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私の願い
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その夜───私は夢を見た。
おじいちゃんが出てくる夢だ。
と言っても、見上げた先にキラキラとした強くて優しい光がぼんやりと浮かんでいただけなんだけど、私はそれをおじいちゃんだと思ったんだ。
その光に語りかけていた。返事は返ってこなかったけど。
(おじいちゃん、私ね、今日、多分…私の心の中の悪い奴を、斬ったんだ)
(それはなんか豚男みたいな化け物で、二メートルくらいあったの)
(失敗しそうだったけど、ギリギリのところで間に合った。本当に、ギリギリ……)
(その後村人総出で大騒ぎよ。私も立ってられないくらい疲れちゃって……また一晩泊めてもらっちゃった)
(私思うんだ。今、不思議な旅をしているけど、これは私の心の中の悪いところを正すための旅じゃないかって!)
(私に剣がいらなくなったら……何か凄い、素敵な事が……)
(ねぇ、おじいちゃん!一つの悪い心を斬っただけかもしれないけど、ご褒美が欲しいな。ダメ?)
(お願いがあるの。あのね………)
上空の光はそのままスーっと上に昇り、辺りが真っ白な光に包まれて、一切が自分の身体も見えなくなる光の中に溶け、眠りから覚めた。
───翌朝。
私は改めて、ウィルシェとクルシュの前に立っていた。
ずっと俯いてる内気なお兄ちゃんの顔は見えないけれど、スカートを握って離さない甘えんぼの弟さん、その顔は涙でぐっちゃぐちゃ。
「おねえちゃんいかないで……」
「大丈夫だよ。クルシュは良い子だから。きっと、これからもっと素敵な事があるよ。だからお兄ちゃんと力を合わせて頑張ってね!」
小さな体を抱きしめて、男の子が自分からスカートを放すまで待った。
彼は30分くらいで聞き分けてくれて、それから村の入り口まで3人で歩くことにした。
ゆっくりゆっくり歩いても、別れの時はすぐにやってきた。
朝から口数が少ない、しっかり者のお兄ちゃんの顔を覗き込む。
「ウィルシェも、元気でね……」
彼は俯いたまま顔を上げてくれない。
初めて見せてくれた我儘。彼の精一杯の抵抗。
もう、口で言えばいいのに。そしたら、私の決心も揺らいじゃうかもよ?
でもやっぱりそこは男の子なんでしょう。
私は、今までクルシュだけにはしてきた肉体的スキンシップを解禁して、ウィルシェの身体を抱き寄せた。
びく!と身を固くした思春期の男の子は、それでもやがて、ふわりと私を抱きしめ返してくれる。
優しい土の匂いがする……。
「身体に気を付けて。頑張り屋さんのお兄ちゃん。貴方にも、きっととても良い事があるに違いないんだから……」
「はい…………」
最後に一度、きゅ!と力を込めて抱きしめると、彼は、異性である事を改めて意識させられちゃうほどに、力強く抱きしめ返してくれた。
それを合図に、そっと離れる。
ウィルシェはニッコリと笑っていた。
私も、なんだか恥ずかしくなって笑って誤魔化してしまった。
「それじゃ、行ってきます」
これはきっと永遠の別れ。
だからこそ、「さようなら」とは言わなかった。
もう村が影も形も見えなくなったころ、後方から迫る馬車に声を掛けられる。
「女剣士さん。乗っていくかい?」
人の良さそうな御者さんで、特に身の危険を感じる要素もない。
多分この世界では馬車の相乗りが一般的な移動手段なのだろう。助け合いの精神がある国民性で、道中が結構物騒で大勢で乗り合うほうが安全であるとか、そんな想像をする。
「あー···。いえ、ありがとう。お気になさらず」
自分の足でしっかり歩こう。
そんな感じの意識の高さが最高に高まった瞬間であったので、私はその善意の申し出に頭を下げた。
「そうですか。最近良くない噂を聞きますから、剣士さんも十分にお気をつけてください。それでは······」
馬は闊歩し、馬車は先に進みゆく。
良くない噂とは、あの獣人のような魔物関連事案に違いない。
「剣士さん、か。そういえばウィルシェも言ってたっけ。最初は刀をもって裸で倒れてた女を見て、どうして剣士だと思ったのかちょっと不思議だったけど」
腰布に刺した日本刀にそっと触れる。
「あんな化け物がいる世界じゃ、そう呼ばれても不思議じゃない訳ね」
日が真上に昇り、そして傾く。
街道は続く。
村はすっかり遠くなり、二つの月が昇りだす。
ザクセンってどれくらいの距離なんだっけ?
歩くとどれくらいかかるんだろう?
「······あの馬車、乗せてもらえばよかった······」
そう後悔し始めた頃、向かう先から、揺れる光。
ランタンを掲げた馬車がこちらに向かってくるのが見えた。
歩いていても馬の足は速い。
私は街道脇に止まって道を譲り、御者は帽子を取って頭を下げて、互いにすれ違う。
「もうあと少しです御婦人。双月が真上に届く頃には村に着きそうですよ。お身体の方は大丈夫ですかい?」
「ええ、お陰様で。本当にありがとうございます」
ふと、そんな会話が聞こえてきて、過ぎ行く馬車を振り返る。
その幌の陰に、亜麻色の髪が揺れているのが見えた。
私は歩みを止め、揺れるランタンの明かりが見えなくなるまで、その場に立ち続けて、それを見送る。
「道中、お気をつけて」
見上げた先、星空には一際大きく瞬く星がありました。
こうして私の異世界での旅が始まった。
おじいちゃんが出てくる夢だ。
と言っても、見上げた先にキラキラとした強くて優しい光がぼんやりと浮かんでいただけなんだけど、私はそれをおじいちゃんだと思ったんだ。
その光に語りかけていた。返事は返ってこなかったけど。
(おじいちゃん、私ね、今日、多分…私の心の中の悪い奴を、斬ったんだ)
(それはなんか豚男みたいな化け物で、二メートルくらいあったの)
(失敗しそうだったけど、ギリギリのところで間に合った。本当に、ギリギリ……)
(その後村人総出で大騒ぎよ。私も立ってられないくらい疲れちゃって……また一晩泊めてもらっちゃった)
(私思うんだ。今、不思議な旅をしているけど、これは私の心の中の悪いところを正すための旅じゃないかって!)
