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幕間 戦いの痕跡
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東都ザクセン 総督府 治安維持機関 執務室
「この件について、学術院では何と言っているのか?」
手にした資料を机上に放り投げながら、武官然とした男は語気を強めた。
男の名は フェルディナンド。ザクセンを中心とした一帯における治安維持のために中央から派遣された軍人である。
32歳にして将軍の地位を手に入れた彼の厳しい視線の先に、文官風の中年男性が背筋を伸ばして立っている。
「はい。賢者アーヴィン様は、星が乱れているとおっしゃっておりました」
「星読みか。奴らの言葉はどうにも捕え難くて好かん」
「左様で。陰陽の乱れであると、そのように」
「言わんとするところが察せられるのが、余計に気分の悪い所だ。そのような事、学者でなくとも言えるだろう。まあよい。他に報告は上がってきているか?」
「西の寒村郡で騒動がありました」
「その報告は既に受けている。獣人の群れだったそうだな」
「それについての、新たなご報告がございます。検分の間へご足労をお願いいたします」
検分の間──。
各地で治安維持に関わる事案が発生すると、治安維持機関員が派遣され、彼らの手によって諸問題への対応が行われる。
その後は事案に関わるあらゆる証拠が集められて検分・検証される事になるが、検分されたもののうち、現地担当官によって中央での審議が必要であると判断されたモノがここに集められて、より詳細な検分が行われる事となっている。
検分対象となるのは、生体、死体、物体と様々である。
「フェルディナンド将軍。お待ちしておりました。こちらでございます」
分析官の長と他数名が頭を下げて彼の到着を出迎えた。
「何事か」
検分の間の中央には石の台座があり、その石台の上にはオークの遺骸が横たわっていた。
分析官が合図をすると、作業員が鏡面版を操作し、天窓から差し込む光が曲げられて収束し、オークの遺体を克明に浮かび上がらせる。
「これは、また大きいな」
「通常個体の2倍ほどあります。それだけで異常な事ですが、見ていただきたいのはこちらです」
オークの遺骸は、両腕が切断されており、その胴体は右の肩口から左の脇腹にかけて、スッパリと両断されていた。
フェルディナンドの眉間に深い皺が寄る。
彼はコツコツと踵を音立たせて歩き、台座を一週して元の位置に戻った。その間に、僅かに一回立ち止まっている。
「我らの見立てを申し上げても?」
「許す」
「この者は、身長153cmから158cmほど。初撃は左方からの斜め切り上げ。両腕を切断した後、武器を返し、右方から左方に切り下ろしたものと考えます。報告書はこちらに」
将軍はそれを受け取り、遺骸と見比べながら、斬撃痕から、これと対峙したものが、どの距離から、どのような足形で、どのように踏み込み、どのような武器を用いて、どのような動きでもってそれを屠ったのかが考察された鑑定書に目を通した。
「二人一組で行われた可能性はないか」
「それはなんとも······私個人の見解と致しましては、先ほど申し上げました通りです。この切断面は人外の理によって生み出されたもの。斯様な使い手が二人と居るとは思えませぬ故に」
検問官はオークの身体に残された6面の切断面を指し示す。
一流の職人により研磨された後で鏡面仕上げがなされたような、一糸乱れぬ断面だ。
そして、それらをピタリと合わせれば、遺骸は紙一枚通らぬほどに奇麗に復元するのだった。
あえて魔法の是非は問わない。
魔力による一撃ならば、傷口にはその痕跡が必ず出る。それは自明だ。
オークはその外皮から肉質に至るまで全てが人と異なり、獰猛な野獣と比べて勝るとも劣らない防御力を備えている。そしてその骨は人のものとは比較にならぬ程に硬いのだ。
つまりこれは、存在し得ない程の鋭利な武器による、怪力怪速の物理攻撃であると断ずることができた。
俄に信じがたい。
この傷口を直視しなければ、そのようなものを信じる事はなかっただろう。
「よくわかった」
「この個体が特別強靭で、尚且つ防腐法の使える調査員が現地近くに居たのは幸いでした。ご確認後は、防腐法を解除致しますので、ご承知おきください」
「もうよい。椎骨一つを残して穢れを払え」
「承知致しました」
フェルディナンドが台座を離れると、分析官が合図を送り、作業員が石台を操作する。
オークを乗せた台座が床下深くまで沈み込むと、その遺骸は至る所から体液とガスを噴き漏らし、組織が崩壊して骨が露出し始める。
防腐法によって停止していた9日分の腐敗が一気に侵攻したのだ。
フェルディナンドは検分の間を出て、閉まりゆく大扉を忌々しげに睨みつけた。
「陰陽の乱れか。よもや聖者の再臨などと······」
