獣人閣下の求愛、行き違う

C t R

文字の大きさ
上 下
3 / 27

03 正体ム

しおりを挟む



体格の勝る相手に片手で肩を押されながらルルエは後ろ歩きで室内に戻される。
ソファーまで追いやられ、すとんと落ちるようにして座った。

前屈みになった男は左右の腕を伸ばすと、ルルエを挟み込むようにして背凭れに両手を突いた。

「この俺への挨拶も無く、どこに行く気だ」

精悍な顔がずいと鼻先に迫り、ルルエの唇を素早く吸った。
驚いたルルエは彼の分厚い胸を両手で押して、顔を下に向けた。

「お暇します」
「まだゆっくりしていけ。後で送ってやる」
「今すぐ帰ります」
「他人行儀はよせ。俺とお前の仲だ。おい、顔上げろ」

逃げるルルエを追いかけて来るしつこい声に、反発心が湧いた。
一体どんな「仲」があると言うのか。

「他人です。貴方なんか全然知らない人です」
「な、――」
「解放してください。早く無かった事にしたいんです」
「――――」

男の言動が急に止み、妙な沈黙が出来た。
そろりと顔を上げたルルエは、目を瞠った男と視線を交える。
彼は、何かに酷く驚いている。
でもルルエには関係ない。今だ。座面をささっと滑り下りて男の腕を掻い潜り、その包囲から抜け出す。
脱出成功も束の間、背後から伸びてきた長い片腕に腰を巻き取られた。

あっさり連れ戻された背中が男の分厚い胸と密着して、力強い両腕に上半身が捕らわれる。
ジタバタと逃げ出そうとするルルエの耳に、脅し付ける声が発した。

「お前、何を言っている。この俺を知らんだと。他人だと」

怒気を孕んだ声音にルルエはピタリと抵抗を止め、体を震わせた。後ろから首を噛みつかれる想像が湧き、恐ろしくなってきた。
彼は唸るように告げた。

「忘れているだと」

意外な言葉にルルエは瞬いた。
肩越しの相手をどうにか首で振り返る。

「忘れて? え、どこかでお会いした事ありますっけ? 貴方のお名前すら知らないんですけど私」

彼は再び驚愕に目を見開き、やはり怒りに戦慄いた。

「会っただろうが、ガキの頃。ビオドラ島のマリーナで」

ビオドラ、と口の中で復唱してルルエこそ驚愕した。
ルルエが行きたくて堪らない目的地、のご近所さんの名だ。

ビオドラは大陸南海で群島を形成する島の一つで、群島最大の通称ビッグアイランドである。そしてビッグアイランドの西に位置する群島最小の島ビッティこそがルルエの最終目的地なのだ。

茫然としているルルエに、彼は突き付けた。

「レクシー・ヴァルミュオラ・ミュクシウ――お前からはミュウと呼ばれていた」

ルルエは絶句した。
その長ったらしい名前を聞き取るのに難儀した子供の頃の記憶が一気に蘇る。
当時七歳だったルルエは、島で出会った獣人の子供に適当過ぎるあだ名を付けた。

「んうー、長い。舌噛む。もうミュウで良いね」
「え、あ、う……良い」

白くて丸い猫科の耳をくっ付けた銀髪の幼顔は、戸惑いながらもルルエにこくんと同意した。
あの大人しくて可愛かった仔猫ちゃんが、十一年の時を経てこんな屈強な軍人に成長していた。ちょっと信じられない。
ルルエは唖然の口を開いた。

「ミュウ、なの? なんかすっかり大きくなって……」

腰を抱く太い腕にぐっと力が込められた。
噛みつくように肩から身を乗り出し、ミュウことレクシーはルルエを睨んだ。

「ミュウはもうよせ。今の俺は獣人国海軍のミュクシウ隊司令だぞ」

軍服に縫い付けられた錨モチーフの徽章から海軍なのは予想が付いていた。
駐留軍の隊司令がどれほど大層な肩書きなのかは分からないが、偉そうに告げているから偉いのだろう、多分。

ぽかんとしたルルエの顔にどんな意味を見出したのか、レクシーは何故か皮肉ったらしい笑みを浮かべた。

「ふん、驚いて声も出せんか。さてはお前――昔ふった男が大出世したもんだから後悔しているんだろう」

ルルエは絶句を極めた。
ここに来て一番の衝撃に息が止まる。

――そうだった。そう、だった。

絶句の意味をはき違えているレクシーは、勝ち誇った顔でルルエに言い放った。

「とはいえ懐の深いこの俺は、今更擦り寄って来るなとか小さい事は言わん。すっかり性悪女に成り果てたお前の面倒を見れる男は俺しかいない。昔の誼もある事だし仕方ないから愛人にしてやるよ。だがどうしてもとお前が希うのであればまあ結婚してやらんでもない。だからって勘違いするなよ。俺はお前のこのドスケベな体が気に入ったのであって断じて――」

