女子高生剣士の私が異世界に転移したら大変なことになった 第一部

瑞樹ハナ

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逃げるか留まるか

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宿屋

ヴィクターと私はテーブルを挟んで向かい合い、フェリクスはベッドに座ってむくれている。
そして座って気付く。水差しも欲しいしグラスも欲しいと。
やっぱりあともう2周はしないとダメ。全然買い足りてない。
「びっくりした。普通に服着て昼間の大通りに出てきてるから」
「俺達は別にスラムでしか生きられないモンスターとか、そういった存在じゃない」
こちらの軽口に付き合ってくれている。結構おしゃべりだもんね、彼。
「まあそうなんだけど、先入観というか、イメージというか。それで、お話って何?」
私が本題への移行を促すと、彼はスッと頭を下げた。
「まずは謝っておく。すまん」
「何に謝られてるか分からないのに謝ってもらっても、こっちが不安になるだけでリアクション出来ないでしょ」
「それもそうだな。これから説明する。その先で改めて謝罪させてもらう」
彼はそこで言葉を区切り、私を見て、腕を組む。
「遠回りになるが、結局それが一番手っ取り早いか……」
彼はスラムの成り立ちについて話し始めた。
唐突に始まった歴史の勉強を簡単に要約すると。
ザクセンは、この世界唯一の国(一人の王が統治する王国らしい)の東の都。
その起源は500 年ほど前にさかのぼり、この都は川を中心に栄えて、どんどんと人が集まり、やがて貧富の格差によりスラムが生まれた。
スラムはザクセンの発展と共に、犯罪者の力を取り込み、悪魔教のような社会的に不適切な輩を取り込み、歴史が積み重なる中で政治闘争に敗れた貴族等の力も取り込み、マイノリティが生まれるたびにそれを飲み込んで、その姿を大きく変容させていった。
いつしかザクセンの裏の顔となったスラムは中央権力から危険視されるようになる。
スラムは、その成り立ちの本質がザクセンの活発な経済活動に起因した格差にあるため、絶対になくならない。
そこで、その力を抑制するため、中央はスラムの中に対立構造を作り、それぞれを争わせることで、その潜在的脅威を封じ込めている……との事だった。

