獣人閣下の求愛、行き違う

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16 アンサーナイト

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サレイユ王国駐留から一年が経過した。

この一年、ほとんど海に出ていたレクシーは三ヶ月ぶりに軍港のある王都に帰投した。
階級が一つ上がったものの変わらず隊司令である。
艦隊にはもう一人同じポジションの人物がいる。戦績多数の古豪の彼はレクシーが一目置いている数少ない海軍軍人でもあった。

「やあ、ミュクシウ隊司令」

港内の基地本部に向かう途中で声を掛けられ、レクシーは機敏に足を止めた。
熊耳の大男を認めて素早く敬礼する。

「トラヴェルサ隊司令」
「堅苦しいのは要らんよ。君、今から昼食かね」
「は」
「一緒にどうかね」
「は。喜んでお供致します」
「だから堅苦しいのは要らんよ」

気さくな壮年の顔が笑みを浮かべた。
小物ほど偉ぶるものだが、偉ぶる必要が無いこの彼は決して偉ぶらない。
有能なトラヴェルサが港に留まってくれていたからこそ、レクシーは自由に外洋に出る事が出来た。

近隣ホテルの一階にあるレストランに歩いて向かい、共にランチメニューをオーダーする。
「どうかね、艦の調子は」とテーブルで対面するトラヴェルサが話を振り、レクシーは顎を引いた。

「問題ありません」
「そうか。そうそう新卒配置だがね。こっちにも何人か配属されるそうだから我々が鍛えてやらんとな」
「承知しました」

トラヴェルサは苦笑した。

「ところで国に帰らんで良いのかね、公爵令息くん」

レクシーは淡々と答えた。

「自分に帰る家は無いと認識しております」
「……三年前、父君が亡くなった際も葬儀に出なかったのだろう君。家族なのにあんまり寂しいじゃないかね」

変わらず淡々と続けた。

「自分に家族はおりません」



王の誕生日を祝う晩餐会の招待状がレクシーのもとに届いた。

考えないようにするのは結局考えているのと同じ事だ。
しかしレクシーは忌々しいながらも確認せずにはいられなかった。
基地から城に無線通信で問い合わせた。

「ルルエ・サントリーヌ嬢は出席しますか」

彼女がいるなら欠席するつもりでいた。
けれど城の担当官からの回答は「該当する方はいません」だった。

夕方過ぎ。王城に向かった。
丁度玄関を潜ったところで庭の話し声を耳に拾った。
いつかも聞いた令嬢の声だ。

「――すっかり社交界からご無沙汰ですわね、ルルエ・サントリーヌ」

哀れむ口調が以前のものとはまるで違っていた。

「かれこれ一年くらい姿を見てませんけど、やっぱり隊司令に捨てられたって噂は本当でしたのね。傷心なのでしょうね、きっと」
「先輩、それ誰が言い始めたんですっけ。いつの間にか広まってましたよね」
「言われてみれば誰だったかしら。でもまあ実際にお二人は結婚していないのだし噂通りだったワケでしょ」
「確か兎姫ってのが来た時期と被ってたんですよ。――あの人も何だったんでしょうね。何しに来たんだか」
「平和訪問でしょ?」
「兎姫の国、南海大戦に参加してませんよ」
「あら、そうなの? お暇なコト」

胸のざわつきを覚え、レクシーは足を止めた。
案内係が振り返り「どうされました」と首を傾げる。
レクシーは機敏に回れ右をした。

「悪いが欠席する」
「え? ええええ、そんな隊司令」

嘆く声を置き去りにして馬車に駆け戻った。
ルルエの自宅に向かわせる。
二度と関わるなと告げ、会わないと決めたのに掌返しもいいところだ。
とんだ恥晒しだ。
それでも見落としたままよりはマシだと思った。