男は副官が差し出したマントを身に着けると、部下に命じた。
「ライディ―ルを呼べ」
「この件について、学術院では何と言っているのか?」
手にした資料を机上に放り投げながら、武官然とした男は語気を強めた。
男の名は フェルディナンド。ザクセンを中心とした一帯における治安維持のために中央から派遣された軍人である。
32歳にして将軍の地位を手に入れた彼の厳しい視線の先に、文官風の中年男性が背筋を伸ばして立っている。
「はい。賢者アーヴィン様は、星が乱れているとおっしゃっておりました」
「星読みか。奴らの言葉はどうにも捕え難くて好かん」
「左様で。陰陽の乱れであると、そのように」
「言わんとするところが察せられるのが、余計に気分の悪い所だ。そのような事、学者でなくとも言えるだろう。まあよい。他に報告は上がってきているか?」
「西の寒村郡で騒動がありました」
「その報告は既に受けている。獣人の群れだったそうだな」
「それについての、新たなご報告がございます。検分の間へご足労をお願いいたします」
検分の間──。
各地で治安維持に関わる事案が発生すると、治安維持機関員が派遣され、彼らの手によって諸問題への対応が行われる。
その後は事案に関わるあらゆる証拠が集められて検分・検証される事になるが、検分されたもののうち、現地担当官によって中央での審議が必要であると判断されたモノがここに集められて、より詳細な検分が行われる事となっている。
検分対象となるのは、生体、死体、物体と様々である。
「フェルディナンド将軍。お待ちしておりました。こちらでございます」
分析官の長と他数名が頭を下げて彼の到着を出迎えた。
「何事か」
検分の間の中央には石の台座があり、その石台の上にはオークの遺骸が横たわっていた。
分析官が合図をすると、作業員が鏡面版を操作し、天窓から差し込む光が曲げられて収束し、オークの遺体を克明に浮かび上がらせる。
「これは、また大きいな」
「通常個体の2倍ほどあります。それだけで異常な事ですが、見ていただきたいのはこちらです」
オークの遺骸は、両腕が切断されており、その胴体は右の肩口から左の脇腹にかけて、スッパリと両断されていた。
フェルディナンドの眉間に深い皺が寄る。
彼はコツコツと踵を音立たせて歩き、台座を一週して元の位置に戻った。その間に、僅かに一回立ち止まっている。
「我らの見立てを申し上げても?」
「許す」
「この者は、身長153cmから158cmほど。初撃は左方からの斜め切り上げ。両腕を切断した後、武器を返し、右方から左方に切り下ろしたものと考えます。報告書はこちらに」
将軍はそれを受け取り、遺骸と見比べながら、斬撃痕から、これと対峙したものが、どの距離から、どのような足形で、どのように踏み込み、どのような武器を用いて、どのような動きでもってそれを屠ったのかが考察された鑑定書に目を通した。
「二人一組で行われた可能性はないか」
「それはなんとも······私個人の見解と致しましては、先ほど申し上げました通りです。この切断面は人外の理によって生み出されたもの。斯様な使い手が二人と居るとは思えませぬ故に」
検問官はオークの身体に残された6面の切断面を指し示す。
一流の職人により研磨された後で鏡面仕上げがなされたような、一糸乱れぬ断面だ。
そして、それらをピタリと合わせれば、遺骸は紙一枚通らぬほどに奇麗に復元するのだった。
あえて魔法の是非は問わない。
魔力による一撃ならば、傷口にはその痕跡が必ず出る。それは自明だ。
オークはその外皮から肉質に至るまで全てが人と異なり、獰猛な野獣と比べて勝るとも劣らない防御力を備えている。そしてその骨は人のものとは比較にならぬ程に硬いのだ。
つまりこれは、存在し得ない程の鋭利な武器による、怪力怪速の物理攻撃であると断ずることができた。
俄に信じがたい。
この傷口を直視しなければ、そのようなものを信じる事はなかっただろう。
「よくわかった」
「この個体が特別強靭で、尚且つ防腐法の使える調査員が現地近くに居たのは幸いでした。ご確認後は、防腐法を解除致しますので、ご承知おきください」
「もうよい。椎骨一つを残して穢れを払え」
「承知致しました」
フェルディナンドが台座を離れると、分析官が合図を送り、作業員が石台を操作する。
オークを乗せた台座が床下深くまで沈み込むと、その遺骸は至る所から体液とガスを噴き漏らし、組織が崩壊して骨が露出し始める。
防腐法によって停止していた9日分の腐敗が一気に侵攻したのだ。
フェルディナンドは検分の間を出て、閉まりゆく大扉を忌々しげに睨みつけた。
「陰陽の乱れか。よもや聖者の再臨などと······」
男は副官が差し出したマントを身に着けると、部下に命じた。
「ライディ―ルを呼べ」
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