獣人閣下の求愛、行き違う

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09 婚約、今夜ク

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いつものように玄関の掃き掃除を終えて、ルルエはポストから朝刊を引っこ抜く。
家に入りつつ新聞紙を開くと、驚くべき大見出しが目に飛び込んできた。

――獣人国海軍の英雄ミュクシウ隊司令、婚約発表!

言葉も出なかった。
ショックも束の間、婚約相手の名前にぎょっとした。

――お相手は社交界の薔薇こと麗しのルルエ・サントリーヌ嬢。

「いやいや、聞いてない聞いてない」

ルルエは思わず新聞紙を相手に突っ込んだ。
何も聞いていない。有り得ない。
なんで本人が知らない事を新聞社が知っている。

「どうなってるのコレ。あ、誤報?」

人の噂が当てにならない事をルルエは身を以て経験している。



誤報ではないとの回答を得た。
夕方。珍しくルルエ宅まで迎えに来たレクシーは馬車内で告げた。

「この頃本国の王がウザいんだよ。東西南北のブス姫どもを勧めてきては結婚しろとせっついて来やがる。だから先手を打った」

ルルエは納得した。
要するにこの婚約はレクシーが可愛いお姫様と出会うまでの時間稼ぎという事だ。

「私は防波堤なんだね」
「そ、――そうだ」
「そっか。分かった」
「……それだけか」
「それだけって?」
「あるだろ、何かしらリアクションが。嬉しいとか、死ぬほど嬉しいとか、泣くほど嬉しいとか……悲しいとか」
「うん。嬉しいよ」
「――! お前嬉しいのか」
「うん。レクシーのお役に立てて何よりだよ」
「そうか嬉しいか。そうか」

急に上機嫌になったレクシーに首を傾げてルルエは車窓に目をやった。
便利な愛人として機能している現実が悲しくない、という事は無い。
けれど昔うっかり振ってしまった負い目がある。国際平和も大事だ。

どうせ「魔性の女」で「性悪女」なので婚約くらい構わない。
その先の結婚が無くても仕方がない。

今朝の新聞記事に、レクシーに関する重大な情報が書かれていた。
なんとレクシーは公爵家の出身だそうだ。貴族っぽいなとは思っていたがまさか王族の血を引いていたなんて仰天しかない。
身分が違い過ぎる。
父が亡くなり、最早ルルエは末端貴族ですらない。
十一年前に振ろうが振るまいがミュウとは結婚出来ない運命だったのだ。

二人の乗る馬車は白亜の王城に到着した。
婚約の報を知った国王夫妻がレクシーを祝う為に舞踏会を主催した。

サレイユ王国は戦勝国にこそなれたが消耗した兵力に不安を抱えている。その為、終戦した今も尚同盟国たる獣人国王国軍が国内に駐留している。
現状、港を守っているのは自国の海軍ではなくレクシーの所属する艦隊だ。
蔑ろに出来ない。まだ去っていかれては困る。
機嫌を取るのは当然だった。

城内に入り、再会の場所でもあるグランドボールルームに向かう。道の途中でレクシーは肘を折ってルルエに掴むよう促した。

「これ見よがしに密着してろ。俺の腕にその発育の良い胸を押し付けるんだ」
「こんな感じ?」
「――、上出来だ。帰ったら優しく遊んでやるからな」

二人揃って入場すると、場内の注目を一斉に浴びた。

レクシーはあちこちから飛んで来る祝いの声にどこか白々しい笑みで答えている。
ルルエもなんとか笑みを保ち、時折会釈など挟んでみた。

意外にもルルエは祝福されていた。
女性陣の嘘偽りのない笑顔からメッセージが受け取れた。どうやら彼女らは「魔性の女卒業おめでとう。二度と戻ってきなさんなよ」と告げている。
男性陣は悄然としている顔がチラホラ見受けられた。恐らく「あ、美男子と婚約したんだ。だから最近夜会に顔出さなかったんだね……」と言っている。

実際壮絶な美貌を誇るレクシーは愛想笑いの下で、男性陣を威圧していた。
「という訳だから貴様らの出番は終わりだ」と脅している。
雄の威嚇は相手にきちんと伝わっていた。

国王夫妻が壇上に登場するとワルツが始まった。
ルルエは軽快にステップを踏んだ。レクシーと踊る初めての社交ダンスに浮かれていた。
華麗にルルエをリードしながらレクシーは王子様のような笑みを浮かべた。

「上手いじゃないか」
「島の海と山で足腰鍛えた甲斐あったね、お互い」
「確かにな」

笑い合って楽し気に踊る二人の姿は周囲の目にはさぞや仲睦まじいカップルと映った事だろう。
今日のルルエは愛人としていい仕事が出来たに違いない。



舞踏会後、一等地の屋敷に戻るやレクシーはルルエをベッドに押し倒した。

「優しく遊んでやる」

ルルエを裸にすると彼は宣言通り二つの白い房をいつも以上に構った。
そしていつものように割り開いた左右の足の間に体を入れ、ルルエを揺さぶった。
先にルルエを最高潮へと至らしめて自分も続く。左右の太腿を掴み広げたままルルエの体の中心で腰を前後させ、高めた熱を好きなだけ放出した。

事を成し遂げたレクシーは体重をかけずにルルエの上に重なり、深く、満足げな溜め息をルルエの耳に吹き入れた。

「そろそろ、なんじゃないか」

くたりとなったルルエは、まだ熱に潤んでいる瞳でレクシーを見上げる。
半開きのルルエの唇を軽く吸ったレクシーは、ルルエの下腹部に掌を這わせた。

「これだけやってるんだ。ここに俺とお前のガキがいるんじゃないのか」

レクシーの懸念を悟り、ルルエは疲労困憊で億劫な口を動かした。

「……大丈夫。いないよ。自作ピルで、対策ばっちり」

レクシーは息を呑んだ。
ちょっと眠たくなってきてルルエは寝言じみた声で続けた。

「愛人に赤ちゃんは、困る、よねえ」
「な、――」

レクシーの手がルルエの肩を掴む。何か言いかけた彼だが、言葉を見付けられなかったようでただ唇をぱくぱくさせている。
我慢できずにルルエは小さな欠伸をした。

「ハンドメイド、だから、お薬代、かかって、なあい……」

だから余計な費用も心配も要らないよ、という意味を込めておいた。
眠気が限界にきて視界が閉じる。
遠くの方でレクシーが何か言っていた。

「俺は――ああ、――――くっそ!」





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