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そして誰もいなくなった
しおりを挟む戦いは終わり。
これからのことは、四人の王で話し合うのだろう。
北のクロードは、ヴィクターの片腕になる……みたいな口ぶりだったし、ヴァレリーもマルドゥークも、彼の力を見て、何か考えを改めたようだった。
見上げれば、太陽はまだ高い。
ん?太陽が……なんか……変にまぶし……。
項に、ピリッと、違和感。
太陽に掛かって、ちょうどあの光。
異開門の光──。
「化け物が来る!!!」
私は叫び、臨戦態勢をとる。
あの出現パターンなら、この世界の重力に囚われて着するあのタイミングが、仕掛け最初のチャンス。
「クロード!あの光の中から魔物が来る!」
「なに…?!」
「ああ~?!なんだありゃ!」
ヴィクターがクロードに魔物の襲来を告げ、空を見上げたバンデットが素っ頓狂な声を上げる。
闘技場での経験から、マルドゥークとヴァレリーも上空の光に反応した。
「あの光の真下です!矢を構えなさい!」
「皆下がれ!射撃準備だ!!!」
う、射撃の指示がでてる。開幕即斬りを諦めざるを得ない。
光が戦場一面を照らして、視界が白に染まる。
そして、出現した魔物は人型ではなかった。
それは……無数の、うねうねと枝分かれした……ん?なにアレ。
姿は全長20メートルはありそうな……植物??
「え゛」
空中に浮かび漂う異形をみて、号令を待たずに矢が雨となって放たれるも、光の保護膜のようなものに遮られて、その悉くが落ちる。
最大威力の射撃が終わった直後、光の保護膜が消えて、地響きを立ててその巨体が戦場の中央に着地した。
それの姿は、ある生き物似ている。
その生物は、6本の腕と、2本の脚をもち、心臓が3つで、脳が9つある。
「悪魔の魚」なんて名前が付けられていて、エイリアン説までもが囁かれる。
それは、蛸。
私の常識では水中にいるヤツで、地上の重力で形を作るための骨格は無い。
それが、そこに蠢いてる。
変な甘い香りが漂う。
「ヒデェ匂いだな~。腐った魚みたいな匂いさせやがって~」
まだ痛むのか、股間を揉み揉みしながら額に汗したバンデットが言う。
「え?なんか甘ったるい匂い……じゃない?」
「おいおい小陰唇ちゃん、鼻大丈夫かぁ~?」
戦場は大混乱になった。
「第二射撃放て!」
ヴァレリーの声で、再び矢の雨が悪魔に降る。
半数以上は弾かれ、突き刺さった矢も、巨蛸が身震いするだけでバラバラと抜け落ちる。
そして弓を放った者たちが怒りを買った。
二つの触手が同時に鎌首をもたげる蛇のように持ち上がり、一本は右から、もう一本は左から、丸太のような太さのそれが薙ぐように集団に襲い掛かると、一度に10人は吹き飛ばされ、味方に、壁に、そして地面にと痛烈に叩きつけられて戦闘不能となる。
聖者サーライの時代、人が魔物によって数を減らし、住処を追われたと聞いてはいたけど、その光景がまざまざと浮かぶ程の圧倒的戦力差だ。
ヴィクターとクロードが交戦を開始する。
近接戦が始まった事で、射撃は止む。
しかし完全に腰が引けたスラムの住人たちは、巨大蛸の化け物に戦いを挑めず、300を超える人員もまったく意味をなさない。
視界が暗くなり、上から触手が迫ってるのに気付いて後方に回避。
私も周囲に気を取られてる場合じゃない!