小さな家の灯りが点いていた。
在宅を見て取り、馬車を飛び降りたレクシーは真っすぐ玄関に向かった。
ポーチで迷った挙句、軽い拳でドアを叩いた。

「ルルエ、開けろ」

我ながら横暴だと思った。どんな顔で彼女と対面すればいいのか分からずにこんな言動になってしまった。
やがて玄関に気配が近付いて来て、ドアが細く開いた。

「どちら様ですか?」

若い男の顔が怪訝にレクシーを見上げた。
レクシーは脳内の血が静かに沸騰するのを感じた。

「誰だ、貴様」
「え? 僕はこの家の――」
「ルルエの何だ。まさか夫だなどとぬかさんだろうな」

ぽかんとした男は、ハッとした顔になるとドアの隙間を広げた。

「貴方ひょっとして隊司令ですか」
「貴様が先に答えろ」
「僕には秘密のパートナーがいます。でもそれはルルエではありません」

突然の告白にレクシーは顔を顰めた。

「何だと? 何を言っている」

埒が明かないと悟ったのか、男は徐に家の中に向かって声を発した。

「ねえ、お客さんが来たから入れて良い?」

家の中から返答があった。

「はあ? こんな時間に誰だよ」

レクシーは唖然とした。男の声だ。
対応中の男がレクシーに向き戻った。

「僕は同性愛者でして」
「――は?」
「ルルエとは教会で出会いました。悩める同士だったんです」
「――――は?」

何一つ理解できないレクシーに、奥から姿を現したもう一人の住人が苦笑した。

「俺たちと同じだと思ってたんだよ、ルルエは。つい最近まで、子供の頃に出会った仔猫ちゃんが女の子なんだと思い込んでたってさ」

まだ理解できないレクシーだったが、唐突に閃いた。
仔猫ちゃんイコール自分だ。そして脳細胞に雷光が走った。
ルルエの声がした。

「無理だよ」
「なんで出来ると思ったの」

毒を盛られていた影響でレクシーの成長はかなり遅れていた。
獣人の早い声変り時期と重なり上手く話せなかった所為で内気な子供と思われた。
女っぽく見えた。

ルルエはレクシーを女だと勘違いしていた。
ルルエにとってレクシーは文字通り男ではなかった。
だから結婚は無理だと言った。

振られた事に変わりはないが、負の感情が理由では無かった。
互いに勘違いしていた。十年以上も。

壁に肩で凭れかかり、レクシーは力の抜けそうな体をどうにか支える。
男のカップルは顔を見合わせ交互にレクシーに教えた。

レストランを経営している彼らは、長らく人目を気にせず暮らせる一戸建てを職場の近くで探していた。
事情を知ったルルエは二人に提案した。

「私、結構長く家空けるから住んでて良いよ。家賃勿体ないでしょ」

無料で住まわせてもらえる事になり二人は喜んだ。
しかもルルエの家は立派な地下室付き。ワインセラーとして活用した。

「――待て、待て!」話の途中でレクシーは声を挟んだ。

「何が何だか分からん。家を空けるだと? ならばルルエ本人はどこにいる。どこに行った」

二人は顔を見合わせ、最初の一人が告げた。

「行き先は教えてもらえませんでした。知ってしまったら僕らに迷惑がかかるかもしれないって。共犯扱いになるかもって言って」
「は、――は?」
「多分だけど法に触れるような事をしたんじゃないでしょうか、ルルエは。深夜に出て行ったから、夜逃げみたく」
「夜、逃げ?」

もう一人が続けた。

「外国に行ったと思うね。デカいトランクだったしな」
「外国?」

レクシーは混乱を極めていた。
男らはどちらも嘆息して、飽和状態のレクシーに言った。

「一つ確かなのは、ルルエは貴方の事が好きだったって事ですよ」
「何、――」
「悩める同士って言ったでしょ、さっき。彼女は自分を同性愛者だと思ってたんです。無駄な悩みだったけど」
「――、――」
「どうするか自分で決めてください隊司令さん。まあ黙って消えた彼女の事なんてすっぱり忘れちゃえば楽でしょうね」
「――、忘れ――」

立て続けの情報にレクシーの混乱はピークに達していた。
男は言い放った。

「それとも死ぬ気で捜します?」

どこに行ったのか分からないルルエ。
違法だか夜逃げだかやらかしたルルエ。
散々レクシーを振り回してくれたルルエ。

関係ない。
レクシーは呆けるのを止めた。

「捜し出す。何であれ俺のルルエだ」

もう一人の男が肩をひょいと上下させた。

「でもさ、ルルエの方はアンタなんかお呼びじゃないかもよ?」
「何だと」
「出立前、妙に疲れた顔してたからさ。ちょいボロボロで。そういや庭もボロボロで意味不明だったな」
「――――」
「酷い目になんて、遭わせてないよなアンタ。ルルエに恨まれてないよな」
「――――」

レクシーには恨まれている覚えしかなかった。
破り捨てた小切手と大穴を空けた庭を思い出して血の気が引いた。
男らの白い目が顔面蒼白に突き刺さった。

「なんか察した。とりあえず僕らは貴方を応援しないので」
「おろおろしてな。じゃ、話せて良かった」

無情にもレクシーの鼻先でドアが閉まった。
レクシーの茫然は続いた。





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