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04 さよならセーラー
しおりを挟むミュウはいつも白いセーラーカラーの服を着ていた。
ビオドラ島名物の水兵ルックは大陸沿岸部でも大流行した。
ミュウがパンツスタイルだったのでルルエはプリーツスカートをチョイスした。
くるーりと回ってミュウに見せびらかす。
「見て見てお揃い。似合う?」
「う、ん。ルルエ、かわ、かわい」
普段大人しいミュウは小鳥のような声を一生懸命出して、かあっと赤面した。
なんで照れているのか分からないが、ルルエは少し上背の勝るミュウの可愛い銀髪をなでなでした。
「ありがと。でもミュウのが可愛いよ」
「……かわ、いくない」
「ミュウは時々ひねくれてる。ひょっとしてお腹すいてる? お魚食べる?」
「……ルルエ、食べる、なら、獲る」
島唯一の友人は、近くの沢で簡単に魚を獲って来た。
素手で、大漁。
河原で焚火を起こす猫科の友人の隣にしゃがみ込み、ルルエは感心した。
「ミュウ、サバイバルスキル高すぎ」
「……これくらい」
「猫ちゃんてみんなお魚獲るの上手なの」
「猫ちゃ……」
「いいねえ。食費浮く。ならミュウと結婚したら食費要らないんだ。きゃっはは」
「……けっこ、ん」
笑い転げるルルエの傍らでミュウは真っ赤になって固まっていた。
「家に帰る」とルルエは言い張った。
考えたい事が山積みになっていたし、やるべき事だってある。
訝しげな顔のレクシーは拘束する腕の力を緩めると、くるんとルルエを反転させて自分と向き合わせた。
「お前、何をムキになって帰ろうとしている。家に何があると言うんだ」
「な、何がって色々だよ。読みかけの小説とか、だよ、です」
言葉遣いに迷うあまりルルエは変な語尾になった。
レクシーがミュウならば三つ年上という事になる。年上の軍人で戦争の英雄を相手に気安い話し方をするのは憚られた。
ルルエの不自然な口調にレクシーは顔を顰めた。
「昔と同じように話せ」
許しを得て、ルルエは密かに安堵した。
「じゃあミュウ、じゃなかったレクシー、さん? 様? 隊司令?」
「心を込めてレクシーと呼べ」
「レクシー、とにかく家に帰して。私、今一人暮らしなの。洗濯物干しっぱなしだしキッチンに洗い物溜まってるし掃除したいし庭の手入れも――」
ああ、と嘆息ごと吐き出してレクシーは脱力した。
「分かったよ。帰せばいいんだろ帰せば」
「……あの、馬車、奢ってくれるかな?」
「ああ、俺はケチな金持ちじゃないから安心しろ」
どうやら隊司令とやらは高給取りのようでルルエの懐は助かった。
朝食を用意してくれると言われたものの、馬車が到着次第すぐに出たかったので泣く泣く遠慮した。
すると部屋を出る直前、ラタンの蓋付きのバスケットを持たされた。中には高級ホテルのブランチみたいなメニューが詰め込まれていた。
瞳を輝かせるルルエに、レクシーは素っ気なく告げた。
「お前それ島でよく食ってたろ。レモン味のカップケーキ」
「うん。カップケーキじゃなくてマフィンだけどね」
レモンカードマフィンはルルエの父も好物だった。父娘揃って柑橘類が好きだったのだ。
バスケットを大事に抱えて階段を一階分下り玄関に向かう。
外に出て、王都の一等地にいる事を知った。白い石造りの邸宅はレクシーが最近購入したタウンハウスの一つらしい。あちこちの国に不動産を持っていると言う。
立派な外観に見惚れるルルエをレクシーは片腕で抱えるようにして馬車に引っ張っていき、一緒に車内に乗り込んで来た。
「家まで送ってやる」
シートに押し込まれたルルエは、膝に載せたバスケットを抱き締めて俯いた。
「見られるの、ちょっと恥ずかしい。家、ちっちゃいから」
ふん、とレクシーが鼻を鳴らした。
「それがどうした。親父さんを貶める発言は止せ」
パッと顔を上げて、ルルエは隣の軍服を仰いだ。
レクシーは横目だけルルエに向けた。
「ただの魔法植物学者で薬師だったのに戦場に狩り出されて、気の毒だったな」
「……レクシー、知っていたの」
「戦死者名簿を見た。騎士爵なんぞを持っていたからだろ、徴集は。他の民間の薬師どもは徴集されていないと聞いた」
ルルエはしゅんとした。
ルルエの父は、学生時代に群島で発見した新種の発表後に騎士爵を与えられた。
実は父に爵位を与えたのは母国サレイユ王国よりも、獣人国ことレクシーの母国アルベテッロ王国の方が先だった。
父は自国と他国、二つの国で爵位を得るという世にも珍しい経験をした。
その名誉が仇にもなった。
ルルエの落ちた肩に、レクシーの大きな掌が被さった。
「親父さんが死んだ所為でお前は、――男を誑かして貢がせる性悪女に成り果てちまったんだろ」
「あ……、う、ん……」
確かに父の戦死は、パトロン捜しの一因には違いない。父が存命であれば、騎士爵の名の下に然るべき機関に掛け合う事が出来たかもしれない。
でも結局、資金難に陥っただろう。
肩を掴む手に力が籠り、ルルエはレクシーを見やった。
徐に肩を寄せてきたレクシーは、首を傾げるようにしてルルエの顔を覗き込む。
あ、と察したルルエは反射的に顔を背けた。
一度動きを止めたレクシーは、横顔を向けたルルエの唇の端を軽く吸った。
「もう他の男には頼るな。俺がお前に何でもくれてやる」
目元を赤く染めたルルエは視線を彷徨わせると、恐る恐る目だけレクシーに向けた。
「だからレクシーの愛人になれって?」
「そ、――」
レクシーが言いかけた時、車輪がガタンと振動した。道にあった小石か何かを踏んだようだ。
車に揺られながらルルエは考えた。レクシーの愛人。抵抗感のある響きだ。
思った事が口から出た。
「レクシーの愛人は嫌だな……」
夏季休暇が終わりに近付き、ルルエは父と共に島を離れる事になった。
帰国の前日、ミュウは夕日の射す波打ち際でルルエに切り出した。
「ルルエ、ぼくと、け、け、け」
「……けけけ?」
「け、結婚、して!」
「ぼく」が似合う美少女の叫びに、ルルエはきょとんとした。
首を傾げて、何故か必死になって両腕を掴む赤面を見詰めた。
不思議で堪らなかった。
「無理だよ」
「――――」
「なんで出来ると思ったの」
「――――」
「変なミュウ」
「――――」
「じゃ、冬季休暇でね」
「――――」
「また図形の宿題手伝ってよね。きゃっはは」
「――――」
石になったミュウを半ば放置して、ルルエは砂浜を駆け出した。
どうせ三ヶ月後に会えるからと簡単に別れを済ませてしまった。
翌月、他国との間で海を巡る紛争が勃発し、まさか十年以上も海路が塞がれるなどと思ってもみなかったのだ。
異国の友人と離れ離れになるなんて露ほども。
会えなくなって数年が経ち思春期に入ると、ルルエは遅く自覚した。
ミュウより好きな他人がいない。
自分はずっとセーラー服の女の子に恋心を抱いていた。
月夜を仰いだルルエは遠い南の海に思いを馳せ、涙ぐんだ。
心から後悔した。
「答えてれば良かった。結婚しようねって……」
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