ターバンの下に可愛い獣耳を隠している分際で、レクシーは何やら好き勝手なことをごちゃごちゃと捲し立てている。
ルルエの意識は遠いところにあるから右から左だ。

ルルエは目的が半分近く達成されている件について思いを馳せていた。
何を隠そう可愛いミュウとの再会も群島の海に向かう理由の一つだった。

――生憎「可愛い」ミュウじゃなくなってるけど。

しかもこの思わぬ再会のお陰で長年抱えていた問題がサクッと解決した。
ミュウの正体を知った。

ルルエはずっとミュウの事を女の子だと思い込んでいた。
ルルエはずっと自分の事をガールにラブするガールなのだと思い込んでいた。

異性を愛せないらしい自分の性癖に悩んでいたからこそ婚活に踏み切れなかった。
悩みなど無かった。

ミュウは男の子だった。





しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】私の番には飼い主がいる

堀 和三盆
恋愛
 獣人には番と呼ばれる、生まれながらに決められた伴侶がどこかにいる。番が番に持つ愛情は深く、出会ったが最後その相手しか愛せない。  私――猫獣人のフルールも幼馴染で同じ猫獣人であるヴァイスが番であることになんとなく気が付いていた。精神と体の成長と共に、少しずつお互いの番としての自覚が芽生え、信頼関係と愛情を同時に育てていくことが出来る幼馴染の番は理想的だと言われている。お互いがお互いだけを愛しながら、選択を間違えることなく人生の多くを共に過ごせるのだから。  だから、わたしもツイていると、幸せになれると思っていた。しかし――全てにおいて『番』が優先される獣人社会。その中で唯一その序列を崩す例外がある。 『飼い主』の存在だ。  獣の本性か、人間としての理性か。獣人は受けた恩を忘れない。特に命を助けられたりすると、恩を返そうと相手に忠誠を尽くす。まるで、騎士が主に剣を捧げるように。命を助けられた獣人は飼い主に忠誠を尽くすのだ。  この世界においての飼い主は番の存在を脅かすことはない。ただし――。ごく稀に前世の記憶を持って産まれてくる獣人がいる。そして、アチラでは飼い主が庇護下にある獣の『番』を選ぶ権限があるのだそうだ。  例え生まれ変わっても。飼い主に忠誠を誓った獣人は飼い主に許可をされないと番えない。  そう。私の番は前世持ち。  そして。 ―――『私の番には飼い主がいる』

[完結]間違えた国王〜のお陰で幸せライフ送れます。

キャロル
恋愛
国の駒として隣国の王と婚姻する事にになったマリアンヌ王女、王族に生まれたからにはいつかはこんな日が来ると覚悟はしていたが、その相手は獣人……番至上主義の…あの獣人……待てよ、これは逆にラッキーかもしれない。 離宮でスローライフ送れるのでは?うまく行けば…離縁、 窮屈な身分から解放され自由な生活目指して突き進む、美貌と能力だけチートなトンデモ王女の物語

番?呪いの別名でしょうか?私には不要ですわ

紅子
恋愛
私は充分に幸せだったの。私はあなたの幸せをずっと祈っていたのに、あなたは幸せではなかったというの?もしそうだとしても、あなたと私の縁は、あのとき終わっているのよ。あなたのエゴにいつまで私を縛り付けるつもりですか? 何の因果か私は10歳~のときを何度も何度も繰り返す。いつ終わるとも知れない死に戻りの中で、あなたへの想いは消えてなくなった。あなたとの出会いは最早恐怖でしかない。終わらない生に疲れ果てた私を救ってくれたのは、あの時、私を救ってくれたあの人だった。 12話完結済み。毎日00:00に更新予定です。 R15は、念のため。 自己満足の世界に付き、合わないと感じた方は読むのをお止めください。設定ゆるゆるの思い付き、ご都合主義で書いているため、深い内容ではありません。さらっと読みたい方向けです。矛盾点などあったらごめんなさい(>_<)

ずっと好きだった獣人のあなたに別れを告げて

木佐木りの
恋愛
女性騎士イヴリンは、騎士団団長で黒豹の獣人アーサーに密かに想いを寄せてきた。しかし獣人には番という運命の相手がいることを知る彼女は想いを伝えることなく、自身の除隊と実家から届いた縁談の話をきっかけに、アーサーとの別れを決意する。 前半は回想多めです。恋愛っぽい話が出てくるのは後半の方です。よくある話&書きたいことだけ詰まっているので設定も話もゆるゆるです(-人-)

砕けた愛は、戻らない。

豆狸
恋愛
「殿下からお前に伝言がある。もう殿下のことを見るな、とのことだ」 なろう様でも公開中です。

婚約破棄直前に倒れた悪役令嬢は、愛を抱いたまま退場したい

矢口愛留
恋愛
【全11話】 学園の卒業パーティーで、公爵令嬢クロエは、第一王子スティーブに婚約破棄をされそうになっていた。 しかし、婚約破棄を宣言される前に、クロエは倒れてしまう。 クロエの余命があと一年ということがわかり、スティーブは、自身の感じていた違和感の元を探り始める。 スティーブは真実にたどり着き、クロエに一つの約束を残して、ある選択をするのだった。 ※一話あたり短めです。 ※ベリーズカフェにも投稿しております。

私があなたを好きだったころ

豆狸
恋愛
「……エヴァンジェリン。僕には好きな女性がいる。初恋の人なんだ。学園の三年間だけでいいから、聖花祭は彼女と過ごさせてくれ」 ※1/10タグの『婚約解消』を『婚約→白紙撤回』に訂正しました。

【完結】用済みと捨てられたはずの王妃はその愛を知らない

千紫万紅
恋愛
王位継承争いによって誕生した後ろ楯のない無力な少年王の後ろ楯となる為だけに。 公爵令嬢ユーフェミアは僅か10歳にして大国の王妃となった。 そして10年の時が過ぎ、無力な少年王は賢王と呼ばれるまでに成長した。 その為後ろ楯としての価値しかない用済みの王妃は廃妃だと性悪宰相はいう。 「城から追放された挙げ句、幽閉されて監視されて一生を惨めに終えるくらいならば、こんな国……逃げだしてやる!」 と、ユーフェミアは誰にも告げず城から逃げ出した。 だが、城から逃げ出したユーフェミアは真実を知らない。

処理中です...