ふむふむ。スラムがただの貧しい人達が住んでる、治安の悪くて汚い所ってだけではないのは分かった。
でも、今のところは私に何の関係もないし、私が謝られるべきところもない。
「そういえばジャンが言ったっけ、中央と通じてる区画もあるとか」
「北のクロードさ。奴はご主人様に尻尾を振って、上手い事パワーバランスをとっているつもりらしいが、俺達はつまるところ、反権力主義だからな。要は北は全ての区画にとって敵なのさ」
「じゃあ実は、スラムは結構一枚岩で、中央を欺いてるって事?」
「残念ながらそこまでじゃない。成り立ちでいうなら、俺は貧者系、西のマルドウークは悪魔教系、東のヴァレリーは今の権力者達に追い落とされた貴族の血を引いている。皆それぞれスラムの王を目指しているからな、弱みを見せれば付け込まれる関係だ」
「その話で行くと……北は犯罪者系?」
「そうだ」
そう考えると確かに、南のヴィクターが一番劣勢で弱い立場なのも頷ける。
「だが、中央が干渉して北と手を結んだ時分の、今からだいたい200年前に結ばれた、南東西三区だけの密約はあってな、俺とマルドゥークとヴァレリーで手を組む余地は勿論ある」
南、西、東の間は敵対しているものの、互いに敬意があるとか、そんな感じだろうか。
「そして今、この国はここ数百年の間でも最大の災禍にあるらしい。軍(治安維持機関)は対応に追われ、その力を削いでいる。そのもっと上では、国を揺るがすヤバイ動きがあるらしい。それらの前には、スラムの脅威など後回し。北はピンチで俺らはチャンスって訳だ」
「戦うの?」
「昨日あの後、俺が凄腕の剣士、つまりお前を「モノにした」と、北に流した奴がいる」
「ふぇ!?なんでよ!」
なんかモノにしたって表現がいやらしくて、頬が火照る。
「さあな。お前が俺に惚れたと見たのかもしれん」
「はぁ?せめて逆でしょ!アンタが!私に!惚れ込んだんでしょ!」
「エッ。大金をくれたイズミの客って、コイツなのか!?」
「ち・が・う!」
あのお金の出所を暈した結果、変な所に飛び火した。
「ん?お前は身体も売ってるのか?気が向いたら買ってやってもいいぜ」
「それやったらまた変な勘違いされちゃうでしょバカ!」
雑念を払うために勢い込んで立ち上がり、はぁはぁと息を乱しながら二人を睨む。
二人は兄弟の如く、揃って神妙な顔してホールド アップしてて、私の激情が収まるのを待った。
はぁふぅはぁ。少し冷静さが戻ってくる。
「まったくもー。二人とも変な事いわないで……」
顔に汗を搔きまくってて、パタパタと仰ぎながら着席した。ふーっ。
「なので、俺自ら、西と東には、俺がお前と「デキてる」と伝えた」
私は椅子から転げ落ちる。
「西と東は揃ってお前を見たいと。その力を示せば、手を組んで北を潰してもいいって事だ」
「それが、イズミとなんの関係があるんだよ。お前らが勝手に戦えばいいだろ。イズミ、会うことないぜ。無視だ無視」
本人不在で進む話に相槌も打てなくなってきた頃、話に割り込んだのはフェリクスだった。彼は南のスラム王を真正面から睨みつけている。
ヴィクターは薄く笑って不機嫌な子供を見下ろした。
「フェリクスって坊やが居なくなり、その坊やを心配してスラムに探しに来たイズミが、勘違いから俺にその力を見せたことで、北の連中に認知された」
「だからなんだよ。全部俺のせいだっていうのかよ」
多分違う。これはヴィクターの得意技、客観的状況説明だ。私は黙ってそれを聞く。
「北の連中は、イズミが俺にとっての強力な手札になると思い込んだ。この先、イズミに働きかけてくるだろう。十中八九味方になれと迫ってくる。そして断れば除こうとするだろう」
フェリクスは黙ってヴィクターの話を聞き続ける。
「イズミが北に付くなら俺達の敵だ。俺としてはそれは避けたいんでな、本人の都合は考えずに先に動かせてもらった。本当にすまなかった」
巻き込まれたというか、不可抗力が連なった結果の不幸というか。
彼が西と東に知らせなくとも、犯罪者系の系譜で、かつスラムのパワーバランスをとるために中央から目をかけられている「北」に目を付けられた時点で、私の取れる選択肢はなかったのだ。
いや、私にそんな力ないでしょー……。
スケールは違うけど、不良の抗争に巻き込まれたような気分。
「ビビってる奴いる!?」「いねぇよなあ!?」みたいな。
「……ヴィクター達に付くか、その敵に付くか、二つに一つって事ね……。悪いけど、味方するとは明言してあげられない」
ぶっちゃけ怖いもん。
「まあそうだろうな、俺も今日この場でお前をモノにできるとは思っていない」
またそーゆー言い方するぅ。ダメダメ!私にはライディール様という心に決めた人が……。
「要件は伝えた。どう動くかはお前の自由だ。敵になるなら容赦はしないぜ」
ヴィクターは席を立ち、私とフェリクスの間を横切る。そして立ち止まり、振り返らずに口を開く。
「一応言っておくか。戦に加わらないで済む道も沢山あるぜ?俺はお前と敵対しないならそれでいい、スラムの頂点は自分の力で掴み取るさ」
「え?ど、どんな?」
「例えばザクセンを離れることだ。それ以外のやり方は、俺に借りを作る覚悟で聞きに来てくれ」
彼はそのままヒラヒラと手を振って、部屋を出て行った。

ザクセンを離れると、フェリクスとはお別れになっちゃうのか……。
男の子の様子をみると、この事態の切っ掛けになってしまったというような後悔が浮かんでる。
ええい、ヴィクターの奴め余計な事を。
私は席を立ち、改めて彼の隣に座った。ベッドが軋んで沈み込む。
「これは勝手に心配して、スラムまで行っちゃった私のミス。ごめんねフェリクス」
正確には、怒りに任せて刀を抜いた私の愚行が招いた結果で、実際フェリクスは全然悪くないのだ。
互いの情緒を安定させるため、私は彼がくれた櫛を取り出し、お願いして髪を梳いてもらう。
「イズミって、強いのか?」
ああそうか。私、この子の前では剣を振った事なかったんだ。
「どうもそうみたい。一応道場では大人相手でも敵無しだったけど……」
強い自覚がなかったわけじゃない。でもそれは、日本の、剣術道場っていう狭い世界での話だ。
「ドージョー?」
「うん。私がおじいちゃんに剣をならった所」
この世界に来てからというもの、剣が軽く感じていた。そのためかなんなのか、頭で思い描いてきた理想の所作で身体が動く感じがする。
あの森でオークを斬った時もそう。会心の、いえ、それ以上の動きで、私の体は動いた。
私の中で何かが変わっているのかもしれない。
「なあイズミ。あいつらの戦いに巻き込まれる事なんてねーんだから、フケちまえよ」
彼の口調が若干、ヴィクターに寄ってる気がする。彼と張り合ってるのだろうか。
「えー。私はここを離れるつもりないし、フェリクスに髪を梳いてもらえなくなっちゃうの、ヤダな~」
私は元気がない男の子にそう笑いかけて、その会話を打ち切った。
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