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幕間 騎士長ライディールの回想
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西スラム闘技場 客席
「なんだいこれは」
騎士長は、闘技場内全体から一斉に湧き上がった「殺せ」と「犯せ」の大合唱に、うんざりとした顔を見せた。
「だから申し上げたのです。ライディール様が足を運ぶ様な所ではありませんと」
部下からの叱責も甘んじて受けるほかはない。
「とうぞ政庁にお戻りください。この場は私が、責任を持って……」
副官ゼトの進言を掻き消すように、観衆のどよめきと悲鳴が場内を揺るがす。
「そうさせてもらおうかな。治安維持のために、ここの連中を全員逃さず捕らえたい気分だよ」
彼は客席を立ち、合わせてゼトも立ち上がる。
その時、闘技場内に女性闘士が姿を現した。
「あれは……」
ライディールはその姿に見覚えがあり、ほんの数日前に入都検問管理官によって被虐されていた娘だと即座に気付く。
恐らく、貧しさから、こんな所で……。
このザクセン地方を守護し、その治安を守る使命を帯びた騎士は、自責の念に駆られる光景を目にして事実を重く受け止め、副官は上官の表情を見て、闘技場の女に気付く。
「······彼女を二度見ました。一度目は西大門兵詰所の前でライディール様がお助けになっていた所、二度目は先日、商用大通りでご挨拶を。不憫ですが、この前座試合では死者は出さないとの事ですから······」
二人は座席を離れて階段を上り、この場に似つかわしくない子供が駆け降りてきたのとすれ違う。
「イズミ!!」
少年は、客席の縁に掴まり、身を乗り出して叫んだ。
その姿にも見覚えがあった。
ここから先は子供が見ていいものではない。そしてそれを彼女も望まないだろう。
闘技とは名ばかりの見世物の開始を告げる笛が鳴る。
「ゼト、あの子を保護してくれ」
「畏まりました」
見知った娘が生贄にされる、胸のムカつく残酷ショー。
このまま見殺しにする自分も、同罪と言えるだろう。
「な、なんだよ!イズミがいるんだよ!」
暴れる少年を抱えたゼトが出入り口に向かう。
無力感に俯いていたライディールは、客席から巻き起こった二度目のどよめきに顔をあげ、娘が迫りくる触腕を流麗な剣技で切り落とす場面を目撃した。
「なに!?」
女剣士が見せた剣捌きは、自分の知る「剣」とは根本から異なっていた。
人体が両の腕に敵を切り裂くための剣を持ち、それを振るって敵を倒す行為自体は同一だ。
それが、どうしてこうも異なって見えるのか。
足さばきが、体重の移動が、関節の連動と使い方が、剣への力の乗せ方が、剣そのものの構造が······そんな細かな差異だけではない。
言うなれば、人体そのものの捉え方、斬ると言う行為への解釈が異なるのだ。
そして戦いの末に、女剣士の剣はいとも容易く魔物を十字に切り裂いた。
「あの魔物の表層は、柔く強靭で、刃を弾くはずなのに······」
男児の身柄を外にいる騎士に預けて戻ったゼトが唖然と言葉を漏らす。
「彼女だったのか」
聖者かどうかはわからないが、あの森で獣人を屠ったのは彼女で間違いない。
「ゼト、あの娘を······」
不意に視界が白じみ、この現象を知っている騎士長とその副官は直ぐに上空を見上げる。
そしてライディールは叫んだ。
「異開門だ!皆ここから逃げろ!」
しかし、これを演出だと思っているのか、客席はざわめきつつも動かない。
無理もない。
この世に魔物が生まれる根本の仕組みであるこの「現象」は、秘匿され続けているのだから。
「ゼト!主催者に剣を突きつけても良い!皆を避難させろ!」
「はっ!直ちに!」
