過ぎかな?」
首を傾げた時、メイドが郵便物を届けに来た。
送り主は母国サレイユ王国の親友たちだ。
家の留守を預かってくれていた彼らに、ルルエは島に来た翌年には手紙を書いていた。まだ帰国は無理だから、と出産報告を兼ねて家の管理を引き続き依頼する内容だった。
けれど投函した手紙は海のどこかで紛失してしまったらしく彼らの元には届いていなかった。届いていないと分かったのは同便の積み荷の多くが行方知れずになっていると、ついこの頃になって発覚したからだ。
戦後から一年の南海は不安定で海賊被害も嵐も多発した。
ルルエが無事にビオドラに渡れたのは幸運もあるが、船の巨大さと船長の辣腕によるところが大きかった。
プリアーノ博士が手配してくれたのは世界最大級の大型キャリアー、魔法鉱石などを大量に積める輸送船だった。その巨体に対し、積み荷は最小限の船員とルルエと苔の水槽のみ。楽勝航海はすいすい進んだ。
郵送物の紛失を知ったルルエは、すぐに彼らへの手紙をしたため直した。
三年もの間家を守ってくれた二人に正式に家を譲り渡す事、住むなり処分するなり判断は二人に任せる事、レクシーと結婚した事、今は家族三人で島暮らしを満喫している事などを書いた。
その速達郵便は、アルベテッロ王国海軍が寄港ついでに祖国へ届けてくれた。
更に海軍は返信業務まで請け負ってくれ、こうして親友らからの返信がルルエの手元に届けられた。速達以上に速達だ。
おめでとう、幸せそうで何より、という祝い文句から始まった手紙にはこう綴られていた。
家は売らない。直しながら住み続ける。君が帰郷する日をこの家で待つ。
義理堅いなあとルルエは苦笑した。
因みに何故か凍結していた口座の問題は、晴れて夫となったレクシーからサレイユ赴任中のアルベテッロの高官に依頼する事で解決した。
結婚したので年金はストップする。全く問題ない。
結局手付かずに終わった貯金は九割を教会に寄付し、一割を実家で暮らす二人に使ってもらう事にした。管理維持費の足しになれば幸いだ。
双方に対して小切手を送った。心苦しくも海軍艦がまたひとっ走りしてくれた。
苔の観察を終え、ルルエはミアンを連れてビッティ島を後にする。
本土からやって来た五人の研究チームはまだ島に居座るとの事だったので、一足先に帰りのボートに乗った。
埠頭から馬車で領主邸に戻ると、柱時計が丁度ティータイムを報せた。
庭を臨むテラスで紅茶と焼き菓子を楽しむ母子のもとにレクシーが顔を出した。
席に加わった彼は、ルルエに言った。
「今日はビッティの調査初日だったな」
「うん。みんな暑い中白衣にマスク姿で大変だよ。うっかり苔で転んで全員が麻酔吸い込んじゃったら島で一晩ぐっすりになっちゃうからね。一応彼らの帰りが遅い様なら知らせてねってご近所さんにお願いしてる」
「チーム内に人間を交ぜるべきだな。島内で募ってみるか」
「船が使えて優しい人ならきっと彼らは文句ないよ」
気難しい研究者らを想念してルルエは笑った。
レクシーは紅茶を一口飲んで、傍らの幼児の金髪をわしわしと撫で回す。
「んみ」とミアンは父親を仰ぎ、瞬いた。
「ぱぱうえ、おしごと?」
「まだな。晩飯の時間には間に合う」
「おしごと、たのし?」
「お前と遊ぶよりは楽しくない」
「かわいそ、ぱぱうえ」
「仕方がない。お前達を養う為だ」
どうかなあ、とルルエは笑った。
「レクシーがそんな頑張らなくても、私が薬師業やれば二人を養えると思う」
「……お前が外で働いている間、俺に何をしていろと」
「育児とかお魚釣りとか? 主夫だね」
「……有り得ん。俺の立つ瀬が無くなる」
抵抗感が凄まじいようで、レクシーは心底嫌そうに紅茶のカップ内を睨んだ。
これが男の矜持というやつかなとルルエは内心に呟き、ミアンを見た。
「ミィくんは将来何するひとになるのかな」
レモンカードマフィンをはもはもと頬張っていた幼い顔がルルエを見た。
「たいしれい、なる」
「ああ、そういえばそうだったね」
レクシーが軽く噴き出した。
「もっと上目指せよ。いっそ王になれ。全軍の頂点だぞ」
なれない事はない。ミアンには継承権がある。本気で目指すと言うのなら父親が全力でバックアップする。
その王子たるミアンは、国王という単語を耳にして王城で出会った玉座の主を思い出したと見える。王の何かが気に入らないようでしかめっ面になった。
「うえぇ」
不敬につきルルエは噴き出すのを必死に堪えたが、レクシーは遠慮なく大笑いしていた。
就寝時。
レクシーは二歳児に添い寝をして絵本を読み聞かせていた。
「そしてイヌとサルは仲良くバトルしたってよ」
「ぐー」
「おわり」
幼児の爆睡を見届けて本を閉じる。
ベッドの端に両肘を突いて耳を傾けていたルルエが含み笑いをした。
素早く身を起こし、レクシーはルルエの手を引いてメイン照明を落とした子供部屋を後にする。
廊下を直進してすぐの寝室に入るやルルエを横抱きにした。
背中で部屋の扉を閉め、口付けを交わしながらベッドに向かい、シーツに下ろしたルルエの上に重なる。
露わにした彼女の素肌を掌で撫で回し、舌で這い回った。
「愛している、ルルエ」
交差する吐息の合間で愛を囁き、彼女を求めてやまない意思を包み隠さず訴える。
二度と行き違う事が無い様にしっかりと。
レクシーの求愛にルルエは懸命に頷き、求めに応じてくれた。
彼女の下腿から力が抜けたのを察したレクシーは白い太腿を掴むと、そっと左右に開いてしっとりと濡れた内股の間に体を入れた。
丹念にほぐした中心に猛った切っ先を押し当て、押し込む。ああ、とルルエの腰が跳ねた。
深く繋がってレクシーはルルエの唇を舐めて宥めた。後はもうひたすら彼女を求めて腰を前後に動かした。
「ルルエ、ルルエ、愛している」
「あ、う、うん。あ、ああ――」
「――いったのか、ルルエ。お前は本当に可愛いな」
「あ、だめ、だめ」
「ここが好きだよな。いかせてやるぞ、何度でも」
「あ、あ、レクシー、――すき」
「――ルルエ、止まらないからな。今日も夜更かしをさせてしまう。俺のルルエ、心から愛している」
夫婦は最高に盛り上がった。
子供部屋を与えられたミアンが一人で眠れるようになり、ルルエがレクシーと寝室を共有するようになって以来、夫婦のベッドは連日連夜忙しなく揺れている。
来年にはミアンの弟か妹が誕生している事だろう。
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