(私に剣がいらなくなったら……何か凄い、素敵な事が……)
(ねぇ、おじいちゃん!一つの悪い心を斬っただけかもしれないけど、ご褒美が欲しいな。ダメ?)
(お願いがあるの。あのね………)
上空の光はそのままスーっと上に昇り、辺りが真っ白な光に包まれて、一切が自分の身体も見えなくなる光の中に溶け、眠りから覚めた。
───翌朝。
私は改めて、ウィルシェとクルシュの前に立っていた。
ずっと俯いてる内気なお兄ちゃんの顔は見えないけれど、スカートを握って離さない甘えんぼの弟さん、その顔は涙でぐっちゃぐちゃ。
「おねえちゃんいかないで……」
「大丈夫だよ。クルシュは良い子だから。きっと、これからもっと素敵な事があるよ。だからお兄ちゃんと力を合わせて頑張ってね!」
小さな体を抱きしめて、男の子が自分からスカートを放すまで待った。
彼は30分くらいで聞き分けてくれて、それから村の入り口まで3人で歩くことにした。
ゆっくりゆっくり歩いても、別れの時はすぐにやってきた。
朝から口数が少ない、しっかり者のお兄ちゃんの顔を覗き込む。
「ウィルシェも、元気でね……」
彼は俯いたまま顔を上げてくれない。
初めて見せてくれた我儘。彼の精一杯の抵抗。
もう、口で言えばいいのに。そしたら、私の決心も揺らいじゃうかもよ?
でもやっぱりそこは男の子なんでしょう。
私は、今までクルシュだけにはしてきた肉体的スキンシップを解禁して、ウィルシェの身体を抱き寄せた。
びく!と身を固くした思春期の男の子は、それでもやがて、ふわりと私を抱きしめ返してくれる。
優しい土の匂いがする……。
「身体に気を付けて。頑張り屋さんのお兄ちゃん。貴方にも、きっととても良い事があるに違いないんだから……」
「はい…………」
最後に一度、きゅ!と力を込めて抱きしめると、彼は、異性である事を改めて意識させられちゃうほどに、力強く抱きしめ返してくれた。
それを合図に、そっと離れる。
ウィルシェはニッコリと笑っていた。
私も、なんだか恥ずかしくなって笑って誤魔化してしまった。
「それじゃ、行ってきます」
これはきっと永遠の別れ。
だからこそ、「さようなら」とは言わなかった。
もう村が影も形も見えなくなったころ、後方から迫る馬車に声を掛けられる。
「女剣士さん。乗っていくかい?」
人の良さそうな御者さんで、特に身の危険を感じる要素もない。
多分この世界では馬車の相乗りが一般的な移動手段なのだろう。助け合いの精神がある国民性で、道中が結構物騒で大勢で乗り合うほうが安全であるとか、そんな想像をする。
「あー···。いえ、ありがとう。お気になさらず」
自分の足でしっかり歩こう。
そんな感じの意識の高さが最高に高まった瞬間であったので、私はその善意の申し出に頭を下げた。
「そうですか。最近良くない噂を聞きますから、剣士さんも十分にお気をつけてください。それでは······」
馬は闊歩し、馬車は先に進みゆく。
良くない噂とは、あの獣人のような魔物関連事案に違いない。
「剣士さん、か。そういえばウィルシェも言ってたっけ。最初は刀をもって裸で倒れてた女を見て、どうして剣士だと思ったのかちょっと不思議だったけど」
腰布に刺した日本刀にそっと触れる。
「あんな化け物がいる世界じゃ、そう呼ばれても不思議じゃない訳ね」
日が真上に昇り、そして傾く。
街道は続く。
村はすっかり遠くなり、二つの月が昇りだす。
ザクセンってどれくらいの距離なんだっけ?
歩くとどれくらいかかるんだろう?
「······あの馬車、乗せてもらえばよかった······」
そう後悔し始めた頃、向かう先から、揺れる光。
ランタンを掲げた馬車がこちらに向かってくるのが見えた。
歩いていても馬の足は速い。
私は街道脇に止まって道を譲り、御者は帽子を取って頭を下げて、互いにすれ違う。
「もうあと少しです御婦人。双月が真上に届く頃には村に着きそうですよ。お身体の方は大丈夫ですかい?」
「ええ、お陰様で。本当にありがとうございます」
ふと、そんな会話が聞こえてきて、過ぎ行く馬車を振り返る。
その幌の陰に、亜麻色の髪が揺れているのが見えた。
私は歩みを止め、揺れるランタンの明かりが見えなくなるまで、その場に立ち続けて、それを見送る。
「道中、お気をつけて」
見上げた先、星空には一際大きく瞬く星がありました。
こうして私の異世界での旅が始まった。
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