東地区において最強とされる騎士は剣を抜き闘技場に飛び降り、彼に続く腕を持つと称される若き騎士は、主催者席へと走った。
「なんだいこれは」
騎士長は、闘技場内全体から一斉に湧き上がった「殺せ」と「犯せ」の大合唱に、うんざりとした顔を見せた。
「だから申し上げたのです。ライディール様が足を運ぶ様な所ではありませんと」
部下からの叱責も甘んじて受けるほかはない。
「とうぞ政庁にお戻りください。この場は私が、責任を持って……」
副官ゼトの進言を掻き消すように、観衆のどよめきと悲鳴が場内を揺るがす。
「そうさせてもらおうかな。治安維持のために、ここの連中を全員逃さず捕らえたい気分だよ」
彼は客席を立ち、合わせてゼトも立ち上がる。
その時、闘技場内に女性闘士が姿を現した。
「あれは……」
ライディールはその姿に見覚えがあり、ほんの数日前に入都検問管理官によって被虐されていた娘だと即座に気付く。
恐らく、貧しさから、こんな所で……。
このザクセン地方を守護し、その治安を守る使命を帯びた騎士は、自責の念に駆られる光景を目にして事実を重く受け止め、副官は上官の表情を見て、闘技場の女に気付く。
「······彼女を二度見ました。一度目は西大門兵詰所の前でライディール様がお助けになっていた所、二度目は先日、商用大通りでご挨拶を。不憫ですが、この前座試合では死者は出さないとの事ですから······」
二人は座席を離れて階段を上り、この場に似つかわしくない子供が駆け降りてきたのとすれ違う。
「イズミ!!」
少年は、客席の縁に掴まり、身を乗り出して叫んだ。
その姿にも見覚えがあった。
ここから先は子供が見ていいものではない。そしてそれを彼女も望まないだろう。
闘技とは名ばかりの見世物の開始を告げる笛が鳴る。
「ゼト、あの子を保護してくれ」
「畏まりました」
見知った娘が生贄にされる、胸のムカつく残酷ショー。
このまま見殺しにする自分も、同罪と言えるだろう。
「な、なんだよ!イズミがいるんだよ!」
暴れる少年を抱えたゼトが出入り口に向かう。
無力感に俯いていたライディールは、客席から巻き起こった二度目のどよめきに顔をあげ、娘が迫りくる触腕を流麗な剣技で切り落とす場面を目撃した。
「なに!?」
女剣士が見せた剣捌きは、自分の知る「剣」とは根本から異なっていた。
人体が両の腕に敵を切り裂くための剣を持ち、それを振るって敵を倒す行為自体は同一だ。
それが、どうしてこうも異なって見えるのか。
足さばきが、体重の移動が、関節の連動と使い方が、剣への力の乗せ方が、剣そのものの構造が······そんな細かな差異だけではない。
言うなれば、人体そのものの捉え方、斬ると言う行為への解釈が異なるのだ。
そして戦いの末に、女剣士の剣はいとも容易く魔物を十字に切り裂いた。
「あの魔物の表層は、柔く強靭で、刃を弾くはずなのに······」
男児の身柄を外にいる騎士に預けて戻ったゼトが唖然と言葉を漏らす。
「彼女だったのか」
聖者かどうかはわからないが、あの森で獣人を屠ったのは彼女で間違いない。
「ゼト、あの娘を······」
不意に視界が白じみ、この現象を知っている騎士長とその副官は直ぐに上空を見上げる。
そしてライディールは叫んだ。
「異開門だ!皆ここから逃げろ!」
しかし、これを演出だと思っているのか、客席はざわめきつつも動かない。
無理もない。
この世に魔物が生まれる根本の仕組みであるこの「現象」は、秘匿され続けているのだから。
「ゼト!主催者に剣を突きつけても良い!皆を避難させろ!」
「はっ!直ちに!」
東地区において最強とされる騎士は剣を抜き闘技場に飛び降り、彼に続く腕を持つと称される若き騎士は、主催者席へと走った。
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