手足を斬ってもどうせ無駄。
本体を斬る。
バシンバシンと畝って叩きつけてくる腕を避けながら、本体へのルートを思い描く。
巨蛸と目が合う。
奴は私の狙いを察知したのか、防御陣を張り巡らすように腕を操って、今私が思い描いたルートを潰す。
「こぉ~のっ!」
バンデットのロングソードが唸りを上げるも、一撃では腕の三分の一程度の深さにしか切り込めない。
何度も斬りかかっているけど、攻撃精度が甘くて、同じところに加撃が出来ずにいる。
ちんちんが痛くて本調子でないにしても、敵にすると面倒くさいけど、味方にすると情けない。
ヴィクターは腕の2本を相手取っているものの、遠心力を貯める余裕がなく、ただの重たいショートソード二刀流になり、効果的に攻撃できずにいる。
クロードに至っては敵との相性が最悪。彼の持つ素手の格闘は、まったく役に立っていない。
私がやるしかない。
下手に大柄な分だけ、あのイソギンチャクモンスターよりは動きも鈍重。
近づいたら見えなくなるレベルの高速攻撃もない。
腕を切断したのなら、再生するとしても時間を要するに違いない。
緊張感からか、私の心臓の拍が不自然に早い……気がして、何となく浮き加減な呼吸を沈める。
「やっ!」
私を叩き潰そうと動く一本の腕を真っ向から切り落とす。
切断されて遊離した腕が、青い血を流しながらボトリと後方に落ちた。
「うおっ。おっかねぇな小陰唇ちゃん!う、クッセ!」
最も近くで戦っている、超頼りない奴がなんか言ってる。
ふふん。アンタとは腕が違うんです。
甘い香りが一層強まる。コイツの血や組織液に、原因となる成分があるのだろう。
この香り……どこかで。
ぴきーん!と脳に閃く。コレ、あのイソギンチャクが噴霧してきたヤツに似てない!?
もしコレがアレなら、悠長に戦ってる場合じゃない。
陶酔が始まる前に、魔物を討たなければならない。
「バンデット!見たでしょ!?アンタの攻撃は雑魚過ぎて効いてないけど、私の刃は通るわけ。本体を斬るから、飛び出して囮になってよ!はやく!」
「くっそ~!やっぱそうなるのかよ!」
ロングソードを構えた戦士は、私の無茶ブリに即同意して走り出す。
戦況が読めてるのは偉い!
敵は私達を視覚で捉えてる。
囮役さん本体に向かって走る。私はその後ろを影のように走る。
「うひょ!」
バンデットはなんだかんだと機敏な動きで、腕の攻撃を搔い潜る。
その動きが若干トリッキーだけど、私も彼の陰から出ず、同じように攻撃をやり過ごす。
攻撃第二波。面舵回避!
攻撃第三波。取り舵回避!
攻撃第四波。面…と見せて取り舵回避!
攻撃第五波──私は回避!
「ぶべ!!!」
ここでバンデットが痛烈に弾かれて脱落。血を吐いて飛んでったけど大丈夫!?
そして私は巨大ダコ本体を間合いに捉え、こちらを見ている無感情な目にウィンクする。
わかってますって、アナタが蛸風モンスターなら、心臓が複数ある。
それを全て斬らないと倒せないんでしょう?
だから、今から私が繰り出すのは、剣術基本四斬撃の一瞬四斬!
「たああ!」
左一文字斬り!
一文字斬り!
左逆袈裟斬り!
そして、左袈裟斬り!
左右に往復で薙いでからの、X字斬り。
切断はできないけれど、本体は噴水のように青血を巻き上げ、ぐにゃりと力なく地面に沈みつつある。
切り裂いた胴体の中に見えた心臓。その数三つ!
「ふっ!」
三連突き!
私の大好きな新選組の、天才剣士沖田総司の必殺技として、何度も練習した日々が今花開く。
ちなみに私は土方歳三推しです!
