獣人閣下の求愛、行き違う

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02 とんでもナイト ☆

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戦勝記念パーティーは王家主催の記念式典を兼ねていた。
だからこそ戦死者遺族であるルルエにも招待状が届いた。
そうでなければ高が騎士爵の家に王家からの封書なんて届かない。

父は、確かに名誉の戦場で亡くなった。
けれど騎士爵ではあっても軍人ではなかった父が徴集された事自体は不幸だったとルルエは思っている。
戦争が齎して良かった事なんて何も無い。少なくともルルエにとっては。
無意味を承知でルルエはこう考えてしまう。

――あと半年早く終戦していれば、お父様は生きていたんだなあ。

レッドカーペットの最果てに姿勢のいい軍服の整列が形成され、壇上の玉座に並ぶ国王夫妻から労いと誉め言葉が送られている。

メインイベントの最中ではあるが、一人しんみりしてしまったルルエはテラス窓から忍び足で会場を抜けた。夜のテラスに出て王の庭園を見渡す。
義理は果たしたし今日のところはもう引き上げようと思う。
パトロン捜しの旅という気分ではないし、きっと上手くプレゼン出来ない。

――それでなくても誰も私の話に興味が無い。

多少整ったこの若い顔と、胸の谷間ばかり見られるのにも疲れていた。
夜会は疲れる。言うなれば、ここも戦場だ。

父を偲び、家で静かに父の好きだったミモザを飲もう。

両腕を凭れていた手摺りから体を離し、踵を返しかけて瞬く。
いつの間にかすぐ背後のテラス窓に長身のシルエットが直立していた。
神秘的な紅い光を放つ双眸がじっとルルエを捉えている。
ほとんど足音を立てずにテラスに踏み込んで来た彼は、ルルエを前にすると唇で弧を描いた。

「今晩は」

ルルエは瞬き、微かに首を傾げた。随分と気安い。
このターバンを巻いた褐色の美丈夫は、さっき集団を率いていた異国の軍人で間違いない。厳しい横顔の印象と目の前の気安い態度がちぐはぐに思える。

国王の謁見イベントはもう済んだらしい。
彼の大きな体越しに、場内で各々好きに散っている軍服たちを一瞥してルルエは眼前の彼に向き戻った。

「どうも。あの大戦でのご活躍、本当に――」

徐に軍服の袖が伸びてきて、まるで手品みたく細いグラスをルルエの眼下に差し出した。
条件反射で受け取ったルルエはシャンパンの円い湖面を見詰め、ターバンの彼を見上げる。
彼は笑みのまま告げた。

「俺の屋敷で飲まないか、二人きりで」
「え?」
「いいだろう。その方が、いいんだろう」

いい、の意味が分からずルルエはぽかんとした。
誘われている。多分ナンパだ。堅物そうな印象を彼はまたも逸脱した。
ルルエのぽかんの間にも、彼は続けた。

「まずは乾杯しよう。今夜の出会いに」

遥々海を越えてやって来た英雄のグラスを遠慮するなんてさすがに無礼が過ぎるので、ルルエはおずおずと彼に掲げて見せた。

「あの、じゃあ一杯だけ」

二つのグラスの縁が合わさり、小さく硬い音を立てる。
一杯と言ったが飲み干す気の無いルルエはほんの少し、舐めるようにシャンパンを唇に含んだ。

その後、記憶が飛んだ。



体が燃えるように熱かった。
細く開いた視界がぶれている。
僅かな隙間に見慣れない高い天井が見える。

何が何だか分からない。

バラバラの感覚を掻き集めようとしたルルエだが、妙な脱力感があって体が言うことをきかない。
耳元に荒い呼吸がずっと吹き込まれている。
揺れる視界と同じペースで、誰かが短い呼吸を繰り返している。
かくいうルルエの呼吸も何故か荒い。時々口を塞がれて息苦しい。

大きな人影が邪魔で景色はほとんど見えない。目が霞む。
絶え間なく下腹部から熱が生じている。おかしな感覚がぞわぞわと這いあがって来る。

「ん、ふ、うぅん」

鼻にかかった声が漏れ出た。ルルエは始めそれが自分の声だと思わなかった。
耳元で誰かが笑った。

「気持ちいいか? この太いのが気に入ったんだよな」
「ん、ん」
「可愛い奴だな。奥までぶっさしてやるよ。ここだろ。好きだろ」

圧迫感が増して、ルルエの口から勝手に「あ、あ、や」と意味を成さない声が発せられた。
は、は、と互いの呼吸が交差する。
また耳元に荒い息がかかり、低い笑い声が言う。

「しかしまさか処女とはな。酷い女だよ、お前は。散々男心を弄んでおいて肌に触れさせる気はないって、ある意味で悪女より悪女だろ」
「や、やめ」
「お前みたいな性悪女の相手なんぞ、この俺にしか務まるまい」
「もう、や」
「ああ、分かった。いかせてやる」

密着した肌がパチンと鳴った。
太い腕に持ち上げられ左右に分けられた白い脚の先で、爪先が力なく上下する。
耳元の声が何度も「いけ」と囁き、足の間を激しく叩く。
ルルエは訳も分からず揺さぶられ続け、高波のような感覚がどっと押し寄せて来るのを感じた。

「ああっ」

爪先がぴんっと伸びた。
はあっ、と低い声の主が大きく息を吐いた。

「そのままいってろ。濃いのをくれてやる」
「あ、あ、いや」
「受け取れ」
「――、――」

一際強く腰を押し上げられると、体の中に自分ではないものが沁みた。



目を覚ました時、広い寝室にはルルエしかいなかった。
格子窓から差し込む淡い陽光を見て、ベッド脇の置時計に気付く。
八時。明るいから朝だ。
ベッドの上で跳ね起き、ようとしたが腰に力が入らずにふらりと横向きになってシーツに倒れた。

――有り得ない。

さすがに何が起こったのか察しはついている。
何故起こったのかも。
きっと薬だ。乾杯したグラスに何か入っていたに違いない。
異国の軍人の笑みを思い浮かべ、視界の端が滲んだ。

見ず知らずの男に好きなようにされた。
でも自業自得だ。夜会なんかに出まくるから変な男に捕まったのだ。
人様の贈り物を換金なんてしてるからバチが当たった。
痛い目を見た。

受け入れ難い事実に項垂れ、ハッとした。
現実逃避している場合ではない。
行為の最中、男は確かに言っていた。

濃いのをくれてやる――。

明らかに避妊していない。勿論自分も。
今度こそルルエは跳ね起きて、全裸にシーツを巻き付けると苦心してベッドを下りた。

肌はさらりとしている。多分拭かれている。
着る物を探して部屋を見回し、ソファーの座面にサイズの違うプレゼントの箱を四つ発見した。
淡いミントグリーンのレース生地の下着の上下にシルクの踝丈ワンピース、同じくシルクのストッキングと、白いストラップのヒールがそれぞれの箱に入っていた。
問答無用で全部頂く。どれもこれもサイズぴったり。周到さが不気味だ。
鏡台に揃えられたヘアメイクアイテムで手早く身嗜みを整えて、鏡越しにドアを見る。
人の気配は無い。
早足でドアに向かった。

ノブを掴んで捻ろうとしたらドアの方が勝手に開いた。
わわ、と前のめりになった肩を大きな手に掴まれる。

顔を上げると、軍服を纏った男の不遜な笑みがルルエを見下ろした。





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