血液を長大な腕の先端まで送り込んでいた心臓は、凄まじい水圧で血を噴射して、私はそれら全部をばっしゃばしゃに引っかぶる。
それでも構えを維持して心を残す。
周囲では動きの弱まった腕をスラムの住人達が力を合わせて制圧していく。
見える範囲にヴァレリーさんの姿が無いけど、あのマルドゥークですら、割れた眼鏡を掛けながら、鼻血を流して大奮闘している。
私は超超真剣な顔を維持して、蛸モンスターの目と睨みあっていた。
やがてその無感情な目から光が消えて、同時に大歓声が響く。
全ての腕が活動を停止したのだ。
来なくていいのに、皆がぞろぞろ私の方に来る。
私が本体を斬り倒した最大の功労者なのはわかるけど、来なくていいのに。
隣に立ったヴァレリーは、魔物の遺骸を見下ろす。
「お前は……聖者だよ。俺が保証してやる」
彼は、魔物の血を浴び、全身真っ青になりながら尚も構え続ける私の、細かく震えてる肩と剣を握る手にそっと触れた。
今だって、流れる風を、道場門下の子供たちが、悪戯心で私に触れてきた時と同じ程度には感じてるのに。
幼少の頃から祖父に厳しく躾けられて身に着けた残心の気構えで、全身全霊を込めて、魂をかけて、平静を保とうと歯を食いしばってるのに。
男の人が。
私に触った。
「あうう!あうぅうううぅうん!!あ、あは!!う!!ひぃーーーぅ!!!!あ❤」
「うおお!!?」
留めおいていた淫感が、私の全部を支配して尊厳を粉々に破壊した。
異世界生活19日目
魔物を倒した後──。
歓喜の輪の中で、突然(っていうかヴィクターの所為)涙も汗も鼻水も涎も愛液も、出せる汁を全て垂らしての半狂乱になった私は、その場で服を脱いで皆の前で生まれたままの姿を大公開し、溢れる愛液を失禁だと勘違いされた挙句、自慰行為を始めて皆に見て見てもっと見て私の事が好きなら触ってと騒ぎ、めちゃくちゃ卑猥な事を叫びつつ、300人を超える皆様からのレイプを懇願したという。
途中から姿を現した東スラム王のヴァレリーが、これは強い淫陶酔効果がある魔物の血を浴びたからだと、それは女にしか効果は無いのだと状況説明をする中、クロードの怪力で全身を抑え込まれてなお、彼も驚く不屈の力でオナニーを続け、このままだと自傷行為になるからと丈夫な革製拘束具で身体の自由を奪われて、それでも必死に快楽を欲して、身をそこかしこに凝りつけてギャン泣きしてる姿があまりにも可哀想だから責任をもってスラムの皆で犯してあげよう、みたいな流れになり。まずヴィクターに白羽の矢が立ったけど、彼は無言で拒否。マルドゥークは「嚙みちぎられそうなので遠慮しますよ」と拒否。バンデットは「それよりも内臓やられたくさいんだよね俺……」と拒否。ヴァレリーさんは再び姿を消していて、何故かあのクロードすらも嫌がる意味不明な事態に発展した。
じゃあ俺が、とか言いながら股間をパンパンにしたドニとジャンがやってきたものの、「こいつが正気に返ったら殺されると思うがそれでもいいか?」とヴィクターが発言したためにそれも頓挫。
そして立候補者はいなくなった。
可哀想すぎる私は、気付け薬を死なない程度に過剰投与されて、南スラムの地下室に監禁されて、丸一日以上経過後の翌日夜になって正気を回復した。
「お前さ……」
そして私の顔をみたヴィクターの第一声がコレ。
お前さ、何よ!?
さっき「お前は聖者だよ(キリッ)」とかやってたじゃん!
今こそ言ってよアレを!
「さよならっっ!!!」
私は泣き顔を両手で覆い、一度出口まで走ったけど引き返してドニとジャンを蹴飛ばしてからアジトを出て、全力疾走を維持したまま宿まで戻りました。
「もーお!スラムの戦いなんてほっとけばよかったあああぁ!!!」
夜空に浮かぶ二つの月に向かって吠える。
予定なら、明日がライディール様のお迎えが来る日。
私はもう、ザクセンにはもどりませんから!
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